――月が、見ていた。





  Honeymoon of a full moon





 今は多分真夜中だ。
 をいっぱい抱いて、疲れきって眠ったから、けっこう経ってはいると思う。

 目が覚めたのは、隣にあったはずのぬくもりが感じられなくなったからだ。
 抱きついていたわけじゃないけど、ぴったりと、寄り添っていたのに。

 ふっ…て。
 今は微かな熱だけ。

 向かい合って寝ていたのに、目の前にの顔はない。
 代わりに見えたのは…の足。
 つまり、は今俺とは反対向きになっている状態なわけだ。
 眠い頭を働かせて、答えを導き出した。
 そして次に、ちゃんといるかどうかを確認するために目線を向こうに向ける。


 目を見張った。


 いつの間にかベッド横のカーテンが開かれていて、満月の明かりが洩れていた。
 は俺が貸したシャツを羽織り、布団の上に座って足を伸ばしてじっと窓の外に目を遣って、満月の光を受けていて――とても、きれいで。
 幻想的、って言葉、きっとこういう時に使うんだ。

 今にも消えてしまいそうに見えた。
 まるでかぐや姫。
 俺にできるのは、どこにも行かないでと引き止めることだけ。

 そう、俺は。
 気がついたら起き上がっての腰に腕を回し、動いてもいないを引き止めていた。
 が身じろぐ。


「慈郎…起きたの?」

「うん…」


 シャツに顔を押しつけ、くぐもった声で答える。
 はそっと、俺の髪を撫でた。


「…今日、満月みたいだよ」

「うん」

「綺麗だよー」

「…うん」


 のがずっときれいだよ。
 なんてクサいセリフ、言いたいけど言わない。
 なにも言わなくてもわかってほしいんだ。
 きっと俺、月にシットして、くやしがってる。
 の目を奪わないで、って思ってる。


「…慈郎? 眠いならちゃんと横になって寝なきゃだめだよ?」

「ううん、寝ない」

「そう…?」


 かといって、じゃあ一緒にお月見しましょうなんて気にもならないけど。

 ああ、俺は。
 をまた抱きたいと思ってる。




「ん?」

「すき」


 身体を起こして、に口づける。
 のくちびるが笑みの形になった気がして、俺はそっと顔を離した。
 やっぱり笑ってる。


「っふふ…慈郎、急にどうしたの?」

「急じゃないよ。すきなの」

「…うん…私も慈郎がすき」


 そう言って、は俺の肩に頭をもたれさせた。
 髪から甘いニオイがする。
 その香りにあてられて、くらくらして、酔いそうだ。
 すき。すき。すき。
 狂いそう。


「ねぇ、何かいいね。誕生日に満月って。
 特別な日が、もっと特別になるような感じがする」

「…うん」


 『とくべつ』。
 俺にとって一番特別なのは、がここにいるってことだよ。

 そういや満月って、人を狂わせる力があるとかいうよなー…
 確かに俺、狂っちゃってる。
 頭ん中でいっぱいだ。

 俺はを抱きしめて、キスをしながら押し倒した。
 倒れ込んだあとも、貪るようなキスを繰り返す。
 やがてくちびるを首筋に移動させて、髪に隠れる位置に俺のしるしをつけた。


「っ…慈郎…」


 潤んだ瞳で見上げられて、マジで、これ以上に理性が失せそうだ。
 ちゅ、ちゅ、と軽く何度もくちびるにキスを落としながら話しかける。


「ね…満月って、英語でなんて言うっけ…ハネムーン?」

「あはっ、違うよ。満月はフルムーン」

「そうなの? じゃあハネムーンはなに?」

「ん…蜜月、だよ…」

「蜜月ってなに?」

「結婚後一ヶ月の時期のこと」

「どうして蜜月っていうのかな?」


 がう〜んと考え始めたので、俺はまた首にくちびるを這わせた。
 そのままシャツのボタンを上から外していくと、はくすぐったそうに身をよじらせる。
 でも抵抗はしないまま、俺の髪を撫でて言った。


「…多分、結婚当初の甘い雰囲気を言い表してるんじゃないかな…」

「蜜みたいにってこと?」

「うん…」

「じゃあ、今もじゅうぶん蜜月だね」


 もう一度くちびるにキスをして、はだけたシャツの中に手を忍ばせた。
 が甘い声を洩らす。


「っぁ…じろ…」

「だって…蜜みたいだ…」


 の身体も、漂う香りも、今のこの雰囲気も。
 蕩けそうなほど。甘い。

 が作ってきてくれたケーキみたい。



 俺がこんなふうにを抱いて、すき、すきって言い続けて。
 が俺の名前を呼びながら、必死に抱き返してくれる。

 それが変わらない限り、これは蜜月なんだと思う。


 そしていつか本当の蜜月が訪れても、俺たちが変わらないままでいられたなら、きっと。
 蜜よりも、もっとずっと甘い時間が待っているような気がするよ…





 行為を終えたあと、枕と逆の方を向いたままあお向けになっての横に寝ころぶ。
 視界の端にさっきより少し傾いた満月が映って、俺は力なく微笑った。

 見てたな。
 俺との蜜月を。

 許さないぞ。
 バツとして、来年もそこに浮いてろ。
 そしたら、が喜ぶんだ。
 きれいだって言いながら、きれいな笑顔見せてくれるんだ。


 俺はがいるだけでいいんだけど、きれいな満月が浮かんでたら、もっといい。
 俺は欲張りだから、いくらだってワガママ言うんだ。



 月に見守られた蜜のようなひとときを、これからもずっと、と過ごせますように。





END





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あとがき
 もう過ぎてるんですが、慈郎誕生日夢です。
 上のと合わせて読むとよろしいかと。
 うちの慈郎は押し倒すの好き子ですね(汗)
 5月にカレンダーが変わった時5日は満月だって書いてあるのに気づいて、誕生日の夜の話を書きたくなりました。
 5日は本当に見事な満月でしたねぇ。


 2004年5月8日


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