愛しい君へ。
君に出会ったその日に俺は確信したんだ。
俺の全ては君に捧げる事になるんだろうと。

とてもとても愛しい君へ。
捧げたいと心から思う。
俺の全てを、君へ―。





  offer





―朝だ。
起きて学校に行かなくちゃ…。
いつもの事だけど、起きるのはしんどい。
でも何だろう…。
身体が、とても重い。

頭が、痛い―…。


…やべぇ。
もしかしなくても風邪…ひいたんかな。
しかも、今日部内選抜の日じゃんか。
行かなかったら跡部にどやされるどころか、レギュラーにさえなれない。

まぁ…大丈夫かな?
学校行って部活まで寝てれば体調回復するかもしんないし。


『私ね、ジローがテニスしてるところ見るの好きだよ』

そんなセリフが思い出される。
俺の大好きな大好きな人が言った言葉。

君が好きだと言うなら。
風邪なんかに負けていられないよね。

どんな俺でも君が求めてくれるのが嬉しいから。
俺は俺の全てを、君だけに捧げる事に決めたんだ―。

大好きなテニスをするために、テニスしてる俺を君に見せるために。
レギュラー…絶対に取ってみせる。


「…ハヨー…」
「ジロー。お前今日も朝練…」

教室に入ると、すぐにしかめっ面の跡部に見つかった。
朝練サボったことをさっそく説教されるのかと思ったら、途中で止まった。
跡部は俺の顔をマジマジと見る。
…やべ、バレたかな。

「…今日部内選抜だぜ?解かってんのか」
「…うん、一応はね」
「だったらこんな時に風邪ひいてフラフラになってんじゃねーよ」

やっぱバレてたか〜。さすが眼力の持ち主。
いきなり見抜かれて、「へへへ…」と笑って頭をかく。
跡部が溜め息をつく中、俺はかったるそうに跡部の後ろの席に座る。

「…ねー跡部ぇ。お願いあるんだけど」
「あぁ?…なんだよ」
「あんねー、には言わないでね。俺が風邪ひいてること。心配かけたくないしさ」
「…言いたきゃ自分で言え」

そんなぶっきらぼうな跡部の答え。
へへ、言わないでいてくれるんだ。
ホントはかなりやさCーのに、素直じゃないんだよね。

HRが始まる予鈴を聴きながら、俺は襲ってきた睡魔に身をまかせた。


「…ロー。ジローってば。起きて」
「…んぅー」

揺らされる感覚と優しい声に、俺は目を開けた。
そこには愛しの俺の彼女・がいた。

?あれ、授業は?」
「とっくに終わったよ?よく寝てたねぇ」
「…。何か寒くない?」
「えぇ?今日は暑いくらいだよ」

外を見ると、これでもかってほどの晴天。
まさに部内選抜日和。

俺が変なんかな。
何か、朝よりも頭痛がひどくなったような気がする。もしや、これが寒気ってやつ?
身体も重いし、かったるい…。おまけに気分も悪い。
これで部内選抜って…俺、ピンチ!

「…ジロー?どうしたの?具合でも悪いの?」
「えっ!いや、なんでもないよっ!大丈夫」

心配そうに顔を覗き込んで、そう訊いてきたに笑ってみせる。
はまだ心配そうに「…そう?」と呟いた。
ダメじゃん、俺っ!こんな時に、に心配かけちゃいけない。

「部活、行こ?」
「あー、俺もう少しここにいるね。…部活始まるまでちゃんと行くから」
「じゃあ、先に行ってるね」
「うん」

が教室出たのを確認してから、ドサッと椅子に座って机にもたれかかる。
立っているのさえ、かったるい。
かなりやべぇかも…。脂汗まで出てきた…。
…頭、痛てぇ……。


次に俺が起きたのは、の泣きそうな悲鳴にも似た俺を呼ぶ声で。

「ジロー!?大丈夫、ジロー!!」
「……?あれ、俺いつの間に寝てたんだろ…」

頭がボーッとしてる…。
軽く咳き込みながら、重い頭を何とか覚醒させて。
は、涙をためて心配そうな顔してる。
泣いちゃうほど、心配させちゃったのかな…。

さほど時間は経ってはいなかったけど。
…やべっ、部活…!もう始まってんじゃんか!

っ、部活…」
「…いいよ、それより病院行こう。跡部君に言ってくるから」
「ちょ…ちょっと待って、!部内選抜出ないと…!」

教室を出ようとするの手を掴んだ。
…え?

「…?」
「……っ」

掴んだの手は震えていた。…ううん、手だけじゃない。下を俯いたの身体全体が震えていたんだ。
まさか…泣いてる…?

「…なんで?」
「え?」
「なんでっ、ジローはいつもそうなのよっ!?」

振り向いたの瞳からは、大粒の涙が流れていた。
普段は泣く姿なんて想像させないのに。
不謹慎にも、かわEーなんて思ったりもしたけど、でもやっぱ。
が泣くのは…。

「心配掛けさせたくないのは解かるけど…っ、ジローの場合は無理しすぎだよ!
辛いなら辛いって言ってよ。私にくらい頼ってくれたっていいのに…」
…」

お願い、泣かないで。
そんなに悲しそうな顔しないで。
けど、の涙は止まりそうにない。次々と涙が頬を伝って、床にいくつもの跡をつくっていく。
涙で濡れたの頬を両手で覆ってに顔を近づけた。

「私、そんなに頼りない?」
「俺、辛いよ。が泣くのは…すごく辛い」
「だって…っ。きゃっ…」

が何かを言い終わる前にを抱き寄せた。
風邪がうつるかも…なんて頭を一瞬よぎったけど構わない。

今は、君の涙を止めたい。

「ね、泣かないで
「……」

は何も言わないで、なのに抱きしめられている事に抵抗しない。

身長はあまり変わらない、だけど細くて華奢な身体を抱きしめる。
今は泣いているからなのかいつもよりもどこか頼りない。

こんなを抱きしめていると、イケナイ気分になってしまう。
身体が熱いのは、きっと熱のせいだけじゃない…。

そんな事を思っていると。
聞き覚えのある声が耳に届いた。

「アーン?テメェら部活も来ないで何よろしくやってやがる」
「あー跡部ー。ちぇっ、今イイとこだったのにさー…」
「…イイ度胸じゃねぇか…」

ブツブツ文句を言ってから離れると、跡部のドスのきいた声。

「―で?お前今日部活は…無理そうだな」
「あ、あ〜っ、跡部っ!でも俺…っ」

部内選抜に出ない。つまりはレギュラーになれないってことはレギュラー落ちと同じ事。そんな事になったら、もう一度レギュラーになるのは簡単な事じゃない…!!

が好きだと言ってくれた自分を失いたくない。

何とかして部内選抜に出してもらおうと口を開いたとき。
跡部がとんでもない事を言い出した。

「…今日は部内選抜は中止だ。明日に変更する。
部員達にそう伝えて来い、樺地」
「ウス」

…へ?…中止?…何で?
つーか、そんな事しちゃっていいのかな。

「いいか、関東大会ではお前の力が必ず必要となる。こんな所でレギュラー落ちされちゃあこっちが困るんだよ!」
「跡部…」
「今日はもう帰れ。明日までにさっさと治して来い。いいな」

最後に跡部はに「送って行け」とだけ言って、部活に戻っていった。
…ホントに跡部っていい奴だー!


歩いて帰れる状態じゃなかった俺は、と二人でタクシーに乗って俺の家まで。
部屋に入って、倒れるようにベッドに沈んだ。

「…ホントに病院行かなくて大丈夫?」
「大丈夫。ただの風邪だし、寝てれば治るよ」

心底心配そうな顔をしたに、「ホントに大丈夫だって」と笑う。
はベッドの横に膝をついて、俺の額に手を乗せた。
俺はその手をガシッと掴んだ。

「ジロー?」
の手…冷たくて気持ちいい…」
「そっか」

小さく微笑んだを引き寄せて、キスをした。
ちょっとだけ濃厚な、大人のキス。
ベッドのスプリングが二人分の体重でギシッという音をたてた。

は抱きしめたときと同じように、抵抗はしないでキスに応えてくれる。
唇を離した時に甘ったるい吐息が漏れる。

「俺さー、何か情けない…」
「ジロー?」

ベッドに寝たまま、を離さないで。

が…テニスしてるとこ好きだって言ってくれたから、頑張ってレギュラー取ろうと思ったのに…。風邪ひいちゃうなんてさ」
「ジロー。でも…無理はしないで。お願いだから」
?」
「私は…ジローがそこにいて元気に笑っていてくれるだけで充分」

その後、「もちろん、テニスしてるジローも好きだけどね」とイタズラッぽく笑った。

あ〜あ、敵わないなぁ。
多分、は無意識なんだろうけど。
こんなにもは強く俺を求めてくれている。
それがとてもうれCーから。

だから、俺は決めたんだ。強く誓った。

とても愛しい君に。

全てを、捧げると。

俺は、君だけの物―…。

だってこんなに俺の事を強く求めてくれる人なんて、君以外きっといない。
それに、それにね。

君以外の人に自分を捧げる気なんてないんだ。
そんな事、考えた事もないんだから。

『君』だから、なんだよ――…。


「おっはよ〜」

昨日とは打って変わって俺は元気に教室のドアをガラッと開けた。

「あっとべっ!昨日はサンキュ!」
「元気そうじゃねぇか」
「うん!もう超元気!」

朝起きたらビックリするほど頭はスッキリしていて、昨日の状態は一体何だったんだろう。でも、とにかく元気になったんだし部内選抜頑張るぞ!
そんな事を思って静かに燃えていたら、跡部がこんな事を言った。

「ああ、そういえばは今日風邪をひいて休みだそうだ。
…ジロー、お前…」
「あっ…あ〜、えっと…あはは」

が風邪…。
そっか、そういえば昨日キスしちゃったっけ…。
跡部にニラまれて、俺はごまかすように頭をかく。

「言っとくが、今日は必ず部活出ろよ」
「解かってるよ」

俺、知ってるんだ。
俺がテニスしてるとこ、はいつも笑顔で見守っててくれてるんだ。
だから、いつもそんなの笑顔が見たいから、レギュラー必ずキープしないと。


とてもとても愛しい君。
俺が心に決めた人。
自分を捧げると誓った人。

俺って結構人を見る目、あると思わない?

だって、それが君で良かったと心底思えるんだ。





END 04.6.19





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