女の子には、女の子にしかわからない悩みがいろいろあるらしい。

 …俺には何ができる?





  てのひら





「…ふぅーっ…」


 もう何度目のため息になるだろう。

 昼休みの屋上で、俺にひざ枕をしてくれてるはさっきから何度も、ちいさく深いため息をついていた。

 何だろ、悩みごとでもあんのかな?
 俺に言ってくれればいいのに…


「…ふぅ…」


 あ、まただ。
 気になるってば。

 俺は眠るのをやめてむくりと起き上がり、の顔を覗く。


…どうしたの?」
「え?」
「さっきからため息ばっかり」
「あ、ううん。何でもないよ。ごめんね」


 は弱々しい笑顔でそう言った。
 何でもないってことないと思うんだけどな。

 …あれ? なんかの顔色悪くないか?


ぐあい悪い?」
「え? いや、悪いってことは…」


 否定するを無視し、額と首に手を当ててみる。
 …ちょっと熱い。


「熱あるんじゃないの?」
「微熱程度だよ…」
「だめっ! 保健室行こ!」
「えっ!?」


 有無を言わせずを立たせ、手を引いて屋上から連れ出す。
 繋いだの手がかすかに汗ばんでいて、ガマンしてたんだってわかった。
 なのに俺はそんなことにも気づかずひざ枕なんてしてもらって…俺のバカバカ!

 辿り着いた保健室のドアを勢いよく開けて、中に声をかける。


「せんせーいますかー?」


 …返事はない。
 中を覗いてみても、誰もいないようだった。
 でも俺は構わず奥のカーテンを開き、ベッドにを促す。


「横んなって!」
「平気だって…」
「だめだってば! っもう!」
「えっ? きゃっ!」


 聞き分けのないをお姫様だっこし、ベッドに横にさせた。
 起き上がれないように足下にあった布団をすぐにかけて、大人しくなるように数秒キスをする。
 それから少しだけ顔を上げて、を見つめた。


「……ここでちゃんと寝て。いい?」
「ん…わかった…」
「次の授業の先生には俺が言っておくから」
「うん、ありがと…」


 ちいさく笑って目を閉じたの頬に軽く手のひらを滑らせ、近くにあったイスに座ってから、心地好く眠れるように頭を撫でてやる。
 こうされると気持ちよくてすぐ眠れるって、俺が一番よく知ってるんだ。
 俺の手はみたいなやわらかい手のひらとは違うかもしれないけど、も気持ちいいといいな。

 しばらくそうしていると、は口元まで布団を上げて、薄く目を開けた。
 少し頬が赤い。


「あのね…さっきため息ついてたのはね…」
「うん?」
「せ…生理痛が重くてつらかったからなの…」
「…え?」


 『せーり』って…あれだよな?
 月に一度女の子に来るやつ…

 …………

 うわあ! 俺めちゃくちゃハズカCじゃん!
 保健室にまで引っ張ってきちゃって…うわ。
 ああでも熱あったし。でもでも。

 俺が赤くなってあわあわしてると、はクスッと笑った。


「微熱は仕方ないんだ。そういうものだし。
 けどお腹も腰も今日は特に痛かったから、横になれて少し楽になった。
 ありがと、慈郎」
「や、俺カンチガイしてムリヤリ…ごめん」
「ううん。心配してくれて嬉しかったよ」
…」


 せーりつうって、どんな感じなんだろ。
 お腹も腰もため息が出るほど痛くて、顔から血の気も失せて、熱も出て。
 女の子にしかわからないつらさ。
 俺、男だけど…代われるものなら代わってあげたいよ。


「ね、お腹あったかくしたらもっと楽になる?」
「え、うんまあ……って、慈郎っ!?」


 が答えるや否や、俺は布団の中に手を入れてのお腹の辺りを軽く撫でた。
 痛いの痛いの飛んでけ〜…


「この辺?」
「ぅ、うん…」
「あったかい? 楽?」
「…うん」


 赤くなったままはひとつ息をつき、頷いてまた目を閉じた。
 が呼吸するたびに、それに合わせてお腹もかすかに上下する。
 その静かな呼吸に、本当に楽になったんだと思って嬉しくなった。
 が目を閉じたまま言う。


「…不思議…人に触れられてるとすごく落ち着く…」
「ほんと…?」
「うん…自分で撫でるより、ずっといい…」


 布団の中で、は俺の手に自分の手を重ねた。
 すごく穏やかな顔、してる。


「慈郎の手のひら…あったかい…」


 最後に呟くように言って、スウッと、はそのまま眠りについた。
 その穏やかな寝顔に、思わず笑みがこぼれる。

 かわいいな。
 いつも俺の方が寝てばかりだから、こんな風にの寝顔見ることってあんまない。
 今の寝顔を見れるのは、やくとくってやつかな。


 …俺も眠くなってきた。




















「――くん。芥川君!」
「…んん〜っ…?」


 肩を揺さぶられ、伸びをしてゆっくり頭を上げる。
 目の前には白い布団をかぶってすやすやと眠る
 横を見ると、白衣を着た先生。
 ああ…ここ保健室だっけ。


「起きた? 今授業中よ」


 あー…「次の授業の先生に言っておく」って言ったのに、俺のせいでまでサボり扱いされちゃってるかな。
 欠席には変わりないけど、なんか罪悪感だ。
 ごめんね。


「…うん」
「「うん」じゃないの。その布団の中の手は何?」
「へ?」


 俺の片手は布団の中に入ったまま、のお腹の上にあった。
 あのままで寝ちゃったんだ。


がせーりつうでお腹痛いって言うから、あっためてあげてたの」
「…解かったから手を出しなさい」
「はーい」


 ちぇっ、と思いながら手を引こうとすると、何かにぐっと止められた。
 それは俺の手に重ねられた、の手。

 まだ寝てるよね…?
 …へへっ…


「先生、ムリ」
「え?」
が放してくんない。このままがいいってさ〜」


 、好きだよ。大好き。
 俺どこにも行かない。の傍にいるよ。
 が俺の手のひらを必要だって言うのなら、ずっとあっためていてあげる。

 ニコニコ笑ってを見つめていたら、横からでっかいため息が聴こえた。


「…好きにしなさい」


 先生はそう言うと、保健室内の自分の机に戻っていった。
 その時先生がぽそっと「稀に見るバカップルだわ」とか言った。

 へへ、バカップルだってさ。やったね。
 お許しも出たし、また寝ちゃおうかな。

 さっきと同じように、ベッドにうつぶせる。
 ほんとは隣に寝たいけど、それはまた今度ね。
 今はぬくもりの繋がるこの手のひらで、ガマンガマン。

 これから先も、ずっとずっと。
 をあっためるのは俺だけの仕事だといいな。


 手のひらはずっとのために空けておくから。

 どうかこの役目を、誰にも譲らないで。





END





********************

あとがき
 生理痛にお悩みの全ての女性に捧ぐ。
 本当に痛くて辛い時に寝ながら携帯で打ちました。
 こんな時慈郎にお腹なでなでしてもらいたいのう…とかいう願望から出産。


 2004年6月11日

 このお話から一ヵ月後の話『おひさま


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