桜が咲き誇る、始まりの季節――四月。
貴女を初めて見たときは、桜吹雪に吹かれていた。
ガラじゃないけど、本当にまるで桜の精のように。

貴女は咲き誇る桜そのもの。
狂い咲きのように、四月に限らずいつでも俺の為に咲いていて――。





  狂い咲きの恋人





俺が3年になって、先輩が高校1年になった、入学式の日。

「何か寂しいっスね。あの桜の木がないと」
「…そうね。いつもこの時期には綺麗に花を咲かせてたのにな」

少しだけ寂しそうに、「残念」小さく笑いながら呟いた先輩。
裏庭に1本だけあった大きい桜の木。
春になると、見事に桜の花を咲かせた。
もう随分な古株ということで今はきれいに切り取られてしまったけれど。
去年は部の先輩達と、花見をしたっけな。ささやかだったけど、楽しい花見だった。

その桜の木があった裏庭は、とても大事な思い出の場所。
その桜は、俺と先輩が出会った時も綺麗に咲いていたっけ――。




先輩達が高等部に上がり、俺は3年になって、一ヶ月経った。
もうすぐ暑くなるんだろうなと空を見上げた。
そんな中、俺は切られた桜に座っていた。切られた桜の木は小さい椅子みたいになっている。

先輩がまだ中等部にいた頃はここに来れば、先輩はいつもここにいたのに。
約束をしてる訳でも待ち合わせしてる訳でもないのに、俺がここに来たときはいつも先輩が先にいた。
先輩達が部活を引退したばかりの頃はよく練習を見に来てくれたりしていたけど、高等部に入学してからは会う機会も少なくなった。
あの笑顔を最近見ていない。

先輩がここにいるときは、咲いていない桜がまるで咲いているかのような幻覚を覚える。
初めて先輩に会った時は不思議な感じがした。
桜吹雪に吹かれている先輩を見て、俺は間抜けにも『アンタ誰?』なんて質問を投げかけた。
先輩は鮮やかに笑って、『この桜に宿る精霊です』なんて答えたのを覚えてる。
普通そんな事言われたら「この人頭おかしいんじゃないの」くらいに思うのが当たり前なんだろうけど。
俺だって最初はそう思ったさ。「何言ってんの、コイツ」ってね。
けれど、何故か俺はその言葉に納得して見とれたんだっけ。
もちろん妖精なんてそんな訳はなくて、テニス部入部のときに先輩はマネージャーとして笑っていたけど。

それが二年前の話。
…それが先輩との出会い。

いつも先輩はここにいた。
俺が誰もいない時を狙って、次の日にここに来ても先輩はいた。
ビックリして俺が『なんでいるんスか…?』って訊くと『私とこの桜は一心同体。いつでもここにいるわ』
そう言っていたずらっぽく笑った。
――それが先輩との2回目の出会い。

いろんな話をした。
テニスの事はもちろん、世間話も、くだらないことで笑ったり怒ったり。
俺が落ち込んでいる時も、何も訊かないで傍にいてくれた。
俺が先輩に告白した時もここだっけか。

そんな事がまるで昨日のように思い出せるのに。
会いたくてたまらなくても会えないときは、思い出を思い出す。
そうすれば少し寂しさは紛れる。
でも思い出せば思い出すほど会って触りたいと思う気持ちは強くなるばかりだ。

「…先輩は今何やってんのかな」
「私が何?」
「うわっ!」

独り言のすぐ後に、後ろからいきなり誰かに抱きつかれた。
振り返ってみたら、そこには今一番会いたいと思っていた人がそこにいた。
笑って「久しぶり」と言う先輩に、俺はそのタイミングの良さといきなりのことに一瞬思考が止まった。
正直に言うと、半分は見とれてたんだ。
高校の制服を着て、少し髪が長くなって、大人っぽく綺麗になったけど笑う顔は俺が大好きなそれで。
ボーゼンとする俺に先輩は不思議そうな顔をして「赤也?」と俺の顔を下からひょいっと覗き込んできた。

「どしたの、何か元気ないね」
「え…あ、いや…そ、んなことないッス…」
「ホントに大丈夫?」

少し心配そうに顔を曇らせて、俺の額に先輩の手が触れた。
顔を覗き込んできたときよりも顔が近い。
…俺は時々この人の無防備さが憎く、そして嬉しい。
俺の額に触れた手を取って、もう一つの手で先輩の身体を引き寄せてキスをした。
まともな会話もしていないのにキスが先なんて自分の理性の小ささに少し落ち込みながらも、先輩との久しぶりのキスを堪能した。
先輩の何もかもが俺を興奮させる。
抱いたときの細い身体も、気持ちのいいキスも、甘い香りも、声も、仕草も、笑顔も、そう何もかもが愛しくてたまらない。

「はぁ、ふっ…ン…」
、先輩…」

ああ、そんな声も興奮する…。
その声がもっと聴きたくて、キスを深くする。
手はいつの間にか先輩の頭に移動していた。指に触り心地のいい髪が絡まる。
もう一つの手は腰を引き寄せて。
先輩の手は俺の背中に回されて、制服をぎゅっと掴んでる。

「ふぁ…赤、也…ンッ!ア、んふ…」

先輩が熱っぽい声で俺の名前を呼んだ。
その声にぞくっとした。
まだ名残惜しいけど、俺はキスをやめて先輩を解放した。
じゃないと本気でヤバイんだよ、下のほうがっ!そしてわずかな理性も!
俺だって健全な中学生男子なんだぜ!?
好きな女とキスしてて、あんな可愛い声で自分の名前呼ばれたら…なぁ…。

「赤也?」

いきなりキスをやめて、身体を離されたことに少し驚きながら不思議そうに俺を見た。
まだほんのりと赤い顔をして。

「…すんません。久しぶりだったんで、その…我慢できなくて」
「そっか」

先輩の手は今度は額じゃなくて、両の頬にそっと触れた。
そして先輩からのキスが降って来た。
あんなに激しいキスじゃなくて触れるだけの優しいキスだった。

「…先輩?」

めったにない先輩からのキスに俺は目を見開いた。
そんな俺を見て、先輩はおかしそうにくすくすと笑う。
そして背伸びをしながら俺の額に自分の額をコツンとぶつけ笑って、俺の首に腕を回してきた。
ふわっと先輩のいい香りが鼻をくすぐる。

「ふふっ、ごめんねー。寂しかったんだよねー?」

完全に子供扱いするその優しい言葉に少しばかりカチンときて、俺なりの強がりを言ってみた。

「べっ、別に寂しくなんか…ないッス…」
「そっか、そうだね」

先輩はまたくすくすと笑って、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
…多分先輩の言動からして嘘だってばれてるんだろうな。
そういえば仁王先輩は先輩の事が苦手だって言ってたっけな。
なんでも先輩にはあまり嘘が通じないそうだ。
でも理由が解らないみたいで、密かに仁王先輩が頭を悩ませていたことを俺は知っている。
そんなことを考えていたら、俺の首に回されている先輩の腕に力が強くなった。
もちろん苦しくない程度にだけど。
先輩の顔は俺の肩にうずめて、小さい告白をした。

「でも私は寂しかったよ?」
「…へ?」
「赤也に会いたくて、授業サボってここに来るくらいにね」

先輩からの甘い告白に、俺は抱きしめる力を込めた。
会いたいと思っていたのは、決して俺だけではなかったんだ。
なんだか先輩に告白したときの気持ちと似てる。
あの時は受け入れてもらえて、言葉には表せることんてできないくらいの嬉しさだった。
俺の気持ちは一方通行じゃないと知ったときの感動。
なんだかその時と似てる。そうだ、こんな気持ちだった。

しかしだっ!一度は抑えたと思った欲望が湧き上がってくるのを感じた。
せっかく抑えたと思ったのに、先輩が不意打ちであんな告白とかしてくるからだ、チクショーッ!計算じゃなくて無意識なのが恐ろしい。
…雰囲気とかで流されてくれねーかな。どうにかしたら、どうにかなるもんか?
でも俺がこういう作戦で迫っても、先輩が俺の思惑通りに流された事は一度もないんだよなぁ…。

「私はやだよ。こんなとこではしないからねっ!」
「………えーっ!」

押したら案外上手くいくんじゃないかと考えていたら、ピシャリと先輩から先手を打たれてしまった。
思いっきり残念そうな俺を見て、先輩ははぁっと溜め息をついた。

「外ではしたくないって私が思ってるの知ってるくせに。…そんなに我慢できないの?」
「だって久しぶりだし…俺だってオトコなんだし…」
「するのは4日後まで我慢しなさい!」

ぶつぶつと文句を言っていたら、先輩からの思いがけないお誘い。
4日後ならいいのか…?でも何で4日後なんだろう…?
先輩はなぜか不敵な笑みを浮かべていた。

「明日から3日間、中間テスト!4日後には結果が出てるよね。英語で赤点取らなかったら、いいよ?外ではしないけどね」
「……げっ」

嬉しいお誘いの後には、超が無限につくほどの難関が立ちはだかった。
しかし、先輩のお誘いを断るなんて俺には出来なかった。
動機が不純だけど俺はそのご褒美の為に、英語でかつてないほどの高得点を出した。
先輩が出したその難関を俺は見事クリアしたので、俺の家でご褒美はたっぷりと頂いた。
最中に「我慢できなかったのは赤也だけじゃないんだよ」という可愛いセリフのオマケまでもらってしまった。

それから度々先輩はこの桜が咲いていた裏庭に来るようになった。
昼休みや、部活のない放課後。

先輩がこの場所にくると、もう決して咲かないはずの桜が咲き乱れてるような錯覚を見ることがある。
出会ったときに先輩が言っていた「桜の精霊」という言葉を思わず信じてしまいそうになるくらい綺麗な花が咲いてるように見える。

先輩はこの場所に来るたびに、俺に温かい春を運んでくれる。


でも先輩は春に限らず、夏、秋、たとえ冬でも、俺の傍では変わらず咲いていてくれる。
先輩は俺だけの狂い咲き――。





END 06.3.2





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