「…ん…」


 あ、舌入ってきた。


「っ…は…」


 息くるしい。

 …ていうか、すごい熱烈。





  キス





「ハ……じ、ろー…」


 何とか呼びかけると、ようやく唇が解放された。
 ふあっ、呼吸困難。
 首も痛い。

 ――今私と慈郎は、他には誰もいない屋上でふたりきりだ。
 ここ、普段は鍵がしてあるんだけど、跡部が生徒会長だからこっそり鍵を手に入れられて、昼休みなんかにはテニス部のレギュラー皆でのびのびお弁当を食べることが出来ている。
 ただ今日は他の皆が来なくて、たまたま慈郎とふたりきりになった。
 別に今さら気を遣う間柄でもないので、口うるさい跡部がいない分、のびのび度はアップだ。こんな日もあるさ。
 軽くフェンスにもたれ、危険にも箸を咥えたまま眠ったりする慈郎を起こしながらお弁当を食べ終えて、さあ食後のお菓子(別腹)にしようと慈郎の好きなムースポッキーを取り出した時だった。
 向かいに座っていた慈郎が、急に起き上がって私の顔の横のフェンスに両手を引っかけて、かしゃんと乾いた音が鳴った。
 私はビックリして目を丸くし、ポッキーの箱を取り落とした。
 私を囲む目の前の慈郎は眠そうな顔をしていたけれど、この後の展開くらい私にだって読めた。
 でも特に抵抗もせず、慈郎の顔きれいだなーとかボーッと見とれていたら、どんどん顔が近づいて、キスされて。
 触れるだけのかと思っていたら、だんだん深まって、熱くて。
 無意識に逃れようとしたのか腰が引けて、ずるずると身体が下がっていった。それでも慈郎は片手で私の顔を支えて、唇を追いかけてきた。しつこいくらいのキスだ。
 やがて舌が侵入してきて私のと絡めて、そろそろ呼吸がヤバくなってきたので中断してもらい、今に至るのだけれど――


「はぁ…慈郎、急にどしたの…?」


 不自然な角度になっていた首を押さえ、左右にコキコキひねりながら私は訊ねる。
 元の位置に座り直した慈郎は未だにどこか眠たそうな顔で、ぽつりと言った。


「おいしそうだなあと思って」
「へ? …何が?」
のくちびるが」


 …はい、食い物じゃないです。
 別にグロスも何も塗ってないし、何の変哲もないフツーの唇ですよ?
 何でこの人、こんなこっぱずかしいことをあっさり言うのかしら…
 顔が赤くなってしまうのは致し方なくて、両手で頬を押さえた。


「で、でも、ご飯食べた直後に…ディープなのはちょっと…」
「じゃあ舌入れなきゃもっとしてもいいの?」
「!!」


 そういうことになっちゃうのか!?
 ああだってだって、嫌じゃないもの。
 じっと見つめてくる慈郎の無垢な瞳に気圧されて、私は思わずコクリと頷いていた。

 慈郎は嬉しそうに微笑むと、私の両手を取って、再び唇を重ねてきた。今度は啄むような、小鳥みたいな可愛いキス。
 うう…こういうキスの方が、実はすごく恥ずかしい…
 激しいキスだと頭が真っ白になって何も考えられなくなるけど、軽いキスだとふとした瞬間に我に返ってしまうのだ。そうすると、いやに緊張していたたまれなくなる。

 やがて慈郎が僅かばかり顔を離すと、至近距離でニコニコ笑って小首を傾げた。


「俺、とキスすんの好き」
「…キスが好きなの?」
「『と』キスするのが好きなの」


 負け惜しみのような私の切り返しも気にせず、慈郎はまたもや恥ずかしいセリフを吐いた。
 キュン死にしそうよ私。


「だって、キスした後とかすっげーかわEーし」
「は…ぇ…?」
「今も真っ赤でかわEー」


 慌てて慈郎の手の中から自分の手を抜き、俯いて頬を隠した。
 …いつまで経っても慣れないわ。
 キスも、ナチュラル殺し文句も。

 はぅ…と小さく溜め息をついていると、突然肩を掴まれ、そのまま押されて体重が後ろにかかり、ぐらりと身体が揺れて、私はいつの間にか空を見上げていた。
 あぶ、危ない。さっきよりフェンスから少し離れてたから、咄嗟に後ろに手をついてなかったらモロ頭ぶつけてたよ。
 呆然としている隙に唇を塞がれ、慈郎は片手で頭の後ろを支えるともう片手で今度は横に押して、私はとうとう地面に寝転ぶ形になってしまった。アスファルトが微妙に熱を持っていて、暖かいけど逆にぞわっともする。
 慈郎の真意がわかるようなわかりたくないような気分でいると、慈郎は私の首筋に顔を埋めて、強く吸いついてきた。


「ひゃ…っ」


 微かに痛くてくすぐったくて、私は首を竦めた。小さな抵抗として慈郎の肩を押し返そうとしても、さすが男といった感じで、びくともしない。
 あー跡ついちゃったなぁとか、まるで子供のイタズラみたいに考えていたら、それどころじゃない事態になってきたことに気づいた。
 するっ、と。ごく自然に太腿を撫で上げながら、スカートの中に慈郎の手が入ってきたのだ。
 これはイカン。これはマズい。


「慈郎ストップ!」
「やだ」


 抗議の叫びが空しく一蹴された。
 だからってこのままでいるわけにはいかない。


「やめれっちゅうの!」


 力の限り慈郎の肩をぐいっと押し、身体を離させた。四つん這いで私を見下ろす慈郎は、傷ついたような、怒ったような、恨めしそうな顔をしていた。


「…、おあずけ多い…」
「ここはどこですかっ!」
「? …屋上?」
「どこの!」
「学校?」
「そう、学校。こんな場所じゃなかったら、おあずけだってそんなにしないよ!」


 慈郎は学校だろうがどこだろうが、自分の本能に忠実に生きている。でもそれは、誰しもが同じとは限らないのだ。私にはそれなりに羞恥心もあるし、ましてや、あ…青姦なんて…!
 普通にどちらかの部屋とかなら、むやみやたらに抵抗なんてしないのに…とか口の中でもごもご呟く。


「――とにかく、絶対ダメっ」


 ツンと顔を背けて切り捨てると、慈郎は私の顔の横に肘をついて、悲しそうな表情で覗き込んできた。
 あわわ、顔近い顔近い。


「……怒った…?」
「お、怒ってはないよ…場所が嫌なだけ」


 違うだろ。
 私は本当なら怒ってもいい立場のはずなのに、何で怒れないかなぁ…
 …まあ、ちゃんと怒ったからといって、慈郎がしっかり反省するかどうか怪しいものだけど。それに、こんな顔されちゃあね…
 私は顔を横向けて目を逸らし、ぽりぽりと頭を掻く。


「…とりあえず、座らせてもらえないかな」
「やだ」


 その返答に私は固まって、見開いた目だけを慈郎の方に向けた。
 や、「やだ」って…じゃあこれ以上何がしたいの? だだっ子ですか君は。


「…さっきうなずいたじゃん。キスならしてもいいって」
「あー…あぁ…うん」
「だから、する」


 次の瞬間には、私の口は何も声を発することが出来なくなっていた。

 キス、キス、キス。
 角度を変えては深く押しつけて、絶妙なタイミングで上唇を吸い上げられると、無意識に身体がヒクッと震え、目の端にじわりと涙がにじんでくる。
 普段はぽや〜んとしてるくせに、何なのこのキスの巧さは。天然って怖いわ。

 居心地が悪くて足をよじらせると、何かをカコッと蹴飛ばした。
 …ポッキーの箱、か…もう溶けちゃってるだろうなぁ…再び固めたとしても、それはムースポッキーじゃなくただのポッキーだよ。全部くっついちゃうし、そしたらポッキーですらないか。あーあ、もったいない。

 とは思いつつも、今はもうどうでもいいようにも思えてくるから不思議だ。
 ポッキーを諦めた私は、慈郎の首に腕を回した。柔らかな髪を掻き抱いて、自らも唇を動かす。


「っは……」


 慈郎の声に息に熱がこもる。
 あ…墓穴掘ったかも。ヤバい予感がひしひしとしますよ。

 慈郎が唇を離して、余裕のない顔を見せた。


…やっぱ今ヤんのってだめ?」

「――!?」


 果たして私は無事に5限に出られるのだろうか。



 その答えは、溶けきったポッキーと神のみぞ知る。





END





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後書き
 ジロは我慢きかなそう。
 ちなみに『青い空〜』と『眠れる狼』と、この話のヒロインは同一です。


 2004年10月19日


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