好きです。
 あなたのことが誰よりも。
 私の声も髪も笑顔も身体も何もかもあなたのもの。
 私を縛りつけて独占できるのはあなただけ。
 だから、あなたも私に縛りつけて独占してもいいですか――?





  独占欲





 蓮二は最近、青学の乾君とやらの人の話をよくする。
 関東大会で青学が氷帝に勝ってからだけど…。
 幼なじみで昔、同じテニスクラブでダブルスを組んでいたらしいけど。
 なつかしそうに楽しそうに話す彼を見て、よくも知らないその乾君とやらを私はとてもうらやましく思った。

 あんまり感情を表に出さない蓮二にこんな楽しそうな表情をさせる彼。
 今は学校も違うのに未だにこんなに蓮二の心を占めている彼が――うらやましい。
 私にだって、あんまり表情豊かじゃないのにさ…ズルイよ。

 そして昨日の準決勝で青学の勝利が決まり、決勝で青学と当たる事となった。

「次の日曜日はとうとう関東決勝だな」
 朝練が終わって教室に戻る途中、少しキビしい表情をして蓮二がそう言った。
「うん、そうだね。とうとう決勝かぁ…」
「相手は青学か」

 あ、何かヤな予感。

「そういえば昔、貞治が…」

 そら、きたよ!
 青学といえば乾君の事で、2人きりの貴重な時間でも「貞治がどーした、あーした」ってそればっかし。
 男同士の友情にヤキモチなんて我ながら心がせまいなと思うけれど、それでも…。
 2人の時くらい私の事見てくれたっていいのに…。

「蓮二っ! 屋上に行こう!」
 蓮二の手を取って教室とは反対方向の屋上の方へ歩き出す。
?」
 私の突然の提案に少しあっけにとられた顔をする。

「もう少しで予鈴が鳴るぞ?」
「いいから行くよ!」
 そう言って蓮二の手をムリヤリ引っ張って私達は屋上へ向かった。




 屋上に到着してまぶしい日差しに目を細めた。
 うん、今日も文句なしの快晴です。

「屋上に何か用でもあるのか?」
「あるよー」

 少しの風に吹かれながら柵の方へ向かい、柵を背もたれにしてぺたんと座る。
 蓮二に向かってにっこりとほほえんで一言こう言った。

「蓮二、ひなたぼっこしよ」
 床をぽんぽんとたたいて私の横に座るよう促す。
「…ひなたぼっこ…?」
「うん」
 怪訝そうにそう聞き返す蓮二に対してきっぱりと満面の笑顔で答える。
 何も言わずにただ黙って私を見つめている。
 そして予鈴が鳴り響いた。

「ほら、予鈴も鳴ったしそろそろ教室に…」
「れーんーじ!!」
 蓮二の言う言葉を察して私は途中で遮った。

「ひなたぼっこ!」
 有無を言わせない強い声でそう言って床をばんばんとたたく。
「…少しだけだぞ」
 あきらめたようにため息を1つついて私の横に腰を落ち着けた。

「ねぇ、蓮二。
 何かお話しよう」
「…お話って…何のだ?」
「何でもいいの。
 何でもいいからお話がしたいの」

 体育座りになって頭を下にふせる。
 お話の内容なんて何でもよかった。
 くだらない日常のことでも何でもいいから2人きりで何かお話がしたかった。
 たった1つ、「乾君」のこと以外ならどんなことでもよかった。
 2人きりでいる時くらいは、せめて…。

「お話っ…しようよ。
 何でもいい。何でもいいから…っ!」
 …悔しいよ、ものすごく。
 どうして私じゃないんだろう。
 蓮二のあんなに魅力的な表情を引き出せるのは、どうして私じゃないんだろう。
 どうして…私の前ではあんな表情をしてくれないんだろう。
 どうして…?

 あまりの悔しさに涙があふれてくる。
 そんな顔を見せないように足の上に組んでいた腕に顔をうずめた。

 蓮二の大きい手が私の頭を優しく撫でる。
…一体どうした? 何かあったのか?」
「何もないよ、ただ…」
「…ただ?」
「蓮二が…乾君の話ばっかりするから…っ。
 だから悔しくて…私だって蓮二の傍にいるのに…っ」

 最後の方はほとんど涙声でかすれてうまく声が出せなかった。
「2人でいる時だって乾君の事ばっかりで、ほんとに楽しそうな顔して。
 私といる時でさえ、めったにそんな顔…見せてくれないのに…」
 顔を上げる事ができない。
 今の私はきっと涙でぐしゃぐしゃの顔をしているだろうから。

 蓮二の笑顔1つ引き出せない私って…蓮二にとって何なのだろう。

「ねぇ…蓮二。
 好きよ。大好き。
 だから…私のことも見て」
 何を言っているんだろう。
 これじゃあまるで蓮二のことを独り占めしたいと言っているような…ワガママな子供と変わりない。

「…ごめん…変なこと言って」
 ごしごしと涙をふいて立ち上がり、蓮二に向かって笑顔をつくる。
「忘れてっ!」
…」
「そろそろ戻んなきゃいけないね。
 いつの間にか本鈴も鳴っちゃったみたいだし」
 先程と同じように蓮二が言いかけた何かをムリヤリ遮った。

「蓮二…先行ってていいよ。
 私はもう少しここにいるから」
 チラッと見た蓮二は無表情で私を見つめている。
 今は私を見ないで。
 蓮二に見つめられるのはすごく好きだけど。
 今はこんなに情けなく子供で…そんな私は見られたくない。
 早く…早く行って。これ以上こんな私をあなたの瞳にうつさないでほしい。

 蓮二が立ち上がったその時。
 私の両の頬に蓮二の大きな手が触れた。
 思わず顔を上げて見た蓮二の顔はとても優しく微笑んでいた。
 目に浮かんでいた涙をぬぐってくれて。
 普段とは予想もつかない程の力強さで抱きしめられた。

…知っているか?
 今のお前の俺に対する気持ちを何と言うのか」
「…ううん、解からない…」
「独占欲だ」
「……っ!!」

 …ど、独占欲…?
 そりゃあ独り占めしたいと思ったりしたし、私の事を見てほしいと言ったりしたけど…それってもしかしなくても独占欲なんでしょうか…?
 てゆうか…あの蓮二もそういう事言っちゃったりするんだ。
 「独占欲」だなんて言葉…蓮二から聴けるなんて思っていなかったよ。

「もしかして…不安にさせていたか?」
「不安…っていうよりは悔しかったよ。
 乾君がうらやましかったり…」
「そうか」

 蓮二が笑う気配を感じながら私は思う。
 私にとっては笑い事じゃありませんよーだ。
 8月の炎天下の屋上でひなたぼっこなんてことしなくちゃいけないくらいタダ事じゃなかったんですー。
 抱きしめられている心地良さを感じながらぶつぶつとそんな事を思う。

 …はっ!
 何を…しているんですか、蓮二さん…?

 気がついたら蓮二は私の首すじに顔をうずめていた。
 いや、別にそれはいいんだけど…。
 なぜにあなたの手は私のネクタイをゆるめているんでしょうか…?
 そしてさらに蓮二の手はYシャツのボタンを外しはじめているんだけど。

 え…ちょっとマジですか?
 今、ここで…? それはちょっとどうかと思うわけで。
 そりゃ全く経験がないってわけじゃないけど…ここ屋上なんだし。

 混乱してそんな考えが頭の中をぐるぐるしているとその時、鎖骨に鈍い痛みを感じた。
 痛みを感じたその場所には赤い跡。
 いわゆるキスマークが確かにつけられていた。

「そこなら…だれにも見られないだろ?」
「…はぁ…そっスね…」

 得意気にそう言う蓮二。
 しかし果たしてそういう問題なのだろうか…。

「消えたらまたつけてやるよ」
 …だから、そういう問題じゃあないでしょう。
 でも。

「…よろしくお願いします…」

 この赤い跡が…あなたを私に縛りつけるものだったらいいのに。
 一生、消えなければいいとひたすら願う。

 この赤い印があなたの私に対する独占欲の証だというのなら何よりもかけがえのない印。
 この赤い印が消えないというのなら、あなたは私の傍にいるしかないのでしょう。

 そしてあなたはそこに存在するだけで私を縛りつけているのでしょう。
 私を縛りつけるものは、あなた自身――。


「どうした、?」

「…ううん、何でもない」

 あなたに思うことはたくさんある。
 日々離さないでと願ってみたり、不安になって涙を流してみたり。

 でも私達は離れないでしょう。
 お互いがお互いを求め、離さないでしょう。

 離す気なんて、1oもないのだから。

 私の大切なあなた――。





END.04.3.22





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