切原赤也。
彼は王者立海大附属中テニス部の2年生エース。
口が少し悪くて、ひねくれ者で、くせ者で、テニスの腕は天才的で。
彼は私を見つけると、犬みたいにチョコチョコついてくる。
そんな彼は。
可愛い年下の男の子。
年下のオトコノコ
地区大会が無事に終わり、県大会へ向けて気合いが入る。
私はといえば、マネージャーの仕事をせっせと今まで以上に頑張る。
そんな時。
「よ、ー」
と、ふいに名前を呼ばれて声のした方に顔を向けるとそこにはレギュラーの1人、仁王雅治がいつもの含み笑いをしながら立っていた。
「…仁王君。サボっていないでちゃんと練習しないとメニュー増やすよ?」
「ザンネンでした。今は俺コートの順番待ちなんだよ」
そういえば今、コートでは唯一の2年生レギュラーの赤也が真田君相手に粘ってる。
「んなーに熱い視線送ってんだよ」
キッと仁王君を睨みつける。
そんな私をニヤニヤと笑う。
「…うるさいよ」
一言そう返す。
中断していた仕事に再び取りかかる。
そうよ、私だってそれなりに忙しいんだからね。
レギュラー分のドリンクをせっせと作る私の横に仁王君は腰を落ち着けた。
「…で、最近どうよ」
「…何が?」
「赤也」
「? 赤也がどうかしたの?」
いつもながら仁王君の言っている事は要点を得ていないような気がして、何を言いたいのかよく解からない。
本音をあまり見せない人だから、何を考えているのかもイマイチ見えてこない。
コートを見てみるとたった今、真田君と赤也の試合が終わったらしい。
2人が握手しているのが見えた。
「だから解かりやすく言うと…」
「え? うん」
今一瞬仁王君のコト忘れてた。
やばい、やばい。
人の話はちゃんと聞かないとね。
「赤也のコトどう思ってんのか聞いてんの」
「…どうって…」
うーん、どうなんだろう…。
確かにレギュラーでいるだけ他の後輩より仲は良いとは思うけど…。
恋愛対象としては…見ていないような気がするなあ。
試合が終わった赤也が私の方へ笑顔で向かってくる。
その笑顔を見て、ふと思う。
そう、強いて言うのなら…
「弟みたいだなって」
「…マジで…?」
「うん、何で?
可愛い弟みたいな感じだけど…何かヘン?」
「…いや、別に…」
何かおかしいコト言ったかなぁ…。
どう見ても、仁王君、お腹をかかえて笑いをこらえているようにしか見えないんだけど。
「…仁王先輩…楽しそうなところ悪いんスけど。
コート、空きましたけど」
いつの間にか私達2人の目の前に赤也が立っていて、不機嫌そうに仁王君にそう告げる。
「あ? ああ、解かった」
まだ笑いはおさまらないらしく、顔は笑ったまま立ち上がった。
赤也の肩をポン、と叩き
「はい、残念でした。赤也クン」
と言いながらコートへ向かっていく。
その言葉に不機嫌そうな顔をさらにムスッとさせる赤也。
「はい赤也。
タオルとドリンクね」
「…どもっス」
先程まで仁王君が座っていた場所に赤也は腰を落ち着けた。
ムスッとしたままドリンクを飲みながらタオルで汗を拭く。
赤也、何をそんな不機嫌になっているんだろう。
さっきの試合で、真田君に負けちゃったみたいだし…。
それがよっぽど悔しかったのかな。
「…ねぇ、先輩。
さっきの話…本当なんスか?」
「さっきのって?」
「俺が…先輩にとって…その…弟みたいだって」
「聞こえてたの?」
私のその言葉を肯定と受け取ったらしく、しょぼんと顔を下に向けた。
私には弟とか妹がいないし、赤也は私に懐いてくれてるからこんな落ち込んだ顔や態度がつい可愛く見えちゃうんだよね。
でっも、赤也がこんなに落ち込むなんてめずらしいかも…。
何ていうか…泣きそうな感じになってる。
「…ごめんね?」
静かにそう言って小さく笑いながら、赤也の天パの頭に手を置いて2、3回優しく撫でる。
赤也は小さい子供みたいにぷうっと頬を膨らませる。
赤也は多分無意識で見せるこんな仕草が可愛いと思うわけで…。
なんで赤也は弟だと不満なんだろう…?
「…俺、もっと頑張ってかっこいい男になります!」
私を見つめて誓いのように必死に赤也はそう言った。
「うん、頑張れ」
必死なところがまた可愛いと思い、私は笑顔で答えた。
でもなぜか赤也はそれが不満だったらしく。
「…も、いいっス…」
「赤也?」
私の横から立ち上がり、その場を去っていった。
…頑張れって言ったのに、一体何が不満なのか…。
仁王君も、赤也も一体何を私に言いたかったのか解からずその日の部活は終了した。
* * * * *
。
彼女は王者立海大附属中テニス部のマネージャー。
外見はもちろん可愛くて、少しニブくて、でも優しく笑ってくれて。
彼女は一目見た時からの俺のお気に入り。
そんな彼女は。
1つ年上の俺の想い人。
今日は県大会に向けてのレギュラーの練習試合だ。
けど運悪く俺の相手は真田副部長なんだよね…ついてねー…。
まぁ、今さら文句言っても仕方ねーか。
軽く身体をほぐしラケットを手に取り俺はコートへと足を運ぶ。
「ゲーム真田!5−2」
審判の声がコートに響く。
…ちっ…粘ってんだけど、さすがは副部長ってか。
あと1ゲームで終わりかよ。
…ん?
視線を感じてチラッと目線を後ろにやると、先輩と仁王先輩が俺のことを見てた。
仁王先輩は別にいいとして…
先輩が俺を見てるんなら、さらに粘っていいとこ見せなきゃな。
…と思ったのもつかの間だった。
試合結果は一応6−3なんだけど……。
もう少し粘れると思ったんだけどなぁ…ちぇっ…。
副部長と握手をして、笑顔で先輩のところへ向かう。
仁王先輩は俺をチラ、と見てニヤッと笑う。
…何かヤな感じだぜ。
先輩は俺を見て、ニコッと笑った。
そして気になる仁王先輩と先輩の会話がかすかに俺の耳に届いた。
「弟みたいだなって」
「…マジで…?」
「うん、何で?
可愛い弟みたいな感じだけど…何かヘン?」
「…いや、別に…」
仁王先輩は腹をかかえてクックッと笑い出した。
…「弟」…?
つまり、俺は先輩にとって恋愛対象外って事…?
何でだよ…。
年下だから…?
そんなの…どうしても納得なんてできねぇよ…。
しかも、仁王先輩のあの笑みといい、今の笑い方といい、俺に聞こえるようにワザと言いやがったな…。
ム、ムカツクーっ!
人をからかうのを生きがいにすんなよな…。
くっそー…あんなに楽しそうに笑いやがって。
そんな仁王先輩に、不機嫌な気持ちを少しも隠そうとせずコートが空いたということを告げた。
笑ったまま適当に返事をしながら立ち上がった先輩は俺の肩を叩いてこう言った。
「はい、残念でした。赤也クン」
…うわ、すっげムカツク!!
やっぱワザとああいった会話しやがったんだなー!
そんな言葉に不機嫌な気持ちがさらに大きくなった。
先輩が渡してくれたタオルとドリンクを受け取り、先輩の横にちょこんと座る。
冷たいドリンクが渇いてた喉を潤す。
それでも不機嫌な気持ちは直らない…。
あー…ムカムカするったらないね。
俺は先輩のこと姉貴とか思ったことは一度もないってのに。
勇気を出して、さっきの話はマジ話かどうかを先輩に聞いて確認したところ「聞こえてたの?」と言って否定はしなかった。
…はーあ。
俺、けっこうアプローチしてきたつもりだったんだけどな。
全く伝わってなかったってわけ…。
不機嫌を通り越して落ち込んでくる。
俺はガックリと肩を落とした。
俺のそんな様子に気づいたのか先輩は「ごめんね?」と俺の頭を撫でた。
…完っ全に子供扱い。
1つしか年が違わないんスよ、先輩解かってます?
年下でも…俺は男なんですよ?
「…俺、もっと頑張ってかっこいい男になります!」
先輩の、ために。
男として、見てもらうために。
そういった意味を込めて、先輩を見つめて言った言葉。
なのに。
「うん、頑張れ」
…全く、伝わってない。
「…も、いいっス…」
「赤也?」
俺の名前を呼ぶ先輩の声にも振り返らず、俺はその場から離れた。
ダメだ。
こんなんじゃ一生気づいてもらえない。
どうすれば…どうすればいいんだよっ…!
焦りばかりが先走る。
不安が胸をかき立てる。
多分、ハッキリ言わなきゃ解かってもらえない。
曖昧なアプローチなんかじゃ気づいてくれない。
本気でいかなきゃ。
俺が欲しいのは…アンタなんですよ先輩。
俺はテニス部員で。
先輩はマネージャーで。
…本気の俺を見てもらうには、テニスが一番てっとり早かった。
「…え? いない?」
「そうなの。昼食を食べたらすぐどっかに行っちゃって…」
「そっスか。すんません」
次の日の昼休み、先輩を探しに3年の教室に来たはいいけどすでに先輩の姿はなかった。
…どこに行ったんだろ…?
話したいことがあるのにさ。
「なら、裏庭に行ったぜ」
後ろからの声に振り返ってみれば…そこには。
…ゲッ、仁王先輩…。
「…ロコツに嫌そーな顔しなさんなって」
ニヤニヤしながら俺に近寄ってくる。
嫌な顔の1つもしたくなるってもんだぜ。
ぜってー俺の気持ちを知っていながら俺をからかって楽しんでる。
あの脳天気な丸井先輩でさえ警戒しているくらい、この人と一緒にいるとあまりロクなことがないような気がしてならない。
何を考えているのか解からない人のクセに、こっちは何でも見抜かれているような…。
…ヤな感じだぜ…。
「…どもっス…」
一言、礼を言ってその場をそそくさと後にする。
俺は愛しい先輩がいるという裏庭へ向かった。
「話したいこと」
それはほとんど告白に近い。
でも今「好きです」なんて言ったってOKがもらえるとは思えない。
だからせめて。
きっかけくらいは作りたいんだ。
「男」として…先輩に気にしてもらうきっかけを…。
確かに年下でまだ頼りないかもしれないけど。
でも、笑いとばさないで真剣に聞いて下さい。
俺は先輩が思ってるほど、ガキじゃない。
(先輩は…と)
裏庭に着いて愛しい人の姿を探す。
………。
(あ、先輩見っけv)
仁王先輩もたまにはいいこと言うじゃん。
ハッキリ言ってかなり半信半疑だったんだよね。
先輩はちょうど木陰になってる木の下にちょこんと座って一生懸命ノートに何かを書き込んでる。
「先輩っ!」
「えっ。…赤也かぁ〜…びっくりした…」
俺の呼びかけに一瞬びっくりしながらもすぐ安堵の色を見せた。
どうやら作業に夢中になっていて俺が近づいたことに気がついてなかったっぽい。
「どうしたの? 何か用?」
ニコッと笑いながら、優しくそう聞いてきた。
ただそれだけでドキッと心臓の音が1つ大きくなる。
…あ〜可愛いなぁ…。
…ハッ。
見とれてる場合じゃないだろう、俺!
「先輩に…その…話があってですね…」
「うん」
…う…。
いざ話そうとすると緊張するぜ…。
でもここで言わなきゃ何も始まらない。
一生「弟」のままで終わらせてたまるかってんだ!
言えっ!
言うんだ切原赤也!!
「…あのっ…!!」
「はい?」
「……〜〜っ先輩はここで何してたんスかっ!?」
「え? 私?」
……違うだろ、自分…。
そんなこと聞いてどうすんだよ。
本題と360度話が違うじゃんかよ…。
心の中で自分に説教…。
自分の勇気のなさに自問自答を繰り返し、少しヘコむ。
「私は県大会に向けてのメニューの確認をね。
…ちなみに赤也は走り込み強化ね」
「…う…」
言いたいことも言えなくて少しヘコんでいる上にこの仕打ち…。
…今日は厄日か…?
「…俺、走るのイヤっス…」
先輩の隣りに座りながら、そう呟く。
「だめ!
負けるのイヤでしょ?
だったら頑張って走りなさい。ね?」
そう言って俺の頭を撫でる。
…先輩にこうされるのはキライじゃないし、イヤなワケでもない。
少なくとも嫌われてはいないって思うから。
「さて、と。
そろそろ予鈴が鳴っちゃうね。
戻ろっか」
ノートを静かにパタンと閉じてスッと立ち上がった時。
足下の小さいくぼみにつまずき、俺の方へ倒れかかってきた。
「…うわっ…」
「…っ先輩っ!!」
俺はとっさに立ち上がり、倒れ込んでくる先輩を抱きしめる形でしっかりと支えた。
…うわ…細っそ…
見た目より華奢で、色素の薄い茶色い髪が俺の顔をくすぐる。
先輩そのもののような甘くて優しい香りがする。
ただそれだけのことで理性が飛びそうになるのをぐっとこらえる。
「…っご、ごめんなさいっ…」
先輩が明らかに動揺して俺から身体を離す。
「いえ。…大丈夫っスか…?」
「う、うん…。ありがとう…」
動揺を隠しきれない先輩の顔は、少し赤い。
そんな普段見せない先輩の表情に、俺は一度はおさえたはずの理性を保つことができなかった。
…ここで俺は人生最大の過ちをおかした。
けっしてこんな形で「きっかけ」を作りたかったわけじゃない。
一度は離れた先輩の身体を引き寄せる。
片方の手は腰に。
もう片方は先輩の頬に。
そしてすばやく…唇を重ねた。
最初は触れるだけで唇を離した。
一度触れただけで愛しさが止まらなくなって。
角度を変えてもう一度口付けた。
深く。
深く、深く口付ける。
一瞬、困惑した先輩が見てとれたけど。
キスはやめなかった。
「…ふ…」
舌を入れた時に先輩の甘い吐息がもれる。
たかが唇、されど唇…ってか。
キスがこんなにも気持ちいいものだなんて初めて知った。
予鈴が遠くで鳴ってると気がついたその時に。
バシッ。
「…ってぇ…」
平手を放った本人は、赤い顔をして涙を1つこぼした。
涙をぬぐうこともなく、俺から身体をムリヤリはがして走ってその場を去っていった。
…なんで…こうなっちまうんだよ。
泣かしたかったわけじゃないのに。
傷つけたかったわけじゃないのに。
自分を認めてもらいたいと思うのはそんなにぜいたくな願いなのかよ…。
ただ、俺のものになって隣りで笑ってくれれば…それだけで良かったんだ…。
「……っ」
自分のバカさ加減に、届かない想いに悔しくて、後悔して涙が出た。
「…くっ…」
殴られた頬の痛みと流れる涙だけがやけにリアルで…現実から逃げたくなった…。
* * * * *
何が起こったの…?
どうして私は泣いてるの…?
どうしてこんなに心臓がうるさいの…?
考えても今はとても答えが出せそうにない。
――と、思ったけれど。
一週間が過ぎた今も答えが出ない。
そう、「あの事」があってからすでに一週間が経過していた。
私と赤也はというと…。
やっぱり今まで通りとはいかないらしく、2人ともどこかよそよそしい感じが続いていた。
でも、ずっとこのままっていうわけにもいかないだろうし。
人生14年と半年。
今までこんな壁にぶち当たったことがない。
「…はぁ…」
答えが出ない問題に自然とため息も多くなる。
私は一体…どうしたいんだろう…?
窓から心地良い風が入ってくるとともに、赤也の声が聴こえた気がして外に目をやると友達と笑ってる赤也がいた。
どうやら体育の授業らしい。
ちなみに私は午後の授業は自習となった。
赤也…笑ってはいるけれどどこか元気がない気がした。
ここからじゃよく見えないけれど、顔色があまり良くないように見える。
…大丈夫かな…。
そんな事を思いながらも、胸がときめいてくるのを止められない。
心臓がドキドキとうるさくなる。
…赤也を見ると、ときめいてしまう自分がいる。
そして思い出す。
あの日の出来事を。
掴まれた腕の力強さ。
抱きしめられた時の胸のたくましさ。
その時に気がついた大きな肩。
引き寄せられてキスされた時の強引さ。
あの時の全ての赤也は私の知らない赤也だった。
一年前とは…違うんだ。
去年の今頃は…身長も体つきも私とさほど変わりなかったのに…。
…そっか…、そうなんだ…。
年下でも、それでも赤也は…。
「男の子」だったんだ…。
今までの赤也の行動やキスした理由。
赤也はあんなにも一途に一生懸命に私を想っていた。
そんな赤也の事を私は「弟」というたった一言で片づけてしまったなんて、私は彼に対してなんて残酷なことを言ってしまったのだろう。
そんな一言で泣きそうになるほど落ち込んだ赤也の顔を思い出す。
赤也を見ると、ときめきがあって…
落ち込んだ顔を見ると、胸が痛くなって…
それなのに、どうしたらいいのか何も解からないなんて…。
ねぇ、赤也…。
私、一体どうしたらいい…?
どうしたら…前のように笑ってくれる…?
「…ごめん…ね…」
傷つけて。
落ち込ませて。
笑顔を奪ってしまって。
外にいる赤也を見て一言そう呟いた時。
「何がごめんなんだ?」
「……仁王君…」
「最近、元気ないねお前」
「…別にそんな事…」
…ん?
仁王君といえば前に「赤也のコトどう思ってる?」みたいなこと聞いてきて…。
それで確か赤也に「ザンネンでした」とか言ってたよね…?
………。
もしかしなくても、まさかこの人…。
赤也の気持ちを知った上でワザとあの会話が赤也に聞こえるように仕組んだ…?
…いや、まさかいくら仁王君でもそんな…ことしない…とは言えないのが…怖いなぁ…。
人をからかうのを生きがいにしてるこの人のコトだ…あやしすぎる…!
「…ねぇ、仁王君。
仁王君って…人からかうの…好き…?」
「大好きだね」
…即答。
え?
じゃあ何?
私と赤也は仁王君のヒマつぶしのタネにされたってこと…?
そんな…そんなコトのために…!!
アンタのヒマつぶしのせいで、私と赤也がどんな目にあったのか解かってんの、コイツ…!
じゃあ、仁王君がこんな事態を作った張本人じゃないの!?
ふっ…ふざけんなーっ!!
「……ッ!」
キッときつく仁王君をニラむ。
「何だよ…どうしたよ?」
どうしただって…!?
こんの…っ、いけしゃあしゃあと…!
「仁王君のバカ」
「何!?」
「何でもないですよーだ」
…落ち着け私!
今、気にすべき問題はこんなことじゃあない。
そうだよ、こんなこと気にしてなんかいられない。
…何か気になる。
赤也のさえない顔色…。
…嫌な予感がする…。
そしてその「予感」はその日の部活で起きた。
どうしても気になって勇気を出して赤也に話しかけた。
「赤也。
調子…悪いんじゃない?
何か…顔色もあまり良くないし無理しない方が…」
「だっ、大丈夫っス!
心配してくれてどうもっス」
私が全部を言う前に赤也にさえぎられた。
赤也はひきつったぎこちない笑顔を浮かべた、まさにその時。
いきなり赤也が体重をかけて私の肩に顔をうずめてきた。
その場にいたテニス部のほとんどが私達2人に視線をざっと向けた。
「ちょ…っと赤也っ!
赤也ってば…離れて!」
そう言っても全く反応しない…。
というか…何か様子がおかしい…。
「…赤也…?
ちょっと…大丈夫…?」
「…ヤバ…」
「え?」
その瞬間、赤也は全体重を私に預けた。
「ちょっ…とっ…。
赤也…? 赤也ってば!! 赤也!?」
…やだ…。
気、失ってるじゃない!
こんなにグッタリして、顔なんて真っ青じゃない。
…全然…大丈夫なんかじゃないくせに…。
「どうした?」
一番近くにいた柳君が何事かと駆け寄ってきた。
「…柳君…。
ど、どうしよう…今、急に赤也が…どうしよう…」
「落ち着け。
とりあえず、保健室に運ぼう」
「う、うん」
グッタリとした赤也を柳君が抱えて、私達は保健室へと向かった。
「ストレスと寝不足、それと貧血も起こしてるわね。
今日は帰らせてゆっくり休ませる事。
じゃ、先生は会議があるから、後はよろしくね」
「ありがとうございましたー…」
保健の先生が教室を出て、遠ざかる足音を聞きながら柳君が独り言のように呟く。
「…ストレスと寝不足…さらに貧血までとは…
最近、様子が変だとは思ってはいたが」
「………」
すみません…。
多分、私のせいです…。
私が…倒れてしまうほど赤也を追い詰めたんだ。
あの日、赤也が初めて形にした私への想い。
私はそれを力一杯拒絶した。
してはいけない事を…やってしまったんだ。
…ホントに…ごめんね…。
青い顔をして眠る赤也を見て心の中でそう呟くことしかできない無力な自分。
柳君がいきなり私の頭にポンと手を置く。
「…何?」
「…いや。
俺はそろそろ部に戻る。
赤也のことはお前に任せても大丈夫だな?」
「…え?
いや、それはちょっと…」
「何があったかは聞かないが…赤也のことをあまり子供扱いはするなよ?
じゃあな」
人の話…ちゃんと聞いて下さい…。
言いたいことだけ言って去って行かないで下さい…。
そんな事を思っていても口にする事はできず、黙って頷いた。
………。
こうして眠っている顔だけ見てると本当に子供みたい。
テニスをしてる時の赤也と今眠っている赤也のギャップがすごくて思わず笑いがこぼれる。
何気なく赤也の頬にすっと手を伸ばす。
…少し痩せた様に思うのは、私の気のせいかな…。
外から心地いい風がふわっと入ってきたその時。
赤也がうっすらと目を開いた。
私は反射的に頬にふれていた手をひっこめた。
「…先輩…?」
まだ完全に頭がハッキリしていないらしいけど、私の姿をとらえてそう呟いた。
「大丈夫?」
「…え…っと…俺…?」
「覚えてないの?
赤也倒れたのよ。
で、ここは保健室」
「…あっ!
そ、そっか…俺…すんません…っ」
どうやら思い出したらしく、起き上がった赤也の顔がにぶって頭をおさえた。
「急に起き上がっちゃダメだってば。
貧血起こしてる上に、ストレスと寝不足とのことよ。
今日は部活も休んで、帰ってゆっくり休みなさいって先生が」
「え?
…でも…」
「でもじゃないの!
柳君から了解もらってるから、ハイお水」
「…どもっス…」
「………」
「………」
きっ…気まずい…っ!
何を話せばいいんだか全く解からない…っ!
私って案外沈黙とかに耐えられないタイプなのよぅ…。
ああっ、柳君カムバーック!!
だ、だめだ…耐えられない…。
「えっと…赤也?
一人で…帰れるよね。
私そろそろ部活の方に戻らないといけないし…じゃあね…」
そう言って保健室を出ようとドアに手をかけた時。
「待って!! 先輩っ!!」
「な…何?」
赤也の思いがけない大声に驚いて思わず赤也の方を振り返る。
赤也は下を向いていて表情が見てとれなかった。
「俺…っ!
先輩の事好きです! 大好きです!!」
「…へ?」
突然の告白にキョトンとする私。
いや、告白されておきながらキョトンとする私も私だけどこんなシチュエーションで告白されたのなんてなんせ初めてなもんで…。
「…あっ、いえ…その…違う!!
いや、違わないんだけど!
…来週、県大会っスよね…」
「え? あ…うん、そうだね…?」
…何だろう…?
赤也は一体何を伝えたいんだろう…?
「来週の県大会…勝ったら…俺と付き合って下さい」
「…赤也?」
「…って言おうとしたんですよ。
一週間前の…あのキスをしたあの日に」
顔は見えなかったけど…しゃべり方で笑っているのが解かった。
けど…淋しそうな感じが伝わってきて…。
「俺、このままじゃ「男」として見てもらえないって思ったから…先輩に本気の俺を見て好きになってもらいたいって思ったから…そうしてもらうには俺にはテニスしかなかったから…。
でも…こんなままの状態続けるくらいなら…「弟」に戻った方がマシっスかね…」
「…イヤよ、私」
「先輩?」
「あんなコトされて赤也の事「弟」だなんて思えないから。
だから、前みたいな状況に戻るなんて不可能に近いわね!」
キッパリと言い放つ。
「…やっぱり…もうダメっスか…?
もう…戻れないんスかね…?」
そんな声、出さないで。
私の話を聞いて。
私の…あなたに対する気持ちを聞いて。
「それで?
あきらめるの?」
「…え?」
「県大会に勝ったら…ってやつ。
私はね…」
赤也に歩み寄って…そっと赤也を抱きしめた。
赤也の「先輩っ!?」なんて慌てた声も聞こえたけれど気にしない。
小さいけれど確かに聞こえるように。
「…あきらめないで。
赤也の…私に対する気持ちを…あきらめないで…」
ああ…涙が出そう…。
涙が出るくらい…今抱きしめてる存在が大切で…愛しくて…可愛くて…たまらない。
私は今、赤也に対する自分の感情を何と呼ぶのか…答えを出した。
「だから…勝って。
県大会…必ず勝って。
そしてその時…もう一度ちゃんと告白して」
泣きそうになるのをぐっとこらえて抱きしめてる腕に少し力を込めて。
それまで黙ってた赤也がポツリと言う。
「それは…俺、期待して…いいんスか…?」
「さぁ…。
それは県大会に勝ってからのお楽しみかな」
「…ちぇっ。
んー…でもいいや。
県大会に勝てばいいんスよね? ――へへッ」
「赤也?
……っ」
やだ…。
なんて顔で笑うのよ…。
腰に抱きついてきた時にふっと見えた赤也の顔。
今までで一番…幸せそうな顔。
可愛いなぁ、なんて思いながらも確かなときめきを胸に感じながら、ホッと安心する。
…良かった…。
…笑って…くれて。
「ふふっ…」
「…先輩?
どしたんスか…?」
「何でもないよ。
ただ…笑ってくれて良かったなって思って。
もう…笑ってくれなかったら…どうしようって…。
私、赤也の笑った顔…好きなのに」
「…ホント…?」
抱きしめていた腕をほどいて。
赤也と正面で向き合って。
「ホント」
笑って、そう答えた。
そしたら今度は私が赤也に抱きしめられる形になった。
「俺は、先輩の笑った顔も、泣いた顔も、怒ってる顔も全部好きっス!」
「…どうも…」
抱きしめられたまま、小さくお礼を言った。
…時が止まればいいってこんな時に思うものなのかなぁ。
なんだか…とても心地良くて今はまだ離れたくないな。
そんな事を思っていても現実は変わらない。
「あーーーっ!!
部活っ…忘れてた!!」
私の大声にびっくりした赤也と、いきなり現実を思い出した私達は反射的に2人共身体を離した。
腕時計を見てみると部活が始まってからすでに1時間は経過していた。
やばいっ、やばいっ!!
遅れすぎると色々うるさそうだし…(仁王君とかそこら辺の人々)
「部活って…だって先輩さっき今日は帰ってもいいって」
「それは赤也だけ!
私は何でもないんだから部活に戻らなきゃ。
赤也…1人でも帰れるでしょ?」
「えー…。
先輩…マジで行っちゃうんスか?」
そう言って天パの頭を垂れさせる赤也。
唇を少しとんがらせて捨てられた小犬みたいな顔をする。
無意識って…怖いものだ。
どうも…私は赤也のこんな顔に弱いような気がするんだよね。
私…捨て犬とかって放っておけないタイプだし。
どうしよう…。
本当にそろそろ行かなきゃヤバイ。
「赤也、あんまりそういうワガママは言わないで」
赤也の両肩に手を置いて。
ぶーたれた赤也の頬にチュ、とキスをした。
「これで許して?」
赤也の顔をのぞき込んでにこっと笑ってみせた。
顔を赤くしながらも小さく頷いたのを見て「よしよし」と頭を撫でた。
「じゃあ私行くからね。
ちゃんと帰ってゆっくり休むんだよ」
「…っス」
保健室を後にして少し急ぎ足でコートへと向かう。
それにしても…赤也ってば一週間前にはあんなキスしてきたくせに、ホッペにキスされたくらいであんなに照れるなんて…。
ふふ、ホントにヘンな子…。
一人小さく笑いながら、コートへ向かう足取りと気持ちは軽かった。
そして県大会当日、立海はあっさりと優勝した。
3試合で1時間もかからないなんて、さすが王者立海大附属。
県大会なんて、単なる通過点ってわけか。
まぁ、幸村君の為にもこんなところで負けるわけにはいかないものね。
試合に勝った赤也は満面の笑みで私のところへ駆け寄ってくる。
その笑顔を見て思わず笑みがこぼれる。
まぶしくて目を細めてしまうような…私の大好きな赤也のそれ。
私に向けられているんだと思うと、嬉しくてどこかくすぐったさを覚える。
ねぇ、好きだよ赤也。
今の試合だって思わず見とれちゃうくらいかっこ良かったよ。
そんな事言ったら赤也、どんな顔するんだろう。
県大会は確かに私達立海にとっては単なる通過点の1つでしかない。
けれど私と赤也にとっては大事な始まりの日。
落ち込んでみたり、スネて頬をふくらませてみたり。
胸が高鳴るような笑顔を見せたり。
テニスは誰もが目を離せないくらい鮮やかで。
彼は私の好きな人で。
そんな彼は。
可愛い年下の男の子。
END 04.3.5
ドリームメニューへ
サイトトップへ