高みを目指したいと思った。
もう、あんな、惨めな思いをしない為に。

頂点に辿り着いたときには――…君を守れるくらいの男になっていたいと思う。

いつも君が俺を守ってくれていたように…。





  Will Be King





先日、ケンカをした。
相手はテニス部の幽霊部員。
問題になるくらいのケンカじゃなかったけど、俺の頬にはしっかりと殴られた跡があった。
他にもかすり傷がいくつか。

「いてて、痛いよ、南ー。もう少し優しく…」
「うるさい。この時期にケンカだなんて何考えてんだ、全く。…原因は何なんだ?」
「んー…」

部室で南に手当てをしてもらいながら、南の質問に顔をしかめる。

ケンカの原因…。
それは、俺の大会での二連敗だ。

青学のオモシロ君と不動峰の神尾君に負けてしまった事が原因なんだと思う…多分。
しかも二人とも二年生。

あれはさすがにちょっと…ね。キツかったなぁ。
明るさが取り得の俺でもさ、落ち込んじゃうくらい。

今まで、山吹中のエースだとか、手塚君の代わりでもジュニア選抜とかに選ばれて、少し名前とかも知られててさ、自分の力を過信してたのかもしれない。
自分に対して自信を持つ事は決していけないことではないと思うよ。それが実力に繋がることだってあるしね。

でも、どこかにそんな気の緩みがあったのかも。
自分でも気づかないうちに油断してたのかなぁ…。

『エースの俺がこんなとこで負けるわけがない』…って。


それが奴らには気にいらなかったんだろう。
真面目に部活にも出てこないくせに、「俺らだってこの大会に賭けてんだよ」なんて言いやがって。
俺なら何言われたって構わないさ。文句言われても仕方ないことをしたんだから。
だからってに手ェ出すことないじゃないか!

だってさ、『お前なんかに任せておけるかよ。俺らが可愛がってやるぜ』とか言われたんだよ!?
それとこれとは話が違うだろ?しかもそんな事言われたら黙ってらんないし!


お前らの中傷なんか痛くもかゆくもないけど。
だけど、試合で負けたとき、は慰めの言葉なんか言わなかった。
大事な試合で負けたのに、咎めもしなかった。
背中合わせに座って、ただ一言、『お疲れ様、頑張ったね』と静かに言ってくれたんだ。

その言葉に救われもしたけど、自分の小ささを思い知ったんだ。
その瞬間、悔しさが一気に込み上げてきて、自分の実力に過信してた自分が情けなかった。

こんな自分じゃいけない、こんなテニスじゃいけない、もう負けたくない、もっと強くなりたい。
そう思ったからにも内緒で、ボクシングジム通って、辛い練習も一ヶ月耐えて強くなったんだ。
勝つために、高みを目指すために、あんな惨めな思いをもうしないように、…にもうあんな情けないテニスを、俺を見せたくない。


「話聞いたらお前が先に手出したっていうじゃないか。…何か言われたのか?」
「んー…、まぁちょっとね」

心配そうに訊いてくる南に、へへっと軽く笑う。

「…一応謝っておけよ」
「やだよ、俺絶対に謝んない」
「…お前な…」

即答して、ぷいっと顔を背ける俺に、南がガックリと肩を落とす。
そりゃ、先に手出したのは確かに俺だよ!悪いのは俺だって認めるけど!
だけどあいつら、彼氏の俺の前であんなこと言いやがって!
あ〜、むかつく!

南とそんなやり取りをしてると、バンッと部室のドアが開いた。

「清純、ケガしたって…」


心配そうな、慌ててるようなそんな微妙な顔で俺を見る。
急いで来たのか、息を切らしてる。

「そんな心配するようなケガじゃないさ。
…俺はもう部活に戻るから、お前達も早く来いよ」

そう言って南は席を外してくれた。こんな風にさりげない気の配りや、優しさが南のいいところだ。
は南が座ってた椅子に座って、俺の顔をジッと見た。
俺の頬にそっと触って。

「これって殴られた跡だよね。ケンカ、したの?」
「あ…いや、…うん、まぁ…」

の問いかけに嘘なんかつけずに、アッサリと認めたらは「そう…」と一言答えて下を向いて、それきり黙ってしまった。
シンとした部室が沈黙に包まれる。

「あっ…でもっ、大丈夫だよ!ホントに大丈夫だから!」
「そう…」

何か言わなきゃと思って言った言葉にも、は下を向いたまま同じ返事をしただけだった。よく見ると、は拳をギュッと握り締めていた。
…やばいっ、これはやばい!
こういう時にが冷静になってるってことは、かなりは怒っている証拠だ!
こういった時のが一番怖いんだよ。
それを確認するために、勇気の質問。

…もしかして怒って…る?」

俺の質問に、小さく肩を揺らし、はとても小さい声で答えた。

「…怒りたくもなるわよ…。どうしてケンカなんてするの?」

そして下に向けていた顔を上げて。

「ねぇ、どうしてっ!?」

めったに泣かないが、涙目になって大声で叫んだ。の荒げた声に圧倒されて、ただ目を丸くしてを見た。
涙は小さい雫になって、の頬を伝った。だけど、本人は泣いてる事すら気にしていないみたいだけど。

「今は大会も大事な時で!清純は選抜にだって選ばれているんだよ!ケンカなんてして、手や足を怪我したりしたらどうするのよ…」
…」
「違うでしょ?」
「…え?」

涙を拭うこともしないで、は続ける。

「清純がっ、一ヶ月もボクシングジム通ったのは、ケンカするため?違うでしょ?」
「もっ、もちろん違うよ!俺は…」

そうだ、何してんだよ、俺。
俺がボクシングジムに通ったのは、もう負けたくないと、自分と自分のテニスを一から変えて…もうあんな惨めな思いをしないと誓ったからじゃないか。
ケンカなんかで勝つためじゃない。
それにあんな奴等に何かを言われたって、俺たちがどうにかなるわけじゃないし、どんな理由があってもケンカなんてしてが喜ぶはずがない。
喜ぶどころか、泣かせてるなんて…。

「私、清純がテニスで勝ったときの嬉しそうな顔、好きだよ。でも、試合で負けた時はすごく落ち込んでて心配だった。お願いだから、もうあんまり心配させないで…」

がまた下を向いて、両手で顔をおさえて泣き出した。小さく嗚咽を出して。
試合で負けたときも心配させて、今も俺のくだらない行動でまた心配させて…。
なんて進歩がないんだ、俺。
でも、今の俺はもう…。

、ごめん…」

何度も名前を呼んで、の頭を撫でた。
泣かせているのは間違いなく俺なのに、不謹慎にも素直に心配して流してくれている涙が綺麗で、が泣くほど心配してくれているのが、すごく嬉しくて愛しくて優しく抱きしめた。
はあんまりコロンや香水をつけないから、いつもシャンプーや石鹸の匂いがする。そんな清潔感を感じさせる香りが鼻をくすぐる。
俺はを抱きしめて頭を撫でながら、ゆっくり話し始めた。

、聴いて。今の俺はあの時の俺じゃないよ。…俺はもう負けない。だってあんなに惨めな思いはもうしたくないんだ。今は誰が相手でも勝ちたいって強く思うんだ。勝利を手にして、高みを目指すって決めたんだ。だからにはもうこんな涙は俺が流させないから」

が心配してくれるのは、嬉しいよ?けど、どんなに綺麗な涙でも、決して泣かせたいわけじゃない。
俺は、俺が試合で勝ったときのの嬉しそうな顔が好きなんだ。まるで自分の事のように喜んでくれるが好きなんだよ。

「俺、誓うよ。もっと強くなって必ず頂点に立って、その景色をに見せる。その時には…俺の一番傍にいてくれるよね?」
「…すごい自信」
「だって言ったろ?俺はもう負けないってさ」
「じゃあ楽しみにしてる」

俺の胸に顔をうずめたまま、が小さく笑ってそう答えた。


それからは謝った。
試合で負けたとき、うまく慰めてあげられなくてごめん、と。
不器用で、何を言っていいのか解からず、あんな言葉しか言えなくてごめん、と。

「清純が泣きそうな顔してたから、なんとか元気付けたかったんだけど。あんな事しか言えなくて…ごめんね」

俺だけじゃなかった。
あの試合に負けて、苦しんだのは俺だけじゃなかった。

いつかが言った。
『清純が苦しんでいるときには、私が支えになる』と。
なのに、あんな言葉しか言えなかったと、は自分を責めていたんだ。


そういえば、俺がボクシングジムから帰ってきたときには、南も東方も室町君も壇君も、皆暖かく迎えてくれたっけ。
試合に負けた事なんて、ちっとも責めないで。




絶対に、もう負けない――あんなに惨めな試合をしないということを俺は自分に誓った。
高みを目指し、頂点に立つというのは俺の「夢」で。

俺自身に刻んだ誓いを破る気なんてない。
そして、俺は必ず「夢」を実現させてみせる。

だって、夢は見るものじゃなくて、叶えなくては意味の無いものだから。
叶えてこその夢。そうだろ?


ありがとう、皆。
ありがとう、

俺には、こんなにも俺を信じてくれる仲間がいる。
俺を心配して、涙を流してくれる存在がいる。


それだけで俺はまた、歩き出せる――。





END 04.11.10





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