知ってるんだ、ホントは。
俺じゃダメだってことくらい。
君が涙を流すのも、泣き止むのも、あいつの傍だけだってこと。

ホントはね、ずっとずっと知ってたんだよ。





  貴公子に捧げる泣き顔と涙〜友達以上恋人未満〜





今日から始まった新学期。
久しぶりのこのザワザワした感じが何だか心地いい。
そんな時となりから、バンッというものすごい音がきこえた。
ビクッとしてとなりを見てみると、が怖い顔してる…。

「…今日もお疲れ様。…荒れてるね」
「荒れたくもなるわよ。新学期早々こんなんじゃ」

がイライラしてそう答えた。
(またなんだ…)
俺はに気付かれないように、ちいさくため息。
アトベのファンクラブになに言われたかは想像もつくからね。
でもちょっと今日は…、怖いかも。

「頑張って、。俺、の味方だからさ!ファイト!ファイトだよ、!」

笑ってそう元気付けたら、「ありがと、ジロー」って言って、俺の頭を優しくなでてくれた。

頭をなでられる気持ちよさに、へへっと笑う。
に、こうされるのはきらいじゃないし、俺だけの特権。
きらいじゃないけど…少しだけ、胸がいたい。

これ以上の関係にはなれないって、知ってるから。
とは、俺が望むような関係にはなれない。


…踏み出しちゃいけないラインがある。
俺が望むライン。
だけど、望んではいけないライン。

「恋人」としてのラインは、禁忌――。


新学期が始まって、少し経った頃に事件は起きた。
雨が強く振り出した日に。

が、アトベのファンクラブによびだしを受けた。

なんだかいやな予感がしたんだ。
心配だったけど、俺のよびかけにもは「大丈夫だよ」って言って大人しくファンクラブについて行った。


なんだろう、なんだろう。
いやな感じが止まらない――!
ニンゲンていやだよね。こういうときの勘ってよく当たるんだから。

アトベ…。
そうだ、アトベに知らせないと!
に何かがあったときに、助けられるのはアトベしかいない。

くやCーけど、俺じゃない。
好きなやつ一人助けられないなんてマジくやC−けど、でも俺じゃだめなんだ。

――アトベじゃなくちゃ、だめなんだ!



それから何とか図書室にいたアトベを見つけだして、よびだしのことを伝えた。
そしたら、アトベは血相変えて、図書室をとびだした。

…アトベでも、あんなカオするんだ…。
自分しかキョーミなさそうなカオしてるのにね。
ひどく心配してるような、どこか怒ったような、焦ってるような、そんなビミョーなカオ。

でもそんなカオ見せるのは、にだけなんだよね?
…そうでしょ、アトベ?

ホントはあきらめたくないんだ。
のこと、だいすきだから。
でも、アトベのこともだいすきだからゆずってあげるね。

俺ってイイやつでしょ?
イイオトコには、「ヒキギワ」ってやつがあるんだから!


それからしばらくして、を連れてったアトベのファンクラブの女の子たちがバタバタと教室にもどってきた。
ひどく困惑したようなカオで。中には泣いてる子もいたけれど。

…アトベになにを言われたかなんて、そんなこと訊かなくたってわかるけど。
君たちの気持ちもいたいくらいによくわかるけど。
でも、君たちにけっして同情なんてしない。
君たちがにしたことがなんとなくわかるから。

「あのさ、君たちいい加減にしたほうがいいよ?」

まだコンランしているような女の子たちにそう言った。
すこしだけ声のトーンを下げて、カオは正面をむいたままで。

「あのアトベがあんなにおこるなんて中々ないことだし。アトベをあんなにおこらせたこと、反省したほうがいい。この次はどうなるかわからないよ。
アトベがあんなにおこるのも、表情を変えるのも、にだけなんだから。
…君たちじゃないんだよ」

があんしんして泣ける場所が俺じゃないように。
の涙をふいてやるのが、俺じゃないように。

すると泣いていた女の子が怒鳴った。

「…だって、ずるい。ずるいわ!
私達だって跡部君のこと好きなのに、さんばっかり特別で!」

当たり前だろ、が特別じゃなくてなんなんだよ!
アトベにとってが特別じゃなかったら、そんなの俺がゆるさないよ。
アトベのことがすきなんだったら、そんくらいわかれよ!

「アトベは君たちのものじゃない。アトベを束縛なんてできない。
…できるとすれば、テニスとだけだよ。はアトベの特別なんだから」
「……っ!」

俺はためらうことなくきっぱりと言いはなった。
女の子は傷ついたカオしていたけど、言わなきゃわからないことだってある。

…半分は自分にいいきかせたことだったけど。

ガタッとハデな音を出して、俺はイスから立ちあがった。
そのしぐさに、女の子たちは身体をビクッとさせた。
そんなこと気にしないで、俺はスタスタと女の子たちに近づいて行った。

そして、通りすぎる時にささやく。

「これ以上になにかしたら、今度は俺がゆるさない。
君たちの人生、めちゃくちゃにしてやるから。…覚悟しときなよ?」

そう言って、俺は教室をでた。
すっかり暗くなったローカを歩きながら思い出す。


そうだ、いつもそうだったっけ。
昔、が泣いてるときにはいつも傍にはアトベがいたんだ。
アトベはなにを言うわけでもなく、ただ、だまっての傍にいた。

俺はが泣いてるのに、なにもできないでいた。
が泣きやんだときは、いつも笑顔だった。

涙を止めてくれたアトベにだけむけられる、キレイな笑顔。


…ま、いっか。
俺はの「大事な幼なじみ」。
…しかたないから、それでガマンしとくよ。
きっといつかは、この関係にまんぞくできるような気がするから。

正直、ちょっとだけ寂しいけど。
正直、ちょっとだけ悔しいけど。

だけど、俺は「イイオトコ」だからね!

だから、だからさ、――あきらめてあげるよ――。



次の日、学校へきたのホッペにはシップがはってある。よく見ると、おでこには何かぶつけたような跡…。
…ふーん、あの子たちか。
あんなことばだけじゃ足りなかったかな?

…大丈夫?そのキズ」
「うん、たいした事ないから」
「なんか…スッキリしたカオしてるね」
「そう…かな。うん、そうかもね」
「なんかいいことでもあった?」

あえて「アトベと」とは言わない。

「良い事…と言うか…。
ただ…我慢するのやめただけなんだけどね」

うん、俺知ってるよ。
ホントはずっと前からね。

…ん?でも今日は…。

「ねぇ、今日はファンクラブの人たちいないねぇ」
「え、ああ、うん。何か私の事避けてたんだよね…。景吾には相変わらずだったんだけど。でも少し大人しくなってたかな。
まぁ、静かでいいんじゃない?ストレスも溜まらずにすむしね――」

…すこしは役にたったのかな。
へへ、だったらうれしいな。

「なぁに、ジローも何かいい事あったの?」
「うん、まぁね〜。でもナイショ!」
「えー、なんで?教えてよ」
「だめ!ナイショなんだから!
そゆわけで、俺ねるから。おやすみ〜…」
「…もー、ジローは…」

すいまに身をまかせるなかで、そんなの声をきいた。


ねぇ、俺知ってるんだよ。
あんなに泣き虫だったが泣かなくなった訳。
どんなことがあっても、アトベの前ではぜったい涙をみせなくなった。

はアトベのために泣くのをやめた。
俺は『泣いてもいいのに…』と、そう思うはんめん、アトベがすごくうらやましかった。
にそこまでさせるアトベがうらやましかったんだ。


知ってるんだ、ホントは。
俺じゃダメだってことくらい。

のぜんぶを受け止めるのは、アトベの、アトベだけしかできない役目。
の泣き顔も涙も、すべてはアトベのものなんだってこと。
があんしんして泣けるばしょは、アトベの傍だけなんだよね。

大丈夫だよ、
は絶対幸せになれるから。
だって、アトベが傍にいてくれるんだからぜったい大丈夫!
…でしょ、アトベ?


「貴公子」とよばれる、アトベの傍で幸せに――。





END 04.10.1





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