部活の休憩中に、「君すごく可愛いね」と白い学ランを着た人にナンパされた。
それが彼―千石清純との初めての出会いだった。
彼は、何かある度にあの笑顔で私に会いに来た。
何回も断り、何を言っても彼は私に会いに来る。
毎日って訳にもいかないらしく、逢いにこれない日はメールで同じような内容のメールを何度も送ってくる。
いつの間にか、それが私の日課。
それが心地良く感じられてきたのは、一体いつからだっただろうか―。





  ドッキドキLOVEメール





「今日はいないわね、千石君」
「…そうだね」

私はただ今、青学の女子テニス部に所属中。
部活が終わって、校門を出たときにはいつも千石君の姿があるのに今日は姿が見当たらない。
…何か変な感じ、彼がいないと。

友達の夏流ちゃん―なっちゃんがジッと私を見てくる。意味ありげに。

「…何?私の顔に何かついてる?」
「ふふ、残念だね。今日は千石君に会えなくて」
「そっ…そんなことないもん!!」

…残念そう?そんな風にみえるのかなぁ。確かに変な感じはするけど。

「そんなムキになって否定しなくても。別に隠す事でもないし」
「んー…」

なっちゃんとそんな会話をしていた時、聞き慣れたメールの着信音が耳についた。
彼が会いに来ない時の日課。千石君からのメール、その内容は。

『会いに行けなくてごめんねー。でも愛してるよ』
だった…。

慣れとは怖いもので、こんなメールにも最近慣れて来た。
そして気が付くと安心感とともに、心が和む。
自然にふっと笑みがこぼれる。
隣にいたなっちゃんがニヤニヤしながら私の顔をのぞく。

「愛されてるねぇ、〜?」
「……」
「あれ?否定しないの?」
「だって…なっちゃんにはバレてるもの」

私だってそんなに鈍くない。自分の気持ちくらい自覚してる。
毎日会いに来たり、メールを送ってきたりしてくれてるうちにほだされちゃった感じなんだろうけど…好きだっていうことに変わりはないと思う。

…どうやって伝えよう…。
千石君にナンパ…もとい告白されてから、早数ヶ月。
「好きです」なんて今更かなぁ…。

でも正直、貴方に伝えてみたい。
貴方の顔を見て、私の言葉で喜ぶ貴方の顔が見たい。
好きな人に気持ちを伝える、貴方のような勇気が私にもあったなら良かったのに…。























一目見たときから気に入ったよ。
可愛くて綺麗で、人目を引く君をね。
雑誌の恋愛運もたまにはアテになるじゃんって思った。
何度も話し掛けて、やっと携帯の番号とメルアドを聞き出した。
それから、部活が終わってから青学へ君に会いに行く。会えない日は君へメールで愛の告白。
少しは気にしていてくれてるのかな?
少しは俺の気持ち届いているのかな?
俺の大好きな大好きな想い人― ちゃん。


「さーってと!
今日は会いに行けるぞ!待ってろよーちゃん!」

ようやっと部活が終わって、俺は急いで帰る仕度をする。
上機嫌で鼻歌なんぞを歌いながら。

「またですか、千石さん。よくも毎日まぁ…」

横にいた室町君があきれ声を出す。
サングラスに隠れている素顔からも、その様子が良く解かる。
そんな室町君を見て、俺はチッチッと舌をならす。

「解かってないなー室町君よ。これが俺流の愛なのよ」
「はぁ…。そうですか」
「千石…。お前ほどほどにしとけよ。
あんましつこくしてるとその内嫌われるぞ?」

そんな南の言葉に、ドクンと心臓が高鳴る。
嫌われる…?ちゃんに…?
一度も考えなかったわけじゃないし、何回かは頭をよぎった事で。
でもそれでも、俺はちゃんの事好きだったから。
だからちゃんにも好きになってもらえればって…そう思って…。

「千石?」
「え…?えっと…。
な、何言ってんだよ南ー。大丈夫だって!だって俺ラッキー千石だよ?」

一瞬俺は戸惑いながらも、心配した声を出した南に向かって明るく振舞う。

「あーそーかい」
「んじゃ、俺帰るねー!おっつかれー」

そう言って部室を後にする。
…まだ心臓がドキドキいってる。
考えないようにしていた事をズバリと言われて。

嫌だなぁ…ちゃんに嫌われるなんてさ。それだけはゴメンだよ。
ちゃんはホントは俺のこと…どう思ってんのかな。
本人に直接聞いてみるしかないのかな。
…少し、怖いけれど。

うん、グチグチ言ってたって何も始まんないし、俺らしくないじゃん?
早くちゃんに会いに行こう!

そう思って青学に向かって俺は走り出した。


息を切らしながら着いた所は青学の校門前。
俺はいつもここでちゃんが来るのを待っている。
どうやら今日は部活終了が少し早かったらしく、すでに女子部員が帰って行くのを見てちゃんを待つ。
と、その時にちゃんが部室から出てくるのを発見!

隣にはちゃんの友達の夏流ちゃんがいる。
どうやら先に夏流ちゃんに見つかったらしく、夏流ちゃんはちゃんを肘で突付いて俺がいることを知らせた。

「千石君…」

俺を見つけて呟いたちゃんに対して「やっほ」と笑顔を向けた。

「じゃあ、あたしはここで。じゃあねーお二人さん」

元気にそう言って、夏流ちゃんは軽やかに俺の横を通りぬけた。

「今日も会いに来たよ〜ちゃん」
「はぁ…いつもご苦労様です」
「もーつれないなぁ。まっ、そんなとこも可愛いけどね!」
「こんな所で、そういうことはちょっと…」

そう言われると、下校途中の周りの生徒たちが俺たちのことをチラチラと見てくる。
俺は別に構わないけど、ちゃんはテレ屋さんだからなぁ。
「じゃあ公園でも行こっか」とちゃんの手を取り少し早足で歩き出す。

「ちょ、ちょっとどこ行くの?公園は反対方向…」
「とっておきの場所があるんだ!大丈夫、五分もすれば着くから」


五分歩いて着いた所は、とても小さな公園。
遊ぶ遊具も二つ、三つくらいしかない小さなこの公園が俺のとっておきの場所。

「こんなところに公園なんてあったんだ…」
「うん、ここがおれのお気に入りの場所なんだ。小さいからあまり人も来ない。
…一人になりたい時に良く来るんだ」
「へえ…そうなんだ。千石君でも一人になりたい時があるんだね」

ブランコの方に足を運び、ブランコに乗って軽くこぎだすちゃん。
そんな姿がとても可愛く見えた。

「そりゃあ、俺にだって悩みの一つや二つあるよ?例えば―」
「例えば?」
ちゃんの気持ちが解かんなくて、ツラくなったり―…」
「え?」
「…え?」

…あれ、何言ってんだ俺。
こんな風に言いたいんじゃないのに。
ちゃんの顔を見ると、少し傷ついたような瞳で俺を見てた。

「私の気持ち…解からない…?」

そう訊かれたとき、俺の中で何かが切れた。
今まで感じてた不安が飛び出すみたいに、俺は叫んだ。

「解かんないよ!だってちゃん何も言ってくれないし!」

違う!こんな事じゃない!

「俺が好きだっていっても、サラリと流しちゃうしさ!」

違うんだ。俺が言いたいのはこんな事じゃない!

「俺がそう言うの、どんなに勇気がいるか知ってる?」

…違う!違うだろ、清純!

「メールしても全く返事なんて返ってこないし、何も解かってないのは…」

どうしよう、止まらない。
こんな事を言いたいんじゃないのに!…違うのに!

「何も解かってないのは、君のほうじゃないか!!」

この小さい空間が、シンと静まりかえる。
俺はハッと我にかえる。

「あ…えっと、ちゃん…あのね…」

俺は慌てて弁解しようとした。
その時、ポツリとちゃんが口を開いた。

「何よ…それ。ナンパしてきたのはそっちなのに。今の言い分、勝手すぎるよ」
「…ちゃん…」
「何も解かってないって言ってたけど、それはお互い様」
「……え?」

君の瞳に浮かぶのは、透きとおる涙。
不謹慎なことに、そんな顔が綺麗で一瞬見とれてしまった。

「千石君だって、私の気持ち解かってないじゃない!…私だって千石君の事…」
「あ…ちゃんっ!?」

ちゃんはいきなりブランコから立ち上がり、公園から走って出て行った。
最後の方、かすかだったけど聴こえた。
え…?じゃあもしかして…。
もしかしてちゃんも俺のこと…ってことはちゃんも好きだったのに、俺はその気持ちに気が付かずにあんな不満をぶちまけたってこと…?
なんて…なんて事をしてしまったんだろう…。
力なく俺は、その場にへなへなとしゃがみこんで頭を抱えた。

「俺…サイテーじゃん。
君のこと…一番見てると思ってたのにな…」

はは…と乾いた笑いがこぼれた。



































…知らなかった。千石君があんなこと思ってたなんて。
いつもの千石君からは、想像もつかない姿だった。
私の知っている千石君はいつも明るくて、人なつっこくて、とても優しくて、すごく一途で―…。

いつも私の事を好きだと言っていた彼。
いつも笑顔を見せてくれた彼。
いつも会いに来てくれた彼。

私も千石君も事は大好きなのに、ずっと素直になれずに君を苦しませて、自分勝手な気持ちをぶつけた。
『私の気持ち解かってない』
なんてそんなこと当たり前なのにね。
千石君は超能力者じゃない。

メールの返事もしない、貴方の告白は受け流して、何も言わないで。
付き合っていつか離れるのが怖くて、君から離れられなくなるのが怖くて…それならこの気持ちを告げずに友達のままいるのが一番いい。
ただ、貴方にこの気持ちを告白できる勇気がなかっただけなのに、そんな弱い自分を認めたくなかった。

その日を境に、千石君は青学に姿を見せなくなった。
そして私もそれ以来、彼には会っていない。


『俺ね、ちゃんのこと大好き!本当に大好き』・『俺も青学に行けばよかった。…そしたらちゃんの傍にいれるのに〜』
こんなメールを何回見ただろう。
千石君が会いに来なくなってから、彼のことを思い出すたびに千石君からのメールを見てる。
会いにもこないし、メールもくれない。

今頃、貴方は何をしているの?
ねぇ、貴方はどんなことを考えているの?

ねぇ…会いに来て。
お願い、私は貴方に逢いたい…。

こんなにも誰かに会いたいと思うのは、きっと初めて。
貴方がいないとこんなに寂しいなんて。
大切なものって失って初めて気づくって言うけど、本当にそうなんだ。

我侭かもしれない…けど、少しでも私に会いたいと思っていてくれているなら。
会いに来て、お願い。
貴方の笑った顔が、もう一度見たい。

また携帯を開き、彼からのメールを再度見る。
それだけで、貴方の私を呼ぶ声が聴こえてくるみたい。貴方の顔が思い出される。

貴方に会いたい。声が聴きたい。
今どうしても…会いたくて仕方ない。

そう思ったときにはすでに体は行動に移されていた。

ジャケットを着て片手に携帯を持って、家を抜け出した。
時間はすでに深夜の十二時を回っていた。
だけどそんな事気にしてなんかいられなかった。

『何で会いに来るの?』と以前そんな事を訊いたっけ。
バカだよね、理由なんていらないのにね。
好きな人に会いに行くのに、理由なんていらないよね。
強いて言うなら、「会いたいから」。それで充分だよ。



と、意気込んで家を出てきたのはいいんだけど私、千石君の家知らないんだった。
…どうしよう。山吹中まで来たのはいいけど、今は夜中の十二時過ぎ。
人っ子一人居ない…。ホントにどうしよう…。

『お気に入りの場所なんだ』。

そんな千石君の言葉が頭をよぎった。
あの公園にいるかもしれない。こんな夜中だけど、不思議な確信があった。


息を切らし、公園に着くと誰か一人タバコを吹かしてる人がいた。
そういえば前にこんな話をしたっけ。

『千石君ってタバコすうの?』
『へ?何で解かるの?』
『だってタバコの匂いするから…』
そう言って僅かに顔をしかめると。
『え…?マジで?…よし、じゃあ今日から俺タバコやめるよ!』
『…そこまで言ってないよ?』
『いーや、やめる!ちゃんの嫌がる事は絶対にしないんだ!』

―思い出して、ついクスッと笑ってしまう。
単純で、素直で…そこが千石君の魅力。
私を惹きつけたところ。私が惹かれたところ。

気付かれないように後ろからソーッと近づく。
その時、目の前の彼がボソッと呟く。

「会いたいなぁ…」

ふふ、良かった…。貴方も私と同じ気持ちでいてくれてたんだね。
会いたいって思っていてくれてたんだね。

「タバコ、もう吸わないって言ってたのに」
「え…うわ!ちゃんっ!?」

何よぅ、その驚き方。まるで幽霊にでも会ったような…。
少し大きい声と不満声でタバコを吹かしていた千石君に話し掛けた。
まだ驚きが消えていない千石君は、何が起きたのか解からないという顔をしている。

「な、何してんの、ちゃん。どうしてここに…?」
「…隣、いい?」
「あ、う、うん」

千石君の隣に座った瞬間、いきなり抱きしめられた。

「…何?いきなりどうしたの?千石君…?千石君ってば」

何回名前を呼んでも反応しない。
私を抱きしめたまま、小さく千石君が謝った。
「ごめんね、ちゃん」と、かすかに震えている腕で、かすれた声で。

「俺、あんな事言うつもりなくて…。でも不安だったのも本当で、止まんなくなっちゃって…。ちゃんの気持ちが俺に無いって解かってても諦められなくて…ごめんね」
「…千石君って本当にバカ…」
「ええ!?」
「千石君、タバコ臭い…。私、タバコ苦手なのに…」

少し咳き込みながら、千石君から身体を離す。
千石君はしゅんとしながらまた小さく「ごめん」と謝った。

「今度は、ちゃんとタバコの匂い落としてから抱きしめてね」
「…へ?」

そして、私は千石君に軽いキスをした。
少しタバコ臭い、私のファーストキスは私から千石君へ。

ちゃん…っ?」
「う…。ヤニ臭いっ…。今日は特別なんだから。
タバコやめるって約束…私との約束守ってね!」
「う、うんっ!」

パッと笑って明るく返事をする。数日ぶりに見る千石君の笑顔。
今、貴方の笑顔を私の瞳に映せてよかった…。

「あとはー…。会えない時にはメール必ずしてね。…今度からはちゃんと返事、送るから」
「それは…俺、うぬぼれてもいいの?」
「…どうぞ」

恥ずかしくて、目線を下に落とした。
と、同時に千石君に再び抱きしめられた。千石君は嬉しそうに大告白をした。

ちゃん、大ー好きっ!!」
「…はいはい、解かってるよ」
「へへへっ」

ああ、何だかこんなドラマのワンシーンがありそう…。
ガラじゃないけど、相手が千石君なら悪い気はしない。

「ねぇ、ちゃん。大好きだよ」
「はいはい」
「俺の事、好きって言って?」
「はいはい……はいっ?」

何ですと?そんなの、この状況からしてもう言ったもんじゃないの?
危うくOKするところだったよ。

「ねーっ、早くー」
「いっ、今は無理です!」
「じゃあいつー?」

…くっ。何が何でも言わせる気だな…。

「だって、キスまでしてあげたのに…」
「それとは、関係ないよ」

うっ。確かにそうだけど…。
千石君は期待の眼差しで見つめてくる。

「いつか…いつか絶対言うから。…待ってて?」
「うん、待ってる!」

もう少しだけ待ってて。もう少ししたらもっと素直になれそうな気がするから。
きっと貴方は喜んでくれるよね。素直に想いを言えたら、あの笑顔を見せてくれる?

こんな不器用な私を好きになってくれてありがとう。


「千石君、今日もいないね」
「大会も近いし…忙しいんじゃないかな」

なっちゃんが隣でそう言った。
最近会いにこれないらしく、少し寂しい気がする。
でもメールで彼が元気なことが解かるから、心配なんてせずにいられる。
彼からのメールが一日の私の楽しみ。

…寂しい?」
「んー、まぁ少しはね。でも大丈夫だよ」
「そう?ならいいけど」

うん、そう寂しいけど大丈夫。
君の気持ちが前よりも強く私に向かっている事が解かるから。

でも、なるべく早く会いにきて。
いつでも貴方を待ってるから。

貴方からメールが来ると、とても会いたくなるけど。
声が聴きたくなるけど、今はメールで我慢するね。

今日はどんなメールが来るんだろう。
どんなメールを囁いてくれるんだろう。

それが楽しみでたまらない。

貴方が今、私に伝えたいことは何?
ちゃんと受け止めるから、早く伝えて。

私も、貴方に早く伝えたい事があるから―…。





END 04.6.17





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