の受験も無事に終わり、卒業も近づいてきた2月のある日。
財前は彼女であるからデートの誘いを受けた。
それは

「私の家でゆっくりしよう」

と、いうもので。
顔を赤く染め、小さな声でそう言う彼女の誘いを断るはずもなく。
財前は「まぁ、ええっスけど」と、素っ気なく返事をしたにも拘らず、は「よかったぁ」と嬉しそうに笑った。





きみとぜんざい





(そうや、今思えば先輩の家へ上がるんは初めてや…)

部活帰りや下校の時、を送っているので家の場所は知っていても、実際家の中に入ったことは無かった。

(あの笑った顔も可愛かったなぁ…)

あまりの可愛さに思わず触れたくなったが、そこが校内で人目があった為に出しかけた手を必死で引っ込めた。
以前の財前なら考えられないような行動も、煮えた考えも相手がだからであった。
デートを明日に控えた今、ふと気がついた。

(そういや、明日って確か…)

今日の日付けは2月13日。明日は14日。

俗にいう、バレンタインデーだった。



そして翌日、今日はそのデートの日。
の部屋の中、財前はガラにもなく緊張をしていた。
バレンタインデーにチョコがもらえるとかもらえないとか、そんな理由ではなく。
の家に向かう途中に、サラッと言われた言葉が頭から離れない。

「今日ね、ウチ親がいないんだよね。
だから気なんて遣わずにエンリョせずにくつろいでねー」

親が不在の時に彼氏である財前を家に誘った
が軽くサラッと言った爆弾発言。
あまりの軽さに一瞬反応が出来なかった。
2、3秒は空けて、「あ、そうなんスか…」としか言えなかった。

「…せやけど、先輩はそういった事はニブそうやなぁ」
「おまたせー」

財前がボソッと呟いたすぐ後にが部屋に戻ってきた。
緊張など何もしていないような普通の態度に無意識にジっと見てしまった。

「…何?どうかした?」
「いいえ、何も…」

はぁーっと息を吐いた財線を不思議そうに見ている
そして、「はい、どうぞ」と財前の前に差し出したもの。
コトン、という軽い音を立てて、テーブルに置かれたものは。

「…白玉、ぜんざい…?」
「だって…好物って言ってたから」
「いや、言うたけど…」

テーブルに置かれた自分の好物に目を見張った。
紅茶やコーヒーならまだしも、まさかぜんざいを持ってくるとは。
すると、は少しあせったような、少しすねたような口調で話し出した。

「あっあのね…その…今日ってバレンタインでしょ?一応チョコ作りも練習したんだけど、どうも、その、上手くいかなくて…。だから…」
「それで白玉ぜんざいっスか?」
「それは上手く出来たから。…チョコは…その…ごめんなさい…」

そういえばが、料理は得意だけどお菓子作りはあまり上手くないと言っていた事を思い出した。
と、いう事は、この白玉ぜんざいも頑張って練習してくれたのだろう。
そして自分の好物を、というその気遣いが嬉しかった。
チョコが作れず、しゅんとしているを見て、苦笑した。

「別に…先輩が謝る事ないっスよ」
「へ…?」
「白玉ぜんざい…俺の為に作ってくれたんスよね?」
「う、ん…それはもちろん」
「せやったら、俺はチョコよりもこっちの方が嬉しいですよ。
おおきに、先輩」

そして「いただきます」と言って手を合わせて、その好物を1口、口にふくんで。
程良い甘さが口の中に優しく広がっていく。

「…どう、かな?味見は一応したんだけど…」
「俺好みの味ですわ。さすがです、先輩」

さっきまで不安そうにしていたのに、財前の言葉を聞いたとたん、あの日と同じ笑顔で「よかったぁ」と笑った。

「…先輩も食べたらどうです?」

ここは人目のある校内ではなく、2人きりの部屋の中。
周りの目を気にしなくても構わないはずだ。
「じゃあ私も」と、テーブルの前に座ろうとしたの手を取って、素早く口付けた。
いつもよりも深く、甘いキスを長く。

「…っふ…んん〜!」

少し息苦しそうな声をもらし、財前の肩をくいっと力なく押しやった。
ちゅっとリップ音を残して口を離すと真っ赤な顔をしたが苦しそうに息を整えていた。
そのに、すっと目線を合わせて。

「…ね?美味いやろ?先輩」

ニヤッと得意気に、どこか意地悪く笑いながら言った。
恥ずかしすぎたは口をおさえながら、固まっていた。
そのスキを逃さず、スッとの横に移動した財前は未だ固まっているをギュッと抱きしめた。
その事にハッと気付き、しばしジタバタとしていたが、財前が全く離れないので、大人しくその腕の中に包まれた。

「…白玉ぜんざい、おおきに、先輩」
「…どういたしまして」
「また来年も作って下さいね」

少し甘えたような声を出してみたら、腕の中から「了解です」と小さい声がした。


「そうや、先輩。
今日はご両親が不在いうことは…キス以上もOKいうことっスか?」
「んな…そんな訳ないでしょ!?」
「何や─残念」

また真っ赤になって怒る恋人を見ながら、大げさに肩をすくめてみせた。
いつまでも、デートに誘う事すらも恥ずかしがる、そんな初々しいが可愛くてたまらない。

「…後輩のくせに…」

すねたようにボソッと言ったの言葉にピクッと反応した。
年上といってもたった1つしか変わらないのに。

「…後輩やったら何やねん。…やっぱこれからキス以上のコトしましょか?」
「う…。ごめんなさい」

ごめんなさいの一言で引き下がるのもシャクだった財前はの首筋に強めに口付けて、ほんのりと赤い跡を残した。

「…キスマーク付けさせてもらいました。今日はこれで許してもええですよ」
「そりゃどうも」

納得のいかなそうなの頭にポン、と手を乗せた。
今度は大人しく頭を撫でられるのを受け入れた
財前がふとした時に見せる笑顔に弱い年上の彼女。
そんな事など、とっくにお見通しの財前は、口元に笑みを浮かべて、残りの白玉ぜんざいを口に入れた。

目の前にはチョコの代わりの、好物のぜんざい。
隣には年上の恋人がいて。

今まで気にしてもいなかった2月14日、バレンタインデーという日が、今日から少しばかり特別な日になった。





END,14.2.15




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