見えない未来でも、信じられる確かな未来がある。
私も貴方の中で確かなものの一つになりたい。





  未知なる未来の、確かなもの





全国大会の全ての試合が終わり、部活も正式に引退してしばらく経った10月のある日。
外に出れば肌寒くて息はかすかに白く、夜にはすでに冬の気配が顔を覗かせている、そんな季節になった。
は自分の家には帰らずに、学校帰りに跡部の家に遊びに来た。家には帰らないとはいってもお隣だし、の両親は海外に出張のため家に不在なので、大した問題ではないだろう。学校帰りに跡部の家に寄るなんて、そんな事は付き合ってる二人にとってはいつもの事なのに。
全国大会が終わってから何だか少し跡部の様子が違う。友人達の前ではいつもと変わらない跡部なのだけど。
外見はあの時、リョーマに髪を切られてしまったから当たり前として、時々ふとした時に跡部の空気がすっと変わるのだ。心だけ、どこかに行ってしまったかのように。

「……景吾?お茶、冷めるよ」

先程、お手伝いさんが持ってきてくれた暖かいお茶を飲みながら、隣に座っている跡部に話し掛ける。しかし跡部の反応はない。

「…………」
「…ねぇ、聴いてる?聴こえてるの、景吾!……〜跡部景吾っ!!」
「……はっ!?な、何だよ、いきなり大声出すんじゃねぇよ」

この反応は…。悪気があった訳でもなく、本当に何も気がついていなかったのだ。
また、跡部の心がここから離れてしまっていた。心がどこかに行ってしまう、その理由をは何となく解かっているつもりだ。
多分、跡部はあの日から動き出せていないのだろうと思う。
――全国大会で青学と再戦したあの日から。
二百人の部員の期待と希望を託されて、それらを全て背負ってシングルス1のコートに立った。逃げ出したくなるようなプレッシャーと重過ぎる期待と希望。それでも勝って結果を残すのがエースの役目なのだと言うように、き然とコートに立った。
越前リョーマと死闘を繰り広げて、そして――負けてしまった。
気絶しながらもその場に君臨する跡部景吾の姿は、正に帝王と言うのに相応しい姿だったのではないかと思う。
しかし周りが何と言っても、その時は勝敗が全てだった。いくら良い試合だったとしても、その結果に跡部は納得なんてしていなかった。気がついて結果を聞かされて、その後一人で悔しがっている跡部の姿を見た。爪が食い込んで血が滲むほど拳を強く握っていた姿。
おそらくその時から動き出せていないのではないかと思うのだ。
でも、いつまでもこのままではいられない。次に歩みを進めなければ、これ以上強くなんてなれない。
テニスを続けたいと思うのならば、止めた時間を動かし、この壁を乗り越えていかなければいけない。
は跡部と向かい合って座る。今を映していないその瞳をジッと見つめる。

「…今、どこに行ってたの?心、ここにいなかったね」
「……そんな事ねぇよ」
「ふぅん…景吾ってさぁ、嘘つくとき髪の毛いじるの癖なんだよね。知ってた?」
「…………っ!?」

跡部は驚いて目を見開いてを見つめる。
はそんな跡部を見て、はぁーと大きく溜め息をついた。

「何年一緒にいると思ってんの。しかも嘘つくときに思いっきり視線逸らして。嘘ついてるのバレバレなんですけど」

自分でも気がついていなかった癖をビシッと指摘されて、チッと舌打ちをした。
…元々、嘘つくのなんて苦手なくせにね。言う事はいつも正論だから、嘘つく必要もないんだよね。
跡部の両手を、の両手で包む。は下を俯いて、絞り出すように言った。

「景ちゃん、いい加減動き出そうよ。いつまでもそこにいたって何も変わらない。その場所から抜け出そうよ」
「…………」

ピクッと跡部の両手がかすかに動いた。その両手を力を込めて強く握る。
だけど、跡部は何も言わない。
お願い、今は私の話を聴いて。今はどこにも行かないで。

「悔しいのは解かるよ。一番許せないのが自分の無力だって事も。でも、そこに居続けても、何か変わる…?時間なんて戻らない!勝敗が覆る訳でもないんだよっ!!」
「お前に何が解かるっ!!…何が解かるってんだ…」

跡部にしては珍しくに対して声を荒げ、両手を振り払った。
その跡部にビクッと身体を強張らせる。しかし、振り払われた両手を捕らえて、また強く握る。今度は離せないように強く強く。
怒りをあらわにする跡部にぐっと堪えては続ける。

「何も解からないとでも思ってるの?私だって…悔しいんだよっ!!」
「うるせぇ!言葉で言う位ならいくらでも言える!俺だって解かってんだよ!頭ではイヤッてほど解かってんだよ…」

そう、きっと一番解かっているのは跡部本人なのだろう。頭では理解できていても、心がどうしても言う事を聞いてくれない。
動き出さなければいけない事も、何が変わる訳ではない事も解かっている。
でもふとした時にあの日の試合を思い出す。負けたと知ったときの悔しさと自分の弱さが許せなくて、あの日から動けない。自分の中の弱さが、心をあの日に引き戻してしまう。
解かっていても自分ではどうしようもないし、どうしたらいいのかも解からない。
しかしは跡部がいくら怒鳴っても辛い思いしても、ここで引き下がる訳にはいかない。

「でも、壁越えなきゃどうにもなんないよ…?負けた事を受け入れて、前を向かなきゃ」

一番大事な事を忘れないで。大事なものを置き去りにしないで。
今まで頑張ってきた事を思い出して。ここで全部終わりなんかじゃないんだよ。
は言ってる自分まで辛くなって俯いて、込み上げてくる涙を堪えて続けた。

「テニス…好きでしょ……?」

だから、どうか諦めないで。
これからもこの手で、貴方が作る奇跡を私に見せて。
青い空の下でラケットを振ってボールを追いかける姿を、また見せて欲しい。

「これからも…続けたいでしょ?悔しいから…もっと強くなりたいよね…?辞める事なんて…出来ないよね」
「…………」

また跡部は黙っての話を聴いていた。
涙が堪えきれなくなって、いつの間にか、かすかに震えてるの手に自分の涙が一粒二粒と落ちた。

「だったら…やっぱり壁越えなくちゃいけない。止めてた時間を動かさなきゃダメだよ…。じゃないと、これ以上強くなれないよ…」
「じゃあ、どうすればいいのか教えろよ…」

は跡部の手を離して、今度は跡部の頭を抱きしめた。短くなってしまった髪に指を絡ませる事は出来ないけど、優しく頭を撫でた。

「今までしてきた事を思い出して」
「………?」
「周りに何言われても頑張ってきたよね。辛い事だってなかったわけじゃない。だけど、それでもテニス頑張ってきたでしょ?大丈夫、絶対に大丈夫。きっと出来るよ」
「…その「絶対に大丈夫」の根拠は何だよ?」
「あえて言うなら「跡部景吾」だから、かな。皆が無理だって思ってた事も、やってのけてきたじゃない。…不可能だって可能にしてきたじゃない」
「……!」

この人はこんなところで終わらせちゃいけない。この人のテニスはまだ終わっていない。だって景吾本人がまだテニスが大好きなんだから。辛くても苦しくても、求めるものはテニスで。
こんな挫折を味わっても、今以上に何かに打ちのめされても、きっとそう簡単にラケットを手放したりなんかしないだろう。
先が見えない未来でも、それだけは確かだという確信がにはあった。
きっとテニスは「跡部景吾」の一部なんだろう。

間違ってる事を言ったというつもりはない。
だけど、勝手な事を言ったんだろうという気持ちはあった。
壁を乗り越えるなんて、言って簡単にできる事じゃない。負けたことはあっても、挫折という挫折を経験した事の無い跡部ならなおさら困難な事だ。
だけど、今のが跡部に出来る事といったら、叱咤して「大丈夫だ」と、彼を抱きしめる事くらいだと思ったのだ。
だからいくら勝手な言い分だと言われても、跡部の為にに出来る精一杯の事をした。今の跡部には必要な言葉だったのだと思ったから。

抱きしめていた腕の中から、クッという低い笑いが聴こえた。
跡部が笑いを堪えきれないと言うように、小さく笑い出した。

「その「大丈夫」の根拠が俺自身だって?もう少し上手く慰められねぇのか」
「…〜悪かったわね。私なんかに慰められるくらいウジウジしてたくせに、えらそうな事言わないでよ」

跡部はそんなの言葉も聴いていないというくらいに、可笑しそうにクックと笑い続けた。ひとしきり笑った後にフッと微笑んで、跡部はの頬に手をやってからそのまま頭に手を移動してを引き寄せた。逆にが跡部に抱きしめられた。

「…当たり前だろ」

の耳元でボソッと跡部の声が聴こえた。

「…これからも続けたいか?悔しいか、だって?…そんなん当たり前だろ。悔しいに決まってる。だって負けたんだぜ?」

もう笑いを完全に引っ込めて、跡部は淡々と話し始めた。その跡部の声には黙って耳を傾けた。

「でも…だからって辞める事なんて出来るかよ。このまま負けたままでなんかいられるかってんだ…!」
「…………うん」
「だから俺はまだ諦めない。…絶対に強くなってやる。俺は強くなる……!」

いつもより強くなった意志を持った声がハッキリと聴こえた。そして壁の崩れる音。跡部の中が時間が動き出した。これでまた跡部は前に進む事が出来るだろう。新たな目標と決意が出来たのだから。

跡部はから少し身体を離して、まだうっすらと残ってるの涙を優しく親指で拭ってやった。呆れたように、いつもの含み笑いで。

「泣き虫はいつまでたっても直んねぇな」

そう言った跡部の瞳には、しっかりと「今」とが映っていた。
今、跡部自身が「ここ」に戻って来た事に、その事実には安心した。
はそっと跡部の肩に手を置いて、その唇に軽く触れるだけのキスを送った。跡部が「ここ」に戻ってきた確認も兼ねて。

「…何だよ。珍しいな、お前からなんて」
「んー?何って…「おかえり」のキスかな?」

その言葉に跡部はまた再び噴き出した。
「恥ずかしい事言うんじゃねぇよ」と馬鹿にされながら笑われて、は「なによぅ」と赤くなりながら膨れた。
――自分だって、普段でも恥ずかしい事いっぱいやってるくせに…。
でも跡部のそんな笑顔を見たのは本当に久しぶりで、こんな笑顔を見れるなら、あんな恥ずかしい事をたまにならやってみるのもいいかもしれない。
ケンカなどしたときには中々有効かもしれない。

そんな事を考えていたら、今度は跡部の方からキスされた。そのキスも触れるだけのものだったけれど。
しかし、唇が離れた後に目線が合って、笑みを交わして、もう一度。
ついばむようなキスを何度も繰り返す。息が段々荒くなってくるのに比例して、キスも深さを増していく。
肩に置かれていた手はいつの間にか跡部の首に回されていて、ギュッと制服を掴む。
跡部がの唇を舐め、舌を入れて、中で怯えていたの舌を絡め取る。

「……ハァ……」
「ンッ…ア…っふぁ……」

唇が離れて、跡部のキスが下に落ちていく。
の耳朶を甘噛みして首筋にキスを落としていくと、がピクッと反応した。甘い快感が身体の中に走った。
その反応に跡部は気を良くして、のネクタイを素早く外しYシャツのボタンも次々に外されていく。
そしてあらわになった胸元に、所有の赤い跡を残していく。
跡部は自分のネクタイも器用に外して制服も脱ぎ捨てていく。跡部はこういった動作がいつも自然で、ただそれだけでドキドキするほど男を感じてしまう。綺麗で、見慣れた顔ながらも見とれてしまう。
だからいつも流されてしまうのだが、抵抗しないだろう。
しかしだ。――言いたい事はたくさんある。

「ちょっ…ベッドに行かないの?」
「別にここでも問題ねぇだろ」

確かにそうだ。このソファは大きくて座り心地も抜群だから、行為をするに至っては何も問題は無い。
それでもは負けない。

「少し寒いし…」
「すぐ熱くなんだろ」

それも確かにそうだ。今もキスをされたり首筋を舐められたりして、身体は火照り始めている。

「明日学校だから、最後まではちょっと…ね?」
「ふぅん…ここでやめろって?無理だね。お前だってここでやめられたら困るんじゃねぇの?」
「〜〜っそんな事……やっ…」

強がりを言う前にブラジャーを外されて、胸の先端を触られて、うっかり嬌声が零れた。
その様子を見て、跡部はニヤッと意地悪く笑って見せてきた。

「……っあ、ン…ふぁ…あぁ、んっ…」

胸の先端を摘まれたり、舐めたり吸われたりされたら否応無しに声が漏れる。

「こっちも結構濡れてるけど…?」
「え――ヤァッ!あ、アアッ…ン、や、ンッ…ふァッ…」

いつの間にやら下着も脱がされてしまっている。跡部以外に見せた事の無い、の秘密の部分に跡部の長い指がするりと入る。
跡部に慣れてしまったの身体は、すんなりと跡部を受け入れる。くちゃ、という粘着質な音が嫌に耳に響く。が一番感じる部分を執拗に触る。ビクッと大きくの身体が跳ねる。
は跡部の肩に顔を押し付け、跡部の首に回されていた手は肩に移動していて、ギュッと跡がつくほどに強く掴む。自然に浮かんできた涙の所為で、涙声になる。

「は、アンッ…ふぇっ、…やぁ…だ…ア、ンンッ……や…」
「…どうするよ、。…ここでやめていいのか、アーン?」

解かってるくせに、意地悪く訊いて来る。ここでやめられたら生殺しもいいとこだ。
「解かってるくせにいちいち訊くな」という意思表示のつもりで、キッと跡部を睨みつけた。

「そんな目で睨んでもそそるだけなんだよ。……でもまぁ、そうだな。そんなに嫌ならやめてやるよ」
「…や、ア…。……っ!?」

跡部はさらりと言って指をの身体の中から引き抜いた。指を抜かれた感触にはぶるっと震えた。
跡部はたまにこういった風にを苛めて楽しむ。跡部にとってはただの悪ふざけが、にとっては苦痛だった。みっともなく、自分から跡部を求めるしかない。好きな人を求める事はみっともなくはないのだが、はこんな時、自分しか求めてないのではないかという思いに駆られる。惨めになったようでたまらない。
今も自分だって限界に近いくせに、そんな事を感じさせないくらい跡部は余裕だ。いつもいつも、自分が折れるしかない。
悔しさと寂しさ、憎らしさなどが混ざり合って涙が零れる。

「……ふ……っ…」

泣いてる顔を見られたくなくて、寝返りを打つように身体を少し逸らして、両腕で自分の顔を隠した。それでも嗚咽は止められない。

「ふぇ……うっ…く……ふっ…」
……?」

さっきとは打って変わって、跡部の心配そうな声が聴こえる。
跡部が顔を覆ってる腕を退けようと、手を伸ばしてくるが、触れた瞬間にはその手を振り払う。
嗚咽をもらして泣くを見て、跡部は上から優しく抱きしめて謝った。

「…悪ィ、悪かったよ。少し調子に乗りすぎた。……

優しく名前を呼んで、額に軽くキスを落として頭を撫でる。そして甘く囁く。

「……泣くなよ…。…、お前の顔が見たい」
「……あっ…」

その声に油断して力が弱まり、跡部の手のよって顔を覆ってた腕が解かれた。
跡部は涙の跡や、浮かんでる涙をキスをして舐め取った。そしてもう一度、耳元で甘く囁いた。

「…悪かった。でも、お前の泣き顔、俺は案外嫌いじゃないぜ…?」
「…………っ!!」

なんて事を言うんだろう。甘さで…嬉しさで頭がクラクラする。
そして、正面を向いたの顔に映ったのは、どこか切羽詰まった跡部の顔。

「続き、してもいいだろ…?色々と限界なんだよ」
「…ぷっ…」

跡部の告白に、思わずは吹き出してしまった。
限界だったんなら、あんな事しなきゃよかったのに、と思う。
跡部のこんな顔を見たのは久しぶりだ。母性本能をくすぐられるような、こんな顔は可愛くて、たまらない。
両手を跡部の首に回して、キュッと抱きついた。

「うん、いいよ。どうぞ」
「……どーも」

跡部は小さく礼なんて言って、それから二人は本格的にお互いを求める。本能のままに。の可愛い声と跡部の息づかい、二人が繋がってる証拠の粘着質な音、そしてソファの軋む音が広い部屋に響く。


行為が終わった後も、二人は抱き合ったままだった。の体温を感じながら、跡部は話し出した。

…俺は次は絶対にあのチビをぶっ倒す。絶対に負けない。絶対に、だ」
「ぶっ倒すって…。ふふ、そうだね、頑張って」
「今回の大会は…カッコ悪ィとこばっかだったからな。次は勝ったカッコ良い俺様をお前に見せてやるよ」
「……う〜ん…」

は小さく唸って、ジッと跡部を見つめた。コツンと額と額をくっ付けて、そしてニコッと笑った。

「景ちゃんは、いつでもカッコ良いよ。すっごい男前っ!」
「……っバッ…カ…、おまっ…、何言って……」

跡部が照れた。顔を赤くして口元を右手で押さえる。
――そんなに照れること無いのに…。いつも言われてる事じゃないのかな?
跡部にとって、今言われた言葉はそんなに問題ではないのだ。問題は「誰に」言われたか、なのだ。に言われたから、跡部はここまで照れたのだ。
はくすっと笑って、口元を押さえていた跡部の右手を取って手の甲に、ちゅっとキスをした。
跡部はまだ少し顔を赤くしながら、怪訝そうな顔をした。

「何だ…?」
「今のは、勝つためのおまじないね」
「あっそ…。サンキュ」

呆れた後に微笑みながら言ったお礼の言葉。その言葉に、跡部につられたようにも微笑んだ。


――私は、風を切りながらボールを追う貴方の姿が大好きです。
テニスをしてる楽しそうな貴方がとても大好きです。
貴方が見せてくれる奇跡にいつも感動して。
きっとこの先何があっても、貴方の未来にはテニスがあるんでしょう。
テニスを失った貴方なんて、想像も出来ないくらい。それくらいテニスは貴方の一部で、貴方にとって確かなものなんでしょう。
見えない未来でも、信じられるくらい確かなものなんでしょう。

未知なる未来に、私は貴方の傍にいる事は出来てるだろうか。
――出来れば、そう……。
私も貴方の中で確かなものになりたい――。





END 07.3.12





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