綺麗だと、そう思ったんだ。
初めてあいつの眼を見た時、素直にそう思った。
いつもは少し厚い眼鏡にその綺麗なものは隠されているけれど。

綺麗だと思った時に、同時に俺はこう思った。

こいつの綺麗な眼に映りたいと――。





  beautiful eyes





穏やかな天気に、気持ちのいい風が吹く午後の昼休み。場所は屋上。
こんないい天気なのに、教室で静かにお勉強するほど俺は物分りのいい奴じゃない。
真田にバレたら大目玉だが、お生憎様。今日、明日と部活は珍しく連休だ。

あ〜、気持ちのいい風が吹くのう…。
今日はこのままサボっちまおうかね。

そんな事を思っていたら、いきなり俺の頬に冷たい物が触れた。

「冷てっ」
「やっぱりここにいた。あはは、ビックリした?はい、オゴリ」
「…サンキュ」

そう言ってくすくすと笑いながら缶コーヒーを手渡すクラスメイトの
以前にちょっとした事がきっかけで知り合った奴。
は俺の横に腰を下ろして、眼鏡を外して制服の胸ポケットに入れる。
その仕草に俺はフッと小さく笑いをこぼす。
そんな俺をきょとんとした顔で見る。

「何、どうかした?」
「いんや、お前よく俺の前では眼鏡外すようになったなと思ってな」
「うん、仁王君の前では平気になったよ?」
「…へぇ、大進歩じゃのう」

ふふ、と照れくさそうに笑う。
良かったと思う反面、少しの苛立ち。
その綺麗な眼には俺だけを映せばいいんだよ。
お前のその綺麗な眼を、お前を手に入れると誓ったんだ。
お前の眼を初めて見たときから、そう決めているんだ。


は以前、眼鏡を外す事を強く拒んでいた。
は元々色素がかなり薄い。
色が白く、髪なんて光に透かして見れば金色に見えるほどに、そして眼は胡桃色。
それを幼い頃にからかわれたことがトラウマになっていたらしい。

教室ではいつも下を向いていて、性格もどこか控えめというか消極的だった。その眼を隠す為に伊達眼鏡をしていた。
それが今では笑う回数も増え、眼鏡だって俺の前では外すようになったんだぜ。性格も少しは明るくなってきた。
大進歩だろ?

『綺麗なんだから伊達でも眼鏡するなんてもったいないぜ?』なんて言ったのは俺なんだが…失敗したな。
今はその通りになったのが俺にとってはあまり面白くない。
の眼がこんなにも綺麗で、魅力的なことは俺だけが知っていればいい事だ。



の眼がこんなにも綺麗だと気がついたのは、二年の秋だったか。

部活中に俺の打ったボールが近くを歩いていたに当たったんだ。
やべっと思った時に『…ッ!』と叫んだんだが『え?』と俺のほうに振り返った瞬間にボールはの顔面に直撃したわけだ。
眼鏡の割れた破片で顔を切ったらしく、ぶつかった左頬の上に切り傷が一つ。

その後、手当ての為に保健室に連れて行ったその時に。
初めての眼鏡を外した…つまり素顔を見たんだ。

正直なところ、びっくりしたぜ。かなり衝撃的だった。
今までと全く印象が違って、別人かと思うくらい違って見えた。
眼鏡を外したくらいで、人間こんなに変わるもんなのか?

そのとても印象的な瞳…。普段のからは想像も出来ないくらい綺麗で神秘的で魅力的だったな。
その綺麗な瞳を見て、不覚にも見とれてしまったのを覚えている。

その瞬間に俺は落ちていたのだろう。
この気持ちを自覚するのにそんなに時間はかからなかった。
ただ、あの眼が忘れられなかったんだ。

このペテン師と呼ばれている俺が、今まで興味の無かった一人の女に一瞬にして心を奪われたなんて滑稽だと思うだろ?
そんな事なんて有り得ないと思っていたからな。
誰かに心を奪われる前に、女なんて向こうから寄って来たからな。


太陽の光を浴びながら、穏やかに笑っている
にお前はこんなにも魅力的なんだという気付いて欲しくて、俺が『コンタクトにしたらどうだ?』なんて言った時には『私はこんな眼大嫌いです』だとか言ってたんだっけか。あの時は敬語だったんだよな。

「……」

横目でチラッとを見つめる。
…ああ、やっぱり綺麗だ。
神秘的でどこか人を惹き付ける瞳…その眼に俺は映っているのか?
そんな事を思っていたら、は不思議そうな顔をしながら俺に視線を向ける。

「何、どうかした?」
「やっぱ綺麗じゃのう…」
「何が?」
の眼だよ」

正直な感想だった。
そんな俺の言葉には顔を赤くして、「ありがとう」と微笑んだ。
少し前だったら、間髪入れずに否定しただろうに。

「なあ、お前教室では眼鏡取らないのか?」
「…うん、だって…」
「だって…何だ?」
「ううんっ、何でもない」
「?そうか」

心の奥でほっとした。
頼むから、俺以外の奴らにその綺麗な眼は見せてくれるな。
だが、こんな事は言えない。
は頑張ろうとしているのに、その努力を踏み潰す事はしたくない。
…矛盾してるな。

「まあ、俺の前で取れるようにはなったしな」
「だって…仁王君は『綺麗だ』って言ってくれたから。すごく嬉しかったよ?」

思わず、に手を伸ばした。
の前髪をすくって、綺麗な眼を見つめる。その手は頬に移動して。

「…仁王君?」

戸惑ったの声が聴こえたが、今どうしても俺のモノにしたい。
今どうしてもお前に触れたい。
そんな想いが俺を動かせた。
俺が感情だけで動くなんて、珍しい事もあるもんだ。
抗う事なんて出来やしない感情。

ゆっくりとに近づき、そして唇を重ねる。
の身体が硬くなったのを感じたが、やめられなかった。

「やっ……」

少し唇を離した時にかすかに聴こえた声。
眼は硬く閉じられていて、小刻みに震えながら力の入らない手で俺の身体を押しやっている。
ちゅっと軽いキスをして唇を離した。

「…仁王君…?あの…え?」

は何が起こったか解からないような顔をしてる。
唖然としているのか、それとも混乱しているのか微妙な感じだったけれど。
そんなは良く見ると小刻みに震えている。本人は気付いていないみたいだが。

…俺の女になるのは嫌か?」
「え?いや、嫌ではない…とは思うけど。…でも、何でキスなんかしたのかが解からない…」

…解からないってマジか?
こいつがただ単にニブいのか、それとも俺がそんなに軽い男だと思われているのか…。キスが初体験ではないが、自分からキスがしたいと思ったのは、お前が初めてなんだぜ?

「お前が好きだからしたんだよ。それ以外になにがある?」
「だって…仁王君モテるじゃない。何で私なの?…変なの」

モテようがモテまいが関係ないね。
俺はお前が好きなんだよ。だからお前が欲しいんだ。
どんなに変になろうがおかしくなろうがいいさ。
お前が手に入るのなら、それさえ望むところさ。

「何でかって?俺、お前の眼が好きなんだよ。綺麗で神秘的でたまらなく惹きつけられる。お前の髪も声も白い肌も全て俺のものにしたい。…俺の女になれよ」
「…ん〜と…えっと…本気ですか?」
「ああ、本気さ。俺の前でだけ眼鏡を外すお前を俺だけのものにしたい」

そうきっぱり言ったら、はかすかに顔を赤くした。
下を俯きながら、制服の胸ポケットに入っていた伊達眼鏡を出した。

「…この眼鏡…」

呟いて、俺にその伊達眼鏡を掛けた。
はスッと立ち上がって、柵のほうに歩き出した。
空を仰ぎ見る。光を受けて金色に光る長い髪がまぶしい。

「その眼鏡ね、仁王君の前でだけ外すって決めてるの。初めて『綺麗だ』って言ってくれた人だからね。そんな事を言ってくれる人は、仁王君だけで充分だよ?」

そう言ってくるりと振り向いて、鮮やかに笑った。

俺も立ち上がり、のほうに向かってを抱きしめた。
小さく細いの身体からは、甘い匂いが鼻をくすぐる。

「都合のいい意味に取るぞ?」
「ん〜…うん、どうぞ?」

の顔を見つめ、額、頬、瞼にキスを落とすと「くすぐったいよ」と笑う。
そして本日二回目のキスを交わす。
たどたどしくも俺のキスに応えるが初々しかった。


静かに笑うはまるで天使のようで。
鮮やかに笑うはまるで女神のようで。

――いや、違うな…。

天使よりも優しくて、女神よりも気高くて。

その綺麗で魅力的で神秘的な瞳に、魅了され続けながら。


俺が本気で愛し続けるであろう、ただ一人の女――。





END 04.8.2





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