俺は、この頃思う。

 幼い頃から続いていた俺のラッキーは、君を手に入れた時点で尽きていたんだ。
 あとはアンラッキーの一途を辿るだけ。



   おわり



 そんな事をベンチに座りぼんやりと考えながらの、部室での部活サボり。
 こんな場所でサボっていたら、普通ならすぐにバレちゃうんだろうけど、このくらいのラッキーならまだ残ってるからバレません(我ながらすごい自信だ)

 …と思っていたら、部室のドアが唐突に開かれた。

 やべっ!
 ああやっぱりラッキーがなくなってきてるんだ。
 こんな小さな運も逃してしまうなんてね。


「…あれ?」


 ドアの向こうから逆光と同時に降ってきたのは、テニス部のマネージャーもやってる俺の彼女の声。
 俺は外の眩しさに一瞬目を細めながら、彼女の顔を確認する。

 安堵の溜め息。


「なんだ〜…君かあ…南かと思ったよ」


 彼女は優しいから、南に告げ口したりしないのを俺は知ってる。
 今日もヨロシク、みたいな共犯者めいた笑顔を向けていたら、彼女は最初の驚いた顔から、徐々に表情を曇らせていった。


「…? どうかした?」


 何だかヤな予感。

 俺のラッキーは衰えてきたけど、こういう予感を察知する力は健在だと思う。

 ヤな予感。
 ヤな予感。

 胸がモヤモヤする。

 彼女は静かに部室のドアを閉めて、俺に向き直った。
 今度は思いつめた表情。
 でも瞳はすごくまっすぐで、俺は無意識に身体を退いていた。

 俺は、予想してる。
 これから発せられる、彼女の言葉を。


「清純君……別れよう」


 ぐらっ、と。
 視界が揺れた。
 座っているのに、立ちくらみになったような感覚。
 一気に喉が渇き出して、空調の利いた部屋にいるのに汗が出てくる。


「…な…に…言ってるの…?」


 なんとか搾り出せたのは、歪んだ笑みと掠れ声のそんな疑問符。

 違う。
 俺は、そんな事を言いたいんじゃないんだ。


「別れよう」


 繰り返された言葉。
 まるで録音したテープを聴いているかのような、変化のない声音。


「…もう、疲れたの。清純君と付き合うのも、好きでいるのも」

「「疲れた」…?」

「清純君は、私の事を…まだ、好き?」

「まだも何も、ずっと好きだよ」


 正直に言ったのに、彼女はどこか自嘲気味に、ふっ、と力なく笑った。


「…嘘」


 彼女の確信めいた一言。表情。

 …胸をえぐられそうだ。


「私ばっかり好きだったの。清純君は、私がいなくても平気だった」

「…違う」

「じゃあどうして何度も他の女の子と休日に手繋いで歩いたり出来るの?」


 違う。


「疲れたの」


 彼女はまた繰り返す。


「嫉妬するの、疲れちゃった…」


 場違いにも俺は、涙を堪える彼女のその姿を、とても綺麗だと思った。


「告白してくれた時、「ひとりにしない」って言ってくれたよね?」


 言ったよ。
 君をひとりにはしない。


「だから私、清純君が軽い人だって解かってても、付き合おうと思った。
 …でもやっぱりずっとひとりだったよ」


 違う!

 言いたくても、声が喉につっかえて出てこない。

 違うんだ。
 君に、俺だけを見てほしかったから。
 だから。


「もう、おわりにしよう?」

「…君は、またひとりになっちゃうよ…?」


 口をついて出たのは、卑怯な言葉。
 君はひとりになるのを何よりも怖がってたよね。


「もう、君をひとりにはしな…――」

「南君が、「好きだ」って言ってくれたの」


 「君をひとりにはしないから」。
 そう言おうとした俺を遮って。
 彼女はそう、言った。


「私は清純君の事誰にも相談しなかったけど、南君は、解かってた。解かってくれてたの」

「……」


 愕然とする。
 南が? あの南が?

 彼女の事を密かに好きっぽいのは知ってたけど、まさか告白するなんて。


「悩んだよ。清純君を好きだったから」


 …過去形。


「でも、清純君は私がいなくても平気でしょ?」


 平気なんかじゃない!
 俺は――

 肝心な言葉が、いつも出てこない。
 「好きだよ」なんてのは、誰にだって出てくるのに。


「…悩むの、やめたんだ。
 私には清純君がいなくても南君がいる。
 清純君も、私がいなくても他の誰かがいる」


 彼女が胸の前で手を重ねた。
 上になってる左手を、俺は呆然と見上げた。

 ――クリスマスにプレゼントした指輪を彼女がつけなくなったのは、いつからだっただろう。
 彼女の誕生石が嵌め込まれた指輪は、いつからあの薬指に光らなくなったっけ?

 そんな事も解からない俺は、既に彼女を留めておける力などないのかもしれない。
 「好き」なんて言葉は、もう意味を成さないのかもしれない。

 重ねた手の中から、彼女は何か小さな物――あの指輪を、取り出した。
 細い指で指輪を摘み、俺の目の前に翳すと……


「おわりにしよう」


 無機質な冷たい声と、金属が床に落ちる冷たい音が。



 響いた。






























 彼女が去っていった部室で、彼女が捨てていった指輪を指先で弄びながら、俺は。

 静かに頬を伝う生温かい液体に気づかないフリをしていた。


 大事だったんだ。何よりも。
 傍にいたかったんだ。いてほしかったんだ。

 不器用な俺は、本気で好きになった君をどうすれば繋ぎ止めておけるのか。
 そればかりを考えて。

 君には伝わらなくて。

 君の事を、傷つけてた。


 君はいつだったか、ラッキーな俺といたら幸せになれるねと言って笑ったけれど。

 …ごめんね。
 あの時には俺のラッキー、既になかったんだ。

 幼い頃から続いていた俺のラッキーは、君を手に入れた時点で尽きていたんだ。
 あとはアンラッキーの一途を辿るだけ。



 ――「おわりにしよう」



 君の最後の声が頭の中を駆け巡る。
 終末が訪れてしまった事に、恐怖する。





 君の孤独が、俺の孤独を埋めてくれると思ってたのに――





 彼女がこの部屋を出て行ってからしばらく経つ。
 それでも誰も俺を捕まえにここに来ないのは、彼女が誰にも言わなかったから。

 わざとなのか、もう俺の事なんかどうでもいいのか、解からないけど。

 彼女の優しさが、痛かった。


 頬を伝う生温かい液体が、熱さを増したような気がした。










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あとがきという名の言い訳
 な、な、なんじゃこりゃーっ!?
 ひたすら意味不明。逃げたい逃げたい。
 私、悲恋なんて書きたくないのに書きたくないのに。
 何かですねー…古文の伊勢物語の『芥川』って話をこの日偶然読んで、そしたら頭からその内容が離れなくなって。
 なぜだか…こんなのを書いてしまったのです…別にそれを元に書いたわけじゃないけど。気持ち的に?
 高校の時に習った覚えがあるのですが、こんなに胸にくる話だったのかと今さらながらに思いました。慈郎の苗字だし(でもジロドリじゃないのね)
 しかもほんの数時間で書き上げた。携帯のピコピコ打ちで。私にはありえない。


 2003年12月13日


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