ピピピピピ……。
「ん…」
けたたましく鳴る目覚ましの音で目が覚める。
カーテンの隙間からはまぶしい朝日が顔を覗かせていた。
あー…もう朝かぁ。
学校…行きたくないな。
そう思いながらもうるさく鳴っている目覚ましを止めようと、枕元の時計に手を伸ばすと肩がズキッと痛んだ。
あれから何もしないで放っておいたからなぁ。
…あー痛い…。
はぁ…と朝からでかいため息一つ。
目覚ましを止めて、のそっとベッドから出てカーテンをシャッと開ける。
今日も天気は…にくったらしい程の晴天だ。
嵐の一つくらい直撃していたら、学校休みになったかもしれないのに。
もしくは学校全壊とかしたら良かったのにな。
そんな不吉な事を本気で考えながら、準備をのろのろと始めた。
「あの事」から三日が経った。
毎日は変わらず普通に過ぎている。
ただ一つ。
私とブン太の変化を除いては。
あれから、教室や部室にいても口をきいていない。
部活でも出来るだけ会話をしないようにお互いがお互いを避けていた。
目を合わせる事すらない。
急な関係の変化に、部活の連中も何かしらおかしいと気づいてるらしい。
二年レギュラーの赤也に「ケンカでもしたんスか?」と聞かれるし。
三日経った今では「あの二人別れたらしいよ」とのウワサまで出てるくらいだ。
…いや、あながちウワサではない…とも言い切れない…。
私は…望んでいない事だけど。
そんな事…一度だって望んだ事ないけれど。
「ねー。ホンットに丸井君と別れたの?」
「……」
無邪気にそんな事を聞いてくる友達の質問に対して黙り込む。
だーかーらー、私はそんな事望んでないっつーの!
望んでなくても…変えられない。
はっきりと、「別れる」なんて言ったわけじゃないけれど。
どう動けばいいんだろう。
どう動けば、また元通りになるんだろう…。
「大嫌い」なんて、どうしてあんな事言ってしまったんだろう。
自分が言った事に、こんなにも後悔するなんて。
たとえ何をされても何を言われても、あんな事言うべきじゃなかったのかな…。
「ってば――」
「もう…。どうでもいいでしょっ」
「そうじゃなくて、呼んでるよ」
「…は?」
机にふせていた顔を上げて、友達が指差した教室のドアの方に顔を向けると、そこにはいつもの含み笑いをした仁王君がヒラヒラと手を振っていた。
「…何?」
「いや、ちょっといいか?」
「うん…?」
つれてこられた場所は、人気のない屋上。
あーあ。ホンットにいい天気だわね…。
「で、何か用ですか?」
「んーいや、大した事じゃないんじゃけど」
「?」
「お前、丸井と別れたんだって?」
……また、その話…。…ったくどいつもこいつも。
も
う、いい加減にしてよ。
つい、自然にため息が出る。
「…話ってそれ?」
私は不快な気持ちをまったく隠そうとしないで、低い声でそう聞いた。
「いやいや、本題は違うけどね」
「じゃあ何」
「、俺と付き合わんか?」
「冗談でしょ」
「うん、まぁね」
一体、君は何が言いたいんですか。コントみたいな事までさせて。
悪いけれど、私は今そんなジョークに付き合う気にはなれないんですー。
大体、そんなニヤニヤして楽しそうにしてるくせに「付き合おう」なんて言われても、そんなの全然本気とは思えないし。
「…まだ、丸井の事好きなんだ?
「大嫌い」って言ったのはお前の方なのにねぇ」
「……!!」
なんで…もしかして三日前のあの事…知ってる…!?
どうして…? なんで知ってるの…?
まさか、ブン太が話したとか…。
それはない…よね。
言っちゃ悪いけど、仁王君て人から悩みを相談されるようなタイプじゃないし。
「…なんで…知ってるの?」
キッと仁王君をニラみつけてそう尋ねる。
サラッと、当たり前のようにこう答えた。
「立ち聞きしてたから」
…っこんの…っ!
ぬけぬけとよくも…っ!!
ニヤニヤしたまま、「肩、大丈夫?」と聞いてくる。
本当はそんな事思ってないくせに…仁王君って人は…。
ただでさえあまり機嫌が良くないのに、この仁王君の態度にイラつきが大きくなる。
そんな私にお構いなしに仁王君は淡々と話を進めていく。
「で、結局のところどうなのお前。
丸井の事嫌いなわけ? 別れんのか、そうでないのか」
「…嫌いなわけないじゃない。私は…離れたくないけど…」
『私は』離れたくない…けど、『ブン太』は?
ブン太もそうなんだという確信はない。
「そうならそうハッキリ言やえーのに。素直じゃないのう」
…うっ。どうせ素直じゃないですよ。そんなの解かってるもん。
もう少し素直だったら、あんな事言わなかった。
「可愛い子で良かったね」なんて。
自分の性格がつくづくイヤになってくる。
「まぁ、とにかくお前はもう少し丸井の事信じた方がいい」
「……」
「俺、そろそろ戻るけどお前はもう少しここで頭冷やしたら?」
私は返す言葉が見つからず、屋上を出ていく仁王君を見送る。
一人になった屋上で、また空を見上げる。
頭の中では仁王君の言葉が回っている。
「信じた方がいい」か…。
そう…かもね。
多分、私は今までブン太に甘えすぎていたのかもしれない。
私からも何かを伝えなくちゃいけないんだ。
甘えちゃいけないところで甘えたりしてたんだ。
あの時も、『ブン太の方から』じゃなくて『私の方から』何かを言わなくちゃいけなかったんじゃないの…?
ああ…私ってなんて大バカなんだろう。
と、その時。
ガチャッと屋上のドアが開く音がして、反射的に振り返ると。
…なんで?
なんでブン太がいるの…?
「…え? …?」
ブン太の方もかなり驚いたらしく、しばらくお互い固まっていた。
先に我に返ったのはブン太の方で。
「あ…えっと…仁王は…?」
「…へ? …ああ、仁王君ならもう戻った…けど」
「戻った? って今?」
「今っていうか…ついさっきだけど何で?」
「だって俺、仁王に呼び出されたんだぜ。
朝練の時、昼休みに屋上に来いって。だから来たんだけど戻ったって…アイツ…」
…仁王君に呼び出されたって…?
なんかおかしいぞ…。
……ハッ。
まさか私とブン太をここではち合わせさせるつもりだった…とか?
いや、「まさか」じゃない…。きっとそのつもりだったんだ! …あの男…!
さすがはペテン師…!
………。
まぁ、それはともかくとして今はブン太と二人っきりなわけで。
何ていうか…すごい気まずい…っ!
ど…どうしよう…。間がもたないよ…誰かーっ!
…い、いやダメだ…。自分で何とかしなくては…。
「…えっと…じゃあ俺も戻…」
「ちょっと待ってよブン太!!」
ブン太の言葉を途中で遮って屋上から出ていこうとするブン太を大声で止めた。
ブン太はびっくりしたらしく、びくっとして私の方を目を丸くして見た。
「ちょっと…こっちに来て…」
「なんで…?」
「いいから! とにかくこっちに来てってば」
不思議そうな表情の中に少し複雑な感じが見て取れた。
それでもゆっくり私の方に向かってくる。
…正直言ってまだちょっと怖いけど…でも逃げちゃいけないんだ。
頭の中に「信じた方がいい」という仁王君の言葉と顔がポンッと浮かんだ。
ああっもう! 仁王君なんかあっちいってよ! ジャマジャマ。シッシッ!
「…で何…?」
「え?」
気がついたらすでに目の前にブン太がいた。
…無意識に身体が震え出してるのに気がつく。
こぶしをギュッと握り締める。
…信じろなんて言われても、どう信じていいのか解からないし。
だから、私なりに形で示そうと思う。
すっと手を伸ばして、ぐっとブン太のネクタイを掴んで自分の方に引き寄せた。
そしてあの時の彼女よりも少し深い。
キスを――した。
「…へ?」
少し赤くなりながら、ブン太はキョトンとした顔をしてる。
「え? …な、な、なん…なんで?」
「えっと…しょ、消毒よっ! 消毒!!」
「消毒…?」
「そうよっ! 〜っだってあのままにしておきたくないじゃないっ!」
そうよ、いやだよ絶対にっ!
…他の子にキスされたままにしておくなんてそんなの…。
こんなんであの時のキスがなくなるわけじゃないけれど。
「…俺にキスしてくれたって事は…許してくれんの…?」
「許すっていうか…信じる事にしただけよ」
「…?」
「それと、私以外の女の子にはもうあんなスキは見せないようにねっ!
――いい!?」
…単純だなぁ、ブン太は。
半泣きになってまで喜ばないでよ…子供なんだから。
ふふっと自然に笑いがこぼれる。
「…っっ!!」
「うわ…ちょ…っとブン太?」
大声で私の名前を呼んだかと思うと、いきなり抱きしめられた。
…変わらない。
すごくあたたかいぬくもり。すごく安心する私の大好きなにおい…。
…消毒がキスなんてベタかもしれないけど、私の精一杯。
こんなんで許してくれるブン太の素直さがなんて愛しい。
これから、万が一私以外の誰かがあなたに触れた、そんな時には。
消毒をしてあげるわ。
何度でも。何度でもしてあげる。
私にしか出来ない――世界一甘い消毒をしてあげる――。
きっとこの甘い消毒が…捕らえてあなたを離さない。
END 04.5.24
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