食欲、物欲、睡眠欲、性欲―。
それはつまり生きる本能で、誰もが持っている物で。
俺が、君にだけ持っている欲がある。
その欲の名前は―独占欲―。





  DESIRE





今は昼休み。
廊下では、が楽しそうにバネと話している。

あんまりいい光景じゃないな。
の彼氏の俺としては、あまり見ていたい光景じゃない。
だからといって、今割り込むのも感じが悪い。

多分、は知らないんだろうな。
俺がこんなにも、君に対する欲があさましいなんて。
出来れば知られたくない。
こんな欲まみれな俺を見せて、君に嫌われたくない。

あんなに苦労して手にいれた君を、失うことなんてしたくない。
君にだけ俺はいつも、抑制不能。
どうやらもう、止まらなさそうだ。


は基本的に皆と仲が良い。
クラスの皆とも、テニス部の皆とも。異性に対してもそれなりの人気だ。
俺と付き合うことになっても、にちょっかい出す奴らは減らない。
そんな所を見たら、もう気が気じゃない。
まったくもって、俺らしくない。

と一緒にいると、新しい自分がどんどん見つかる。
新しい世界が見つかっていく。
そんな毎日が楽しくてたまらないよ。

誰に対しても、そんなに強い執着を持たなかった俺が、君という人が一人傍にいるだけでこんなにも変われるものだなんて思わなかった。
君に会ってから、俺の気持ちは強くなるばかり。
君を求める欲が強くなるばかり。

さて、どうしようか?
君に対する溢れんばかりの独占欲。
君は俺のそんな欲を受け止めてくれるだろうか。


「…エ?サエ。…サエってば!」
「え?…あ、…。どうしたんだい?」
「どうしたって…帰らないの?」
「帰るって…部活は?」
「外…すごい雨だよ…」

…本当だ。いつの間に。
ザアアア…と激しい音を立てて降っている。

「…サエ?…大丈夫?」

が心配そうな顔して、ひょこっと俺の顔を覗き込む。
いつもの笑みを浮かべて。の白い頬をそっと撫でる。

「…大丈夫だよ。そんな顔しなくていいよ。…ね?」
「…う、ん…」

まだ少し心配そうな顔をしながらも、素直に頷く。
そんなに「本当に大丈夫だから」と頬に軽くキスを落とした。
は顔を赤くして「ごまかしたでしょ…?」とすこし怒った顔をした。
そんな顔が可愛いなぁと思い、自然に笑いがこぼれる。

「さ、そろそろ帰ろうか」
「もー…サエってば…」

彼女の小さい手を取り、まばらに人が残ってる教室を後にする。


このときの俺たちは、幸せそのものだった。
そう、この時までは―。


一瞬の気の緩みが、何もかも壊してしまった。



梅雨の季節。
部活の休みが続いたある日、俺の家で勉強会をした日に事件は起きる。

休憩をした時に、なんてことはない。
軽くキスを交わした。
それだけじゃどこか物足りずに、二人とも深いキスを交わした。

彼女の手が俺の肩をギュッと掴む。
そのときに、理性の文字が飛んでしまった。

の両手を強く掴んで、唇を噛んだ。血が滲んでいくのが見てとれた。
痛さでの顔がゆがんだのが解かった。
それでもその時の俺は止められなかった。

首筋にキスマークを残し、制服のスカーフを器用にはずす。

「…っいや…。やだ…っ」

のかすれた、おびえた声が聴こえた。
ハッと我に返って、の両手を離した。

は怯えながら、小刻みにカタカタと震えていた。
唇には俺がつけた傷。
俺は…何をしたんだ…?

…。ごめん…」

そう言ってに手を伸ばすが、ビクッと身体を硬くする。

「あ…ああ…あああ…やだ、やだぁ…。いやぁっ…」

そう言って震えながら、身体を小さくして泣きじゃくる

、ごめん…っ」

俺が声をかける度に、頭を横に振って拒絶する。
ああ…俺はなんて最低なことをしてしまったんだろう…。
自分に対して、こんなに腹を立てたのは初めてのことだった…。



それから2〜3日の間は避けられて、避けて…。
一言も話さない日が続いた。

また雨の日、昼休みに俺は部室に向かった。忘れ物を取りに。
ガチャッと音を立てて、ドアを開けると中にがいた。

「サエ…?」

びっくりしたように、ボーゼンと俺の名前を呼んだ。

「あ…」

情けないことに、俺はに掛ける言葉が見つからずを見つめるだけだった。
気まずい沈黙が流れる中、が口を開いた。

「サエ…。今日一緒に帰ろ…?」
「うん…」

それだけ言って、は部室を去っていった。


帰りも相変わらず沈黙が続いた。
一言も話さず、は下を向いてばかり。
もうすぐの家に着くという所で、は急に立ち止まった。

「…?…どうしたんだ…?」

に向き合ってそう訊いたら、いきなり胸倉を掴まれた…と思ったら唇に何かが触れた。
目の前にはのドアップがあった。
唇に触れたのは、の唇で。…つまり、不意打ちでキスをされたわけだ。

「…?」
「っ続きは…また今度ねっ!今度は…優しくお願いします…」

顔を赤くしてそう言う
触れた唇は、まだかすかに震えていたけれど。

…やり直すチャンスを、は与えてくれたんだ。
あんなに欲にまみれた俺を許してくれたんだ。
…そう思っていいんだよね……?

思わず、の胸に頭を預けた。
温かいぬくもりを感じながら、ちいさく呟いた。

「…ありがとう…」
「もう…もういいよ…。ね?」

の優しい声が胸に染みる。
背中をポンポンと叩くの手が俺を安心させた。
情けなくも、目には涙が浮かんでいた。


食欲、物欲、睡眠欲、性欲。
それら全ては生きる本能で、誰もが持っている物で。

君に対して感じる独占欲。
時には大切な君を傷つけないために戦わなくてはいけない時もあることを、今回身をもって知った。


ねぇ、…好きだよ。誰よりも君が好きだよ。
これからも、俺が君の傍にいることを…君は許してくれるかな?

君のためになら、俺はどこまでも強くなろう。
そう、君のためだけに…。
だから、いつまでも…俺の傍には…君を…。

―君だけを…望むよ―。





END 04.6.6





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