絡めた指から、熱情が、溶け出して伝わってくるようだった。





  比翼の





 この学校における跡部景吾という人間は、どれだけの権力を有しているのだろう。
 夏が終わって秋になり、冬が近づいて肌寒くなってくると、それまで屋上で済んでいたのに外でのんびり昼食など出来なくなる。
 だから私達は、自然の流れとして洩らしただけだ。「冬でも昼休みに誰にも邪魔されない場所があればいいのにね」と。
 それから間もなく謎の権力を持っている跡部から与えられたのは、新館の四階にある未使用の教室。ドアのガラスには黒いカーテンがかけられ外から中の様子は全く見えないし、内鍵もついている。室内にはいくつかの机と椅子があるのに加えて、どこから持ってきたのか立派なソファもある。もちろん冷暖房完備。周りの教室もほとんど使われておらず、昼休みなどは静かで快適なことこの上ない。
 本当に、この学校はどうなっているのだ。跡部様の天下ですか。いえ、助かりますがね。

 そうしてその教室を使うのにすっかり慣れた頃、何の因果かまた慈郎とふたりきりになった。
 別に、レギュラー皆で毎日一緒に昼食を摂ろうねとか約束しているわけでもないし(ていうか男子同士でそんな約束してたらはっきり言って気持ち悪い)、大抵全員が揃う事はなく五人くらいが入れ替わり立ち代わりという感じでこの教室を訪れていた。ただ私と慈郎は同じクラスでしかも彼氏彼女という関係だから、必然的にほぼ毎日一緒になるだけで。

 珍しくしんとしている教室で、私と慈郎は一つの机を挟んで向かい合ってお弁当を広げている。人がいないだけでこんなにも静かなものだろうか。外から鳥の声が聴こえた。あれは鳶だろうか。
 暖かい教室で眠くなりうつらうつらしている慈郎に声をかけながら、私は本日の昼食を平らげていく。食後にパックのオレンジジュースの残りを一気飲みし、ストローを中に押し込んでからパックを平らに潰して机の端に置いた。
 手のひらを潰したパックの上に乗せたまま視線を上げると、同じくお弁当を食べ終えた慈郎がオレンジジュースを飲み干そうとしていた。
 私と同じように空になったパックの中にストローを押し込んで潰すと、慈郎は机の上にある私の左手をじっと見た。
 ゴミを一緒にしたいのだろうかと思って手を浮かすと、慈郎は私の置いたパックの上に自分のを乗せると、無防備に浮いていた私の手をそっと掬い上げ、そのまま指を割って絡めてゴミの上に繋いだ手を置いた。

 …何だろう、この状態。
 私は絡み合った指をしばらく呆然と見つめ、ちらりと慈郎を見遣った。慈郎は椅子に背中をだらりともたれさせ、平然としていた。まるで、ただ目の前に手があったから取ってみました、みたいな。子供みたいだなぁ。

 …何だろう、これ。
 また手の方を見ると、慈郎の親指が私の親指の上をするりと撫で上げてきた。腰の辺りがぞくりとした。

 …何だろう、これって。
 デジャヴのようなものを覚えて私が悶々としていると、慈郎がやっと声をかけてきた。


「――ねえ」


 その声が思ったよりも教室中に響いたので、私はビクッと震えた。本当に静かなんだ、ここ。


「…な、に?」


 ちょっと声が上擦ってしまった。しかもそれがまた教室に響いて、すごく間抜けだ。
 鼓動が少しだけ速くなっているのが、繋いだ手から伝わったらどうしよう。


「なんかさあ…こうやって向かい合って手ェ繋いでるとさあ…――」


 慈郎はこんなにものんびりとした口調なのに、私の頭はガンガンと警鐘を鳴らしていた。それは多分、顔を上げた時に交わった慈郎の視線が、獲物を狙う獣のそれと似ていたからだ。


「――…イケナイ気分にならない?」
「ならないですッ」


 大急ぎでそう答える。出来れば手も引っ込めたかったけれど、それは叶わない気がした。『子供みたい』っての撤回!
 ギッと音を立てて慈郎が椅子から背中を離し、余った片腕を机に乗せる。逆に私は出来る限り背もたれに背中をピッタリとくっつけ、慈郎から身体を離した。
 再び、慈郎は絡めている私の指をそうっと撫でた。


「…ならない?」
「な、ならないよ」
「でもこの絡め方ってさあ…――」


 ――あ。…わかってしまった。どうしてこんなにドキドキゾクゾクするのか。
 この絡め方、横に並んで手を繋いでいるのとは全く違う。まるで――ベッドの中で向かい合っている時みたいなんだ。
 気づいてしまって、顔がかあっと熱くなった。
 慈郎がクスッと笑う。


「あ〜赤くなった。かわE〜」
「う、うるさいっ。もう放してよ、手」
「やだ」


 反抗するようにさらにきゅっと深く絡められ、指先で手の甲の筋をさすられる。ああ、もう、例え様のない恥ずかしさだ。指の股に汗がにじみ出てくる。


「…の指、震えてる。怖がんないで」
「怖がってなんか…ないさ…」


 労わるような慈郎の声音に余計恥ずかしくなって、思わず強がりを言ってしまう。
 本当は怖い――何が? 目の前の人が?――違う。
 いくら誰も来ないような階の教室だろうと、ここは腐っても学校だ。そんな場所で不道徳が行われようとしていることが、その中心が自分であることが、否応なく恐怖感と緊張感を煽るのだ。


「俺、の嫌がることしないよ?」
「じゃ、じゃあ手を放して」
「俺とするのがマジで嫌だから放せコノヤロウ、って本気で拒絶するなら放す」
「な、にそれ…」


 私にそんなこと出来るわけがない。とわかってて言っている、この男は。なんて意地の悪い子になってしまったの慈郎。

 ガタッと音を立てて慈郎が席を立った。私は嫌でもビクッと反応してしまう。
 慈郎は机の横に回り込み、繋いだ手を浮かせた。ちょうどパックの口の上にあったのか、私の手首の辺りにはぽつんと丸い跡がありオレンジジュースがついて濡れていて、慈郎は身を屈めてそこをペロッと舐めると、手首を甘噛みした。それは何だかすさまじい光景で、目を背けたくなる。


「っ…! そんなのどこで覚えてくるの!?」
「え〜…本能?」


 慈郎はニッと笑うと、私の最後の砦であった机を斜めに退かし、私の前髪の上にキスを落とした。私は緊張で身体が強張り、俯いて目をぎゅっと瞑った。
 慈郎の左手が、椅子の端をがっちり掴む私の腕に触れる。


「怖がんないでったら…本当に嫌なら言って」
「い…嫌――」


 ここが拒否のしどころだと思って咄嗟に口を開いたけれど、それは失敗だったとすぐに気づいた。慈郎の表情が、どんどん悲しげに曇っていったからだ。あ、ずるい。それは卑怯。私が折れるしかないって言うの?


「――…でもない」
「ほんと〜? うれC〜」
「…慈郎はずるいね」


 嬉しそうに笑った慈郎に、苦笑して負け惜しみを一つくれてやる。少しは我慢を覚えてほしいと思うのに、甘やかしてしまう私が言えた義理じゃないけれど。

 慈郎はちらっと「ごめんね」というような表情を作ると(そういうところが憎めない一因だ)、絡めた指を解いて私の両手を下から掴み、身体を真っ直ぐに伸ばして立った。
 正直、指が解けただけでちょっとホッとした。あれは心臓に悪い。


「はい、立って
「はい?」


 突然指示され、手を引く力につられて私はすっくと起立した。慈郎の顔が真ん前にあってビックリする。
 慈郎は私の腰を抱くと、脱力してしまいそうなキスをしてきた。つまり、激しめ。慈郎にしがみつかなければ、私は立っていられないくらい。
 ぼんやりと、フラストレーション溜まってたのかなーなんて思ってしまった。

 とりあえず気が済んだのか慈郎は唇を離した。物欲しそうにうっすらと開いている唇は濡れていて、自分もそうなのだろうかと思うと直視出来なかった。
 そうして私が目を逸らした瞬間に慈郎が動く気配がして、次の瞬間には私の身体が宙に浮いていた。自分の体重の有り所がわからなくなって、慌てて慈郎の制服をガシッと掴む。


「えっ、なっ、なに!?」
「お姫さまだっこー。そこのソファまでお運びしまーす」
「えっ、いや、自分で行ける――わっ」


 急に歩き出されて、それ以上何も言えなくなった。うかつに喋ると舌噛みそう。
 道のりは短い。どちらかと言えば中央より廊下側に置いた机から、窓際に置かれたソファまで。軽々と持ち運んでくれるのは嬉しいんだけど、あそこへ着いてしまったら逃げられないのだという切迫感がある。しかもたった今、予鈴が鳴った。お上品にアレンジされたビッグベンの旋律が試合開始のゴングに聴こえた。
 辿り着いた黒い皮のソファに横たえられ、慈郎が両手を私の顔の横につき、上に伸しかかってきた。このソファがホント立派で、横に寝ても全然窮屈じゃない。ので、簡単にベッドの代わりになってしまうんですよね、困ったことに。余計な物置いてくれたよ、跡部のバカ。
 心の中で無意味な悪態をついていると、再び慈郎のキスが降ってきた。

 もう容赦なんてない。さっきよりも明らかに余裕を失ったようなキスで、食むと言うか、貪ると言うか。とにかくこちらは呼吸困難だ。それなのに、舌まで入ってきた。
 私はどうにか酸素を取り込みながら舌を引っ込めていると、私の口内をぐるりと巡った慈郎の舌に容易く捕らえられ絡められた。


「んんっ、ン…」


 ちゅくっ、という舌を吸う水音が淫靡な響きをもって鼓膜を震わす。指先が痺れる。
 キスしたまま慈郎の手が私のブレザーのボタンを外していった。今日は比較的暖かい日だったのでベストを着てこなかったけれど、その選択は制服をもみくちゃにされなくて済むという点では正解だったんだろうか。
 慈郎が舌を離すと、舌先につうっと透明な糸が渡った。私を見下ろす慈郎の目はひどく熱を帯びていて、本当に本能のまま生きている動物のようだった。
 今度はネクタイに手をかけ解きながら、私の耳たぶを甘噛みして舌で舐る。


「……すき」


 耳元で熱い吐息と共に名前を呼ばれて、本日一番の震えが来た。それは怖気からか歓喜からか。

 その時、ブレザーのポケットが震えた。マナーモードにしている携帯がメールを受信したようだ。
 私は伺いを立てるようにムスッと顔を上げた慈郎を見ると、慈郎はいいよと言うようにコクリと頷いた。けれど待っているつもりは全くないらしく、私のネクタイを取って床に捨てると、ブラウスのボタンを外し始めた。
 この状態で携帯を開くのはすごく変だと思うんだけど、せめてどういう内容かくらいは確認しないと気になってしまう。私は案外図太いのかもしれない。

 ポケットに手を伸ばして携帯を取り出し、受信メールを開いた――跡部からだった。
 その内容は私にとってラッキーなのかアンラッキーなのか判断がつかなくて、携帯を見つめたまま微妙な顔をしていると、慈郎が不思議そうに首を傾げた。


「誰からだったの?」
「…跡部から」
「見してっ」


 私がいいかダメかを返事する前に慈郎は携帯を取り上げ、画面を見ながら音読した。


「…『五限の授業は自習になった。どうせお前らはまだあの空き教室にいるんだろ?戻ってこなくていいぞ』」
「……」


 授業がなくなったのは今はありがたいんだけど、何か、こう、釈然としない。慈郎に有利な状況ばかりじゃないか。そして跡部がわざわざこんなことを知らせてくれるっていうのも正直気持ち悪い。謀られたんじゃなかろうかと少し疑ってしまう。
 私があさっての方を向いて諦めの溜め息をついていると、慈郎は勝手に私の携帯をいじり出した。何やら文章を打っているようだけど。


「何してるの?」
「跡部に返事打ってる」
「えっ!?」


 呆然と慈郎を見上げていると、慈郎はしばらくしてから送信確認画面を私に見せた。そこに表示されている短い文章を目で追う。

『知らせてくれてサンキュー!今いいトコだから絶対じゃましに来ないでね☆byジロー』


「それを送るの!?」
「うん。送信、っと」


 慈郎はもう一度携帯を自分の方に向けると、躊躇なく送信ボタンを押した。
 ぎゃあ! そんなメールを送ってしまったら、後で跡部にからかわれるじゃないの!
 慈郎は私の動揺などお構いなしにパタンと携帯を閉じて、さっさとブレザーのポケットに戻した。それが合図だったかのように、五限の本鈴が鳴った。


「さ、続き続き」


 慈郎は動きを拘束する自分のブレザーを脱ぎネクタイも外して、それらも床に捨てた。
 こんなインターバルが入ったのに、よく続きをする気が起きるものだと感心してしまう。
 そしていつの間に脱がされていたのか、私のブラウスは完全に開いていて、モロに下着を慈郎に曝していた。前を掻き合わせる間もなく、慈郎はブラジャーに手をかけてくる。私は慌ててその手を押さえた。


「…なに、?」
「後ろ、自分で外すからっ」


 だから無理にずり上げようとするのはやめてください。あれ結構窮屈なんです。
 自分でホックを外すのは恥ずかしいけれど、いたずらに衣服を乱されるのはもっと恥ずかしい。私はブラウスの後ろにもぞもぞと手を入れて、ブラのホックを外した。胸周りの圧迫がなくなって楽になる。
 その一連の行動を慈郎がじっと見ていて、何だかいたたまれなくなり目を逸らすと、窓の向こうに空が見えた。


「あ…あの、さ…」
「なに?」


 慈郎は顔を下ろして、首やら鎖骨やらにキスを落としていく。


「カーテン、閉めない…?」


 少し視線を動かせば、そこには窓がある。まだ昼になったばかりの空は燦々と太陽の光を教室に射し込んできて、多少は慈郎の陰になってはいるけれど、この明るさでは私の身体の隅々までが慈郎には余裕で見えてしまうだろう。
 それもあるし、カーテンが閉まっていないと、この教室と外部との断絶が出来ない気がして落ち着かない。そう、誰かに見られているような気分が消えないのだ。


「ここ四階だよ? 誰が覗くのさ」
「と、鳥とか?」
「鳥ならいいじゃん、見られても。ほとんどの人間が鳥の交尾に興味ないのと同じで、鳥も人間のセックスになんて興味ないよ、きっと」
「だ、けど…ぁ――」


 明るいのが恥ずかしい、と言おうとしたら、緩んだブラを上にずらされて慈郎の手が胸の膨らみを覆い、やんわりと揉まれてうっかり嬌声が洩れた。ここからはもう、私は声を出すのを我慢しなければならない。
 首周りを這っていた慈郎の唇が降りてきて、胸の周りに吸いつき無数に跡をつけていく。指は勃ち上がってきた先端を嬲っていて、私は左右バラバラに訪れる言いようのない感覚をどうにかやり過す為に、唇を噛んでぎゅっと目を閉じた。


「…声聴かせてよ」


 甘ったるい慈郎の懇願にも、私は声を出さずに首を振ってみせる。


「…ま、そのうち抑えられなくなると思うけど」


 慈郎の唇はどんどん降りていって、今はもうお腹の上だ。胸を弄っていた片手も脇腹を滑りながら下がり、スカートの中に入って外腿を軽く撫でてから内腿に移動した。
 私が反射的に脚を閉じようとすると、決して乱暴ではないけれど閉じようとする力よりは強い力でこじ開けられ、下着越しに陰部に触れられた。自分でもわかるくらいにそこが湿っている。


「濡れてるね〜。でも、まだ足りないかな〜」


 そう言って、慈郎は私の下着を下ろし、陰部に直接指を這わせた。割れ目に指を上下に往復させて、愛液を塗り広げていく。


「っン…」
「すっげー指に吸いついてくるよ、のココ」
「ゃ…言わないで…」
「中に挿れたらもっとスゴそう」
「あッ…!」


 つぷっ、と慈郎の指が何の前触れもなく私の中に入ってきた。一本だろうか。わからないけれど、私はそれ以上の侵入を拒むように指を締めつけてしまう。
 逆に慈郎は中をほぐそうと、ゆっくりと指を動かし始めた。するとさっき慈郎が言った通り、声に抑えが利かなくなってくる。


「はっ…ゃ、ぁっん…!」
「まだ、キッツいね…」


 しばらくすると一度指は引き抜かれ、本数が増えて再び中に入ってきた。
 痛みを伴わずに事に及ぶには段階が必要だけれど、少しずつ確実に身体が慈郎を受け入れ始めているのが自分でもわかった。愛液の量が増え、慈郎の指を濡らしてすんなりと挿入を許し、耳を塞ぎたくなるような水音を立て始めている。
 外側からは親指で花芽を捏ねられ、内側で動く指がある一点を掠めていくと、頭が真っ白になってビクビクと反応してしまい自然と目の端に涙が滲む。

 慈郎は内腿の脚の付け根辺りに何度か強く吸いついてから身体を起こし、私の目尻をぺろりと舐めた。そこで私はやっと、ずっと瞑っていた目を開いた。慈郎の指はまだ私の中に在ったけれど、目の前に慈郎がいることにすごく安心した。
 慈郎は啄ばむようにキスをすると、ほんの少しだけ顔を離した。私の視界は涙で微かにぼやけていたけれど、慈郎の瞳も抑圧に濡れているのに気づいて、私はそっと慈郎の頬を撫でた。とても艶っぽい表情にドキドキした。慈郎は顔をずらして、その手のひらに口づけてくれる。


「も…挿れてもいい…?」


 その声は思いの外に掠れていて、今まで我慢していたのだと感じさせた。
 私が黙って頷くと、慈郎は私の中から指を抜き、自分のズボンのベルトを緩めてチャックを開け、前を寛げた。そしてシャツの胸ポケットから取り出した銀色のビニールに包まれた四角い袋の切り口を歯で開けて、中身のゴムを自身に装着させる。口で持っていた袋を床の方に目がけて「フッ」と息で飛ばすと、数秒後にカサッ…というやけに生々しい小さな音がソファの斜め下から聴こえた。
 何なんだろうこの無駄のない動きは。ていうかいつもゴム持ち歩いてるんだ? 本来、学校に持ってくる必要はないと思うのですが。いえ、私も一応、いつ何が起こるのかわからないので財布にひっそり挟めていますけれど。でも制服にまで忍ばせていはいない――ああ、やっぱり学校での行為という不測の事態に緊張しているのか、あれやこれやとどうでもいい考えが頭を巡る。
 そのうちに慈郎が私の脚を手でぐいっと上向け自身の先端を入り口にあてがい、敏捷でも緩慢でもない絶妙な速さで中に這入りこんできた。指どころではない質量の突然の挿入に驚き、思わず逃げようとして腰が反り返る。


「ン、あぁっ!」
「ッ…は……もーちっと、力抜いて…?」


 慈郎は私の腰をがっちり掴み、奥まで押し進めてくる。力を抜けと言われても簡単に出来るものではなく、私はぎゅうぎゅうと慈郎自身を締めつけていた。慈郎の眉が何かを耐えるように切なげに寄せられる。
 慈郎はソファの背もたれに爪を立てている私の片手を取ると、先程机の上でしたように指を割って絡ませ、ソファの上に縫いつけた。私の手も慈郎の手も、しっとりと汗ばんでいた。


「動く、よ…?」


 慈郎が前後に腰を揺り動かし始める。内襞を擦り上げられながら奥を突かれるたびにぞくりとした感覚が背筋を駆け上っていく。


「はあっ、アッ、ぁんっ…ァ」
…ッはぁ…きもちい…?」


 そんなこと訊かれても何と答えればいいのかわからない。素直に口にしてしまうのは恥ずかしいし、何よりこちらとしてはそれどころではないのだ。喘ぎ以外の声が出てこない。返事の代わりに繋いだ手を強く握って、必死にコクコクと頷いた。

 次第に慈郎の動きが激しくなっていく。内側から抉られ剥がされていくような快感が襲う。
 いつもはどっしりと佇んでいるソファが、重い物でも引き摺っているようにギッギッと鈍く軋んだ。


「はっ…はぁっ……っ!」
「あぁっ! あっ、はぁ、ふあっ…じ、ろぉ…」


 空いた方の手を伸ばし縋るように慈郎の後ろ首を引き寄せた瞬間、肌に触れたひんやりとしたシャツのボタンの感触に鳥肌が立った。身体を密着させたまま動くと、汗が滲んだ私の素肌をシャツが擦った。耳元で慈郎の荒い呼吸が聴こえる。


「俺ッ…ハァ…も、イきそっ…!」
「ゃア…や…ッ!」


 置いていかないで。後もう少しだから、私も連れていってほしい。痛くなんかないのに、涙がぼろぼろ零れた。
 私の脚を支えている慈郎の手に力が篭って、ますます上向けられる。奥の奥まで慈郎自身が届いてくると、徐々に意識が遠のいていきそうになった。けれどひとりでいくのも嫌だ。
 慈郎は動きながら私の頬に口づけ、唇にも吸いついた。私もそれに応える。


「ん…っは…も、イく?」
「ぅん、うんっ…んぁっ…!」
…はぁっ――…クッ!」
「…ア…ッ――!」


 慈郎が最奥を突いて絶頂に達すると、それに誘発されるように私も果てた。
 霞む視界の端に映った青い空を見上げると、一瞬鳶が鳴きながら影を落としていった。

 慈郎は私に体重を預け、乱れた呼吸を整えている。
 絡め合った手は互いにギチギチに力が込められていたようで、感覚がなくなりそうなほど痛く、力が抜けている今は痺れていた。
 私は目を閉じて慈郎の髪を撫でる。しばらくすると繋いでいる指がピクッと動いて、もう片手をソファの空いた場所につくと、慈郎はゆらりと身体を起こした。


「…やべ…寝るとこだった」
「ああ、うん、それは困る」


 寝ぼけ眼の慈郎に私は苦笑する。あのまま寝なかったことに「偉い!」と言いたい。早いところ乱れた制服を整えなければ、今度は六限に出られなくなる。とはいえ、実は私も疲れて眠いのだけれど。
 慈郎は繋いだ手を名残惜しそうに解くと、汗で額に張りついた私の前髪を撫で上げて微笑んだ。


「服着せてあげよっか?」
「あ…平気。慈郎もブレザーとか脱いじゃったでしょ、自分の着てて」


 私は慌ててササッとブラウスの前を掻き合わせると、慈郎の肩を軽く押した。慈郎は「今さら恥ずかしがんなくてもいいのに〜」とか笑いながら、私の要望通りソファを降りて自分の制服を整え始める。『今』だから恥ずかしいのですよ慈郎さん。
 私も身体を起こして、慈郎が背を向けているうちに急いで下着を着けた。ブラジャーのホックとブラウスのボタンを留める時、上半身のたくさんの鬱血が視界に入り、首にはついていないだろうかと心配になった。襟を高めにずらしていると、慈郎がしゃがんで私のネクタイを拾って埃を払い、差し出してくる。


「首にはつけなかったよ〜」
「あ、あそう…それはどうも…」


 ネクタイを受け取りながら引きつった笑みで慈郎に礼を言うと、慈郎は立ち上がってソファに膝を乗せ、窓を開けた。理由は訊くまでもない。換気だ。
 涼やかな風が教室に入り込んできて、汗が冷やされ私はぶるっと震えた。
 ネクタイを結んでブレザーのボタンを留め、教室の掛け時計を見上げた。危ない危ない、もう五限が終わる。間に合った。私は手の甲でぐいっと額の汗を拭った。
 チャイムが鳴るまでここで一休みしていようかとソファに深くもたれると、慈郎も私の隣に腰掛け、頭を私の肩に乗せてきた。


「…寝ちゃダメだよ」
「うん…」
「寝ないように話しかけてようか?」
「うん…」


 いけない、慈郎のこの単調な返事は本当に寝てしまう前兆だ。
 さて、話しかけるとは言っても、何を話そう。よく考えれば私は他愛もない世間話を振るのは苦手だった。何かいい話題はないだろうかと考えを巡らす。
 そしてふと脳裏を過ぎったのは、さっき見かけた鳶だった。


「あー…あのね、やっぱり鳥が見てたよ」
「鳥?」
「うん、鳶がね、さっきそこの窓から見えたの」
「とんび…」
「おっきい翼広げてね、スーって横切って。鳴き声聴こえなかった?」


 慈郎はもう一度「とんび…」と反芻して、黙り込んだ。寝てしまったのかと思って顔を覗き込んでみる。眠そうな半目だったけれど起きていた。


「慈郎…?」
「…やっぱり、やだな」
「何が?」
「鳥でも、とのセックス見られるの」


 自分から話題を振っておいて何だけど、慈郎の直接的な発言にぐっ、と息が詰まりむせそうになった。鳥が実際に自分達を見ていたわけなどないのに、本当に見られていたように錯覚してしまう。
 コホンと一つ咳払いをして、私は何とか気を取り直した。


「…だ、だからカーテン閉めてって言ったじゃん」
「うん、ごめんね。次は閉める」
「次なんてないです! もうこんなとこではしないよ」
「え、しないの?」
「しないしない!」


 なに普通にきょとんとしてるのこの人。今回はどれだけ幸運が重なったのかを理解していない。
 場所は確保出来たとしても、周りに誰もいないこと、来ないこと、充分な時間があること、そして何より当事者双方の意思の合致が必要不可欠だ。時間だけでなく気持ちにもゆとりがなければいけない。今回は、そう、ムードに流された感じよ。…嫌ではなかったけれど。でももう学校ではしない。しないぞ。強い意志を持て、私。
 そう自分に言い聞かせている私の隣では、慈郎がむうっと口を尖らせていた。も、もうその手には乗らないぞ。


「さ、もうチャイム鳴るから出ようか!」


 その調子だ私。負けるな私。






























「よう、楽しめたか?」


 教室に向かう廊下を慈郎と並んで歩いていたら、跡部と偶然出くわした。跡部の姿を見た瞬間に私が思わず「うわ…」と嫌そうな声を出したのを彼は聴き逃さなかったのだろう。フン、と不敵な笑みを見せて、早速揶揄ってきた。標的はもちろん私だ。そしてこういう時に慈郎は、私にとって味方になったり敵になったりする。答えにくい質問を私の分まで答えてくれるのはとても助かるけれど、何でもかんでも暴露されるのは困りものなのだ。慈郎は何を話しても恥ではないと思っている――今も。


「うん!――でもがさぁ、もうあの教室ではシないって言うんだ〜」
「ほう…?」


 ああほら止める間もなく言っちゃった。何だろう、これは、最初から慈郎の口を塞いでおけばよかったんだろうか。未だにこの辺の慈郎の扱い方を把握しきれない。
 跡部はニヤニヤ笑って私の思考を読もうとしている。私は絶対に跡部と目を合わせないように、窓の外だけを凝視した。


「…ん? ジロー、左手の甲に血の跡があるぜ?」
「え? …あホントだ」


 慈郎の手は身体の横にあったのに、跡部はよくそんなのを見つけられたものだ。つられて私も見てみると、見やすい位置まで持ち上げられた慈郎の左手の甲には、細い三日月形の小さな傷が二つあった。傷の一つからはほんの少しだけ血が出ていたけれど、それは既に固まっている。
 慈郎は首を傾げながらじっとその傷を見つめて、ようやく合点がいったように「あ〜」と呟いて何度か頷き、ニコッと笑った。


のキスマークだ」
「はっ!?」
「正しくは、の爪あと。どーりでさっきからなんかジクジクすると思った」


 と言って、慈郎はその傷跡を猫のように舐めた。傷はどうやら私が最中につけたらしい。痛そうだ。
 でもこの時の慈郎が何だか嬉しそうにしていたものだから、後日その理由を訊ねてみるとこんな答えが返ってきた。


「いつも俺が跡つけるだけだからさ、から傷をもらえてうれCーんだよ」


 だから『キスマーク』と表現したのだという。跡が消えなければいい、と薄いかさぶたになった傷跡を愛しげに指でなぞる慈郎に、私が赤面してしまったというのは余談だ。
 私としては、傷は私がつけたものだと知った直後に跡部が言ったセリフの方が、恥ずかしいやらムカつくやらでもっと赤面しただろうと思う。


、またあの教室でヤったらどうだ? 知らずに爪を立てるほどヨかったんだろ?」

「――しませんっ!!」


 あの教室でまた慈郎と二人きりになることがあったら、出来るだけ無防備にはならないでおこうとこの上なく強く誓った。私が出来るのは精々そのくらいだ。
 その誓いが果たされるのかどうかは、定かではない。…自信もない。

 見届けてくれる私の証人は、あの鳶だろうか。










END










ドリームメニューへ
サイトトップへ