俺は待ってるから。
ずっと待ってるから。
だから、どうか、いつか。
俺を好きになって。
Waiting
が我らが立海テニス部のマネージャーになった。
入部はあっさり認められたらしく、翌日にはが部員たちに紹介されていて。
俺が触れ回っていたせいでの認知度は高く、男どもはやはりを好奇の目で見やがっていた。
あ〜…なんか俺のやることなすこと、裏目裏目に出てねぇ…?
俺だけのがみんなのになっちまいそうで、ちょい淋しいんだけど…
でもが意外と楽しそうにマネージャーの仕事をやってるもんだから、俺はこれでよかったんだと思えた。
うん、って陰でしっかりと支えてくれるタイプだよな。マネージャーって合ってる。
いつか俺には、がいなきゃ本当にダメになっちまう日が来るんだろう。
今の時点でも、相当なモンだと思うけど。
そしての頭の良さと真剣さにはマジで頭が下がる。
入部して一週間だっていうのに、もう部員の名前をほとんど覚えちまってて…まぁそれは相手から話しかけられたからってのもあるけど(テメェら練習してろよ!)
さらに二週間経って仕事にも慣れた今、暇さえあれば部室にある部員のデータや過去の対戦記録や資料まで読み漁ってる始末だ。
これってある意味情熱だよな?
それだけ、テニスに興味を持ってくれたってこと?
それだけ、俺にも興味を持ってくれてたらいいんだけどな。
部活があると必然的に帰りが遅くなってしまうので、俺はを送って帰るようになった。
は最初、「一人で帰れるよ」と断ったんだけれど、「危ないだろ!」と心配して言ったら少し沈黙して、「ありがとう」って。
「心配してくれてるの解かるから、もう断らないよ」って、笑ったんだ。
素直なトコがすっげぇイイ! 笑顔最高!
ああやっぱ俺、にメロメロ(死語)です。
「帰ろうぜ」
部活が終わって着替えてから、今日もに声をかける。
は頷いて、俺の手を取った。
これは、俺が毎日「手繋いでもいい?」とうるさく訊くので、言われる前にしてるんだとは言う。
でも結局は嫌じゃないってことだろ?
俺は上機嫌での手を握り返す。
冷たい手だな、と俺は思った。
屋外でマネージャーの仕事をしていると、必然的に冬の冷気に晒される。
動き回って身体はあったまるだろうけど、むき出しの部分はやっぱり寒いだろうな。
だけどは手袋をしない。
俺はずっとラケットを握っていたから手のひらはあったかいはずだ。
俺と手を繋いで、もあったかくなるといいな。
こんな風に、誰かの幸せを願ったことなんてなかった。
俺は俺がよければそれでよかったのにな。
すげーな、恋の力ってのは。
帰り道、俺たちはあんまり話をしない。
つーか、俺が話題を振っても会話が長続きしない。
「つまんなくない?」と訊ねると、は静かなのが好きなんだと言った。
そう言われてはどうしようもない。
でも俺は、との沈黙の時間は不思議と嫌いじゃない。
こうして手を繋いで、既に日が落ちてしまった薄暗い街をただ静かに歩くのは、結構好きだ。
の雰囲気が成せる技だと思う。
この三週間、特にデートをしたわけでも、甘い時間を過ごしたわけでもない。
それに不満な一方、こんな付き合い方もできるものなんだなと感動もしていた。
ただお互いの手のぬくもりを感じて、言葉を交わさなくても。なんて。
…でもやっぱり俺も健全な男子中学生ですから、欲求も溜まるわけで。
俺はそろそろ、何かラブラブへ繋がるアクションを起こすべきではないかと思っていた。
の横顔を盗み見る。
あー…キスしてぇ…
なんて、不純なことを考えちまう。
だってさ、キスなんて最初のあの一回きりだぜ?
でもあの時のの感触とか味とかニオイはやけにハッキリと覚えてる。
だから余計にしたい。また感じたい。
ハハ…まるで麻薬が切れた時の禁断症状みたいだな。
欲しくて欲しくてたまらない。
ガムがなくなった時にちょっと似てる。
けどその欲求は似て非なるものだ。
の家が近づいてきて、いつも別れる路地で俺は足を止めた。手は離さないままで。
が俺を振り返る。
「どうしたの?」
「……」
「…何か、言いたい?」
さすが。素晴らしい洞察眼だ。
俺が頷くと、はきちんと俺に向き直って「どうぞ」と俺を促した。
そんなに構えられると言いにくいんだけど…どうせだから、言っちゃおう。
ダメもとだ。
「…き…っ」
「「き」?」
「すしたい…」
「は?」
「…キスしたい」
「ここで?」
「…できれば」
心臓がバクバク言ってる。
は何て答えるだろう。
やっぱ「嫌だ」って言うんかな。
「…いいよ」
「えっ!?」
まままマジで!?
いやちょっとにわかに信じがたいんですけど!
「ブン太がしたいなら、してもいい」
「と…じゃ、します…」
「うん」
が顔を上げる。
……目、合っててやりにくいんだけど…
「…、目ェ閉じてくれるか?」
俺がそう言うと、は静かに目を閉じた。
すげ…スエゼンじゃん…
ここで食わぬは男の恥ってか。
が待ってる、んだけど。
…何か今さら緊張してきて…動けねぇ…
の肩を掴んだまま固まっていると、は「ブン太?」と不思議そうに俺を呼んで、ゆっくり目を開けた。
「…いつまで経ってもしてこないから、いなくなったのかと思った」
俺を見上げるどこか色っぽい虚ろなそのまなざしと、少し淋しげなその表情と声に、俺の理性はブチンと音を立てて切れた。
可愛い。可愛い! 可愛すぎるっ!!
「んっ…! ン…」
自分の唇をの唇に押しつけて、啄むようにキスを繰り返す。
二度目のキスも、本能に任せてしてしまったようなものだったけれど。
その唇の柔らかさは記憶なんか比べモンにならないくらいリアルで、洩れる声は艶っぽくて、愛しくて、堪らなかった。
「…っは…ブン、太…」
が甘い声を洩らし俺の名前を呼ぶ。
俺は顔を離し、の顔を見つめた。
綺麗な髪。綺麗な顔。綺麗な目。
全部全部。
「…好きだ」
どうして俺ばっかりこんなに好きなんだろう。
のことだけに頭ん中支配されて、他のことなんか何も考えられない。
…『俺ばっかり』?
はたと気づいた。
俺は、がマジで大好きで、絶対に離すつもりなんてない。
けど、は…?
付き合うことになったあの日から三週間強。
俺たちはお互いを知り合う努力をした。
はマネージャーへの勧誘を断らなかったし、手だって繋いでくれる。
今もキスだって許してくれた。
だから、もう好きになってくれたもんだと思い込んでた。
だが、はたして――
は今、俺を好きになってくれているのか…?
「…ブン太?」
固まっていた俺にが声をかけてくる。
俺の好きなあの瞳で、俺を見つめている。
ああ、訊くのは怖い。けど、俺は知りたい。
「…なぁ、」
「何?」
「……俺のこと…好き、か…?」
言った後、唇をぎゅっと引き締めた。
ああ怖ェ。正直な答えを聴きたいけど、聴きたくねぇ。
はじっと俺を見つめたまま、いつもの無表情で言った。
「…ごめん」
「!!」
え…「ごめん」 って…「ごめん」って…?
好きじゃないって、こと…?
っ…お前は好きでもない奴とキスすんのかよ!?
俺が心の中で憤っていると、それを見透かしたかのようには続けた。
「好きじゃないって言ったら嘘になると思うよ。
一緒にいるの嫌じゃないし、キスだって、嫌じゃない。
ただ…私の中ではまだ、ブン太を本当に好きなのかどうか、ハッキリと解からないから。
ハッキリと、「好き」って言えないから…
だから、ごめん」
「……」
「ブン太の想いに甘えて、答えを出せないままでいてごめんね」
「…」
「こんな私と付き合うの嫌になったなら、別れてもいいよ」
が微かに、ほんの微かに笑った。
その中に、どこか淋しそうな色が見えて。堪らなくなって。
俺は、を抱きしめた。
「謝るな! 俺たちはまだたった三週間なんだぞ!
それにこれからどんなに時間がかかったっていい!
俺は、俺はが好きだから、別れてなんかやるもんか!」
俺だって卑怯だ。
がいつか好きになってくれるって信じてるくせに、その気持ちがハッキリしないまま、付き合ってるからって理由に甘えてキスしたりして。
無理矢理してるのと、何も違わない。
「好きだ。好きだ…」
そうだ。間違えるな。
俺がやらなきゃいけないのは、こうやって自分の想いを伝え続けて、本当の両想いになれるように努力することだ。
キスなんていらない。
今俺が欲しいのは、の笑顔と、ぬくもりだ。
今はそれだけでいい。
大好きなにさっきみたいな「ごめん」なんて、二度と言わせたくない。
「ブン太…ありがとう」
が俺の背にそっと腕を回し、肩に頭を預けた。
抱きしめ合うのって、初めてだ。
…初めてってのは、何でも泣きそうになるモンなのかね?
初めてから笑顔をもらった時みたいに、涙腺が緩んだ。
うん…まだ、今のままでもいい。
充分じゃないか。
いつまでも待つから。
いつかでいいから。
きっと俺を、好きになって。
to be continued…
********************
中書き
えーまずは、他キャラを出せなくてごめんなさい。
打ってるうちに、「あ無理だ」と思いました。シリアスんなっちゃったから。
次のブンちゃんsideには必ず柳さんを出してやる…!
あとちょっと不安なのがこのヒロイン、なかなかハッキリしなくて嫌われてないか…です(ドキドキ)
2004年5月14日
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