青い空。
 それはあいつの世界。
 白い雲。
 それはあいつそのもの。
 吹き抜ける風。
 それは、唯一俺のライバル。





  空には雲を、俺には君を。





「……っだー!! 中間テストも今日で終了! あーすっげー開放感!!」
 一人、屋上で叫んだ。うっとおしい中間テストも今日の4限のチャイムで終了を告げた。
 あたたかい日差しの下にゴロンと転がった。今日までテスト期間だから部活もないし。
 あー。いーい気持ち。
 少しまぶしい日差しに目を細めて、空を見上げた。
 今日も文句なしの快晴だ。
 天気の良い日、俺はよく屋上にきてこうして空を見る。
 空を見てると落ち着く。何つーの、心がなごむって感じ?
 いつも変わらず、そこから見守っていてくれるから。
 気がついたら、いつもそこにいる。

 …俺の大好きな、あいつみたいに。

 今、俺にはむちゃくちゃ可愛い彼女がいる。
 立海大附属中のテニス部のマネージャーをしている、
 そいつが俺の彼女。
 …は空に、というか雲にとてもよく似ている。
 どこか掴み所がないけれど気がついたら傍で支えてくれている、そんな奴だ。
 でも今、俺には悩みがある。
 どうしたら解決するのか全然分からない大きな悩みが。

「うー。あーもう! わっかんねーよ」
「何が?」
 いつの間にか屋上に入ってきたのか、俺の頭の先にが立っていた。
 ……お、…いい眺め。
「…、見えるぜ?」
「…見たら殺すわよ? ったく、せっかく捜しにきてやったってのにブン太は…」
 ブツブツ文句を言いながら俺の横に腰を落ち着ける。
「帰らないの?」
「ん? うーん、もう少し…」
「そう。まぁ天気もいいし屋上でのんびりするのもたまにはいいかもね」
 さらっとした風がをなでる。の肩まである茶色い髪がサラッとなびく。
 そんなを見ると胸がドキッとする。
 だって、少しの不安と少しの恐怖が俺を襲うから…。
「んー。気持ちいい風」
「風…ね。俺は風なんて嫌いだね」
 よっと上半身を起こす。
 そんな俺も風に吹かれながら、風に対して忌々しさを感じる。
 吹くなよ、風。
「…変なブン太」
 きょとんとしたはそう呟く。

 だって、嫌いなんだよ、仕方ないじゃん。
 …風は…お前を連れ去ってしまいそうで…不安になるんだ。
 …怖いんだよ。
 風が少し吹いただけで雲はどこかに消えてしまう。
 風が吹いたら…雲のようなお前をどこか俺の手の届かない所に連れ去ってしまう気がするんだ。
 だから、嫌いなんだよ。
 そして、これが俺の悩み。
 俺の今の最大のライバル、それは「風」だ。

 どうしたらを風に連れ去られずにすむんだろう。
 どうしたら俺だけの傍にいてくれるんだろう。
 どうしたら雲のようなを俺に縛りつけることができるんだろう。
 どうしたらいいのか解らないから不安なんだ。
 「好き」とか「愛してる」とかそんな言葉なんかじゃ不安定すぎるだろ。
 傍にいるだけで幸せだ、とか思えるほど「恋愛」って単純じゃない。

「…どうしたのブン太? 何か顔、怖いよ?」
 不思議そうな顔したがひょこっと覗き込んできた。
 あーあと3p近づけばキスが出来るな。
 そう思うと同時に、すばやくちゅ、と口づけた。
「…何?」
 少し赤い顔をして、そう聞いてくる。
「…別に。何でもないけど」
 そっけなくそう答える。
「……そう? なら、いいけど…」
 不思議そうな顔から心配そうな顔になる。
 には、そんな顔させたくねーのになー。
 悩みの原因が自身なんて…皮肉なモンだよなぁ…。
 はーあ。恋する青少年は意外とツライ!

「そろそろ帰ろうよ。風も冷たくなってくるしさ」
 そう言ってが立ち上がったその時、一瞬強い風が吹いた。
 風が吹いたその時だった。
 …が、透けて見えた。
 フッと、消える様な感じで。
 …っマジかよ…っ!
 やめろよ、頼むからだけは連れて行くなよ…っ!
「……っ!!」
「うわ…っ。な、何よ、いきなり…」
 慌てて大声で呼んだの名前。
 慌てて掴んだの腕。
 そこには確かにがいた。
 ワケが分からないという顔で俺を見ているがいた。
 ……幻覚……?
 な、何だよ…。
 マジ、焦ったじゃねーかよー。
「…はーー」
 大きく安心のため息。力がぬけていく。
「…はは」
 かわいた笑いが零れた。
 俺って…バカじゃねーの。
 ライバルが「風」なんて…立ち向かっても太刀打ちできる術が何もない。
 なんて無謀……。

「…ちょっと! 一体何なのさっきから。…何か変よ、ブン太」
 またさっきみいたいにが覗き込んでくる。
 俺の目の前にヒザ立ちになって。
 あ…そっか。
 俺、の腕掴んだままだったぜ。
 でもどうしよう…今はまだ離したくねーな。
「…。…抱きしめてもいい?」
「へ?」
 俺は掴んだままのの腕を引っ張って、の腰の辺りに腕を回してギュッと抱きしめた。
「もー。さっきから何なのよ! ちょっと…」
 の説教を聞きながら抱きしめてる腕に力を込める。
 が黙る。
 そして、ポンと俺の頭に手を乗せた。
「何、ふるえてるのよ…。さっきからそんな…泣きそうな顔して…。何でもなくないじゃない…」
 そんな、優しいの声に、本当に泣きそうになる。
 …涙が出てくる。

「なぁ…
「…何?」
「どこにも行くなよ」
「………」
 何で、黙るんだよ…。
 一言、「行かない」って言ってくれればいいのによ…。
「頼むから…どこにも行くなよ…」
「………」
 何も言わないに対して、また不安が押し寄せてくる。
 俺の言っていることを否定されているみたいで。
「……。マジで頼むよ…。俺の傍にいてくれよ…」
 …俺、すっげカッコ悪ィ…。
 でも、だからなんだってんだ。
 を俺のもんにするためなら…俺に縛りつけるためならいくらだってカッコ悪くなってもかまわない…かまうもんかよ! そんなこと!
 …だから、何か言ってくれよ。
 沈黙が怖くて、ギュッと目をつぶる。
「…バカね…」
「…え?」
 フワッ…と。
 は優しく俺を抱きしめた。
「…何も、解ってないのね、ブン太は」
「……?」
「私は今、誰の傍にいると思ってんの?」
 子供をあやすみたいにポンポンと背中を叩く。
「そんなに不安? …私がどこかに行くのが」
「………」
 今度は俺が黙る。
 不安だよ、めちゃくちゃ。
 が俺の前からいなくなるのなんて想像がつかないくらいに。
 いなくなるなんて考えるだけで怖くて立っていられないくらいに。
 は俺を抱きしめたまま「ホントバカ」と小さく呟く。
 「バカ」と言われた次の言葉。

「私はね、ブン太が私を離さなければどこにもいかないよ」
 …だった。
「私がブン太から離れる時…それはね、ブン太が私から手を離した時だけ。
 ブン太が私を捕まえていてくれる限り、私はブン太の傍にいる。
 …それくらい解ってよ」
「……」
 普段なら、こんなコト絶対言わねーのに。
 言いたいことはズバズバ言う性格なのに、こんなコトはあまり言わないはずなのに…
 なんだ、そっか…。
 こんなにカンタンなコトだったのか。
 俺がを離さなければそれで、それだけで良かったんだ。

「…解った?」
 少し怒ってる…というよりすねた様に頭の上から声が聞こえた。
「…うん、バッチリ」
「そーう。それは良かった」
 真正面に向き合って、は満面の笑みを浮かべた。
 …かーわいいなぁ。
 あれ? でも何だ?
 …この笑顔が心なしか怖いと思うのは…俺だけか?
 いや、かわいいぜ。かわいいんだけど…何か、こうイヤな予感が…。
「で、一言いいかなぁ?」
「…え?」
「〜こっの大バカ!!!」
 そんなの怒声が屋上いっぱいに響いた。
 そんなの大声に俺はただを見つめるだけしかできなかった。
 は俺の前に仁王立ち状態で叫んだ。
「さっきから聞いてれば何!? 私がいなくなるだのならないだのグチグチと!
 男のクセになさけないったらもう!! 一人で勝手に決めてんじゃないわよ!!
 私はね、ブン太の傍から離れるつもりなんてないの!! 解った!?」
「…はぁ…」
 それしか言えなかった。
 気圧されてそう言うのがやっとだった。…なさけねー話だ…。
「もー!! 解ったら返事!!」
「はいっ!!」
「ったく…」
 言うだけ言ったは大きなため息をつき、俺の前にちょこんと座ったと思ったらいきなり俺の胸に顔をうずめ、抱きついてきた。
「もう、何なのよ…。一人で勝手に不安になってさ…」
「…すんません…」
 素直にあやまるしかない…。
 でも、どさくさにまぎれて俺もを抱きしめる。
 そして俺はから衝撃的な言葉を聞いた。
「私は…ブン太を離すつもりなんてないんだからね! …覚悟してよね!?」
 この瞬間。
 俺はには一生かなわないと思った。
 一生…そう、一生こいつの傍から離れられないと思った。
「…まかせろっ!!」
 何がまかせろなんだか知らないが、俺は自信満々にそう答えた。
 を抱きしめている腕に力を込めて。

「…いい加減、離せっつーの!! ホラ立って。そろそろ帰るよ!」
 …抱きついてきたのはなのに…。
 俺からムリヤリ身体を離してすっくと立ち上がる。
 ブーたれためちゃくちゃの不満顔をに向ける。
「何よ、その顔は…」
「べっつにー」
 俺もしぶしぶ立ち上がる。
 今も忌々しい風は吹いている。
 …バカめ、風。
 いくら吹いていようとお前なんかにはやるもんかっての。
 俺からを奪えるもんなら、奪ってみやがれ! バーカ!
 風だろうと、何だろうと俺からを奪うものは俺が消してやる。
「ブン太ー? 何してんの、行くよー?」
「おー。今行くー」
 そう返事をしての後を追う。
 屋上を出る時、ちらっと振り返る。
「…バーカ」
 吹き抜ける目にも見えないライバルにそう呟く。
 そうして俺は屋上のドアを閉める。

 …無謀なことだと思っていた。
 風をライバルとして指名するなんて、我ながら無謀なコトをしたと。
 でもそんな無謀な挑戦は決して無駄ではなかったと今は自信をもってそう言える。
 かなわない様な強大な敵に立ち向かい、挑戦して勝ち取った勝利はこれからにとって大きな力となる。
 人生なんて、挑戦してこその人生だろ?
 それは恋愛でもテニスでも同じってことだ。


 青い空に雲があって。
 俺にはお前がいる。
 それだけはこの先何があっても変わらない――。





END





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