こんな遠回りも、たまにはいい。
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「知ってるか? 今日お前の隣のクラスの奴が、に告ったんだと」
どこからそんな情報を仕入れてきたのか、部活の最中に、仁王がニヤニヤしながら俺にそう言ってきた。
に告白? が地味にモテるのは知ってたけど、周りはと俺が付き合ってるのを知ってるはずだろ?
立海テニス部レギュラーと言えば、校内で知らぬ者はいないはずだから、その俺の彼女になった女もまた知る人ぞ知る有名人だろ? ていうか見てればわかるだろ?
それなのにわざわざ告りやがるとは、ソイツ…俺たちがラブラブとは程遠いのを知っていやがるな!?
それに…が何て答えたのか気になるぜ…
かと言って仁王の野郎に訊くってのは俺のプライドが許さねぇ…
「ああ――ちなみには普通に断ったらしいぜ?」
仁王はまるで俺の考えを見抜いているような口調で付け加えやがったので、俺は無視を決め込んで聴いてないフリをした。
仁王は、のことでオタオタして一喜一憂する俺が面白くて仕方ないんだろう。
ムカつくから相手にしてやらねぇ。
…本当はすごくホッとしたけど。
でも――なあ、揺れなかった? 他の男に愛の告白されて、気持ちが動いたりしなかったか?
「…他の人考える余裕なんかないよ」
本人にそう訊くと、こんな答えが返ってきた。
その頑な声は、俺が期待を持ってしまうには充分すぎるほどだ。
隣を歩くの方を向いて目を合わせると、は俺の心を見透かすかのように「不安なの?」と訊いてきた。
「私が離れていかないかって、不安なの?」
「んー…うん、ちょっとだけな。不安だ」
すんなりと正直な言葉が出てきて、一瞬にどんな風に思われるだろうと考えたが、本音を言えて、少しだけ楽になった。
それはを責めたいからじゃなくて、俺の気持ちをちょっとでも知っておいてほしいからなんだと思う。
それをどう受け止めてくれたのか、は繋いでいた俺の手を強く握ってきた。
俺は、変わらずに俺を見ているの顔を、驚きでポカンと口を開いたまま見つめた。
でもその手は痛くするようにじゃない、深く繋がるようにそうしたんだと思えて。俺は口を引き締めて前を向いた。
がぽつりと言う。
「…不安に思わなくていいよ」
「…不安じゃない」
俺って奴はどうしようもねーな。自信を持つって決めたのに、ちょっとしたことで不安になって、ビクビクして。
ちくしょう。不安になんか思うもんか。
「私はブン太を好きになるまで、他の誰も好きにならないの…きっと」
……柳の言ってたこと、間違ってなかったみたいだ。
は俺を好きになりたいから俺と付き合い続けている、って。
は今、俺を「好きになる」って言った。「他の誰も好きにならない」って言った。
まるで告白予告だ。
それがあまりにも不意打ちだったんで、急激に顔に熱が集まってくる感じがした。きっと赤くなっちまってるんだろうな。
…ここまで言われて弱音吐いてなんかいられるかっての。
全然不安じゃない。不安じゃないぞ。
繋いだ手のひらをぎゅっと固く握って、自分に言い聞かせるように呟いた。
は俺のもの。絶対に離すもんか。
時間が経つのは早いもので、気がつけば三月になってしまい、三年の先輩たちも卒業していった。
でも部の先輩に花束を渡して見送りした時、「立海テニス部を頼むぞ」とか言われたので、淋しいなんて思わなかった。
絶対全国大会三連覇するんだ。俺レギュラーになったし、責任重大なんだ。
…今年はもいる。初めて本当の試合を観てもらうんだ、誰が相手だろうと負けねぇ。
なんか…真田なら「不純だ! たるんどる!」って怒るかもしれないけど。ジャッカルなら「単純だ…」って呆れるかもしれないけど――がいれば、ホントに、誰にも負けないような、強く在れるような気がするんだ。
今の俺は、に恋する前の俺とは明らかに違う。
を失ってしまったら、きっと俺は、テニスでも私生活でも、目も当てられないほどボロボロになってしまうんだろうと思う。
この数ヶ月間で、は俺の中でそれだけ大きな存在になったんだ。
離れてしまうことなんか考えたくもない。
なあ…お前はずっと俺の傍にいてくれるかな…?
部活のない放課後、俺は誰もいなくなった教室で自分の席にうつぶせになり、惰眠を貪ろうとしていた。
というのも、が借りていた本を返しに図書室へ行ってしまったからだ。
俺はと言えば、確かに数ある教科の中で国語は得意だが、だからといって読書はそんなに好きじゃあない。むしろ本棚がぎっしりと建ち並ぶ図書室にいると頭が痛くなる。ので、教室で待つことにした。
は本が好きで、いつも暇さえあれば何かしら本を読んでいる。ジャンルも様々で、興味を持ったものなら何でも読んでいる。
授業受けて部活もやって家帰ってから予習復習までしているのに、休み時間の十分以外にいつ本を読む暇なんかがあるんだろうと思うが、の『一週間に3、4冊』という読書ペースは不思議と変わることはなかった。
今も本を返しには行ったけど、が教室に戻ってきた時、その細い腕には新たにチョイスされた本が数冊抱えられているんだろうなとぼんやり考えた。
でも普段は昼休みに図書室に行くみたいなのに今日は違った。本当は放課後の方が静かで誰もいないしゆっくり本を選べるとは思ったのかもしれない。今日はやけに時間がかかってる。
俺はと一緒に帰れればそれでいいので、が納得行くまで待つつもりだったし、文句もない。戻ってくるまで寝てりゃいい。
幸いどこのクラスもとっくに掃除は終わって皆部活に行ったり下校していたので、静かでよかった。
うとうとして、もう少しで眠れそうだった。
睡眠と覚醒とが行ったり来たりしていたちょうど、その狭間に。
――ドアの開く音がした。
「ん……?」
当てずっぽうだがこの教室に入ってくる人間はである確率が高いはずだ。俺は目を開けてうつぶせになっていた上半身を起こし、顔を音の方へ向けた。
――だが予想に反して、そこにいたのは別の人物だった。
と付き合う前までたまに話したりしていた、別のクラスの女子だ。彼女は俺と目が合ってから、にっこりと笑ってドアを閉め、俺の席に近付きながら口を開いた。
「ブン太君、誰か待ってるの?」
まだ眠気でぼんやりしている頭を働かせて、コクリと頷く。そして席を立って窓に背を預けながら、「そっちは何してんの?」と質問を返した。
「寝てるみたいだったから、その隙にキスでもしようかと思って」
冗談めかして彼女は言ったが、もしそんな場面を運悪くに見られでもしたらたまらん。冗談じゃない。
「やめろよ」と間髪入れずに答えると、彼女は僅かに顔を歪ませた。俺に怒っているような、俺以外の誰かにも怒っているかのような、そんな表情だ。
でも彼女がなぜそこまで気分を害したのかを理解できなくて、俺は逆にムッとして眉を顰め、「何だよ」と訊いた。
彼女は今の不愉快な感情をいったん吐き出すようにふんっと鼻で一つ息を吐いてから、真顔で俺を見据えてきた。
「好きなの、ブン太君が」
は? そう返そうとしてぱかっと口が開いたが、声にならなかった。
あまりにも突然の告白だった。前触れなんか何もなかった。だって、さっきまで俺を睨んでただろ?
「あたしと付き合っちゃわない?」とか会話の中に軽く告白を織り込まれたりしたことはあったけど、こんな風にストレートに告白されたことがなくて、正直狼狽した。
そして不謹慎かもしれないが、こんな告白をからされたいなぁとちらっと思った。
俺は小さく溜め息を吐く。
「彼女いるから…ごめんな」
ジコチューな俺が「ごめんな」とはよく言ったもんだ。
でも誰かを本気で好きになるって気持ちがどんなものなのか、すげーわかるから。多分彼女は真剣だから、はぐらかしたり、適当なことを言っちまうのはダメだと思った。
も告白された時、「付き合ってる人がいるからごめんなさい」と断ったらしいけど、今なぜか、もっとその場面の詳細が知りたくなった。
は、どんな風に相手の言葉を受け止めて、どんな風に返答し、どんな風にその場を去ったんだろうか。そして告白してきた相手は?
「どうしてっ!? どうしてあの人なの!?」
俺が別のことに思いを馳せていると、目の前で急に彼女がヒステリックに叫び出したので、俺は一瞬ビクリと震えた。
どうして、って…んなこと俺にだってわかんねぇよ。
ただ、俺はアイツじゃなきゃだめなんだ。それだけはわかる。
だから――
「私知ってる。本当は、ブン太君があの人に相手にされてないの! 何でそんな人といつまでも付き合ってるの!?」
――だから、を非難するような彼女の物言いに、腹が立つ。
「…黙れよ。俺が誰を好きになって誰と付き合おうが、お前に関係ないだろ」
俺は少し怒ったように、低い声で言い返した。ヒステリーを起こした女に対して怒鳴るほどバカじゃない。こういうのは、できるだけ冷静に返して諦めるのを待った方がいい。
彼女はまた悔しげに顔を歪めた。
…ああ、そっか。わかった。
さっきも、今も、彼女が不愉快そうに顔を歪めたのは、嫉妬だったんだ。に対する、嫉妬。
『怒り』じゃなくて、『妬み』か。
理解したら、何だか疲れにも似た深い溜め息が洩れた。
――面倒臭い。
俺がそういう顔をしたのに気づいたのか、彼女はますます顔を顰め、今にも掴みかかってくるんじゃないかと思えたので、俺はさっと身構えた。
「好きなの!」
彼女はそう叫んで――『掴みかかる』とは大げさだったかもしれないが、だが確かに、俺に掴みかかってきた。
――体当りだ。彼女は俺に抱きついてきたのだ。
以前に抱きしめた時のとは違う匂いがした。不快だった。
そう思うのと同時に、タイミング悪く教室のドアがガラッと音を立てて開かれた。そこにいたのは、紛れもなくだ。
は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの無表情に変わって、「…邪魔してごめんなさい」とか言って扉を閉めた。
それはたった数秒の出来事だった。廊下から何事もなかったかのような普通の足音が聴こえて、俺は愕然とした。
「ほら! 今の反応見た!?
あの人ブン太君に執着なんかないのよ! 彼氏に誰が抱きつこうが興味ないんだわ!」
すっかり存在を忘れ去っていた彼女が、俺の胸元でキャンキャン喚いた。
クソッ…ああもう…!
「うるせえッ! お前にの何がわかる!!」
少し乱暴に身体を引き離し、冷静に返した方がいいとかめんどくさいこと全部かなぐり捨てて、彼女を怒鳴りつけての後を追った。
俺ものこと何もわかっちゃいないかもしれない。でも信じたいんだ。さっきドアを閉める一瞬に見えた、の瞳にかかった影を。俺を待っていると。
「邪魔してごめん」だとお? が邪魔になったことなんか一度もあるかっ!
いつだって、傍にいてほしいんだ!
廊下の突き当たりを曲がると、は奥にある階段の前で、壁に向かって立ち止まっていた。
何で、そんな不自然な所に佇んでるんだ? まるで、誰かを待ってるみたいに…
俺は止まらずに走る。走って、の背後で足を止める。でもは未だ振り返りもしないでいた。
俺は黙っての腕を取り、こちらに振り向かせる。
――な…ッ!?
信じられないものを見た。混乱して、一瞬それが何なのかわからなかった。
…涙…なのか…?
の頬には、涙が一筋流れていた。でも瞳が僅かに濡れているだけで、表情はいつもと変わらないのだ。混乱しても仕方ない気がした。
は自分で気づいていないのか、俺が何に驚いてるのかわからないといった風に小さく首を傾げた。俺はの身体を、真っ直ぐ自分に向けた。
「…泣いてん、の…?」
声が掠れた。が「は?」と聞き返す。
やっぱりだ。これはとぼけてるんじゃない。無自覚なんだ。
「いや…だって…」
俺は微かに震える手での濡れた頬に触れ、その手のひらを見せてやる。
は俺の手を覗き込み、濡れているのを確認すると、「何でだろう」と言いながら、頬に残る涙を適当に拭った。
「だって、泣くような事ないし」
はそう言った。
でも俺は理解できてしまった気がする。
『嫉妬』、という単語が頭をよぎった。
さっきの女子みたいな激情ではないかもしれないけれど、今ののはとても静かな、最も小さな嫉妬なんじゃないか。
そう思うと、が愛しくてたまらなかった。
の肩を掴んで、真っ直ぐ見つめる。
「なあ…なあ、俺もう…自惚れても、いい…?」
「何が?」
「…お前は、俺が好きなんだよ。だからさっきの場面見て嫉妬して泣いたんだろ?」
は『嫉妬』という言葉を生まれて初めて聴いたかのように、目を見開いてぱちぱちと瞬かせた。
やがて目がスッと落ち着きを取り戻すと、は少し沈黙して、俺の言葉を肯定した。
「……うん、そうだね」
答えた後、は俯いて目を伏せた。
…あ、俺…どうしよ。今のの心境、わかる気がする。
俺を『好き』だって気づいちゃったから、どんな顔見せればいいのか、きっとわかんないんだ。
やべぇ…すっげ可愛い…
「――」
バサバサッ…
衝動を抑えきれずを抱きしめると、が抱えていた本が床に落ちる音がした。
どうでもいい。拾うのなんて後でいいと考えていると、は身をよじり、俺の身体を押し返してきた。
離されて見たの目が、悲痛そうに俺を見て、
「…ついさっき他の人が触れたブン太に触れたくない」
と言ってきた。…これもヤキモチなのかな…
…確かに俺も、さっきの女子が抱きついてきたりしたせいか、を抱きしめても、何か薄い膜で隔てられているかのように感じた。
ちくしょう、気持ち悪ィ。
「俺も…他の感触が残ったままを抱きしめんのは嫌だな」
ウザいブレザーとベストを脱ぎ捨てて、「これでいいか?」と笑って問う。
これで拒まれたらさすがにヘコむ。だって寒いし、本当の両想いになれたのに今すぐ抱きしめられないなんて、拷問だ。
が「馬鹿だね」と苦笑する。
それをオッケーと解釈した俺は、「にあっためてもらうから」と言ってまたを抱きしめた。
の自然な優しい匂いがして、幸せな気分になった。
それにあったかい。ぬくい。マジで幸せだ。
俺が幸せを噛み締めていると、さらに耳を疑うような嬉しいセリフが飛び込んできた。
「ブン太…好き」
「!!」
…今、今の…告白? 今俺を「好き」って言った…?
「やっと解かった。『好き』って、こういう感じなんだ」
の手が、ぎゅうっとシャツの背を掴んだ。
心なしか、声が震えていた。俺も、ひどく動揺した。
「…」
「私は、ブン太が好き」
「俺…俺も、好きだよ…」
「うん…好き…」
俺の囁きは、に伝える為のもの。の呟きは、自分への確認みたいだった。
いつだっては一生懸命だ。
一度自分で決めたことには本当に一途で、大変なマネージャーの仕事も、俺と付き合うことも、決して途中で投げ出したりしなかった。
そのの一途さが、俺はすごく好きだ。
…今なら、いいかな…?
もっと、もっと、に触れたい。繋がっていたい。
俺はの身体を引き離し、そっとキスをした。
三度目のキス。
一度目や二度目みたいな、勢いに任せたようなキスじゃない。
深さも、激しさもないけれど、どれよりも満たされてる。幸せだ。
「…よかった」
笑顔と一緒に、そんな呟きが洩れる。が首を傾げた。
「何が?」
「んー……いろいろ。
のこと好きになって。好きになってもらうまで待って。こうして、好きになってもらえて。よかったなって。
あ、モチロンキスもよかったぜ!」
「……」
「…顔赤いぞ?」
うっすら顔を赤らめるが可愛くて、ついからかい口調になってしまう。
覗き込む俺にはひと睨みしてきて、思わず怯んだ俺は半歩後退った。
は拗ねてしまったのか、落っことした本を拾い始めたので、俺も投げ捨てた上着を拾って、ベストだけを着た。
…ブレザーはまだいいだろ。せっかくのの匂いやぬくもりが、消えてしまうんじゃないかと思った。
「帰るか」
「うん」
鞄を取りに教室へ戻る。先程の女の子はさすがにもういなくて、教室はさっきの修羅場が嘘のように、静けさに包まれていた。
俺たちは言葉を交わさなかったけれど、何だかが居心地悪そうにしていたので、とっととその場を後にした。
学校を出て、部活帰りよりずっと明るい通学路を歩く。
その違和感もたまにはいい。俺はちら、との横顔を盗み見て、ほのかに幸せを感じた。
――あの告白、夢じゃねーよな?
思い出して口の端がユルんだが、ふともう一つの違和感に気づいた。
手がスースーする…繋がってない。
いつもはの方から当たり前のように繋いできてたのに、今日はそれがなくて、ちょぴり淋しかったり…、照れてんのかな。
そう思っていたらいつの間にか、は歩調を速めて俺を追い抜かし、振り返りもせず前をスタスタと歩いていった。
「っおい!」
腕を掴んで止めると、は引いた反動でこちらを向き、お互い立ち止まって顔を見合わせることになった。
は驚いた顔をしていた。まるで、自分でも気づかないうちに早歩きをしてしまっていたかのように。俺が止めなかったら、あのままどこまでも早歩き続けていたんじゃなかろうか…
ってこう見えて意外と、自分の気持ちにはニブいんだな。
可愛いな、と思う反面、今はこんなになってるのに、どうしてあの時、あんなこと言って平然としてたんだろうと思った。
さっき教室で俺と俺に抱きつく女の子を見た時に、「邪魔してごめん」とか言って、何ごともなかったかのようにあの場を去った。
『自覚のない嫉妬』と『恋に戸惑う』のはそんだけ違うってことなのか? いや、そりゃ違うだろうけど、の場合なぁ…うーん……ムズかしい。
蒸し返して悪いなとは思いつつも気になることを訊ねると、は小さく息を吐いてこともなげに「ああ、何だその事」と言ったので、俺はちょっとムッとした。
「ブン太に言ったんじゃないよ。あの子に言ったの。
告白してるところなんて、普通誰にも邪魔されたくないでしょ」
それはなりの気遣いなんだろうか。でもそれって、変に余裕が感じられて、告白してる方としては不快に感じたりするんじゃないのか? 現に、彼女はヒスったし。
…俺も、彼女が「あの人はブン太君に執着なんかない」って叫んだ時、ほんの一瞬、そうなんじゃないかと思った。
邪魔もしてくれないんだ、俺のこと好きじゃないんだ、って。そんな風に考えちまうの、すごく悲しいんだぞ。
「彼女なら邪魔してもいいと思う」
「私は思わない。だから席を外したの」
「俺なら邪魔する」
は微かに呆れたように眉を顰め、声に出さず何かを呟いた。
俺の気持ちをちゃんとわかってほしくて、の両手を取り、まっすぐに見つめて言った。
「俺は邪魔するぞ。を誰にも盗られたくないからな」
「…好きにすればいいじゃない」
が、はぁっ、と短い溜め息を吐く。もうこの話をしたくないみたいだ。
何でかな。何で両想いのはずなのに、こんなミジメな気分になるんだよ。…泣きたくなってきた。
「なあ〜、何でお前そんなに冷めてんの? 俺のこと本当に好き?」
「冷めてないし、好きだよ」
ちょっと責めるように問うと、キッパリとした答えが返ってきた。俺は言葉に詰まる。
「冷めてない」、だって?
なら、お前、どんな風に思ってんだよ。ちゃんと言ってくれなきゃ、わかんねぇ。
突如びゅう、と音をたてて強い風が吹き抜け、の髪が散らばり、スカートがはためいた。
は乱れた髪を軽く手櫛で直して押さえつける。俺は風に目を細めながらその仕種を見ていた。
「…不安に思わなくていいよ」
「…不安じゃない」
俺は少し意固地になって言ったが、数日前にもこんなやり取りをしたのを覚えていたのか、がクスッと笑った。
何だろ、緊張が解けるような、柔らかい笑い方だ。それがあまりにも不意打ちに可愛くて、顔がかぁっと熱くなった。
「…私はブン太から離れないから。絶対に」
俺が何を言う間もなく、からものすごい発言が飛び出して、テニスをやってる時でさえないほどの速さで心臓が鳴り、俺の顔はますます熱くなった。
…それが、お前の気持ち? 俺が不安に思ってるのを知ってて、俺にわかりやすく言ってくれたんだろうけど、何て言うか、その……って、スゲェ。
何か言いたかったけど、開いた口からは高い音が洩れただけで声にならなかった。俺って、つくづく情けねぇ。
は「安心した?」と言って俺の手を引くと、再び少し前を歩き始めた。親に手を引かれる子供の図、みたいだな。
でもお互いにいつもより少しだけ体温が高いような気がするのは、子供体温だから、じゃ、ないよな…?
今、普通に手を繋いでいるだけなのがもったいなくて、繋ぎ方を変えようと手をもぞもぞと動かす。
の手が緩んだので、自分の指をの指に絡ませた。俗に言う『ラブラブ繋ぎ』だ。これずっとやりたかったんだよなー。
何も文句を言われないのをいいことに、指にぎゅっと力を入れると、がぼそっと呟きを洩らした。
「…気持ち悪い」
「えっ!? 嫌!?」
「気持ち悪い」って俺のこと!? 動きが変態みたいだったか!?
「嫌じゃないけど、指の組み方が普段と逆で気持ち悪い」
「俺はいつも左の親指が上だぞ?」
「私は逆なの」
あ、ああ、そゆこと。
でもなぁ、だからといってこの手を離しちまうのはもったいない。
指を一段ずつずらして握り直すと、の言ったことの意味がわかった。…確かに気持ち悪い。
まあこんなモンは慣れだ! の手を離す方がずっと嫌だ。
「そう」
は俺の方を見て、ふっ、と優しく微笑んだ。
深く手を繋ぐこと自体は嫌じゃないらしい。それが嬉しくて、俺も笑った。
「俺…安心したっ!」
「うん?」
「…離さねーから。俺も」
が俺から離れないって言うんなら、俺はを離さない。至極単純、それだけだ。
でもそんなクサいセリフを言ってしまった後に恥ずかしくなって、まともにの顔を見れなかった。横目で見ると、は顔を赤くしていた。
あー、あー、あー…可愛い。何か、両想いって感じする。
離れないように離さないように。
どちらからともなく、握った手に力を込めた。
The first completion…
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中書き
視点分けたワリには大した事なくてすいません…
今度こそ第一部の終わりです。
2004年8月31日
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