「好きだよ」



 私は告げる。
 他に行き場のない、この想いを。



「好き」



 その言葉を口にする度に、喉がカラカラに渇いて、窒息したみたいに呼吸が苦しくなって、鼻の奥がツンとして、目頭がじわりと熱くなる。





 私は言葉が足りないから。
 ねぇ…この気持ちを、君にどう伝えよう――?










  好き










、大好き」



 ああ、ほら。
 いつものように、慈郎が私に微笑みかけて言う。



「だいすき」



 毎日、毎日。
 飽きもせずに、私に向かって。
 どこまでも果てしなく、甘い優しい声で。
 その度に私は、嬉しさと――悲しさを覚える。


 『好き』。


 なんて重くのしかかる言葉。
 私にもそれを求められているようで。
 もちろん、私は慈郎に負けないくらいの想いを抱いているけれど。
 それでも、君にちゃんと届くのかどうか、解からないから。
 口にする事で、私の想いなど、ちっぽけなものに変わってしまうのではないかと思ってしまうから。
 だから、なかなか、言えないんだ。

 ごめんね、弱くて。





「ねぇ、……「好き」って言って?」




「――!」



「いっぱい、「好き」って言って」
 まっすぐな瞳で、私を見つめる。


「こんなの、言わせることじゃないってわかってるよ? でも、だから――…の言葉で、「好き」って言われたいんだ…」

 それは強要ではなく、どこか懇願のように聞こえた。


 …私の言葉。
 今ですら足りないのに、どう伝えればいいんだろうね――?


 目を閉じて、深呼吸。
 目を開けて、君だけが見えて。








「――好き」








 ああ、なんてこと。

 口をついて出たのは、何のひねりもないそんな言葉。
 でも止まらなくて。




 あふれてく。




「好き…慈郎が好き…好きだよ…どうしようもないくらい、慈郎が好き…」


 その言葉を口にする度に、喉がカラカラに渇いて、窒息したみたいに呼吸が苦しくなって、鼻の奥がツンとして、目頭がじわりと熱くなる。


「本当は、「好き」なんて言葉じゃ足りないんだよ…慈郎…好きだよ…好き…す――」


 まるで壊れたレコーダーのように延々と「好き」を繰り返していると、不意に強い力で抱きしめられた。




…好き好き好き好きスキスキスキスキスキ――…愛してる」




 耳元でひたすら「好き」と囁いて、最後に一発殺し文句。

「っ〜…」
 不覚にもあっけなく、ぽろっと涙が零れた。


 君はいとも簡単に、不器用な私の想いを包み込んでくれる。
 それにどんなに救われているか、君は知っているのだろうか。


「…俺の気持ち。が世界でイチバン好き…」
「慈郎…恥ずかしいよ…」
 涙を拭って苦笑すると、頬を両手で支えられて、そっと唇が触れた。
「恥ずかしくない。正直な気持ちだもん。…もっと言おうか?」
「や、これ以上は、私の心臓が保たないと思うので…」
 そう、さっきから鼓動が早鐘のようだ。顔もきっと赤いんだろう。
 慈郎はクスッと笑う。

「ホントに、可愛いね…好きだよ

 私みたいに、勢いがなければ言えないのとは違う。
 こんなにも、恥ずかしげなく。

 ――どんなに私が君を想っていたところで、敵うわけがない。






「…ね、が「好き」って言う時さ、どうして切ない顔するの?」

「え?」


 ドキッとした。
 「好き」を連呼していた時の気持ちを思い出す。


「切ない顔してたよ。俺は『好き』って幸せな気持ちだと思うから、笑って「好き」って言うでしょ? は違うの?」

「ぇ、あー…だって…『好き』、って、切ない気持ちじゃない…?」
「そう?」

「何か、途方もなくて、どこまでも、際限がなくて…」

 意味もなく手のひらを見つめる。
 自分でも抑えきれなくて零れ落ちそうで、こわくなるくらいの想い。

「あ、それはちょっとわかるかも。どんなに伝えても伝え足りないとかでしょ?
 …そっか、溢れてるんだ」


「そう、湧き水みたいな感じ。
 …どんなに大きな器を以ってしても、その水を全て受け切る事は出来ない」


「…切ないね」


 慈郎が淋しげな笑みを浮かべる。
 私は、先程自分にされたように慈郎の頬を両手で包んで、慈郎に微笑みかけた。

「でも、だから伝え続けるんでしょう?」

 そうだ。溢れすぎて自分でも抑えられないのなら、どこかへ――その想いを伝えるべき人へ、それを少しでも注ぐべきなんだ。
 無理して抑え込もうとするから、さっきみたいに泣きそうになってしまうんだ。



 『好き』って想いは、切なくとも――



 慈郎は淋しげな笑みから、今にも泣きそうにくしゃっと表情を歪めた。
「…俺、やっぱが大好きだ」

 再び、きつく抱きしめられる。

「慈郎…」
「でもさ、それでも『好き』って幸せな気持ちだと思うよ」



 ――こんなにも、幸せな気持ちなのに。



「うん…そうだね…」

「…ね、一度でいいから、笑って「好き」って言ってみて?」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってね…」

 慈郎の胸に顔を埋めて目を閉じて、深呼吸。


 …笑って、か。
 いつもの慈郎のように――?


 目を開けて顔を上げると、優しく微笑んだ君だけが見えて。
 つられて私も笑顔になった。





「好きだよ、慈郎」





 ああ、しあわせなきもち。



 どうか欲張りな私に、捧げた分だけ、君のお返しをください。










END










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後書き
 『好き』って本当に、それが相手に届いても届かなくてもどこか切なくて、抱いてるだけで少なからず幸せな気持ちだと思うのです。


 2004年9月26日


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