毎日のちょっとした事が気になったり。
 不安に思うことだって沢山あるけれど。
 それでもいつもお前が一番大切に思っているのは俺なんだと。
 少しくらい自惚れてもいいだろ?





  conceit





「もーっ! だからそうじゃないって何回言えば解かんのよ!!」
「だって解かんねーもんは解かんねーもん」

 はぁ…とあきれたようにがため息をつく。
 俺はぶーたれた顔で机の上にうなだれる。

 ただ今、中間テストを4日前に控えた昼休み。
 のどなり声とともにテスト勉強中。さっきからあの繰り返し。

 立海はエスカレーター式だから受験はないけれど、一応文武両道なワケだからそれなりに点数を取らなきゃいけない。
 赤点なんて取ったら補修を受ける為に部活を休まなきゃならなくなる。
 大会前にそれはかなりつらい。

「ほらほら、ぶーたれるヒマがあったら手を動かす」
「…うぃーす」

 そして机の上に広がっている英文の問題に目を向けたまさにその時。
 教室の外からを呼ぶ声が聴こえた。

 ほとんど二人同時にその声のした方に顔を向けるとそこにいた奴。
 同じテニス部レギュラーの仁王雅治だった。
 …はっきり言って俺は仁王が苦手だ。
 いつも人を食ったような感じで、しかも人をからかう事に関しては天才的で、どうもイケ好かないヤローだ。

 そんな仁王はの方を見て、にこにこ…というよりはニヤニヤという感じでに向かって「コイコイ」と手招きしている。

 …くっそー。俺とのラブラブ勉強時間をジャマすんじゃねーよ、このペテン野郎め。

 でもはそんな仁王に対してまったく警戒心がなく、席を立って呼ばれるままに仁王のところへ行く。

 ノロケかもしれなけど、はかなりの人気者だ。
 容姿もそれなり可愛いし、周りからの人望だって厚い上、頭だってトップクラス。

 …なもんだからテニス部の中でもは皆のお気に入りだ。
 そしてそれは仁王も例外じゃないらしい。
 でも半分は俺をからかう為ににちょっかいかけてるに違いねぇ!

 教室の外ではと仁王が何やら楽しそうに話している。
 そんな二人をうらめしそうにジトーッと見つめる。

「……」
 あの構図…かなり気に入らないんだけど、あの二人何か絵になってんだよな。
 仁王は黙っていれば(強調)顔は(さらに強調)そこそこだし。

 どうやら話が終わったらしくが戻ってくる時にふと、仁王と目が合った。
 仁王はいかにも俺をバカにしたようにニヤッと笑って去っていった。
 何だ、何なんだアイツはよ! ったくいちいち腹立つヤツだな。

「何、そんな怖い顔してんのブン太?」
「…仁王と何の話してたんだよ。随分楽しそうだったけど」
「何の…ってただの世間話だけど? 何で?」

 キョトンとしてそう答える。

 …ウソだ。
 話の内容はたとえそうだったとしても、何かウラがあるに決まってる。
 ただの世間話をする為だけにに会いに仁王が来るはずはねぇ!

 そして仁王と話をしていた時のの顔を思い出す。
 少し不安になって。

「…は…俺のもんだよな?」
 なんて聞いてみた。

 そしたらは。
 「うん、そうだよ」なんて笑いながらアッサリ答えた。
 まるでそれが当たり前のように。

 俺は相変わらず単純だと思う。
 ついさっきまで胸の中にあった不安やイラつきがのその一声で吹き飛んだ。
 当たり前のようにアッサリ答えてくれたのがうれしかった。

 俺の顔を真正面からジッとは見つめてニッと笑いながらこう言った。

「何? ヤキモチ?」
「…悪いかよ…」
「ううん、全然。私はうれしいよ」
「……っ」

 は「好き」とか「愛してる」とかそんな言葉はあまり言わない。
 だけどそのかわりにこういった予想外の言葉をくれる。
 けど俺にとっては何よりも嬉しい予想外の出来事なんだ。

 それらすべては俺を幸せにさせる。
 だっての俺に対する気持ちは、俺の自惚れじゃないと確信できるから。

 しかし今日の部活で仁王からとんでもない事を聞かされた。

 昼休みの予想外のの言葉で今日の部活はムダにテンションが高かった。
 …が、しかし。

「よぉ、丸井」
「………」
「んなあからさまに嫌そうな顔しなさんなって。傷つくぜ?」

 俺のムダに高かったテンションは、話しかけられた仁王によって一気に下がりまくった。
 「嫌そうな顔するな」だって?
 ケッ、悪いね俺は素直な性格なんだよ!

「…何か用かよ…」
「いや、別に。
 あーそういやって数学があまり得意じゃないんだとさ。知ってたか?」
「だから何だよ」

 くあ〜〜ムッカつく。ワザと解からないように遠回しな言い方しやがって。
 こいつのこういったところが嫌なんだよ!

「俺、けっこうの事気に入ってんだよね」

 …はっ!?
 何だこいつ! いきなり何言い出してやがるんだ…!?

 ちなみに俺とが付き合っている事はレギュラーの奴らは知っているはずなんだ。
 なのに俺の前で堂々と人の彼女を「気に入ってる」ときたもんだ。
 何、人様の彼女に手ェ出そうとしてんだ、コイツはよー!!

 これは…仁王の奴、宣戦布告ってわけか――!?

 つーか、宣戦布告も何もは俺のもんだっつーの!!

「…仁王…オマエ…」

 うらめしそうにギッと仁王をニラんだ。
 そんな俺に仁王はいつもの含み笑いをフッとしながら、さらにこう言った。

「誰かに取られんように、気をつけんさい」

 そう言ってヒラヒラ手を振ってコートへと足を運んでいった。

 …何だ…? アイツ、一体何考えてるんだ?
 仁王の事だ…絶対に何か裏があるに決まってるんだ。

 俺をからかっただけなのか…?
 それともの事は本気なのか…?
 何でそれで数学の話が出てくるんだ…?

 …むーー。
 考えれば考えるほど解からなくなってくる…。
 アイツの行動や言葉はイマイチ要点を得ていない気がする。
 謎だらけなのに、スキがないから何を考えているのかも解からない。

 何がウソで、何が本当なのかさえも、…解からない…。
 だからやっかいなんだよな、仁王は。

 どこからどう仕掛けてくるか――?




 そしてその部活の日から3日が経って、いよいよテストの本番が近い。

 テスト期間のおかげで部活はない。
 が、俺の足は全速力で部室へ向かっていた。

 …やられた…!
 俺が少し目を離したスキに…アイツ――仁王!!

 今日、俺はたまたま特別教室の掃除当番で、放課後に掃除の間から目を離した。
 教室に帰ってきた時には――時、すでに遅しってやつだ。

 教室にまだ残っていたクラスメイトに「知らねぇ?」と聞いたところ、「なら、さっき仁王君と一緒に部室に行ったけど」というとんでもない答えが返ってきた。

 小さい頃、親に「あやしい人についていっちゃいけません」ってよく言われるだろ?
 仁王なんか、めちゃくちゃあやしい奴じゃねーかよ!

 でも、があれほど警戒心を持たないって事は…仁王何言ったんだ…?
 はそんなカンタンに丸め込まれるようなやつじゃないし。

 そんな事を思いながらも、遠い部室へ全速力で一直線。

 ――ガチャッ。

 走ってきた速度を全く落とさずに、俺は勢いよく部室のドアを開けた。

 中にいたのは、赤也と仁王との三人だった。

「あれ? ブン太?」
「どうしたんスか、そんなに慌てて…」

 赤也との二人が少しおどろいたように俺を見る。
 俺は乱れた息を整えながらニヤニヤしてる仁王をニラむ。

「…仁王〜…」
「遅かったのう、丸井」
「…何してたんだよ」
「何って見ての通りテスト勉強だけど」

 …テスト勉強…?
 そういえばテーブルの上には教科書やら問題集が広がっていた。

「ねー先輩。ここの問題解からないっス」
「ああ、ハイハイ」

「…仁王、ちょっと来い」

 赤也の無邪気な声を聴きながらも、俺は仁王を部室の外へ呼び出した。
 いつもより低い声で話し出す。

「どういうつもりだよ…」
「別に、アイツが数学苦手だっていうから教えてやってただけだろ。
 何だよ、うたがってんの?」

 …いたずらが成功したような顔しやがって。
 今回は赤也がいたから良かったようなものの、二人きりだったらヤバかった。
 大体「気になる」とか「取られないように」とか言われて誰が信用するっつーんだよ。
 しかもそれが仁王だから余計にだ。

「お前なんかに渡すつもりねーからな」
 さっきよりもきつくニラんだ。
 仁王はそんな俺を見て、フッと不適に笑う。

「俺は確かにを「気に入ってる」とは言ったが、「好きだ」とは一言も言ってないけど」
「……あぁ?」
「つまり恋愛感情じゃないって事。
 それにの事気に入ってる奴なんて山ほどいるぜ?」

 そう言って親指でクイッと部室を指す。
 部室の中からは勉強しているわりには楽しそうな赤也の声が聴こえる。
 …ふーん、なるほど。赤也もか…。
 けど赤也のガキんちょよりお前の方がキケンなんだよっ。

 いくら恋愛感情がないからと言っても、それは「今」の時点であって。
 これからどうなるかはまだ解からない。
 「気がついたら」ってコトもあり得るからな。

「それともう1つ。丸井、お前さ…」
「何…?」

 不意に少し上を向いた瞬間にちゅっと音がしたと思ったら。
 ……ん? 何だ…? 何かが唇に触れた…。
 目の前には仁王の含み笑いのアップ。

 …え…? ってことは…ま、まさか…今のって……!?
 ……っじょっ…冗談だろ――!? あ、ありえねー!
 なっ何が好き好んで男とキスなんかしなきゃなんねーんだよー!!

 …しかも…仁王と…(何か違う)

 ああ…神よ…。
 こんな仕打ちを受けなきゃいけないほど俺は何かいけない事をしましたか?
 もう誰でもいいからウソだと言ってくれ…。

「お前さ、スキだらけなんだよ」

 頭の上からはクックッと仁王の楽しそうな笑い声が聴こえる。
 本来ならうっとうしいはずのそんな笑い声さえも気にならないほど俺のショックはでかい…。

 からかわれるだけならまだしも…まさか唇をうばわれるとは何たる事だ…!
 人生最大の不覚…!! こんのホ○野郎め…!

「俺なんかにキス許すようなスキ見せてるんじゃあ誰に取られても文句の1つも言えないぜ?」
「…うるせぃ」

 ショックから立ち直れないまま、やっとそれだけ言い返した。
 そしてあからさまに手の甲でゴシゴシと口をぬぐう。

「おい、赤也。そろそろ帰るから用意しな」
「えーもう帰るんスか〜?」

 仁王が部室の中にいる赤也に声をかけると赤也のぶーたれた答えが返ってくる。

「後は俺が教えてやる」
「仁王先輩がっスか〜?」
「何だよ。何か不満なんか?」
「俺、先輩がいいっス…」

 「いいからサッサとしんしゃい」と仁王が赤也をうながす。
 赤也が何かとブツブツ文句を言いながら帰る用意を進めた。
 が赤也に「明日、頑張ってね」と笑顔ではげます。
 ただそれだけでぶーたれてた赤也の顔が、ぱあっと輝く。

「んじゃ、戸締りはよろしくな」
「うん。今日はわざわざありがとね」

 仁王がそう言ってに部室のカギを渡すと「いーえ」とに笑顔でそう返した。
 は仁王と赤也に手をヒラヒラ振って別れの動作をする。
 くそぅ…早く帰れよ〜…。
 なさえないけれど今はに抱きついて泣きたい気分だ…。
(でも仁王とキスしたなんて言えない…)

「丸井、おそうなよ?」
「うっ、うるせぃ! 早く帰れよ!」

 最後にそう耳打ちして、おかしそうに校門に向かってスタスタと歩いていく仁王の後を赤也がついていく。
 二人のその姿を見送り、俺は部室に入ってはぁーっと息をはいた。

「何か…すごい疲れてるねブン太。…大丈夫?」
「…大丈夫じゃねぇよ…」
「何、一体どうしたの?」
「どうもこうも仁王の奴がさっき…」

 ハッ…!
 言いかけて気づく。やべえやべえ、口がすべるところだった…。

「…さっき…何?」
「いや…何でもない…」

 「変なの」とポツリとつぶやく。
 だって普通言えねぇだろ!?
 彼女の前で「男とキスしました」なんて…死んでも言えねぇ、そんな事…!!

「ブン太、勉強してく? どうしよっか」
「…いや、今日はいい…」
「そう」

 もう今日は何もする気が起きない…。
 こんなにショック受けたのなんて何年ぶりだよ、オイ。

 は机の上に広がっている教科書やらをしまう。
 の座ってる向かいのイスに座る。

「…仁王に、勉強教えてもらってたって…?」
「うん。数学を少しね」
「それだけ?」
「それ以外に何かあるの?」

 少しムッとした表情と声。
 俺は一言「別に…」と言って机に顔をふせた。
 少しの沈黙の後、小さいため息が1つ聴こえた。そしてが口を開く。

「ねぇブン太?
 もう少し…自信持ったっていいんだよ」
「…へ?」

 顔を上げて見たの顔はあきれたような笑顔。
 俺の頭にポンと手を乗せて優しく頭をなでる。

「何考えてるのか大体解かるけど、自信持って自惚れて」
「…自惚れていいのかよ…」
「どうぞ。だからバカみたいな事考えないで。
 私にはブン太がいればそれでもう充分なんだから」

 俺の頭をなでていた手は頬に移動して。

「ほら、いつまでもそんななさけない顔しない」

 のあたたかい手が俺の頬をなでる。
 それにバカみたいに安心して、何故か涙が出そうになる。

 なんだよ…自信持って良かったんだ。
 自惚れていたって良かったんだ。

…サンキュな」
「何が?」

 無意識ですか…。
 でもだからこそ本気で言っているのが解かる。
 には俺がいて、俺にはがいて…。
 それがにとってはすでに当たり前の事なんだ。

 そんな事を今さらになって気づくなんて、俺もまだまだ甘いね。

 やっぱりは「好き」とか「愛してる」とか言わない。
 そんな言葉よりも深くて嬉しい言葉を言ってくれる。


 後日、あの昼休みの話の内容を聴いたところ、あの部室での勉強会を約束していたらしいという事が判明した。…警戒しないわけだ…。

「ほっんとバッカじゃないの!
 私と仁王君を疑うなんて何考えてんのよ、このおバカ!!」

 と、こっぴどくに怒られてしまった。

 どれもこれも仁王のせいだ! 絶対仁王が悪い!!
 今後、これ以上仁王には必要以上には近寄らない事にしよう…。


 俺は時々、が怖いと思う。
 でもその怖さが心地良いと感じる俺は、多分からは離れられないと思う。

 俺はすでに末期。
 けれど「自惚れてもいい」と言った自信も多分末期。

 このどうしようもない恋を、一生続けていこうと思う。





END.04.4.8





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