「俺、の作ったケーキ食べてみたい!」
いつだったか、ジローがそんなことを言った。





  約束のBirthday cake





「あ」
「あ」

5月――密かに夏の気配を覗かせている、そんな晴れてる日に私はあるところへ向かっている。
その途中に思いがけない人物に会った。

「そんなに嬉しそうな顔でどこ行くんだよ…って訊くまでもねぇか」
「…なら訊かないでよ」

この皮肉ってる言い方…その人物とは跡部景吾なわけで。
長い付き合いのせいか、この人が私をからかうのはどうやら日課らしい。

「襲われないように気ィつけろよ。お前隙だらけだからな」
「いちいちうっさい!」
「じゃあな」

ふんだ、早くどっか行けー!
この数分間は記憶から消去して、私は急いでジローの家へと向かう。
そう、今日は5月5日――つまりジローの誕生日で、私は彼を祝うためにジローの家に向かっている訳なんです。
手にはジローへのプレゼント。
中身は手作りのケーキなんだけど、渡すのが少し気が重い。
味は不味くないんだけど(ちゃんと味見はした)見た目に少し失敗してしまった。
ちゃんとお店で買って、他のプレゼントにすれば良かった。
ただいつだったかジローが「の作ったケーキ食べてみたい」って言ってたのを思い出して、それならって、喜んでくれるならって作ってみたわけだけど…。
見た目が悪くても、ジローならきっと喜んで受け取ってくれるんだろうなぁ。

そんなことを考えているうちに、ジローの家に着いてしまった。
呼び鈴を鳴らすと、玄関で待機でもしていたのかと思うくらいすぐにドアが開いた。

「いらっしゃい!」

ジローの満面の笑顔で出向けてくれた。
そのジローに私は笑って祝いの言葉を口にした。

「誕生日おめでとう、ジロー」
「へへ、ありがとう!さ、早く上がって」
「うん、お邪魔します」


今は見慣れたジローの部屋。
ジローの家だから当たり前なんだけど大好きなジローの匂いがして、何だかここに来ると妙に落ち着く。
日当たりが良くて、こんな天気のいい日には部屋の中がポカポカしてジローじゃなくてもついつい眠くなる。
まさにお昼寝が趣味のジローにはぴったりの部屋だと思って、クスッと笑いを零す。

「何笑ってんのー?お茶入ったよ」
「あ、ありがとう」

紅茶のいい香りが漂う中、ジローはへへっと笑って私に擦り寄ってきた。
手触りの良いフワフワの髪の毛。優しく頭を撫でる。
うん、今日も抜群のフワフワ感。

「何かさ、こーいうのもいいね」
「こーいうのって?」
「誕生日に好きな人と二人で過ごすのっていいなって。皆でパーティしてくれるのもうれしいけどさ、こーいうふうにとのんびり過ごすのもいいよね」
「ふふっ、そうだねー」

ポカポカ陽気の中、温かい部屋でのんびりだらだらと他愛無い話をしながら誕生日を過ごすのも意外と悪くないもんだ。

「…、だいすき」

ジローの小さい告白と同時に、私の身体は後ろにあったベッドに横たわっていた。
つまり、ジローに押し倒されたわけで。
そして、私を見下ろすジローは…なんて嬉しそうな顔をしてるんですか…。
そのとき、私の頭の中によぎった言葉とポンッと出てきた人物。

『襲われないように気ィつけろよ。お前隙だらけだからな』

…ハッ!あの馬鹿にした笑いと共に跡部が言った言葉だ。
認めたくはないけれど、私は跡部が言った通りに隙だらけなのだろうか?
相手がジローなんだから、決して嫌な訳ではないさ。
ただ、跡部の言った通りになったのが少し悔しいだけ。
と、素早くジローからのキスが降って来た。
こんな深いキスの仕方なんて、一体君はどこで覚えてくるんですか。

「んっ…ァ、んん…、ふはっ」
「あは、かわEー。真っ赤だよ。…続き、していいよね?」
「えっ…ちょ、ちょっと待って!まだプレゼントも渡してないのに!」

ジローは一瞬きょとんとして、「うーん、そっか」と一応納得してみせた後に、スッと眼を変えて静かに言った。

「じゃあ、プレゼントもらったあとにね…約束」

…いつものジローの可愛い顔じゃなかった。
心臓がドキドキと大きく高鳴り始める。
最近のジローは「男」としてのかっこ良さがある。
そんなジローを見ると、私はついつい「やっぱり好きだなぁ」と再確認して惚れ直してしまうんだよね。
ああ、もう静まれ、心臓の音!
しかし、とうとう来てしまった。
今日の最大の試練、それはジローに誕生日プレゼントを渡すことだ。

「あの…ジロー?プレゼント、なんだけどね…」
「うん」
「あのね…ケーキ、作ってきたんだけどね…」
「えっ、ホント?やった、すごくうれCー!ありがと、!」

そんなに喜ばれると、ああ、渡しにくい…。
付き合って始めての誕生日プレゼントが、形のくずれたケーキだなんて。
おずおずとケーキの入った箱を差し出す。

「そのね…、少し形くずれちゃって…。味は悪くないと思うんだけど…」
「………」

ゆっくりと箱を開けて、形のくずれたケーキが姿を表した。
直径12cmくらいの小さい丸いチョコレートケーキ。
丸の形が少し歪んで、お世辞にも「美味しそう!」だなんて喜ばれるような代物ではない。そりゃプロのようには上手くはいかないことくらい解ってるけど、料理には少し自信があっただけに、ちゃんと上手く作れなかったのが悔しい。
それが好きな人への誕生日プレゼントだから尚更だ。

ジローはそのケーキから眼を離さない。
私は自分の作ったケーキを見たくなくて、下に俯いた。

「ごめんね、ジロー。そんなケーキがプレゼントなんて…」
「…おいしいよ、このケーキ」
「え?」

そのジローの言葉に思わず顔を上げると、ジローは満面の笑顔でそのケーキを頬張っていた。
にこにこしながら、「うん、ホントにうまいよ!」とケーキを食べる手を止めない。

「いいよ、そんなに無理しなくても。…本当にごめんね、そんなので」
「でもが一生懸命作ってくれたんでしょ?俺はそれだけですごくうれCーし。それにこのケーキ、おせじじゃなくてホントにうまいしさ。がなんで謝るのかわかんないよ」

気を遣ってる訳でもなく、ジローが本心で言ってくれてるのが解る。その歪んだケーキを本当に嬉しそうに、美味しそうに食べてくれる。
歪んでて見た目も綺麗じゃないけれど、ジローがそんなに喜んでくれるなら、作ってよかったなと思う。
…ありがとう、ジロー。

「俺さ、誕生日にはの作ったケーキが食べたい!来年もまた作ってね!」
「うん、今度はもっと上手く作るね」
「再来年も作ってね」
「うん、いいよ」
「その次も、またその次もずっと作ってね」
「うん。ジローがそう言ってくれるならその次もまた次も…ずっと作るよ」

ジローの笑顔がぱあっと輝く。
そのお日様のようなジローの笑顔に、私まで嬉しくなって私もジローに笑顔を向ける。
そしてジローは優しく私を抱きしめた。

「ねっ、それってさ、それってずっと一緒ってことだよね!」
「…ふふ、そうだね。ずっと一緒にいられるといいね」
「いられるよ!」

ジローは私の身体を離して、強い眼で私を見つめてくる。

「そりゃ俺たちはまだ子供で、親の助けが必要だけどさ。でも…自分の気持ちや未来の事まで決められないほど子供でもないだろ?一番大事なのは、一緒にいたいっていう俺たち自身の気持ちだよ」

迷いの無い強い眼。
言葉でいうほど簡単なものじゃないのは解っているし、自分達の思い通りにいかない世の中なのは百も承知で。
でも何でだろう。
根拠も保証も何もないけれど、ジローがそう言うと不思議と信じられる。本当にずっと一緒にいられるんじゃないかと思う。
きっとジローは本能で一番大切なものが何か解ってるんだろうな。


「俺さ、学校卒業してこのまま大人になってヨボヨボのおじいちゃんになっても、と一緒にいたい。…ずっと一緒にいよう?」
「うん、そうだね。ずっと一緒にいようね」

『ずっと一緒にいよう』なんて、別の言い方に変えるとプロポーズのようなものなんじゃないかな?
私の考え過ぎかもしれないけど、ジローがそのつもりで言ってくれたのなら素直に嬉しいと思える。

「じゃあ約束!」

そう言って「んっ」とジローは右手の小指を出した。
その仕草に可愛いなと思って小さく笑いながらも、私はためらうこともしないでジローの右手の小指に自分の右手の小指を絡めた。

「うん、約束」
「これからはが作ってくれるケーキが約束の証だね」

そう言って、また再びジローは私をベッドに押し倒した。
降って来たキスからは甘いチョコの味がした。
ジローは唇を離して、私の耳元で「もう一つの約束は今守ってくれるよね…?」と、いつもより少し低い色のある声でそう言った。
そんな風に言われれば私は断れないのを知っているんだろうか。
天然なのか、計算なのか、たまに解らなくなるときがあるけど、どちらにしても気が付けば結局はジローのペースになってるんだよね。
でもそれも悪い気がするどころか、そのペースが心地良いと感じてしまうところが結構終わってる。

どんどん下に落ちていくキスと、ジローの熱い手に身体が震える。

ふと見た先には、食べかけのチョコレートケーキ。
フッと笑ってジローに手を伸ばして抱きついた。
来年にはイチゴのショートケーキでも作ってみようかなと、そんなことを思った。





END





2006年5月     加藤 のぞみ


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