『丸井ブン太』。
その名前は今私が付き合ってる男の名前だ。
王者立海大附属中学校テニス部のレギュラーでもある彼は、人なつっこく、愛想が良く、甘えん坊で、食べ物に目がない、そんな男だ。
私は一年の頃からテニス部のマネージャーをしているけれど、当時は全く別世界の人だと思っていた。
付き合うようになってから、彼は私に対しての愛情表現を惜しみなく示してくる。
彼は、私の前では、笑顔を絶やす事はなかった。
…ハズなのに…。
最近、…彼の笑顔を見ていない…。
笑顔
「…何なのよ、もう…」
コート上では楽しくテニスをしているブン太を見て、独り言を呟く。
テニスはあんなに楽しそうにするのに…。
笑顔を見せてくれない上、最近では避けられているような気もする。
「…一体、私が何したってのよ…」
「どうした? 何か悩んでいるのか?」
また独り言、ポツリと呟いたら、後ろから声が聞こえて振り向いたらそこには我らが立海大附属中テニス部部長様。
「幸村君…。まあ…悩みというか…」
ゴニョゴニョ。口を濁らせる。
「お前の悩み事といえば…丸井との事か」
…断言されちまったよ…。何で分かるのかね…。
「違ったか?」
「…別に…違わないけど…さ…」
あっさりと見破られて、少し悔しい感じがしたので、ちょっとスネて答える。
「で? 何があった?」
「……」
その問いに思わず顔を下に向ける。
何があったかなんて…そんなの私が知りたいよ。
どうして、いきなりあんな態度取られなくちゃいけないのよ…。
「…答えたくないか?」
「答えるも何も、私は何も知らないよ」
そんな時、コートから視線を感じて、コートに目を向けるとブン太がこっちを見ていた。
ふ、とブン太と目が合ったけど…ちょっと怒ったような、ショックを受けたようなそんな顔をして、私から視線を外す。
何で…? どうして、そんな顔すんのよ〜…。
言ってくんなきゃ、分からないことだってあるじゃないよ…。
何よ、ブン太の奴ってば、一人で悩みこんじゃってさ。
「まぁ、何があったか言いたくないなら言わなくてもいい。
…だが丸井だってそんなに子供じゃないさ」
そう言って幸村君は静かに笑い、私の頭を軽くポンポンとたたく。
「そう…かなぁ〜…。まぁ、幸村君がそう言うならそうかもしんない」
「ま、とりあえず元気出せよ?」
「うん、ありがとね」
そう言ってコートに向かう幸村君に小さく笑う。
コートからジャッカルとブン太が戻ってきた。
まずはジャッカルにタオルとドリンクを渡す。
「はい、どーぞ。ジャッカル」
「おう、サンキュ」
そしてブン太にも。
「…はい、ブン太」
「…サンキュ…」
…全く笑おうとしない。
…私と目を合わせようともしない。
私から視線を外したままタオルとドリンクを受け取る。
…何よ、何なのよ、その態度は! 一体私が何したってのよ!
何か段々ハラ立ってきたんですけど!!
ジャッカルとブン太の二人が休憩に入ったのを狙って私はブン太に話しかけた。
「…ブン太。…ちょっといい…? 話があるんだけど」
全く私の顔なんて見ようとしないで。その態度にまたイラつきが大きくなる。
「今…? 部活中だぜ。…それに」
「それに?」
「俺には話すコトなんてない」
プッツーン…。
私の中で今、何かが切れた。
「…話すコトなんてない…? そう…そんなコト言うんだ…。
…分かった。もういい。ブン太なんて勝手にしたら」
「え…? ちょっと…?」
そんなブン太の呼びかけにも私は少しも振り返らず、その場所から離れた。
そうだ、あんな奴勝手にすればいいんだ。
そうだよ、あんな奴なんて…。
でも、悔しい事に嫌いになんてなれそうにない。そんな自分にもハラが立つ。
私だって、私なりに本気だったのに……!!
「あー次の月曜、英語の小テストあるんだっけ…。…勉強しなきゃ…」
そんな事を呟いてみても、ベッドに投げ出した身体を起こす気なんてない。
部活が終わって家に帰ってきて…何もする気が起こらない。
「どうして…?」「何で…?」
答えの出ない問いかけばかり頭の中をグルグルしてる。
自分自身にイライラしながらも考えるのをやめられない。
ふいに少しだけ泣きたくなる。
…そんな時だった。
ケータイのメールの着信音が鳴った。
枕元にあったケータイを取り、ケータイを開く。
メールの送信者は『丸井ブン太』。
…何よ、話すコトなんて何もなかったんじゃないの…?
そんな事を思いながらもメールを見ずにはいられない。
そのメールの内容はこうだ。
「ごめん、。
今までマジでごめんな。
幸村とお前が仲良く話してるの見てさ、ガラにもなくシットなんかしたりして…。
幸村とお前さ、仲良いしさ。
…俺だってよ、シットくらいするんだぜ…?
俺、余裕ねーな…。ハハ、なさけねーな…。
とりあえず、明日、部活が休みで良かったよ。
今、俺、お前に会ったら、お前に何すっか分かんねーわ。
…じゃあな。」
……ばっかじゃないの!? 何シットなんかしてんのよ…!!
でも、初めてかもしんない…。
ブン太が心の内をこんなにもさらけ出してくれたのは…多分初めて…。
「…ホントに、バカじゃないの…」
そう呟いて、私は小さく笑った。
時計を見れば、夜の12時をもう少しで回るところだ。
私は、出かける支度をして、家族にバレないようにそっと家を出た。
向かう先は、もちろんバカでどうしようもないあいつのところだ。
ブン太の家に着いたのは、12時を少し回った時。
…どうしよう。家に着いたのはいいとして…。
こんな時間にチャイムを鳴らすなんて、私すごく迷惑な奴なんじゃないか…?
ああ、どうしよう…。
なんて悩んでいたら、いきなり玄関がガチャッと開いた。
もちろん開いたのはブン太の家の玄関で…。
そこには、驚いたブン太の顔。
どうだ、びっくりしただろう、ザマーミロ!
「……何、してんの…? 、こんな時間に…」
「何って…メール見て、会いに来たんだけど?」
「ウソ…」
「ウソって何よ。そりゃこんな時間に来たのは非常識かもしんないけどさぁ…。
でも、会いたくなったから会いに来たのっ!
…メールに書いてあったよね…? 「何するか、分からない」ってさ。
…ブン太、私に何するつもりだったの…?」
少し意地の悪い笑みを浮かべて、余裕ぶってみる。
「…何するって…分かってんだろ…?
なのに、何で会いに来たりすんだよ…」
「だーかーらー、会いたいから来たって言ってるじゃない!
それにね、何するかなんて私だって分かってんの!
…ブン太にならね、何されてもいいと思ったから来たのに!
…分かってよね、そんくらい」
言うだけ言って少しスッキリした後。
初めて私からブン太にキスをした。深くもない、ただ触れるだけのキス。
ボーゼンとしているブン太にもう一言。
「大体、私と幸村君を疑うなんて、ホンットにバカじゃないの!?
私がこういうコトするのもされるのもブン太だけなんだから!」
…――っあースッキリ☆
「………。マジでごめん…」
「それは、もう聞いたってば……ってちょっと…」
いきなり、あたたあい何かが触れたと思ったら、ブン太に抱きしめられていた。
いつもなら、いきなりこんな事してきたら、ビンタの一つでも飛ぶんだろうけど、ふいに見たブン太の顔があまりにも幸せそうなんで、私は何も言えなかった…。
それは、私がずっと見たいと思っていた、あの笑顔だった。
END
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