唐人屋敷編

(4種類)


1689年(元禄2)に建設された最初の中国人居留地で、
現在の館内町に当たります。中国の神様を
お祀りしたお堂など種々の遺構があります。











土神堂(どじんどう)


元禄4(1691)唐船の船主の願いで建立。
長い髭のお爺さんの姿をした中国の大地の神様が安置されています。
江戸時代、2月の土神祭には唐人踊りや音曲が披露されていました
1784年(天明4)に焼失したが唐3か寺により復旧。
現在の建物は昭和52年に長崎市が復元しました。











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天后堂


1736年(元文1)南京地方の人々が公開安全を祈願し
天后聖母(媽祖)を祀って建立。1970年(寛政2)修復。
現在の建物は1906年(明治39)全国の華僑の寄付で建てられました。
関帝(三国志に登場する武将、関羽)も祀っているので、
関帝堂とも呼ばれています。
ちなみに天后の徳は限りがなく、
お参りすると悟りの岸に登ることができるといわれます。















福建会館天后堂


現存するのは天后堂と正門のみで、会館本館の建物は原爆で倒壊。、
もともとは唐人屋敷時代の聖人堂の跡地ともいわれています。
1868年(明治1)福建省泉州出身者が八会所(はちびんかいしょ)を創設、
会所としてここを建立しました。1881年(明治21)に焼失しましたが、
1897年(明治30)に再建。このとき『福建会館』と改称しました。
ちなみに裏の番人屋跡には埋蔵品や復元物を展示しています。
















観音堂


1737年(文元2)の建立と考えられ、焼失後1787年(天明7)に再建。
数回の改修を経て1917年(大正6)鄭永超によって改築されました。
入口のアーチ石門は唐人屋敷時代のものといわれます。
堂内には千手観音菩薩と関帝(関羽)が安置されています。
ちなみに現在は緑ヶ丘保育所の敷地ともなっています。













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