「明日部活休みだし、花火大会に行こう!」
「…はぁ」
そんな一言から始まった、ある夏休みの出来事。





  Yes・Summerdays





「ねぇ、どこ行くの?」
「ん〜?まぁいいからいいから。着いてからのお楽しみ!」

そう言われて、着いたところは人混みがない土手。


そう。
私たちは今、花火大会に来ている。
清純のあの提案の後、半ば強引に決まった訳なんだけど。

ここらで一番大きな花火大会。
その花火を見るには、ベストスポットだと言われている神社とは反対の人気のない土手に私たちはいた。

…なんで土手?
花火見るのに、なぜに土手なのか…。
普通反対でしょ…?

訝しげに清純に視線を向けた。
そんな私を見て、清純はニコッと笑う。

「あ、ちゃん。なんでここに来たのか解らないって顔してるね」
「だって…普通反対の神社の方行くでしょ?」
「あはは。まぁ普通はね。
でも、ここからもよく見えるよ。花火」

そう言って、清純は土手のど真ん中に行って腰を落ち着けた。
私も清純に続き、清純の隣にちょこんと腰を下ろす。

…ホントかなぁ。
神社からは死角になってるし。
人なんて、ほとんど見当たらない。

「あ、そろそろ始まるんじゃない?」
「ん…。そうだねぇ…」
ちゃん信じてないでしょ…。
ホントによく見えるのにさ〜…」

不満そうにぶつぶつ文句を言う清純を、ハイハイと宥める。
そんな清純がなんだか子犬みたいで、可愛くてつい笑いがこぼれてしまう。

「何笑ってんのさ…」
「ふふ…内緒!」

そんなこんなをしてる内に、花火の一発目がドォンと大きな音を立てて、夜空に大きな色とりどりの花を咲かせた。
一気に目の前がパァッと明るくなった。

…うわ。
綺麗…。

「…ね?
綺麗に見えるでしょ?」
「…うん。すごく綺麗…」

半ばボーッとしながら、清純の問いに答える。

…でも、ホントに綺麗…。
花火見ること自体、久しぶりだったけど。
こんなに綺麗な花火を見ることが出来たのは、誘ってくれた清純のおかげだから感謝、しなくちゃね。

花火はドンッ、ドンッ、と大きな音を立てながら次々に色々な花を夜空に咲かせた。
うん、ホントに綺麗!
もしかしたら、神社よりも良く見えるんじゃない?

「私、ここ気に入ったな。いい場所だね」
「ね、だから言ったでしょ。
ここで見る花火すごく綺麗だからさ、君にも見せたかったんだ」

…やだ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。
清純はこういったことは、もったいぶらずに素直に言ってくれるから。
そんな清純の素直なところ…私はたまらなく好き…。
そんな清純を前に、自然に笑みがこぼれる。

「そっか…ありがとね、清純」
ちゃんが喜んでくれて良かったよ〜」

…たまにはこんな風にのんびりするのもいいかもしれない。
最近は大会やら何やらでバタバタしていたし。

……。
チラッと横目で清純に視線をやる。
清純は楽しそうに花火を見上げている。

…もう大丈夫なのかな?
桃城君に続いて神尾君にまで負けちゃってからは、さすがの清純もかなり落ち込んでたから…正直心配だったんだよね…。

あの時はただ側にいることしか出来ない無力な自分が腹立たしかったっけ…。
でも清純は『側にいてくれて、ありがとちゃん』って言ってくれた。
少しは役に立てたのかな?だったら嬉しいけど。

「…どしたの、ちゃん」
「えっ!いや、えっと、何でもないよ」

私の視線に気付いたらしく、急に話しかけられて慌てて「何でもないよ」という私を見て「そう?」と少し心配そうな表情を浮かべる。
…心配させてどうするよ、私…。
思わずガックリと肩を落とす。

そんな私に清純が、不意打ちでチュッっとキスをした。
大きな手で私の頬を撫でて、優しく微笑む清純はいつもよりも大人びて見える。

心臓が一つ、ドキッと大きく高鳴る。

「急に何するの…」
「ん?誰も見てないよ?」

照れ隠しでそんなことを言った私に対して、清純はサラッと答える。

ちゃんさー、綺麗になったよね」
「はい?」
「俺、不安になるんだよ。時々だけどね」
「…はい?」

清純がふうっと溜め息をついた。
…一体何が言いたいんだろう。

ちゃん気をつけてよね」
「…何を?」
「誰かにさらわれないようにさ」

…意味不明です、清純さん!
何が言いたいのか、私にはさっぱりです!
私が鈍いのか、頭がバカなのか…。
私、決して鈍い方じゃないと思うし、頭も一応上の順位なんだけど…。
でも、さっぱりなんです…。

「誰かにさらわれて、俺以外の誰かの物になったら困る…」

…あ、そういう意味ね…。
に、しても…クサい事サラッと言うなぁ…。
悪い気はしないけど、やっぱ照れる…。

清純は、私の髪を手に取り大人の表情で私を見つめる。
また、心臓が高鳴る。

ちゃんをさらうのは、俺だけで充分なんだから」

そう言って、私の髪に口付けた。

クッ…クサすぎっっ!!
なんてクサい男なのっ!千石清純!!
まさか、ここまでクサい奴だとは…計算外だわ(何の)

「や…やだ。何…言ってんの?」

あまりの恥ずかしさに、顔ごと視線を外した。
その瞬間に、髪が清純の手から落ちるのを感じた。

「俺は…本気だよ…」

私の言葉が気にくわなかったのか、声のトーンが下がった。

「本気って…あはは。やだなぁ、ジョーダンでしょ?」
「…何でジョーダンで言わなきゃいけないのさ。…何で笑うかなぁ。
本気だって言ってんじゃん!」

あ。
と思った。
やばいと思った。
本気で…怒らせた…。

「…ごめん」
「……」

素直に謝ってみるものの、清純は何も答えてはくれなかった。

気まずい雰囲気が流れる。
花火大会が始まった時には、あんなに穏やかな空気が流れていたのに。

そんな気まずい雰囲気は、花火大会が終了するまで変わることはなかった。











花火大会の帰り道、2、3歩先に歩く清純の後を私は黙ってついて行く。
気まずい雰囲気はまだ続いたまま。

「…ねぇ、清純」
「……」

何も答えないで、黙って歩く足を止めない。
それでもめげないで、話しかける。

「…まだ、怒ってるの?」
「……」

やっぱり、なにも答えてくれない。

…清純が本気だってことくらい解ってた。
冗談で、あんな事言う人じゃないから。
あんな事を素直に言えるのが羨ましくて照れくさくって、大人になっていく清純に少しの不安を感じて…だから茶化したんだ。

清純の隣まで駆け寄って、服の裾をキュッと掴んだ。
そして、小さく「ごめんね」と呟いた。
その瞬間、ふうっと、溜め息が聴こえた。

「…もういいよ」

その言葉を聴いて、見上げた清純は優しく微笑んでいて、私の頭をそっと撫でた。
そして、いつものような明るい笑顔になって。

「花火見てると何かヘンな気分になっちゃってさー。
あは。ごめん、忘れていいよ!」

…ホントに嘘つくのが苦手なんだから。
ものすっごく気にしてるくせに。

…あ。
何かに気付いた私の視線の先には、小さな公園があった。

「清純っ!公園があるよ、公園!行こっ、ねっ!」
「え…。ちゃん!?」

戸惑う清純の声にも振り返らないで、私は公園に向かって走り出した。

「とーちゃくっ!」

着いた公園は、どこにでもあるような小さな公園。
ベンチと砂場、遊具がいくつかあるだけの公園。

「何、どしたのちゃん」

そう声を掛ける清純を振り返らずに公園の中を歩きながら私は話し出す。

「私、清純の言った通り気をつけるね」
「…え?」
「誰かにさらわれないように」
「…忘れていいってば〜」

だからバレバレですよ、清純さん 。
無理に明るくしたって不自然なだけなのに。
私はブランコに乗り、清純に視線を合わせた。

「だって、清純以外の人にさらわれるなんて冗談じゃないわ!
そんなのまっぴらゴメンよ!」

こぎ出したブランコは、キィ…と小さな音を出した。
私の言った事にボーゼンとしてる清純には構わず、私は続けた。

「私をさらうのは、清純だけで充分なんだから!解った?」
「…うん!バッチリ!」

…うーん、私も少しクサかったかなぁ?
清純のがうつったのかも。

でも、それが本音だしね。

当の清純は、さっきとはうって変わって子供みたいに無邪気に喜んでる。
怒って口もきいてくれなかった清純は一体どこにいったんだか・・・。

私だって普段はあんな事言わないんだけど、今回は特別。
清純の気持ちを茶化して本気で怒らしちゃったから、そのお詫び。

ふと、透き通った夜空に目をやったとき。

「…清純。…見た?」
「え?何を?」
「流れ星だよ!私、初めて見た!」

思わず、ブランコから勢い良く飛び降りる。

ちゃん何かお願いしたの?」
「ん〜、そんな暇なかったよ。残念」
「また見れるといいねぇ」
「そうだね。そしたら今度は絶対お願いしなきゃ!」

まぁあんな一瞬で3回も願い事なんて言えないけど。
なんてロマンのかけらもない事を思ってみたり。
願いなんて大体は自分で叶えてこそ、感動があったり、嬉しかったり。

…でも、もし流れ星で本当に叶うならそれはそれで素敵。

ちゃん、何か願い事あるんだ。何?」
「清純は何かないの?」
「俺?俺はやっぱ『全国大会優勝!』かな」

何て言うか、清純らしい。
そっか、今はまだ大会真っ最中だもんね。

「あとはねー…」
「…まだあるの?」
「うん。『来年もちゃんと一緒に花火大会来れますように!』」

…何かお約束っぽくない?…ベタだなぁ。
でも、私も人のことか言えないか。
だって同じ事思ってたんだしね。
ふふ、何か以心伝心みたいで何だかくすぐったい。

ちゃんは?」
「んー、まだ内緒!」
「えー、俺は教えたのに!」

ずるいよー、なんて子供みたいに怒る清純を見て、ふふっと笑う。

「あ。もうこんな時間なんだね」

清純が携帯を見てそう言う。
私もバッグから携帯を取り出してみると、すでに11時近く。

…でも、なんだかこのまま帰りたくない…。

そんなことを思っていると、急に後ろから清純に抱きしめられた。

「…何、どしたの?」
「…このまま帰したくないなーなんて…思っちゃったんですけど…」
「ぷっ…あはははは」

私はたまらず吹き出した。
まさか、ここまで思ってる事が一緒だなんて。以心伝心て素晴らしい!

「なんで笑うのさー」
「怒んない怒んない。
私もこのまま帰りたくないなーなんて思っちゃってるんですけど」
「…俺の家でいい?」
「充分」

何がいいんだか、何が充分なんだか…。
清純は明らかに何かを期待しているな…。
まぁ、誘いに乗った私も悪いのだけど。


花火大会に行って、ケンカをして、仲直りをして、一緒に流れ星を見て…。

君と一緒に2つめの季節を過ごせることは、何て幸せ。
他愛もないことが、何て幸せ。

何て幸せな…夏の日。





  END・04,5,22





ドリームメニューへ
サイトトップへ