サンタにいくらお願いしても手に入れることが出来なかったプレゼント。
今はもう望むこともしないけど。





  White Christmas





東京にしては珍しく一面の銀世界になった12月24日。
家に一通のエアメールが届いた。



一通のエアメール。それは1日早い両親からのクリスマスカードだった。
昔から仕事の都合で家にいないことが多い両親。クリスマスや誕生日に家にいないことにももう慣れた。仕事のためだから仕方ないと納得もしている。
しかし両親は決して私を大事に思っていないわけではない。あの頃よりも大人になった今では、それも理解できる。
こうしてカードも送られてくるし、帰ってきたら二人して何かと私を構いたがる。今日か明日の夜にはきっと電話も掛かってくるんだろう。
そんなことを想像して、クスッと小さく笑いを零す。


さて、そろそろ学校へ行きますか。
明日からは冬休みで、今日は終業式だ。

学校へ着くなり、目に入ったのは跡部景吾がファンクラブに囲まれている光景だった。
かなりの人数に囲まれているが、氷帝の生徒はその光景は見慣れているため、さして気にはしていない。
キャアキャアと毎日まぁあきないこと。そんな彼を好きな私も私だけど、彼女達と一緒になって騒ぎたいとは思わないし、ファンクラブに入りたいとも思わない。


私は跡部景吾――景吾とは幼なじみだけど、騒ぐ気持ちは解かる。綺麗な顔してるし、頭も良く、スポーツ万能と来れば騒ぎたくもなるんだろう。
だけど私はあのファンクラブには関わりたくない。幼なじみという関係なだけで、私は特別彼女達に目の敵にされているからだ。

教室に入るなり、話題は今日のイブと明日のクリスマスの話題。
彼、彼女と過ごすだの家族と旅行に行くだの。
・・・フッ、いいわねー、みんな楽しそうでさ。私は今日と明日の予定なんて、出掛けるどころか悲しいほど何もすることなんてないわ。強いて言えば家の掃除くらいよ。
そんな自嘲的な思いにふけっていたとき、ジローが声を掛けてきた。

「そっかー、今日はイブだもんね。も今日はどっかお出かけすんの?」
「どうせクリスマス当日には景吾の家でパーティあるし、今日は大人しく家にいるわ」
「・・・え、、跡部と過ごさないの?」
「うん、なんで?」
「・・・ううん、何となく」

お出かけ・・・ね。
一人で気軽に買い物でもしようかなとも思ったけど、こんなクリスマスシーズンでカップル中の街に一人で出かけても淋しいだけだしなぁ。
そして家に戻ったら余計に淋しくなる。何故だか一人取り残されてしまったみたいで。
留守番なんて慣れてるはずなのに・・・時々そんな気持ちになる。
中学に上がるまでは跡部家によくお世話になってたけど、今は留守番が出来ない年でもないし、いつまでもお世話になるのも悪いし。



家に帰り、両親からのクリスマスカードを開く。毎年柄の違うクリスマスカードを見て、目を細めた。
まぁクリスマスだから浮かれる気持ちも解かるけど。恋人の一大イベントみたいなもんだもんね。
・・・ん?恋人・・・?
そういえば、あの事件からあやふやになってたけど、私と景吾ってどうなんだろう。
『跡部と過ごさないの?』
そんなジローの言葉が頭をよぎった。
恋人・・・ねぇ。でもあれから何が変わったわけでもなく、いつも通りだし。
時々景吾の私を見る目がどこか優しく感じるくらいで、でも恋人という関係にはほど遠い気がする。



さて、掃除でも始めますか。
今年のクリスマスイブはまさにお出かけ日和の晴天。
いやいや、これこそお掃除日和じゃないの。
私はいそいそと掃除の準備を始める。

しかし、15歳のクリスマスイブ。
その日はいつものイブの日とは違う過ごし方となった。
思わぬ人のいきなりの訪問で――。



―― うん、私って掃除の天才じゃないかしら?見事ピカピカになった家の中を見渡して、満足気に頷いた。
時計を見ると、夕方の6時を回るところだ。
そろそろ夕食の準備でもしようかと思った時に、ピンポーンとチャイムが鳴った。
回覧板でも回ってきたのかしら、なんて思ってドアを開けたら。

「よお」

いつもの不敵な笑いをして、そこに立っていたのは景吾だった。
あまりに予想もしていなかった人の訪問だったので、驚きのあまり一瞬声が出なかった。

「・・・何だ、その微妙な顔は」
「いや、ビックリして。・・・何か御用ですかね?」
「お前、これから予定空いてるだろ?今から二人で出かけようぜ」
「・・・・・・はい?」

この人はいきなり現れて、いきなり何言ってんの?
突然の訪問と突然のお誘いに私が戸惑っていると、景吾の方が焦れてきたらしい。

「ほら、さっさと用意しやがれ。ったくせっかく俺様が誘ってやってんのによ」
「・・・そりゃすいませんね。でも私、予定が無いなんて一言も言ってないんですけど?」
「何言ってんだ。どうせその通りのくせに」

・・・くっ、読まれてる。
あきらかにバカにしたような言い方。何でいちいちトゲのある言い方するかな。
どうせイブの夜に何にも予定が無い淋しい女ですよっ!
つーか、私を誘うって事は君も予定がないんだな?フッ、私に負けず劣らずのヒマ人めっ。

「いつまで待たせるつもりだよ。さっさとコートを取って来い」
「・・・はいはい、解かりましたよ」

これ以上抵抗しても無駄だと悟って、溜め息一つ私はノロノロと出かける用意を始めた。


「ねぇ、どこ行くの?」
「いいから黙ってついて来いよ」

寒空の中、私は2、3歩先を行く景吾の後をついて行く。家を出てから10分、景吾はどこか目的地に向かっているようだった。
街の中は華やかなクリスマス一色。
周りを見れば、肩を寄せて歩くカップルや幸せそうな家族連れがたくさんだ。

「皆楽しそうだね」
「あ?」

景吾に話し掛けたわけでもなく、ポツリと呟いた。
怪訝そうな顔と声を出した景吾に構わず続けた。

「クリスマスってそんなに楽しいものなのかな?一体何がそんなに楽しいんだろ・・・」
「・・・・・・・・・・」

・・・納得は、しているつもりだった。
だけど今も楽しい家族連れなどを見ると、羨ましいと思ってしまう。
両親が私を大切に思ってくれてるのが解かっていても、家族で楽しむという経験をしてみたかった。
まだサンタを信じていた頃は、来年こそはと願ったりもしたけど。
もうそんなことを願う事も無く、景吾の家にパーティーに呼ばれても、ふと孤独に感じてしまう。
私には「あの日のクリスマスは楽しかったね」と言えるクリスマスはなかった。
私の言葉に景吾は黙ったかと思うと、私の手を取って少し足早に歩き出した。

「さっさと行くぞ」
「・・・うん」

何も訊かないでいてくれるのが嬉しかった。
手を繋ぐのに少し恥ずかさもあったけど、景吾のその手の暖かさになぜかすごく安心してしまって離すことが出来ず、大きな手を握り返した。

「着いたぞ」
「え・・・ここ?」

周りを見渡したら、そこそこ大きな公園。
公園といっても子供が遊ぶような遊具は無く、犬や子供の散歩コースのような場所で、小さな噴水がいくつかあり、周りにはオシャレなベンチがある。

「ここがどうかしたの?」
「まぁ待て。そろそろだぜ」
「?」
「7時だ」

景吾が腕時計を見てそう言ったのと、ほぼ同時に公園がパアッっと明るくなった。
その公園が一瞬で綺麗な色とりどりのイルミネーションに包まれた。
そんなに派手じゃないところが公園らしくていい。
周りにある小さな松ノ木には可愛い電球が点いている。
噴水には、赤、黄色、青・・・と色が変わるイルミネーションが綺麗だ。
思わず素直な感想を呟いた。

「うわ・・・綺麗だねー!よくこんな穴場知ってたね!」
「俺もこの間偶然知った。夜7時ちょうどになると点灯するらしい」
「へぇー。でもホントに綺麗」
「やっと笑ったか。少しは満足したかよ、アーン?」
「うん!・・・って満足って?」
「今日はイブだってのに、朝っぱらからシケたツラだろ。さっきは愚痴まで零しやがって」

・・・シケたツラですか。やだな、そんな顔してたのかなぁ?
そりゃあ少しは沈んでたかもしれないけど、顔にまで出てたのか。

「ったく、一人でいるのが寂しいならそう言えってんだ。素直じゃねぇな」
「どうせ素直じゃないですよ。それと・・・別に寂しいなんて言ってないよっ」
「・・・ンな顔して言っても説得力ねぇんだよ、バーカ」

一歩、私に近づいてきたと思ったら、腕を引っ張られて抱きしめられた。
いきなりの予想外の景吾の行動に私の頭は真っ白になった。
ハッと我に返って、景吾の身体を押し返そうとした、が。

「ちょっ・・・と!何すんのよ〜。は・な・せー!」
「寂しくない・・・か。お前学習能力ねぇのか?俺に嘘は通じねぇって解かってんだろ。本当は泣きたくなる位寂しいくせによ」

押し返そうとしても、テニスで鍛えてるだけあって景吾の身体はビクともしない。
それどころか抱きしめてくる腕に力がこもった。
・・・別に泣きたくなる位、までとは言ってないよ。
ただ少し、気持ちが寒くなるくらいで。小さく孤独を感じてしまうくらい、自嘲的になるくらいで。

「いつもクリスマスや誕生日になるたびにそんな顔してる事、俺が気付いてないとでも思ってたのかよ。・・・世界中で一人きりだっていうような顔なんかするんじゃねぇよ」
「だっていつも一人だもん」

言葉にすると、本当に一人きりになったような気がして急に怖くなった。
今一人だったなら、怖くて泣き出してしまっていたかもしれない。
だけど、目の前にいて今抱きしめてくれている腕のぬくもりも・・・景吾も消えていなくなりそうで思わず背中に手を回して、力をこめて抱きついた。


・・・嫌だと思った。
この人だけは、どこにも行かないで欲しい。
どこかに行ってしまわないで。
もしもサンタクロースという存在が本当にいるというなら・・・プレゼントの代わりに、この人が私の傍から離れないようにしてください。
せめて、景吾だけは――。

「お前、覚えてないのか?ちゃんと前に言っただろ」
「・・・・・・?」
「俺が一生傍にいてやるよ」

ぶっきらぼうに言った、プロポーズらしきこの言葉を聞いたのは二度目だ。
不可能を可能にする景吾のその言葉は、その時私に安心を与えた。
景吾の一言でさっきまで感じてた不安が無くなるなんて、私も案外単純なんだろうか。
嘘なんかつくはずないと解かっていながらも確認をする。

「・・・本当に?」
「こんな時に嘘なんか言うかよ。本当だよ」
「本当に本当?・・・本当だよね?」

私を抱きしめている腕をギュッとつかみ、安心で涙が浮かんだ顔を見られないように景吾の胸に顔を埋めて確認を繰り返す。
すると景吾は小さい溜め息を零した後、笑いを含みながらはっきりと答えた。優しい手つきで私の頭を撫でながら。

「ああ、本当だ。お前は俺の隣にいればそれでいい。俺の隣はお前の定位置だ」

景吾の手が私の頬に移動した。
思わず見上げた景吾は微笑みながら呆れた声を出した。

「いつまでたっても泣き虫は直んねぇな」

そう言って、涙が浮かんだ私の眼にキスをして涙を拭ってくれた。
それに続き、額、瞼、頬と軽いキスが降ってきた。
普段の私なら、一言怒鳴りつけたりするんだろうけど、私を見る景吾の眼が今まで見たことが無いくらい優しい眼をしていたので、何も言う事ができなかった。
そしてすかさず景吾の唇が私の唇と重なった。
いつもの俺様的な景吾とは想像もつかないくらいとても優しいキスだ。

触れるだけの軽いキスを何度か繰り返す。深くなっていくキスに逆らわずに身を任した。好きな人とのファーストキスは、驚くくらいの温かい安心をくれた。

お互いの唇が離れた瞬間、何か冷たいものが顔に当たった。

「・・・雪?」

空を見上げると白い小さな羽がふわりふわりと舞っていた。

「雪だ・・・雪だよ!わー、すごーい、きれーい!」

キスの余韻に浸ることもなく景吾の顔をぐいっと押しやって身体を離し、小さい子供のように、降ってくる雪にはしゃいだ。

「景吾?なにそんな暗い顔してんの?せっかく雪が降ってるのに」
「・・・お前なぁ・・・少しは雰囲気ってもんを考えろ!」
「だってホワイトクリスマスだよ?イブの日にホワイトクリスマスなんて何か嬉しくならない?」
「クリスマスなんて楽しくないって言ってたのは誰だっけな」
「・・・さぁね」
「まぁいい。、ちょっとこっちに来い」

なんて言いながらも、景吾は自分で私の前にきて、ポケットから小さい小箱を取り出した。
赤いリボンがかかった小さい箱。

「クリスマスプレゼントだ」
「え?でも私は何も・・・」
「いいんだよ、もらえるもんはもらっとけ。俺がお前にやりたかっただけなんだからよ」

景吾は綺麗にラッピングされたリボンをするすると解いて、中から取り出したもう一つの小さい箱の中からシルバーの細い指輪を出した。
景吾はそれを私の左手の中指にはめた。
・・・ん?中指?何で?普通こういう場合って薬指にするものだと思うんだけど。

「いいんだよ、中指で」

私の疑問に答えるように景吾は言った。

「・・・何で?」
「薬指はとっとけ。今はそんな安物しかやれねぇけど、近いうちに本物やるからよ」

・・・本物、ですか・・・。ふふ、そっか、そういうことか。
ちら、と景吾を見てみると、景吾らしくもなく少し顔が赤くなっていた。

「ぷっ・・・あはははっ。景吾、顔赤いよ?」
「うるせーよ!ここは寒いんだよっ!いつまでも笑ってんな!」
「ごめんごめん。・・・うん、じゃあ本物もらえるの楽しみにしてる。それと」
「・・・何だよ」
「また来年、ここに連れてきてね」
「・・・ああ。来年な」

そして景吾はまた軽いキスをした。
まるでそのキスが来年の約束の仕草ように。

最近私を見るときに、よく見せるその優しい眼。
今はその眼に胸が高鳴る。
その優しい眼に、いつまでも見つめられていたいと思う。



白い雪が降った、15歳の記念すべきホワイトクリスマスイブ。
これからの今日の日には私の隣には必ず景吾がいてくれるんだろう。
何の根拠もないけど、景吾だからそうだと信じられる。




『今年も帰れなくてごめんねー。風邪とかひいてない?』
「うん、大丈夫。お母さん達は?」
『平気。何か変わったこととかはない?』
「うん、特には。そうだ、今年はね、ホワイトクリスマスなんだよ」
『そうなんだ。、何かいいことでもあったの?声が嬉しそうな声してるから』
「・・・うん、少しね。今年は多分、一生忘れられないイブになりそうなんだ」

母の国際電話を受けながら、左手の中指にはめているシルバーリングに眼を細める。

電話のすぐ横のソファーで景吾は夢の中だ。
意外と寝顔はあどけなく、つい可愛いとまで思ってしまう。
あれから家に帰ってきて、何となく二人とも流れのまま行為に及んでしまい、そのまま眠ってしまったんだ。
私も母からの電話で起こされたんだけど。


もしかしたら、サンタが私の願いを叶えてくれたのだろうか。
私の傍から景吾が離れていかないで欲しいという、私の唯一の願いを。
もしそうだとしたなら、クリスマスも案外いい日なのかもしれない。


初めてできた恋人の寝顔を見つめながら、そう思った――。





END,05.12.21





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