私にとって生きる為に必要な欲求というのは、邪魔なものでしかない。
集中力が一瞬でも途切れると急激に襲ってくる食欲、睡眠欲。
生理的な欲求も、身体を洗うという行為でさえも、生きる為には必要なんだろうが、本当はすごく邪魔だ。
仕事が一分一秒を争う時だってある。
それでもその欲求を捨てられないのは、私がどこまでも人間で動物だからなんだろう。
仕事中、あなたが私の前を横切るだけで。
お茶を差し出された時視界の端に映るあなたの手を見るだけで。
その腕を掴んで抱き締めてしまいたくなるのも。
また、欲求。
「…L?」
私の腕の中で、あなたが不思議そうに私を呼ぶ。
細くそれでいて柔らかな身体はこれ以上の力を加えればすぐに折れてしまいそうで。
けれどそのままあなたの身体をきつく抱いて、包み込んでしまえば。
あなたを私の中に取り込んで、一つになれるのではないか、とも思う。
これも生きる為に必要な本能的な欲求なのか。
一人では生きてゆけず狂ってしまう、人間としての。
「ふふ…Lは時々甘えたがりになるのね」
あなたは笑って私に体重を預け、背に腕を回した。
甘えたがり、なんだろうか。私は。
あなたに触れたい、抱き締め(られ)たいというのは、甘えなんだろうか。
…よく考えるとそうかもしれない。
解かるのは、それが恥ではないという事で。
「…私が甘えたいと思うのは、あなたにだけですよ」
「ええ、解かってる。私はそれが嬉しい」
「……」
あなたを愛しいと思うこの欲求の、何と愛しい事か。
邪魔だと思う欲求。
それがあなたといる時だけは、この気持ち同様いとおしくなる。
何の苦もなく受け入れられる。
あなたの存在が、私は人間なんだと思い出させてくれるんだ。
「…お腹が、空きました」
私がそう言うと、グゥ、とタイミング良く鳴り出した空っぽの胃。
あなたは微かに肩を揺らせて笑い、顔を上げた。
「何か作るわ」
「お願いします。
…あ、その前に」
「ん?」
微笑んだまま首を小さく傾げたあなたと反対に首を傾け、唇を重ねる。
あなたの甘い香りが私の鼻孔をくすぐり、甘い味が僅かに触れた口内の粘膜を伝って舌に広がった。
これで待っている間は飢えを凌げるだろうか。
…いや、余計に空腹になった気も。
さて。
今、このままあなたを食べてしまいたいと思うのは果たして、
食欲か、性欲か。
そのしがらみすらも、いとおしく。