そういえば今日は水曜日だった。
あとから知ったけど、水曜日はテニス部の練習はオフらしい。


あとから知った、というのは、この出来事があったから知ったわけなんだけれど。








。」



名前を呼ばれても、誰だかわからなかった。男の声だってことだけはわかった。

「はい?」

私を名前で呼び捨てにする男子なんかいたっけ?そう思って振り返って、
それから私は身体が硬直した。

あんまりびっくりして声がでなかった。
ジローだった。

「・・・ね、あのさ、・・・今日、一緒に帰ろ。」

私が聞いたこともないような声で、ジローはそう言った。
私は、「う、うん。」なんてどもってそう言うだけで精一杯だった。


小等部と中等部は隣接しているから、帰り道はあの頃とほとんど変わらなかった。
けど、町並みは少しずつ、微妙に違っていて、なんだか寂しいような変な気分がした。


「・・・・・・。」

私は、横に並んだジローを少しだけ目線をちらっとあげて見た。
あの頃ジローは私よりも背が低かった。だけど今は、少しだけ、高い。
ジローは眠たそうな横顔で、私と同じく黙ってただ前を向いて歩いていた。

どうして急にジローはこんなこと言い出したんだろ・・・。

私はそればっかり考えていた。他に何も、考えることができなかったから。
なんだかどきどきして、何を話そう、それとも黙ってたほうがいいのかなって、
そんなことばっかり考えておかしくなってしまいそう。

・・・前は、どんなこと、話してたっけ。

いつもいつも会話が絶えなかった頃を思い出した。
ジローはほとんどうとうとしていたから、私が喋っているほうはるかにおおいけれど。
でも、今になったら思い出せないくらいくだらない話をして、いつも笑っていた。

「(変わっちゃったんだなぁ・・・。)」

再びここに並ぶことで、それがよりはっきりとした。なんだか寂しくなった。
色んなものが変わってしまった。


「あのさ。」

「ん?」


気がつくとジローの家の近くまで来ていた。もうあとちょっとでいつも分かれる道。
ジローは立ち止まって、私のほうを向いた。

あ、少し、なんかいつもと違う。眠いだけの顔じゃない。

気まずくてどきどきする気持ちを通り越して、ぼーっとそんなことを思っていた。


、俺とつきあって。」


ぼーっとして、ふぅん、そうなんだ。と思った。

けど、それは、そんな答えをするような言葉じゃなかった。


俺とつきあって?


「・・・え、えええ?」


それは、告白、ってことなの?


あは、と、いつものごまかすときに便利な笑顔でジローに聞き返すと、
ジローははっきりとして口調で、私の目をまっすぐに見て、聞きなれない低くなった声で繰り返した。

「俺とつきあってほしい。」



え!!



びっくりした、びっくりしたことが多すぎて、え、としか言えない。
私は、びっくりしてジローを凝視して、それからはっと気付いて目を逸らした。

「(ジローが、私と、つきあってほしい?)」

え、なにそれ、どういうこと?ぐるぐる目がまわりそうになりながら必死で思考回路を巡らす。
巡らせて、それから、少しずつ冷静な考えができるようになってきた。


ジローは、中等部に入って一人でテニス部に入って、そしてレギュラーになった。
女の子にもてるようになった。たしかに私にとったら煩いだけの女子だけど、
男子からしたら可愛い女の子たちと仲良く話している。

もう、私がいなくても、ジローは大丈夫。

それに、私はジローのことがすき?そんなこと、ないよ。

そう、なんだか弟が独り立ちしたみたいな、そんなかんじ。それで寂しかっただけ。
そうだ、それだけじゃん。すきとかそういうんじゃないよ。

そういうんじゃ・・・多分・・・



「え、ちょっと、

考えてたらよく分からなくなってきて、それで、気がついたら風をきって走り出してた。
自分のうちの方向へ。

ジローの声がちょっとだけ、そう聞こえてそれっきり聞こえなかった。
私は通学鞄の持ち手をぎゅうと握り締めて、ただただ家に向かって走った。








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