First part     Sight      Food & Smile      Invitation      Decision
Waiting      Reason      Pieces      start
Interval     Monologe 桑原仁王切原
Second part     It's still early? 1      He'll obstruct it 1
    
 丸井ブン太は私のクラスメイトだ。
 丸井ブン太はいつも何かしらガムを噛んでフーセンを膨らましている。
 丸井ブン太は王者と呼ばれる立海大附属中テニス部のレギュラー。
 丸井ブン太はそれと何だか可愛らしい容姿に明るい性格もあって、同学年の女子なんかにそれなりにモテる。

 これが、私の知る丸井ブン太のすべて。





  Sight





「ねぇねぇ。ブンちゃんっていいよねー」


 机に頬杖をついてぼーっとしていた私に、友達の一人が唐突にそう声をかけてきた。
 一瞬思考が停止する。

 …ええと…


「……何、『ブンちゃん』って…?」
「えーっ? 丸井ブン太のことだよー!
 みんなそう呼んでるよ?」
「……」


 アイドルかよ。
 そういえば、丸井ブン太は時々アイドルのようなポーズをする。
 ピースを目の横にやってウインクするあれ。


「いいよねブンちゃん!」


 …友よ、同意を求めないで。

 私が苦い顔をしていたら、彼女はふぅと溜め息をついた。


「…はああいうタイプ嫌いだもんねー…」
「別に嫌いではないよ」
「でも好きじゃないでしょ?」
「……」


 …否定はしない。

 嫌いじゃないけど苦手。
 だってアホっぽい。

 なんて事は、心の中に秘めておく。


 でもまあ、同じクラスとはいえ丸井ブン太は私とは無縁の人間だ。



 ――と、思っていたのに…



「あり? サンお隣? シクヨロ!」
「…ドウモ」


 席替えのクジで、丸井ブン太の隣を引き当ててしまった。
 隣と言っても、席がくっついてるわけじゃないけど。

 それにしても…この眩しい笑顔に、死語はないと思うわ。
 黙ってれば私でも格好いいと思うのに。

 友達は「いいなー」とか言って、私の席まで話をしに来るついでに丸井ブン太と話してる。
 『ついで』は私かもしれないけど。
 それでも、いつも恋をしているような彼女は女の私でも可愛いと思うし、好きだ。


 でも…『恋』って何だろう?


 私の場合、その対象に丸井ブン太は絶対に当てはまらないと思うんだけど。
 かといって理想があるわけでもない。

 それに、人生というのはどう転ぶか解からないものだ。




















 一週間後。
 その日はたまたま、家庭科で調理実習があった。
 よく思うけど、どうして食物や被服って女子だけなんだろう。
 男女差別としか思えない。

 作ったのはマドレーヌなので教室まで持ち帰り。
 なに? これは好きな男子に作ったものをあげるチャンスを学校側が与えてくれてるワケ? そんなんでいいの?
 そんな相手がいない私はどうすればいいの?
 自分で食べるって言っても、甘いもの、そんなに好きじゃないんだけど…

 周りには目当ての男子にあげたりしている女子がわらわら。


「あーっ! それも美味そう!」


 席を外していた丸井ブン太が隣の席へ戻ってきたと思ったら、開口一番にそれ。
 …透明袋に入ったマドレーヌを大量に抱え、口にも頬張りながら。
 なるほど、だから「も」ね。
 丸井ブン太のその姿を見た瞬間、何だかひどくうんざりした。
 私は無言で、丸井ブン太の机にマドレーヌを置く。


「くれんの?」
「どうぞ」
「サンキュー!
 あ…もしかして、俺のことす」
「きじゃない」


 余計な事を言われる前に遮ってやった。
 どうして、『お菓子をあげる』イコール『好き』に繋がるの? 繋げるの?
 理解不能。

 丸井ブン太は口を噤んで、私のマドレーヌの袋を開け始めた。
 私は読みかけの小説を鞄から取り出して、しおりが挟んである箇所から読み始めた。


「…あのさぁ、前から思ってたんだけど…」
「何?」
サンて、結構キツいね…」
「変な誤解をされないようにしてるだけなんだけど?」
「それにしてもさぁ」


 言いながら、マドレーヌを一欠け口に入れる。
 「うまっ」という少し驚いたような呟きが聴こえた。


「…俺、アンタの笑った顔見たことないんだけど」
「必要があったら笑うよ。笑ってるよ。
 丸井君は私を見てなんかいないからそんな風に思うんでしょ」
「……」


 また黙り込む丸井ブン太。

 周りは騒がしいはずなのに、まるでここだけが切り離された空間のように思えた。
 自分が本のページをめくる音。
 聴こえるはずもない丸井ブン太の咀嚼音。そして視線。
 それが、いやに耳につく。絡みつく。

 やがて「ねぇねぇ」と話しかけてくる友達。
 私はどこかホッとして本を閉じ、彼女を見上げた。
 自分はマドレーヌを誰にあげただとか(丸井ブン太が本命ではないようだ)、隣のクラスの誰々がどうだとか、サッカー部の誰々君が格好いいとか。
 いつものように他愛もない話を始める彼女に感謝する。
 自然と顔がほころんだ。

 …と。


 カサッ…


 ビニール袋の落ちる音。
 音の方に目を遣ると、丸井ブン太がマドレーヌの袋を床に落としたようなのが解かった。
 でも拾う様子はない。
 というか、何でこっち見てんの?


「…ねえ、拾わないの?」
「え、なに…?」
「袋」
「あ、あー…うん…」


 動揺したように慌てて袋を拾う。

 何なの?




















「…ねえ。
 これ、自分が書いとくって言ったよね?」
「…言いました」


 放課後。
 掃除も済み、誰もいなくなった静かな教室で。
 私は丸井ブン太と対峙していた。

 というのも、本日は席が隣り合っている私と丸井ブン太が日直だったのだが、丸井ブン太は日誌を書くのは自分に任せろと言ったくせに、今見せてもらったらそこには何も書かれていなかった。

 ふざけんなよ。
 何の為に私が毎時間黒板消しやら資料運びを一人でやったと思ってんの。


「昼休みにでも書こうかなーと思ってたんだけど、考えごとしちゃっててー…ごめん」
「…もう、いい。私が書く」


 席に着き、ペンケースを出す。
 丸井ブン太は私の前の席に座り、後ろ向きになって私と向かい合った。
 私は視線を日誌に落としたまま言う。


「いいよ、部活に行っても」
「…俺、そこまで無責任じゃねぇ」


 丸井ブン太のその声が、今まで聴いた事もないような真剣なものだったので、私は思わず顔を上げてしまった。
 目が合った。

 一瞬呼吸が止まる。

 すごい目力。
 引き込まれそう。

 ああ、これが丸井ブン太のテニスが強い理由の一つなのかもしれない。
 相手を見据えるこの瞳は、あまりにも強烈だ。
 心の弱い相手は、すぐに怯んでしまうのだろう。

 私は何とか視線を外して、また日誌に向かう。
 …名前すら書いてない。
 苛立ちが再発してきた。
 無言でペンを走らせる。

 カリカリ…


「字上手いね」
「どうも」
「お菓子も美味かった」
「そう」


 カリカリ…


「…な、サンて俺のこと嫌いだろ?」
「別に」
「でも好きじゃないだろ?」
「……」


 何か、こんな会話を前にもした気がする。

 別にどうでもいいじゃない。
 どうせ私に興味なんかないんだから。


「…俺、サンのこと好きなんだけど」
「そう」
「さっき言った昼休みの考えごとって、サンのことなんだけど」
「へぇ」


 カリカリ…


「…笑った顔、見た」
「それで?」
「惚れた」
「ふーん」


 カリカリ…


「…フツーそこで流す?」
「ドウモアリガトウ」
「…やっぱ俺のこと嫌いだろ?」
「別に。…よし、終わった」


 ぱたんと日誌を閉じ、ペンを仕舞って立ち上がる。
 丸井ブン太も同じように立ち上がった。


「私出しておくから、部活行っていいよ」
「悪いね」


 そう言って椅子を机に仕舞うけれど、立ち去る様子はない。
 何やら制服のポケットをごそごそ探って、何かを取り出した。


「…いる?」


 丸井ブン太はグレープ味の板ガムを一つ差し出した。
 私は首を振る。


「ううん、いいよ」
「あそう」


 丸井ブン太は軽く肩を竦め、それの包装を解いて口に放り込む。
 顎の動きで、最初の塊を崩しているのが解かった。

 なぜだろう。
 私は丸井ブン太から目を離さずその顔をじっと見ていた。
 離せなかったのだろうか。

 丸井ブン太もガムを噛みながら、私を見てる。

 この静寂の中には、ガムのクチャクチャいう少し不快な音と、変に交差する視線。

 何でこの人は私を見てるんだろう。
 何で私はこの人を見てるんだろう。

 …何でこの人、近づいてるの?

 丸井ブン太がゆっくり一歩前に出る。
 私は一歩後ろに下がる。

 そうして何歩も後退っていたら、教室の窓へ追い詰められた。

 それでも絡み合ってる視線。
 お互い無表情のままで。


「…ねぇ、サン。俺アンタのこと好きだよ」
「それはさっきも聴いた」
「ちゃんと意味わかってんの? 好きなんだぜ…?」
「だから?」
「…だから」


 丸井ブン太が窓に手をつく。
 身長差がそんなにないから、顔が近かった。

 …ああ、違う。
 近づいてきてるんだ。


 …そして気がついたら、唇が触れ合ってた。


 ぶん殴ってもよかったけど。
 私はそのまま、目を閉じた。

 腰を抱き寄せられて、首も引き寄せられて。
 深まっていくグレープ味の甘ったるいキスに、「この人慣れてんのかなぁ」とか思いながら。
 ただだらりと下げていた行き場のない手を丸井ブン太の肩に置く。
 口内に舌が割り入ってきた時には、制服をぎゅっと掴んだ。

 …………っ!?

 ごくん、と。
 その時私は何かの塊を飲み下した。
 口の中にはグレープ味が広がっている。


「っ…!」


 それが何だったのかすぐに理解した私は。


「んぐっ」


 丸井ブン太の首を片手で押し返しながら絞めていた。


「…ぁの…苦しぃんですけど…」


 苦笑しながら、掠れた声で言う丸井ブン太。
 私はこいつを睨み上げる。


「…ぃ」
「ん?」
「汚い」
「舌入れたのが?」
「…何つーモンを飲ませてくれたの」
「……ガム?」


 やっと合点が行ったようなので手を放してやると、丸井ブン太は一つ咳き込んで苦笑を深めた。


「舌はいーのにガムはダメなんだ?」
「最初からどれも「いい」なんて言ってないんだけど」
「でも」


 ニヤリと笑ってまた顔を近づける丸井ブン太。


「抵抗しなかったよな?」
「…どうしてだと思う?」


 ふてぶてしいその顔を押し返しながら、私は訊ねた。


「どうしてって…俺のこと好きだからじゃないの?」
「……そう思う?」
「違うん?」
「…さあ」


 腕を組んで、掃除が済んだばかりの綺麗な床に視線を彷徨わせる。

 「好き」?
 自分でも解からない、そんなの。

 ただ、丸井ブン太が思ったよりも真剣な顔で見つめてくるから…

 真面目に悩む私に、丸井ブン太が怪訝そうに訊いてくる。


「…わかんないの?」
「うん」
「じゃあとりあえず、俺たち付き合っちゃおうぜ」
「…何でそうなるの?」


 すごい飛躍。
 思考回路がどうなっているのか一度見せてほしい。


「知ってる? 腕を組むのは心を読まれたくない表れなんだと。
 ってことは、は今本音を読まれたくないと思ってるってことだ。
 それって俺を好きってことじゃん?」
「…なに博識ぶるどさくさに紛れて人の名前呼び捨てにしてんの?」
「あ、バレた?」


 呼び捨てにされたのはまあこの際どうでもいいとして。
 こいつの言った事、あながち外れていないのかもしれない。
 嫌いじゃなくて好きかもしれない可能性があるんなら、付き合ったっていいんじゃないかと思うし。


「なあ、お試しでもいいぜ?
 退屈させねーし、大切にするし…付き合ってよ」


 そう、丸井ブン太が思ったよりも真剣な顔で見つめてくるから――


「…少しでも生理的に受け付けなくなったら別れてもいい?」
「なんかヒデェ条件だけど…いいぜ。そんなことねぇだろうし」
「なら、いいよ」
「マジっ? やった! シクヨロー!」


 嬉しそうに笑って丸井ブン太は私に抱きつき、またしつこくも顔を寄せてきたのでチョップをかましてやる。


「って!」
「調子に乗るな」


 ――きっと、捕まってしまったんだ。
 初めて強い視線を交わしたあの時に。
 じゃなかったら、いつまでもこんなに心臓が煩いわけがない。





 私は今でも丸井ブン太が苦手だ。
 だって、眼の力が凄まじ過ぎる。





to be continued…





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中書き
 『Sight』は『視線』って意味。
 このタイトル跡部様っぽいですね。
 でもダブルス2の試合の、「ただし…キッチリ返すぜ」ってコマのブンちゃんの目は強烈でした。
 ガムで口元が見えないから余計に。
 私ねー、そんなにブンちゃん好きじゃないはずなんですけど、不思議だなー…
 尻に敷かれるブンちゃんは好きかも。
 だからヒロインがこんな性格に…


 2004年1月12日


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