時々思う。
 あんな事、言わなきゃ良かった。
 どうしてあんなに自信満々に言ったんだよ、自分…。

 「アンタを本気にさせてやる自信あるんだけどねぇ…」

 …甘かった…。
 俺の彼女、という女は想像以上の女だった。





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「あ〜、かったるいのう…」
 部室のソファにバフッと寝そべった。
 もう少しで予鈴が鳴る時間の昼休み。
 確か次の授業は…数学だ。
 しかし、いくら好きな科目といえど、今は授業に出る気がしない。
「な〜んであの子はあんなにそっけないのかね…」
 一人、ボソッと呟く。
 俺には、一人彼女がいる。
 テニス部のマネージャーでもあり、つい2〜3週間前、俺の彼女となった。
 毎日、部活で顔を合わせて、今年は同じクラスになった。
 …何となく、気になったんだよな…。
 そしたら目で追うようになって気がついたら、いつも姿を探すようになって…。
 んで、好きになっていたと。どうしようもなく。

 …告白もしたんだけど。
 あまりにもそっけないもんだから、つい言っちまったんだよねぇ…。
 「アンタを本気にさせてやる自信ある」ってよ。
 あの時はマジでそう思った。
 絶対俺のモンにしてやるって。
 そして彼女が言った言葉は意外な一言だった。
「じゃあ、試しに付き合ってみる?」

 …で、付き合ってみたら、実際恋人らしいコトなんて全くしてない。
 そっけないし、キョーミなしって感じ。めったに笑ってくんねぇし。でも、元が美人だし部活で少し笑った所見たら、目が離せなかったくらいキレイだったのは覚えてる。
 予鈴が鳴り、しばらくして本鈴が鳴る。
「は〜あ…」
 でっかいため息一つ。
「サボってるくせにずいぶんと不満そうね?」
「…んえ…っ。………?」
 起き上がって声のした方を見たら、少し顔をひきつらせたがいた。
「ったく。「?」じゃないわよ。予鈴鳴ったっつーのに戻ってこないから捜してたら本鈴も鳴っちゃうし…。ほら、立って!教室戻るわよっ!」
「ヤダね」
 きっぱりと即答。
「はぁ!? 何言ってんの!?」
 さらに顔をひきつらせる
 「お前、ふざけんな」って顔してんな。
 ……っコエ〜…。
 はっきり言って真田よりも怖いかもしれん…。
 いや、ここで負けたらいかんぜよ、雅治っ!

「バカなコト言ってないで、ほらさっさと立つ!」
「…が好きだって言ったら戻る」
「……アンタバカじゃないの? そういうコト強制して言わせて嬉しい訳?」
 今度はがでっかいため息。
「…つーか、の本当の気持ちが聞きたいんだけどねぇ…」
 よっとソファから上半身だけを起こす。目の前にいるを上目遣いで見て。
「…そんなコト聞いてどうすんのよ」
「そんなコトって…大事なコトなんじゃないの…?」
 そんなの言い方が引っかかり、少しばかり声のトーンを下げる。
「じゃあ、もし私がアンタのコトキライだって言ったらどうすんの? 別れんの?」
「俺のコトキライなのかよ…」
 立ち上がっての方に歩み寄る。は一歩下がるけど態度は変えない。
「…「もし」って言ったでしょ」
「それじゃあ解かんねぇんだよっ!!」
 ガンッ。
 横にあったパイプイスを思いきり蹴飛ばした。
 さすがにびっくりしたらしく、は俺がイスを蹴った時、びくっと身体を強ばらせる。
 に対して声を荒げたのは初めてだった。
 もっとも俺はめったに声を荒げたりはしないのだけど。

「……解かんねぇから、聞いてんじゃねぇか…」
 ギュッと両の拳を握る。ツメが手のひらに食い込むほど強く。下を俯く。
 なんだよ…結局俺の思い上がりかよ…。
 部活で毎日顔合わせ会話をして、同じクラスになって。
 ただそれだけでのコト何でも知ってるような気になって。
 付き合うコトになって、も俺のコト好きなんだって勝手に思いこんで。
 …全部俺の思いこみじゃねぇかよ…。
 は、何も悪くない…。
 悪いのは…俺だ。
 なのに、怒鳴りつけて、八つ当たりまでして……最低なのは俺だ。

 気まずい沈黙が続く。
 たった少しの時間がこんなにも長く感じたのはこれが初めてかもしれない。
 そんな沈黙を破ったのは……だった。

「うそつき」
 いつもより少し頼りない声…。
 絞り出された小さな声…。
「……?」
 その意味が分からず、俺は顔を上げてを見た瞬間、不謹慎にも見とれてしまった。
 の泣き出しそうで、頼りない、どこか怒った微妙な表情を…とてもキレイだと思った。
「…雅治の…うそつき」
「…うそつきって…何がだよ…」
 全く意味が分からない。
「うそつきじゃないっ! 雅治が自分で言ったくせに!!
 ……私をっ…本気にさせるって…そう言ったくせに!! うそつきっ!!」
 俺の怒鳴り声よりも大声でそう叫んだ。
 泣き出しそうだったの瞳には、うっすらと…涙がうかんでいた。
「…、それは…」
 何か言わなくては、と思い声をかけようとしたが途中で遮られた。
「雅治があんなに真剣に、自信満々でそう言うから…だから…私…っ。
 そんなカンタンにあきらめるくらいなら、あんなコト言わないでよっ!!
 〜このっ大バカ野郎!!」
 大バカ野郎…そうきましたか…。
 さすがにちょっとショックかもしんない…。

 ……え?
 ちょっと待てよ…。
 その言い方だと、まるで…。
 …マジかよ…。

 うっすらと浮かんでた涙は、1つの雫となっての頬を流れてた。
 本人は自分が泣いている事すら気づいていないようだけど。

 …誰かの泣いた姿が…こんなにも愛しいと…キレイだと思うのは初めてかもしれん…。
 可愛くて、愛しくて、抱きしめたいと思った。
…」
 名前を呼び、一歩近づいた…けど。
「寄んないでよっ! バカ!!」
 ……止められた。ピシャリと。
 そりゃないぜ、…。
 涙で赤くなった目をつり上げて、俺をニラんでいる。
 そんな目でニラんだって、そそるだけなのになぁ…。

「…泣くなよ…」
「…っ泣いてないっ!!」
「泣いてる」
「だから泣いてないって言ってるでしょ! 〜…っもういい!!」
 へ? 何が? 何がもういいんだ…?
 何をいきなり自己完結してるんですか、さん…?
「私、教室に帰るっ! …雅治なんて戻ってこなくていいっ!」
 そう言って部室を出ていこうとするの手をパシッと掴む。
「…何すんの…? 何よ、この手は…。離してよ」
「行くなよ」
 行くなよ…。
 ここに…俺の傍にいろよ。
 今、この手を離しちゃいけない。
 今、を離しちゃいけない…離したくない。
「…離して」
「いやだね」
 一言、そう言って、の手を掴んだまま俺の方に引き寄せ、そのまま後ろからの細い身体を優しく抱きしめた。俺より一回り以上も小さいは俺の腕の中にすっぽりとおさまった。
 の肩に顔をうずめた。
「雅治…?」
 どうしたの?
 そう聞きたげな、少し心配したようなの声。
 俺は小さい声で、でもはっきりともう一度ささやく。
 抱きしめてる腕に少し力を込めて。
「行くな」
 そう言った。
 さっきまでとは違う沈黙が流れる。口を開いたのは、今度もだった。
「…バカ。何、泣きそうな声出してんのよ…」
 かすかに笑ったのが分かった。
 を抱きしめてる手にの手が重なる。
 そして小さく頷いたのを感じた。

 …今がチャンスか…?
 が大人しくしてる今か…? の肩にうずめていた顔を上げる。
「…。ちょっと俺の方向いてくれる?」
「え?」
 と、反射的に顔を向けてに触れるだけの短いキスをした。成功っ!
のファーストキス、もーらいっ」
「え…!?」
 驚いたと同時にみるみるうちに顔が赤くなっていく中には怒りの色も見える。
「なっ…何すんのよー!! 信っじらんない!!」
 俺から身体を離して、おそらく俺の頬を直撃したであろう平手の腕をすんでで掴んだ。
「〜う〜…」
 おーおー悔しそうやね。そんなにいたずらっぽく笑った。

「何よー…」
「好きだぜ」
「……知ってるよ、そんなの」
 ちょっとすねた様なに対して、俺は満面の笑み。
は?」
「…私は…」
 その時、いきなり胸倉を掴まれたと思ったら、からの不意打ちのキス。
 さっきと同じ触れるだけの短いキスだったけど、間違いなく俺の唇に触れたのはの唇。
「……?」
「何よ…。何かご不満で?」
 いかにもざまあみろという感じの笑い方。
「…いや。充分です…」
「よろしい」
 ……やられた。
 やっぱりこいつは想像以上の女だ。
 最強で、最高の俺の彼女。


 その後、「お試し期間」ではなく正式に付き合うこととなった。
 今までそっけなかった分、よくケンカをするようになったが、それなりに順調である。
 部内でも、学校内でもそれなりの人気がある
 時々ブン太の奴が「仁王にはもったいねーよ」とケンカまで売ってくる始末だ。
 けっ、言ってろ言ってろ。
 お前が何を言おうとは俺のモンなんだよ!

 …そうだよ、誰にも渡す気はない。
 の傍にいて、を守るのに他のヤツらじゃ役不足で、そんな必要もない。
 俺だけで充分なんだよ…。





END 04.1.29





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