私に、「彼との関係は?」と問うならば私はこう答えるだろう。
 『クラスメイトで、テニス部のマネージャーと部員』と。
 そう、私と彼――丸井ブン太との関係はそれ以上でもそれ以下でもない。
 …はずだったのに、人生ってやつは…!
 私と、丸井ブン太。
 物語の始まりは、6月の梅雨時。
 雨の降る薄暗い放課後の教室から始まった――。





  begin





「あーあ。今日も雨! 毎年ながらうんざりするー」
「梅雨だし、仕方ないよ」
 昼食をとりながら、グチる友人にそう答える。
 でも、正直私も梅雨はあまり好きではない。
 まぁ好きだという人もそういないだろうけど、このジメジメした感じはどうも好きになれない。
 仕方がないと分かってはいても気が滅入る。
「でも、雨が続くとテニス部大変じゃない? 大会だってあるんでしょ?」
「まぁ…ね」
 そう。大変なのよ。
 大会があるから、試合形式の練習が最近の練習メニューなのに、これじゃあ練習も何もない。
 体育館も、他の運動部がいて、テニスをするスペースなんてないに等しい。
 ふぅ…と小さなため息をつき雨が降っている外に目をやる。
 止む気配はない…か。
 …午後には止むって予報は何だったのか…。

っ。幸村が呼んでるぜ?」
 後ろからいきなり声をかけてきた正体は、テニス部レギュラーの丸井ブン太だった。
「ああ…うん、解かった」
 そう言って席を立つと同時にブン太とふと目が合った。
 その表情は…怒っているような、悔しがっているような…微妙な表情で私を見てる。
「…何?」
「別に…。何でもねーよ」
 そっけなくそう言うと、ふいっと私から視線を外した。
 何なの……私何か怒らせるようなコトしたっけ…?
 ………。
 思い当たるコトはないわよ…?
 まぁいっか、機嫌が悪いだけなのかもしんないし。
 考えても解かんないコトは、気にしても仕方ないもんだよね。

「おまたせ」
「ああ…呼び出してすまないな」
 穏やかにそう言う彼は立海テニス部、我らが部長様幸村精市。
 そして私の幼なじみでもある。
 家が近所…っていうよりお隣さんなんだよね。
 幼稚園からの付き合いだから、かれこれ10年以上になるのか…。
「……」
 何気なくマジマジと精市くんを見てみる。
 立海に入学した時は、身長なんてそんなに変わらなかったのに、今は15p以上も差がある…。
 普通に立っているだけじゃ目線を合わせることすらできやしない。
 のほほんとした感じは変わらないけど、小さい時なんて女の私より可愛かったのに今は立海テニス部の部長だし…。
「…? …どうした? いきなり黙り込んで。体調でも悪いのか?」
「んーん。別にぃ…」
「…そうか? まぁ、無理はしないようにな」
 小さく微笑んで、私の頭にポンと手を置く。
「…で? どうしたの、わざわざ教室まで来るなんて」
 そんな行動にくすぐったさを感じ、話を本来の目的に戻す。
「ああ、そうだったな。今日の部活の事だけど…」
「中止…でしょ?」
 精市くんの話を最後まで聞かず、その後に続くであろう言葉を口にした。
「この雨だからな…。仕方ないといえばそれまでだけど…困ったものだな。
 そういうわけだから。ああ、丸井にも伝えておいてくれるか」
「…はーい…」
 予鈴が鳴って他の生徒達がバタバタと自分の教室へと戻っていく。
「じゃあよろしくな」
「うん」
 最後にそんな会話をして、私も教室に入った。
 ブン太に部活中止の事、言わなきゃ。
 …えっと…ブン太は…いたけど…え?
 …何?
 なんでさっきから、ブン太はそんな瞳で私を見るの…?
 教室を見渡し、見つけたと思ったら、すごい瞳で私を見てた。
 今まで見たことがないくらい真剣で鋭く、そして少し切なげな眼差しで。
 …ドキ…
 かすかに胸が高鳴る。
 …ん?
 …ドキ…?
 何、ときめいてんのよ、自分!
 今の私のするべき事は部活の連絡事項をブン太に伝える事!
 ブン太にときめく事じゃないだろう!
 でも、どうして…?
 どうしてそんな瞳で私を見るの…?
 どうして胸の高鳴りが消えないの…?

「あのね、ブン太。
 今日の部活の事なんだけど…」
 とにかく連絡事項を伝えなきゃとブン太に話しかけたところ、途中で先に言われてしまった。
「解ってんよ。どーせ中止だろー?
 …ったくいい加減にしろっての。大会も始まってんのによ。身体なまっちまうじゃん」
 …そんな事、私に言われても困るんですけど…。
 私にグチってフーセンガムをプーとふくらませる。
 今のブン太に先程の瞳は見られない。
 けど何なの!?
 この態度は!!
 雨が降っているのがさも私のせいという感じでグチらないでくれる!?
 こんな奴に少しでもときめいた自分がバカに思えてくるわ…。
「そんな事言っても仕方ないでしょ。梅雨なんだから。
 じゃ、確かに伝えたからね!」
 イラつきを隠さずそう言った。
 当の本人は一瞬キョトンとし、いつもの笑顔に戻り軽くこう言った。
「おこんなよー。
 けどって怒った顔もキレイだよなー」
 ……は?
 いきなり何言ってるんですか?
 さっきはすごく不機嫌そうに私にグチっておきながら、今度は「キレイ」だと!?
 ブン太の思考回路は不思議そのものだ。
 何考えているのかさっぱり解からない。
「あっそ」
 そうとだけ答えて自分の席に戻る。



「…うわ。もうこんな時間?」
 ふと時計を見るとすでに5時を回っていた。
 部活もないし、どうせなら学校で宿題をやってしまおうと図書室に来た。
 時間も気になんかならないほど集中していたおかげで宿題はカンペキだ。
「…帰ろうかな…」
 あ、そういえば。
 荷物はまだ教室に置きっぱなしだっけ…。
 教室に戻ろうと図書室を出て、教室に向かった。

 ガラッと音を立てて教室のドアを開けた。
「…あれ? ブン太まだいたんだ」
「よぉ…」
 誰もいない教室にポツンといたのはブン太だった。
「まだ帰らないの?」
「…を待ってたんだよ。
 お前に言いたいことがあってよ」
「ふうん…?」
 ブン太のコトをハッキリとちゃんと見れなくて、顔をそむけて帰る支度を始める。
 だって…。
 昼休みの時のような、あんなに真剣に見られたら…少し怖い…。
 いつも明るくて、子供のような顔で笑って、人なつっこくて、テニスが大好きで…。
 それが私の知る丸井ブン太。
 今のブン太は…まるで別人みたいで何を考えているのか解かんなくて…怖い…。
 でも、その怖さの中にときめきがあるのも確かだ。
 まただ……。
 また、胸が高鳴り始める。

「それで話って何!?」
 わざと大きな声を出してブン太にそう聞く。
 ブン太には聞こえるハズもない胸の高鳴りをごまかすように。
「…真剣に聞けよ?」
 静かにそう言うブン太に小さくうなずく。
 まだ、目線はそらしたままで。

のこと好きなんだけど」
 ………。
 一瞬、思考が止まる。
 何を言われたのか理解できなくて。
「なぁ、聞いてんの…?
 俺、好きって言ったんだぜ…?」
「……聞いてるよ」
 やっと出てきた言葉。
 言われた言葉を理解して。
 ゆっくりとブン太の方に向き直る。
「…本気…?」
「冗談でこんな事言うかよ…」
 しぼり出されたような小さな声。
 そして一歩。
 また一歩と。
 ブン太は私の方にゆっくりと歩み寄ってきた。
 手を伸ばせば触れられる位置にまできて、ブン太は私に手を伸ばした。
 と、思ったら肩を引きよせられて、そして抱きしめられた。
「…ちょっと…何すんの…? …離してっ…」
 その腕から逃れようとブン太の胸を押し返すけど、ビクともしない…!
 身長なんてあまり変わらないのに…なんてすごい力…!
 …怖い…。
 ギュッと目をつぶる。
 それと同時に身をかたくした。
 多分、無意識のうちに。
 そうしたのが、ブン太にも伝わったのだろうか…。
 抱きしめてる腕の力がフッと少し弱まったのを私は感じた。
「……?」
 そっと目を開けてはみても、抱きしめている腕をほどく気はないようだった。
「…ブン太?」
「………」
 名前を呼んでみても何も反応がない。
 私の肩に顔をうずめているせいか、表情が解らない。
 と、その時。
「――…な…」
 ブン太が何かをしゃべった。
 でも声が小さすぎて何を言ったのか聞き取れなかった。
「…何…?」
「…そんなに…怖がるなよ…」
 かすれて、小さい声で、でも確かにそう聞こえた。
 聞いただけで胸が張り裂けそうな切ない声でそう言った。
 怖さで高鳴っていた胸が、そんな声を聞いた途端ときめきに変わる。
 もちろん怖さが完全に消えたわけではないけれど。
「頼むから…もう少しだけこうさせてくれよ」
 …そんな声で、そんな風に言われたら『離して』なんて言えやしないじゃない…。
 くそう…。

さ…俺のコト嫌いか…?」
「…へ?」
 いきなり何を…。
「どうなんだよ…」
「どうって…別に嫌いじゃないよ」
「……」
 何故にそこで黙る?
 何が言いたいのか解からないよ。
 これじゃあラチが明かない気がする。
「ブン太さ…何かまだ言いたいことあるんじゃないの…?
 このままでもいいからさ…私ちゃんと聞くから。
 話してくれなきゃ解かんないよ…?
「…うん……」
 ………。
 っだからどうしてそこで黙るんだ、丸井ブン太よ!
 ちゃんと聞くって言ってるじゃないのっ!

「ちゃんと…聞けよ…?」
「…聞くよ…」
 お、やっと言う気になったか。
 そう思ったら思いがけないとんでもないコトを言い出した。
「俺…が幸村のこと好きなのは知ってんだけどさ…」
 ……はぁ!?
 何…何て言ったのこいつ!!
 私が…誰のこと好きだって…!?
「そんなこと解かってたけどさ…でも…」
「ちょ…ちょっと待って…」
「お前に好きなヤツがいても不思議じゃないけど…」
 あ〜もうっ!
 ブン太完っ全に誤解してる!!
 精市くんとはそんな関係じゃないのにー!!
「幸村のこと忘れろとは言わねーよ…でも俺のことも見ろよな」
「…っだあら、ちょっと待ってって言ってるでしょ!!」
 ありったけの声でそう叫んだ。
 私のどこにそんな力があったのかベリっとブン太から身体を離した。

「……?」
 さすがにあの大声にびっくりしたんだろうなぁ。
 私の肩に顔をうずめていたということはあの大声はブン太の耳を直撃したわけなのだから。
 ブン太はポカンとした顔で私を見てた。
「あのね…何を見てそう思ったのか知らないけどねぇ…
 私がっ! いつっ! 精市くんのこと好きだなんて言ったのよ!!」
「だって…お前ら仲良いじゃんか。昼休みだって仲良さげだったじゃねぇか」
 男と女が仲良かったら誰でも付き合ってるとか思ってるのか、こいつは!
 やっぱりブン太の思考回路は私には未知の世界だ。
「幼なじみなんだから別におかしくないでしょーが!
 昼休みは単なる部活の連絡事項だっつーの! 解かった!?」
「でも…」
「でもじゃない! 精市くんは幼なじみ以上でも以下でもないの!! 解かった!?」
 さっきから叫びっぱなしでゼーゼーしながら息を落ち着かせる。
 そして一つ大きく深呼吸をして。
「解かった?」
 一つ歩幅をつめて同じ言葉を繰り返す。
「…解かった…」
 半分私の勢いにおされたような感じで、ポカンとした表情は変えずに一言そう答えた。
 もし、「解からない」なんて言われたりしたらこれはもう救いようのないバカだとあきらめるしか道はなかったよ…。

「じゃあ、まだチャンスはあるってコトか」
 いきなりそんなコトを言ってきたブン太はいつの間にか満面の笑み。
っ! 覚悟しとけよな!!」
「な…何を…?」



 この後に言ったブン太の一言。
 もしかしてその言葉が物語の始まりだったのだろうか…。

「お前は必ず俺が落としてみせるぜ」

 6月の梅雨時。
 雨の降るザーザーという音。
 放課後の薄暗い教室。
 そして、丸井ブン太からの告白。
 ドキンドキンと鼓動が高鳴る。
 私の心臓がこんなにも高鳴るのは初めてだった。

 今、私に「彼との関係は?」と問われても前と同じ答えは言えない。
 何も始まっていない前と今とでは明らかに違うからだ。

 私、と彼、丸井ブン太。
 2人の物語は雨音の中、今始まった――。





END 2004.2.17





ドリームメニューへ
サイトトップへ