大失敗だ。

俺は、大事なとこでどうやら大失敗したみたいだった。


幼馴染(だと俺は思ってる)のに、告白した。そしたら逃げられた。

俺が、「つきあって」と言ったら、はええ、と言って、それから顔を紅くしてしばらく黙っていたから
俺も一緒に黙ってが何か言うのをまってたんだけど、は突然走り出して
俺はその場でどうしようもなくて、仕方が無いからそのまま家に帰った。



大失敗だ。
だけど。


でも、べつに、なにもかわらないか。







仲良しで、いつも一緒にいたいって思ってるのはも同じだと思ってたけど、
それは違ったんだって、中等部に入ってわかった。
と俺は幼稚舎、小等部のときは面白いくらいに同じクラスでが同じ教室にいるのが
当たり前だったのに、中等部は俺達を廊下の端から端に引き裂いた。

入学式の日、俺は、終礼がおわったらまっすぐにのクラスに向かった。
俺のクラスの担任の先生は話が長くって、他のどのクラスよりおわるのが遅かった。
が一人で教室で待ってるから、急いで行かないと「遅い!」って怒るかも、
そう思って、廊下をまっすぐ端っこから端っこまで走って、の教室の扉をあけたら、

そこには誰もいなかった。

教室の扉に貼ってある座席表を見て、の席を探し出してみたけど、机の両脇には鞄も何もかかってなくて、
それはがもう帰ったってことを示していた。

「え、あれ・・・?」

どうして?と思って、それからよくよく考えた。

俺達、べつに約束してるわけじゃなかったんだっけ。

今までそんなこと考える必要もなかったし、考えることだとも思っていなかったから
その日になって初めて考えたけど、は別に俺と一緒にいたくていたわけじゃないのかもしれないと思った。
は、優しくて、面倒見がいいから。
いつも居眠りして先生を困らせる俺の面倒を、見てくれていたんだ。

「(・・・そうか、さすがに中学生になったら、だって俺の面倒なんて見てらんないよね。)」

そう思って、俺は、そのまま一人で家に帰った。

それから、と俺は学校で会うこともなかったし、俺は部活に入ったから
朝も放課後も練習で、それは余計にと会う機会を減らしているようだった。


中等部に入ってから、と一度も口を利いてない。


俺は、と一緒にいたいって思った。一緒にいたいって、のこと、すきなんだって思った。
でも、俺とには、もう会う理由はない。


それなら、何か理由を作ればいいんだ。と俺が、会う理由。


そう考えて、忍足に相談したら、忍足は、「付き合ったらえぇんちゃうん。」って言った。
付き合ってたら、メールしたり会ったりしたりするのが当たり前なんだって。
つまり、俺とが付き合ったら、俺は会いたいと思ったときにいつでもと会えるんだ。

そう思って、俺はに告白したんだけど。

でも、は返事もしないで逃げてしまった。

俺のこと、嫌いなんかな。は、俺と同じ気持ちじゃなかったんだ。
俺の最後に残された道も消えちまったんだなぁと思うと
なんだか悲しくて、どうしたらいいのかわからなくなった。








その日は終礼が終わっても誰も起こしてくれなかった。
たいてい忍足とか宍戸が俺のこと部活に行く途中で拾っていってくれるんだけど
ときどきこういうことがある。

「やっべ〜・・・今何時だろ、跡部に怒られる・・・。」

一人でまだ呂律の回らない口でそうつぶやきながら、机の中の教科書を適当に突っ込んで
鞄をかついで席をたつ。そのとき、聞いたこともないようなすげー声に俺は驚かされた。

「うっせぇな何なんだよ!!」


「(げぇ・・・!?何今の声・・・!・・・女!?)」

どすのきいた、ものすごい怒鳴り声、だけど男のじゃない、だとしたら女の声なんだろう。
「(こえ〜・・・。どんなすげぇ奴が怒鳴ってんだぁ・・・?)」
多分、この階の廊下・・・。ちょっとした好奇心で俺は教室の扉から
少しだけ顔を出してあたりを伺うと、二つ隣の教室の前あたりに女が三人、そして向かい合って一人。
多分、三人がかりであっちの一人苛めてんのかな、かわいそ・・・助けたほうがいいんかな・・・

なんて、普段表じゃ見られないような女同士の喧嘩をひやひやしながら見ていたけど、
よくよく見ていると、俺は大変なことに気がついた。

「(・・・あ。・・・あれ?もしかして、・・・。)」


下を向いていたから確信は出来なかったけど、
(でも、似ていてもしかしたら、なんて嫌な予感もあったんだけど)
きっ、と強い視線で睨み返したその顔は、たしかにだった。


。」

思わず俺は呟くように口にだしていた。


「なんなのこいつうっぜぇ。」
「はぁ?何その顔マジむかつくんですけど。」
いじめっ子らしき女がそう言うと、は強気な態度で
「さっき言ったこと、もう一度言ってみろっつってんだよ。」と言った。

「・・・あは、何、気に入らなかったわけ?」
一人がそう言うと、また別の女がわざとらしく声高に言った。

「跡部くんは落とせそうもないけど、芥川くんならいけるかもー、って、そう言ったのよ。」


そのとき、俺はを怒鳴った女が、いつも俺のまわりに集ってくる
奴らだって事に気がついた。

うん、それは知ってた。だってあいつら、前まで跡部にまとわりついて
「跡部様跡部様」って大騒ぎしてたんだけど、跡部が一回切れてシカトしたら
(まぁそれまでよくちゃんと相手してやってたなって思ってたんだけど)
一週間ほど大人しくしてて、それから急に俺のまわりにまとわりつくようになったんだ。

「(でも、それとに何の関係があるんだよ・・・。)」

だとわかって、俺はすぐにでも飛び出しそうになったけど、
少し様子を伺うことにした。


「てか、あんたには関係なくない?」
「そうだよまじうざいし。・・・あ、わかった。あんたたしか、芥川くんの幼馴染だっけ?」

「・・・・・・。」

は、じっと押し黙った。否定もしないし肯定もしなかった。

「でも関係ないよねぇ、だってあんたと芥川くんが一緒にいるとこ見たことないもん。」

「相手にされてないくせにさぁ、口出ししないでよ。自分だけがまだ幼馴染気分なんじゃないの?」

あははは、と嘲笑する声で、俺はもっていたリュックをその場に叩きつけて
教室の扉を勢い良く開けてずんずん歩き出した。後ろで扉が最大まで開いてばぁん、と音がした。


「え、あ!芥川くん・・・!」

「や、やだ聞いてたんじゃ・・・」

その音に驚いて振り返った三人は俺を見ると飛び上がって
口々にそう言い出した。


「何やってんだよ。」


「あ、あの・・・私たち・・・。」
俺がそう言うと奴らはびくびくして何か言いたそうにして、
それから一人が口をひらくと次々に言い訳をしだした。

「だ、だってね芥川くんこの子が急に・・・。」
「そうなの私たち歩いてたら急に腕掴まれて・・・」


「おめぇらに、と俺のことは関係ねぇだろ。
 ・・・何も知らねぇくせにごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。」


むかつく。むかつくむかつく。
なんでこいつらにそんなこと言うんだよ。

相手にされてないのは、俺のほうだ。

はどんな気分?自分が相手にしていないっていうのに、こんな変な奴らに
そんなこと言われて嘲笑(わら)われて。

恥ずかしい。







「なにあれできてんの?」
「むかつく・・・。」

まだそんなことをぼそぼそと言い合って、奴らはさっさと走ってその場から消えた。


広くて静かに戻った廊下に、俺とだけが残った。


「・・・。ごめん、・・・。」

俺のせいでが侮辱された、と思ってそう言うと、

「どうしてジローが謝るの・・・喧嘩ふっかけたのは、私のほうだよ。」
と下を向いて言った。

「え、あいつらの言ったこと、ほんとだったの。」

『歩いてたら急に腕掴まれて』。言い訳だと思ってたのに。
どうして?は、たしかに小さいときから正義感が強かったけど。
そう、俺がなんか嫌なこと言われたときには、すぐにとんできてくれる。
俺が寝てばっかだとか軽くからかわれただけなのに本気でそいつを怒鳴ったり。
でも、意味もなく喧嘩をふっかけるような子じゃない。

「・・・ジローのこと・・・。」

「え?」

「あ、いや、違うくて。あいつらが、変なこと言ってたから。
 むかついたから。それだけ。ジローには関係ないよ。」
下を向いて、そう小さな独り言みたいな声でそう言うとは鞄を持ち直して
くるっと向こうを向いて歩き出した。



そうか。あれか。



自惚れ?違う、きっとそうだ。

は、あいつらが『跡部はだめそうだけど俺ならいけるかも』って、
奴らが言ったことに怒ってくれたんだ。

俺のこと、思ってくれて。


!」


声を出すとそれは誰もいない廊下に透明に響いた。

が驚いた顔で振り返った。もう結構な距離。


「・・・サンキューな。」

あぁ、言いたいことは、もっともっと、たくさんあるんだけど。
でも、とっさにそれしか出てこなくて。

苦笑いみたいな変な顔で、それだけ言うのがやっとだった。


「・・・べつに、ジローと関係ないってば。」

はそう言うと、またさっさっと前に歩き出した。
すっと左に曲がって、たんたんと階段を下りる音がする。


だけど、嬉しかったんだ。
が、まだ俺のこと、ちゃんとかばってくれること。

あのときみたいに。



「(・・・それだけで。)」


それだけで、十分じゃんか。


俺は、もう一度自分の教室の前に戻って、さっき叩き付けたリュックを
片手で拾い上げて、もう片方の手でぱたぱたと埃を払った。



だけど、俺だけが気付いてしまった。


あの頃と、きっと基本は変わってないんだ。
が、俺をかばってくれること。俺とが幼馴染であること。

だけど。


俺だけが、に恋してしまった。


だから、俺とはもう、あの頃と同じ関係じゃなくなっちまったんだ。

だから、俺だけがと一緒にいたくて
つらくて
つらくて。



「(・・・こんなつらいなら、)」



と、幼馴染じゃなければ良かったのに。

のこと、好きにならなければ良かったのに。




足元に影が出来る。
じっと、瞳を閉じてその場に佇む。

次に目を開けたら、なんだかその足元の影は更に濃くなったような気がした。



俺はリュックをかついで、の行ったのとは反対側の
階段に向かって歩き出した。








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