俺は祈る。
 ただ、ひたすら祈り続ける。
 あの人がいつも笑っていてくれるように。
 あの人がいつも幸せでいてくれるように。
 いつでも祈るよ。
 たとえ、俺の想いが永遠に届かない物だとしても――。





  Wish you happiness





 初めて見た時に予感がしたんだ。
 「俺はこの人を好きになる」ってそんな予感。
 この人の表情や声、ちょっとした仕草やセミロングの色素の薄い髪、白い肌。
 全てを好きになるんだろうと。
 予感が的中するのにそんなに時間はかからなかった。
 ただ笑った顔を一瞬見ただけで、たったそれだけのことで。
 俺はその一瞬で落ちた。

 1つ年上でテニス部のマネージャーをしていて。
 
 それが俺の想い人の名前。

 先輩を好きだって自覚してから毎日部活に行くのが楽しかった。
 部活に行けば先輩に会えるし、声が聴ける。
 運良く1年でレギュラーの座を獲得した俺は自然に先輩と接する機会が多くなっていった。
 それ自体はとても嬉しかった。

 けど、俺は気がつきたくない事実に気がついてしまった。

 先輩が一番キレイな笑顔をする時には、視線の先や先輩の横にはいつも決まってあの人がいる。
 同じレギュラーの先輩――丸井ブン太。

 2人が一緒にいる所を見て一瞬不覚にも見とれてしまって。
 2人がいる空間だけ別世界みたいで、すごく…キレイで。

 そして先輩を見て思った。
 「ああ、先輩は丸井先輩のコトが好きなんだ」と。
 ただ、そう思った。

 その光景を見た時に。

 俺の初恋は終りを告げた――。




 関東大会に続き全国大会が終わり、3年の先輩達の夏は終わった。
 先輩達が正式に引退してからもう大分経つ。
 当たり前だけど、先輩に会う機会もあまりない。

 だから…何というか最近つまんねぇー。
 ダルイし…何もやる気が起きない。

 あーあ。
 先輩、今頃何してっかな。

 薄暗い教室の中、1人でぼーっとしてそんな事を思う。
 部活も休みなら休みで案外ヒマなモンなんだよなぁ…。

 …先輩…まだいる…かな?
 時刻は4時ちょっきり。
 もしかしたら…まだ帰ってないかもしんねぇじゃん?
 先輩にここ1ヶ月くらい会っていない。

 いたらいたでラッキー。
 せめて…顔くらい見たい。

 ガタッとハデな音をたてて教室を飛び出し、3年棟へ向かう。

 …不気味なくらいシンとしている3年棟…。
 もしかして俺…すでにムダ足決定かよ。

 それでも足は先輩の教室へと向かう。
 そしてそこにたどりつく。
 信じていない神とやらに祈ってその教室のドアをガラッと開けてみる。

 夕日が差し込む窓際の一番後ろの席に先輩は――居た。
 気持ちよさそうにお昼寝中だったけれど。
 それでも先輩がそこにいるのは夢でも何でもない。

 先輩の前の席で後ろ向きになって座り、先輩の寝顔をじっと見つめる。
 あーちくしょうっ! 相変わらずかわいいっつーの!
 でも…起こしたほうがいいのかな。
 もう4時過ぎだし、暗くなってきてるし。

 ふと、先輩の隣の席には見覚えがあるカバンが置いてあった。
 このカバンって確か…。

 ああ、なるほどね…そういうことですか。
 彼氏待ちってことですか。

 部活を引退した時とはどこか印象が違う気がした。
 ……ああ、そうか。
 髪の毛が…のびたんだ…。

 起こさないように長くなった髪の毛をさわってみた。
 とてもキレイな茶色い髪。
 指の間をサラッと流れていく髪…。
 先輩の白い肌によく似合う。

 ねぇ、先輩は…今幸せっスか…?
 俺、ずっとずっと祈ってるよ。
 アンタがいつも幸せであるように、ずっと祈ってる。
 男としては未練がましいと思うけれど先輩の為に俺がしてやれる唯一の事だから。

 丸井先輩から…アンタを奪おうとは一度も思ったことなんてない。
 アンタの幸せは丸井先輩なくしてありえない事だから。

 先輩の白くて細い首筋…。
 その首筋に口付けて小さく赤い跡を残す。
 先輩に触れるのはこれが最初で最後。

 丸井先輩に対して俺の精一杯の最後の抵抗でもある。
 …これくらいはいいっスよね?
 だってアンタは先輩のすべてを手に入れたんだからさ。
 キスマークの1つや2つくらい大目に見てくれなくっちゃ。

 先輩には「サヨナラ」の意味を込めて。
 顔を見て言えそうにはないから。

 さようなら、俺の初恋の人。

 そんな感傷に1人ふけっていたら、教室のドアがガラッと開いた。
 びくっとして振り返ってみると…。
 あらら、彼氏様のご登場ってわけですか。

「…何してんだよ…」
「いーえ、別に何もしてませんけど?」
 ………。
 全然信用してねぇな…。
 まぁ、全く何もしていなかったってワケじゃないし。
 キスマーク…見つかったら面倒なコトになりそうだな。
 面倒はゴメンだし、ずらかるか。

「じゃあ、そゆ事で! サヨウナラ」

 さっさと教室から出て3年棟を後にする。

 俺が先輩の近くにいただけであの様子じゃあ…。
 もしかして近々呼び出しくらうか…?

 「近々」なんてもんじゃなかった。
 さっそく翌日に呼び出しをくらった。
 …予想通りすぎるぜ、丸井先輩…。

「ちょーっとカオかしてくれるかな、赤也クン?」
「…カオ、ひきつってますけど?」
「うっせ。いいからカオかせっつってんだよ」
「…ハイハイ、解かりましたー」

 わざとかったるそうにそう答えると、キッとニラまれる。
 おーおーかなり怒っていますね。
 いいじゃんか、キスマークくらい。
 少し心せまいんじゃないっスかー先輩?

 つれてこられた所は屋上。
 …やべぇな…ボコられんのはさすがにカンベンしてほしいし。
 いざって時に人呼べないじゃん。

「さて。話の内容は解かってんな」
「まぁ…なんとなくですけど」
「お前…にちょっかいだしただろ?
 感心しねぇな…人のモンつまみ食いすんのは」

 …「つまみ食い」ときましたか。
 なかなかいい表現すんじゃん。

「そんなつまみ食いだなんて…ヤな言い方しないで下さいよ。
 ただ…」
「ただ…何だよ」
「味見しただけっスよ、味見。
 そんなに大事なら首輪でもしておいたらどうっスか?」

 丸井先輩を見てニッと笑ってみせる。
 別にこんな事言いたかないけど。
 でも悪いね。
 素直じゃないのは俺の性格なんっスよ先輩?

「で? 話はもう終わりっスか?
 だったらもう戻ってもいいスか? ここ寒いし」
「まていっ! まだ終わっちゃいねー!」
「…キスマークの1つや2つケチケチしなくてもいいじゃないっスか」
「…んなっ…!!」

 はぁーあ。
 わざとらしくでっかいため息を1つ。

「じゃあ何ですか?
 丸井先輩はあの人を守りきる自信がないとでも?」
「……そんな訳ないだろ。
 あいつは俺のモンなんだぜ。
 他の男なんかに守らせてやるもんかよ」

 …なんだ、そんな瞳もできるじゃないっスか。
 揺るぎも迷いもない言葉と瞳。
 もし俺の問いに「YES」と答えたらどうしようかと思ったけれど。
 それでこそ先輩が認めた男っスね。
 全く正直言ってうらやましい限りっスよ丸井先輩。

「それ聞いて安心しましたよ。
 まぁ先輩はモテるから頑張ってくださいね」
「…ちょ…赤也っ!」

 そんな先輩の呼びかけもムシして俺は屋上を後にする。
 不思議なくらい軽い心と足取り。
 でもマジで安心したよ、丸井先輩。
 今は素直にこう思えるんだ。

 「先輩が選んだ男が丸井先輩でよかった」ってね。

 ねぇ、先輩。
 良かったね、丸井先輩に会えて。
 アンタは必ず幸せになれるよ、絶対。
 断言できるよ。

 アンタをあんなに強く想ってくれる人がいるんだから。
 だからきっと大丈夫。
 この俺が認めたくらいの男なんだぜ。
 好きな女の1人くらい守れないヤツでどうするよ!

 「祈る」なんてガラじゃないけど。
 「願う」なんてバカらしいけど。

 でも、そうしたい。
 アンタの為に何かをせずにはいられなかった。

 毎日、毎日祈っています。
 そしていつでも願ってます。

 あなたが幸せであるようにと。
 その笑顔が消える日なんてこないようにと。

 俺はね、先輩。
 決して俺のモノにはならず、一途に丸井先輩を想うアンタがたまらなく好きだったんです。
 そんなアンタが一番キレイだったから。

 俺はアンタが幸せであることを祈るよ。
 いつも、いつまでも。

 そう、俺はずっと。

 俺のものではないあなたが好きでした――。





END.04.3.27





ドリームメニューへ
サイトトップへ