俺と君とシロとジロ





 との登下校の途中で、たまに、一匹のネコを見かける。

 元々は真っ白な色の毛だったんだろうけど、長いノラ生活を思わせるすすけた汚れのあるネコ。
 動物好きで実際にネコも飼っているは、そのネコと出遭うたびに目を輝かせて「かわいー!」と(俺の試合中ですら聴いたことのない)黄色い声を上げ、お弁当のおかずとか、小腹がすいた時用の菓子パンのかけらを与えた。
 その時のはとても嬉しそうで、ネコに『シロ』なんて安直な名前をつけて呼んだ(点々つけたら俺の名前だ)。

 でもいつもと一緒にいるはずの俺の存在はシロに無視されている。エサやらないからか?
 だって俺、俺のお菓子が減るのいやだもん。まあ、シロがものすごくガリガリで今にも死にそうだったら、さすがの俺も自分のお菓子あげただろうけどさ。シロはガリガリでも死にそうって感じでもない。出遭う人出遭う人に恵んでもらって、時にはどこかの残飯を漁ったりもしてるんだろう――そうして、しっかり生きてる。
 だから俺は、がエサを用意してる時に撫でるだけ。エサが目的でじっと待ってるシロはちょっとうっとうしそうな顔をする。
 少しの時間でもを独り占めにしてるくせにそりゃないぜ、と俺は思う。

 が言うにはシロはメスだそうだが、これでオスだったら、俺の心は嫉妬の嵐だったかもしれない。よかった、メスで。うん、お前けっこう美人でカワEよ。には敵わないけどな。















「…最近、シロ見かけないね」
 ある日の帰り道、が淋しそうな声でそう言った。

 確かに、俺たちがシロと最後に遭ったのは、季節が一つ変わる前だ。
 ネコのナワバリがどのくらいの範囲なのかは知らないけど、どこか違う場所に行ってしまったのかもしれないし、本当にたまたま遭遇しないだけなのかもしれない。
 あるいは…――ひっそりと死んでしまったのかもしれない。
 もそれを少なからず予想しているから、淋しい表情の中に悲しさも混じってるんだろうな。

 それは悔しくも俺がどうにかしてあげられることじゃないから、シロ出てこい、元気な姿をに見せろよ、と心の中で呼びかけた。
 この通学路を通る間だけでもいいから、そこにいろよ。俺もエサやるから。
 そう念じた時、少し離れた路地の隙間からすすけた白いネコがひょっこり現れた。「シロ」、と俺は思わず呟く。そこにいたのは紛れもなくシロだった。

 スバラC。俺って魔法使いだったんだ。ん、動物使いか?
 どっちでもいいや。の顔にぱあっと笑みが広がって、俺はそれが見れただけでよかった。

 立ち止まって俺たちをじぃっと見上げるシロには近づくと、何かに気づいて驚いたようにシロを見つめたまま、「慈郎、ちょっと来て!」と興奮気味に俺を手招きした。俺もシロの(正しくはの)元へ向かう。
「どうしたの?」
 シロの前でしゃがみ込んだに並んで俺もしゃがむと、はシロを指差して言った。
「シロ、妊娠してる…!」

「えっ?」
 さすがの俺も驚いて、シロのお腹を覗き込んだ。お腹はもこもこと不自然に出っぱっていて、ネコの生態に詳しくない俺でも、それが何を意味するのかがわかった。
 シロのお腹の中には、シロ以外の命が存在してる。

 俺たちが放心していると、痺れを切らしたシロがエサをせがむように「ナーォ」と鳴き、の膝に頭をすりつけた。はハッとしてカバンから食べ物を取り出そうとした。
 俺はその間、よしよしとシロの頭を撫でてやる。シロは珍しく気持ちよさそうに目を細めた。

 シロは人間の年齢に換算したら俺より年上なんだろうけど、俺はなぜだか、シロに「よくやった!」と言ってやりたくなった。子供もいないくせに、孫ができたような不思議な気分だ。
 …俺、ちょっと感動してるのかも。

 がシロの足下にちぎったパンのかけらを置く。シロだけは何事もなかったかのように、一心不乱にパンにかぶりついていた。
「…びっくりだね…」
 がもう一欠けパンをちぎって地面に置いて、はぁっと息をつきながら呟いた。俺もシロを見つめたまま頷く。
「うん…なんかすごい…」
「うちのネコはみんな去勢してるから、こういうの初めてだよ」
 と言っては俺の方を向き、頬をうっすら紅潮させて、ニッコリと微笑んだ。
「なんか…嬉しいね」

 その笑顔を見れた俺も嬉しくて、つられて笑顔になる。俺だってを笑顔にしてあげることくらいできるけど、この時ばかりはシロに感謝したくなった。
 ありがとうシロ。お前のおかげでがすっげー喜んでるよ。すっげー可愛い。

 今度は子ネコ連れて現れてくれよ、なんて思いながら、俺は満腹になって去っていくシロを見送った。




















 その日は、雨が降っていた。

 また一つ季節が移り変わろうかという頃、俺たちはカサを並べて朝の通学路を歩いていた。
 シロがお腹を大きくして現れて以来、俺たちはまたシロと遭うことがなくなった。あれからは時折シロのことを思い出しては、「元気にしてるかな?ちゃんと栄養とってるかな?」と心配した。最近では、期間的にもう子ネコが産まれていてもおかしくない頃だそうだったので、「ちゃんと産まれたかな?ちゃんと育ってるかな?」と心配の種が増えている。でもそれは、妊娠発覚前とは違う種類の心配に思えて、俺は逆にホッとしていた。も俺と同じで、自分の娘に子供ができたみたいに思ってるんだろうな。それって、幸せな不安だ。

 今日もは、子ネコが雨に濡れて風邪をひかないだろうか、なんて心配をしてる。俺は、きっと大丈夫だよ、と何の根拠もないけどそう言い聞かせてあげた。だってシロはノラのベテランだ。雨風をしのげる場所くらい知ってるだろう。
 そんな風に思いながら、大通りの方へ出る。まだ朝早いから、車の数はまばらだった。道路側を歩いていた俺は何気なく流れる車に目を遣る。
 ――思わず、立ち止まった。サッと血の気が引いて、心臓が急に激しく鳴り出す。

 …――は。だめだ。見ちゃだめだ。見ちゃだめだ!

 俺の一歩前でが立ち止まったのが足音でわかり、その直後に、ひゅっ、と息を呑む音が聴こえた。視線が車道に釘づけになっていた俺は、恐る恐るに目を移す。は真っ青になって、口元を押さえようとした手からぽろっとカサが滑り落ちた。かすれた声で呟く。
「……シロ?」

 車道にいたのはシロだった。白い中央線の上に、本来なら保護色で見えにくいはずのシロが、白い毛の下半分を真っ赤に染めて。倒れてる。それでもシロだとわかったのは、倒れたその身体の傍らに、ちいさなちいさな白いネコが一匹いたからだ。
 シロは子ネコを連れて道路を渡ろうとして、車にはねられた――そう推測するのは簡単だった。それを、心が理解するかどうか。俺はまだ混乱していて、ただ呆然とすることしかできないでいた。

 車がシロを避けながら通る音すら聴こえなくなって、時間が止まってしまったんじゃないかと思うほどの静寂の中、俺の頭が次に認識したのは、カバンを投げ捨て軽やかにガードレールを飛び越えてシロに駆け寄るの姿だった。
「――ッ!?」
 手前の車道は赤信号で止まっていたからとりあえず事故の心配はなかったけど、その突然の行動に俺は度肝を抜かれていた。はいつの間にか体育で使うためのタオルを持っていて、シロの元に辿り着くと血まみれのシロをタオルで包んで抱え、子ネコも一緒に捕まえて急いで戻ってきた。

 すっかり雨に濡れてしまったにカサを差しかけてあげて、が差し出す子ネコを俺は受け取って、少しだけホッとした。子ネコの方は血がついてるけど、それはシロのもので、こいつ自身はケガはしてない。雨に濡れてちょっと震えてるだけだ。
 けれどがタオルに包んで連れてきたシロは、もう息をしていなかった。がシロの前足を軽く動かそうとすると、ぎこちなくしか動かなくて、死後硬直が始まっているのがわかった。もう死んでしまってる。

 は目をぎゅっとつむり、涙をこらえていた。目を開けた時には涙は引っ込んでいて、かたくななまなざしがそこにあった。
「…慈郎、ここからちょっと離れた所に公園があったよね」
「え?」
「シロを埋めてあげたいの」
「…うん」

「慈郎は…先に学校行ってても――」
「俺もと一緒に行くよ。当たり前だろ?」
 俺がシロを可愛く思ってなかったなんて思われるのは心外だ。それに、こんな時に俺がをひとりにするわけがないじゃないか。
 はハッとして、少し申し訳なさそうに目を伏せた。

 わかるよ。今は、シロのこと考えるので精一杯なんだって。だから道路にだって飛び出したし、一人ででも埋めてあげたいって思うんだ。俺はそんなが好きだから、こんな時にこそ支えてあげたいんだよ。

 俺は子ネコを制服の胸ポケットに入れると、地面に広がって落ちたままののカサとカバンを拾って、俺のカサを二人の上に差した。
「行こう」
 はシロを抱え直すと、静かに頷いた。










 通学路を少し外れた所にある公園に着くと、は迷わず奥の木が密集している辺りへ向かった。ちょっと人目につきにくい場所だ。その中の一本の木の前に立つと、根元にそっとシロを置いた。
 すると顔だけ出していた子ネコがポケットから這い出ようとしたので、俺はシロの前に置いてあげた。子ネコは喉を鳴らしてシロに擦り寄り、親の死を理解していないのか、毛づくろいをするように頭をペロリと舐める。
 は一瞬悲痛そうに顔を歪めて、泣きそうになるのを必死にガマンして、ゆっくり立ち上がった。
 俺はを抱きしめてあげるべきか迷ったけれど、まだその時じゃないと思った。

「……慈郎、ごめん」
 少しの沈黙の後、がぽつりと言った。俺はできるだけ穏やかに答える。
「なにが?」
「スコップ…ないや」
 言われて俺も、初めてそのことに気がついた。俺たち、スコップもないのにどうやって埋めるつもりだったんだ?俺は自分が素手でせっせと地面を掘る姿を想像してしまった。
 俺たちはちらりと苦笑を交わした。

「あ――ああ、うん、そうだね。じゃあ俺、家に戻って――」
「ううん。私の家の方が近いから、走って取ってくる。戻りは自転車使うよ」
「え、でも…」
「あ、そうだ、私のカバンの中にパンがあるから、その子に小さくちぎってあげておいてくれる?」
 は最後に「じゃあ待ってて」という言葉を残して、俺が止める間もなくカサも持たずに走っていった。まるで風みたいだ。

 残された俺はひとまず、忘れられたのカサを広げてシロと子ネコを雨から遮るように地面に立てかけた。それからのカバンの中からパンを取り出して、ちぎって手のひらに乗せ、子ネコに差し出してみる。子ネコは、その食べ物が安全か確かめるように匂いを嗅いで、ちょっとだけ舐めてみて、やっと口に入れた。
 シロでさえ手の上から食べることはなかったのに、こいつはまだ警戒心がそんなにないらしい。
 お腹が空いていたのか次々とパンのかけらをたいらげる子ネコの姿を見ていたら、じんわりと視界が歪んだ。

 ――…俺は結局、シロにエサ、あげられなかった。

「っ…ぅ…」

 俺はいつだって、見てるだけだった。何度も遭ったのに、関係すら存在していなかったかもしれない。他人も他人だった。
 なのに、いなくなったらこんなに哀しい。哀しいよ。
「ごめん…っ…シロ…」

 何もしてあげられなくてごめん。
 を大事に思うのと同じに、を笑顔にしてくれるお前も大事だってこと、もっと早くに気づけばよかった。

 膝に顔を埋め、嗚咽を洩らしてみっともなく泣いていると、差し出したままの手にザラッとくすぐったい感触がした。顔を上げると、子ネコが俺の指先を舐めていた。俺と目が合うとひどく高い声で「ミャー」と鳴いて、パンをもっとくれとせがんでいるんだろうけど、それは慰めにも感じて、ますます涙が溢れた。

 俺はこいつのために、何をしてあげられるんだろう。





 シャーッと、雨を掻き分けて細い車輪が滑る音がした。振り返るとが自転車を全速力でこいで公園に入ってきて、そのまま真っ直ぐ俺の元へ辿り着くところだった。
 はもどかしそうに自転車を降りてその場に立てかけると、カゴの中から1メートルくらいのスコップを取って俺の前に立った。

「はあっ、お待たせ!」
 息を切らしてそれだけ言うと、はいきなり木の根元にスコップを突き立てた。俺はギョッとして、慌てての手からスコップを取り上げる。
「俺がやるよ!」
「でも…」

「俺に何もさせてくれないつもり!?」
 そんなのずるい。本当に俺は最後まで見てただけになっちゃうじゃないか。俺の自己満足かもしれないけど、このくらいさせてよ。

 その時、は初めて俺の顔を見て、驚いたように目を見張った。多分、俺の目は泣きすぎで赤くなってるんだろう。それで、はやっと諦めてくれたようだった。ついでに俺の目が赤いのも見なかったことにしてくれたみたいだ。
「慈郎…ごめん」
「ううん。待ってて、すぐに終わらせるから」

 持っていたカサをに渡して、が最初に刺した部分にもう一度スコップを入れる。雨のおかげで土は多少緩んでて、掘りやすかった。
 何をやっているのか興味を持ってスコップに近づいた子ネコを、危ないよとがひょいと抱える。その手には新しいタオルがあって、は濡れた子ネコを拭いてあげていた。はずぶ濡れのままなのに。
 俺は黙々と穴を掘っていく。スコップの半分くらいの深さまで掘ったところで、が「もういいんじゃないかな」と声をかけてきた。俺は気持ちもう一掘りして、手を止める。

「……」
「……」

 ここまではよかった。でもここから先、シロを埋めるという作業は、精神的に一番キツそうだ。だから「俺がやるよ」と言おうとしたんだけれど、の言葉の方が早かった。
「――ふたりで埋めよう?」
 振り返ると、はじっと俺を見つめていた。

 俺はちょっと気が緩んで、またぶわっと涙が溢れてきたから、袖でごしっと拭った。
「……うん」

 二人して穴の前にしゃがんで、タオルに包まれたままのシロを手に取る。タオルを剥いで、そっと穴の底に寝かせた。
 スコップに軽く土を取って、少しだけシロの身体の上にかける。白い毛が土に隠れて、茶色いふとんをかぶってるみたいだ。

 目をつむったままでシロの表情はわからないけれど、少しでも、安らかに眠ってくれればいいと思う。
 きっとあったかいよな?だって、最期までこんなにに想ってもらえた。お前はノラだったけど、ひとりじゃなかった。
 の膝の上で子ネコが首を伸ばして「ミャー」と鳴いた。――そうだな、子供も一緒に看取ってくれた。ひとりじゃない。

 掘り起こした土を全部元に戻してできるだけ平らにすると、そこにシロがいるなんて誰にもわからないようになった。…しまった。がスコップを取りに行ってる間にでも、そこら辺から花でも摘んどきゃよかった。お墓と言うにはあまりにも殺風景かもしれない。
 俺がぼんやりとそう考えていると、突然肩に腕に重みがかかった。が俺にもたれてきたんだ。
…?」

「っ…ふ」
 さっき俺が一人で泣き出した時のような、苦しげな呼吸。

 ――ああ、そうか。は、この時まで泣かないと決めてたんだろう。そうしないと、哀しみに呑まれてしまうから。全部が済んでから、どっぷりと哀しみに浸かりたかったんだ。

 俺は濡れたの肩を抱き寄せた。の哀しみに引き寄せられるように、気づいたら俺も泣いていて、二人で支え合うように抱き合って泣いた。
 シロ、シロ、って。失ってしまった命を惜しんで。
 それに呼応するように子ネコも鳴き始めて、空も大粒の雨を叩きつけてきて、慟哭の大合唱だ。
 お前のために泣くやつがこんなにいるんだ。うらやまCぞ、シロ。

 どれだけ経ったのか時間を忘れるほど泣いていたら、いつの間にか雨は上がっていて、空を仰げば遠くに晴れ間も見えていた。
「ね、
「ん?」
「花が欲しかったね」

「そうだね…でも――」
 は一旦言葉を切ると、目の前の木を見上げた。青々と茂った枝が風に揺れて、雨粒を落としながらさわさわと音を立てた。
「――この木が、いつも傍にいるから」
 だから木の根元に埋めたんだ、と涙目では笑った。

 シロはやがてこの木の養分となり、この木自身になってまた生きる。うん、そうだ――きっと忘れない。
「そっか」
 何だかほっとした。誰かが死んで一番怖いのは多分、忘れてしまうことだから。

 視線を下ろすと、視界の端に白い毛玉が見えた。
「あ…そうだ、そいつどうするの?」
「そいつ? …ああ、この子」
 の膝から降りていた子ネコは、母親の墓の上に立ってキョトンとしている。ちょっとバチ当たりだぞお前。でも無知だからこそ、哀しく見えた。
「こんなに小さいから、親がいなきゃ生きてけないだろ。可哀想だな」

「慈郎」
 突然が険しい声で俺を呼んだ。恐る恐る見ると顔も険しい。…怒ってる?
「「可哀想」なんて、思ってても言ったらダメ」
「え?」
「「可哀想」って、その言葉に責任を取れる人しか使っちゃいけないと思う。この子は人間じゃないから、余計にそんな言葉は必要ないんだよ」

 は諭すように穏やかに言ってくれたのに、俺は岩で頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。そんで、自分がすっげー恥ずかしくなった。
 そーだよな。人間だって、「可哀想」って言われるの、同情されてるみたいで嫌だもんな。ネコは人間じゃないから言葉は必要じゃない――なら、必要なのは?

 が子ネコを抱き上げて、また濡れてしまった身体をタオルで拭う。
「…この子は、うちで飼う」
「へっ!?」
 子ネコを見下ろしたまま告げられたの言葉に、俺はすっとんきょうな声を上げてしまった。
「マジで!? スコップ取りに行った時に家の人にいいか聞いたの?」
 その質問に、は逆に首を傾げた。
「え? あー…ううん。あの時は他の事考えてなかったし」
「大丈夫なの?」
 普通、突然ネコを拾ってきたりしたら戻してこいとか言われるんじゃないかな。
「うん。うちの家族、一度拾ってきたネコをまた捨てるなんてできないから」
 それ、いいってことになるのかな…って結構したたかかもしれない。
 子ネコに必要なのは、護ってくれる強くてあたたかい存在、か。

「それに…この子は他のネコとは違うもの」

 シロの子だから――はそうとは言わなかったけれど、そういうことなんだろう。俺だって、うちで飼えるもんなら飼ってやりたい。
 シロにしてやれなかったことを、その子供してやりたいと思ってしまうのは、仕方がないだろ?

「あのね、もう名前も決めてあるの!」
 が笑顔で俺の方を向いた。
「へえ、なんて?」
 明るい話題に俺も合わせる。まだ赤い目が痛々しかったけれど、哀しみを乗り越えて、が笑ってくれたら嬉しい。

「『ジロ』」
「俺?」
「『じろう』じゃなくて、『ジロ』。この子オスみたいだし」
 でも何で俺の名前? 『シロJr.』とかじゃなく?

「だって…シロと遭った時って、必ず慈郎が傍にいてくれたでしょ?」
「っ…」
 俺は何もしてないのに。その言葉がまた脳裏をよぎる。俺はずいぶんと引きずってるみたいだ。

 どうしようもないことを考えて俯いていると、隣から優しいの声が降ってくる。
「慈郎はシロを撫でるだけだったけど、私は、それが嬉しかったから。シロもきっと、嬉しかったよ」
 聞いたか、シロ。お前に何もしなかった俺に、が意味を見い出してくれた。お前の子供の名前が俺と同じになること、お前は許してくれるかな。なあ、シロ。

 最後に生きたシロと遭った時、頭を撫でたら気持ちよさそうにしてくれた。あれが答えだといい。

「…ジロか」
「いい名前でしょ?」
 いたずらっぽく笑ったを抱きしめて、俺はもう一度だけ、シロのために涙を流した。


 シロの傍にはがいて、の傍には俺がいて。あのゆったりした時間が好きだった。
 今度はジロと三人で、あんな時間を、新しい時間を過ごせるかな。
 俺と、と、ジロ。大きな木になったシロに見守られて。

 きっと幸せだ――きっと。


 シロ、お前に出遭えてよかった。





END





********************

後書き
 あんまり夢っぽくなくてごめんなさい。あとネコ嫌いの方も同様にごめんなさい。無駄に長くてごめんなさい(謝りすぎ)
 そして微妙に死ネタなのが、どうなんだろ…動物愛護協会に睨まれないかしら…
 シロは、高校の通学路で見かけた白猫をイメージしました。久々に遭ったと思ったら妊娠してて、ちょっと感動した覚えがあります。


 2005年2月23日


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