ザワザワと人混みの喧騒の中、跡部は毎年恒例の花火大会に来ていた。
浴衣姿で子供の様にはしゃぐを連れて。





夏祭り―咲いたのは花火だけじゃなくて―





「毎年来りゃ、さすがに飽きるな……」

相変わらず変わりばえしない祭りと、人混みの多さに顔をしかめた跡部がそう呟いた。
そんな跡部にはケロッと答えた。

「でも、これぞ祭りって感じがしない?」

出店を見てキラキラと嬉しそうなを見て、跡部はどうでも良さそうに、あーそーかいと適当に返す。

、浴衣姿であまり走るな。転んでも知らねーぞ」
「私そんなに子供じゃないもん……きゃっ!」

ふて腐れたように文句を言った後に、短い悲鳴。
どうやら転んだわけじゃなく、運悪く柄の悪い連中にぶつかってしまったらしい。
と、いってもぶつかってきたのはではなく、相手の方らしい。

「…ごめんなさい…」

取り合えず事を大きくしない為に、はぺこりと頭を下げた。
が、それで済むわけもなく…。

「へー、中々可愛いじゃん。許してやるから、俺達と一緒に遊ぼーぜ」
「一人じゃ寂しいだろ?花火見るより俺達といた方が楽しいよー?」

そう言って、の手を掴む。
跡部は小さく溜め息を吐いて、に詰め寄り、肩を掴んでぐっと引き寄せた。

「悪いな、俺の連れだ。…その手を離してもらおうか」
「景ちゃん……」

ほっとしただが、男の手はまだの手を掴んだままだった。

「怪我したくないなら、関係ない奴は引っ込んでな」

挑発したように鼻で笑われたのが気に障ったのか、跡部は男達を睨み付けた。

「…猿頭には理解できなかったのか、アーン?俺の連れだっつってんだよ。その汚い手をさっさと離せ」
「なんだと……」

一触即発な雰囲気に、は意を決して男達の前へ出た。
そして―。

ガンッ!

は自分の手を掴んでる一番前の男の足を思いっ切り蹴った。
足の、すねを。しかも、下駄で。

男はあまりの痛さに叫びも上げれずに、の手を離し、その場に蹲った。
その隙には跡部の手を取って、花火会場の方へ走って逃げた。
この人混みだ。簡単には見つからないだろう。

在る程度離れた場所に来て、は跡部の手を離して、ハアハアと肩で息をした。
跡部は逃げてきた方向を見て、可哀想にと男達にほんの少し同情した。
見た感じ、あれはかなり痛そうだった。

は少し落ち着いたらしかったが、嬉しそうにはしゃいでいたとはまるで別人みたいにその顔はしゅんと落ち込んだ顔だった。
まるで、花が萎れたというのがふさわしいように。
そして沈んだ声で、跡部に謝罪した。

「ごめん…。せっかく花火見ようって誘ったのに、こんなことになって…」

ますます沈んだ様子で謝るを見て、跡部はふっと息を吐いた。
そして、結ってあるの髪型を崩さないように、頭にポンと手を乗せた。

「悪いのはお前じゃないだろ。気にすんな」
「…………」
「…ホラ、花火見るんだろ?今度は離れるなよ」
「……うん……」

項垂れてるの手を握って、もう少しで着く花火会場へと向かった。


ドン、ドンと大きな音を立てて、夏の夜空に大輪の花が咲く。
次々に色鮮やかな花が咲いていく。

「綺麗……」

花火を見ての気が少し回復したのか僅かに笑みが戻り、小さく呟いた。

花火の光りに照らされた、静かに微笑んだの顔が見えた。
少し大人びて見えた、綺麗な幼馴染みの姿。

……何故だろう。さっきまでとは別人みたいに見える。
その大人びた顔が、まるで知らない人に見えた。

髪をアップにした事で見えたうなじが白くて、色っぽくて。
落ち着いた色で統一された浴衣がよく似合っていて。
いつも傍にいた幼馴染みの劇的な変化に気づいた跡部は内心戸惑っていた。

こんなに綺麗だったなんて、知らなかった。

その事に少し悔しさを感じながら、不覚にもその幼馴染みに見とれてしまった。
その顔を見つめながらぼんやりと、でもハッキリと自覚した。

――のことが、好きなのだと。

今まで手のかかる妹みたいで、甘やかしていた部分もあった。放っておけなくて。
でも、妹みたいだという気持ちは今もう感じない。

好きだから、甘やかしたい。
好きだから、放っておけるわけがない。


そんな事を思っていた跡部の前に、いきなり花がパッと咲いた。
もちろん本物の花ではなくて、満面の笑顔を浮かべただった。

――っ反則だろ……。

好きだと自覚した途端に、この笑顔。
今の跡部には刺激が強すぎたらしい。
今が夜で良かったと心底思う。もし夜じゃなかったら、赤みが差しているだろう顔を見られていたのかもしれない。
そんな跡部に気づきもせずに、少々興奮気味だ。

「見て!今年の花火、凄く綺麗! ね、今年も来て良かったでしょ?」
「ああ、そうだな」

目の前の、花を咲かせたように笑うに、跡部も自然に笑う。

「また、来年も一緒に来ようね!絶対ね!」
「はいはい、絶対な」

軽く返事をした跡部は握ったままでいた手をギュッと握り直した。

「……景ちゃん?」

きょとんとしたの唇に、触れるだけのキスを落とした。

花火に照らされたの顔は、見る間に真っ赤になって、それから心底嬉しそうに笑った。

跡部を魅了したあの―花のような笑顔で。





END,09.8.24





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