ジローは本当に仕方のない子だったのだ。



外で遊んでてもお砂場の真ん中でいつの間にか寝てるし、教室で折り紙してても寝てるし、
お昼寝の時間はもちろんのこと、お昼寝の時間が終わっても、いつも最後まで寝ているのがジローだった。

だから、ジローはいつも私が見ていなくちゃだめだったのだ。

迎えに来たお母さんとおうちに帰るときも、みんなで土手に遊びに行くときも、遠足のときも。
私はいつもジローの手をひっぱってた。

「ジロー、起きて!ちゃんと私について来てね。」

振り返ってそう言うと、ジローはつないでないほうの手で目をぐりぐりこすって、
それから眠たそうな目でへにゃって笑って、「うん!」って言っていた。


ジローは私がいなくちゃすぐ寝ちゃうし、置いてかれて迷子になっちゃう。
私が起こしてあげなくちゃ、先生が言ったこと聞いてなくて、
何するのかわからなくなっちゃう。

ジローは、私がいなくちゃだめな子だったのだ。



でも、それは、小学校のときまでのおはなし。












   my sleeping boy ☆・。












「芥川く〜ん!」

休み時間になるとどこか沸いて出る派手な顔した女子たち。
教室のドアが開いて黄色い声が聞こえるたび私はうんざりする。

「あーまた寝てるよー?ねぇねェ〜起きてよぉ!」

「うぅ〜・・・。」

聞こえはしないけど、きっとジローはこんな声で唸ってる。
ジローがこういう声出してるときはね、嫌がってるときなのよ。
休み時間くらいゆっくり寝かせといてあげればいいのに。



私の席は、廊下側の一番前。
ジローの席は、窓際の後ろから二番目。

小等部の頃は、きっと先生も私がジローの面倒をよく見ているのを知っていたから
わざわざ同じクラスにしていたんだろう、面白いくらいに毎年同じクラスだったが、
中等部に入学して初めてのクラスは、私とジローは見事端から端に
分かれてしまった。二年のときもそう。
それが、今中等部最後の今年、同じクラスになったのだが、
最初の席も、席替えをしたあとの今の席もジローとは大分離れていて、
未だに一度も会話を交わしていない。

同じクラスになってから、ではない。
正直に言うと、中等部に入ってから、一度もジローと口を利いていない。


中等部に上がってすぐに、ジローはテニス部に入った。男子テニス部。
うちの学校のテニス部はとても有名で、練習がとても厳しい。
休みの日もあるけれど、その日はほとんどの部員が自主練習に励んでいる。

部活の違えばクラスの違う。当然、ジローの帰る時間と、私の帰る時間は違う。
幼稚舎、小等部の頃は、当たり前のように一緒に帰っていたけれど。

入学式の日、私はジローと一緒に帰ろうとしたけれど、教室にジローはいない。
そのうち、友達がやってきて、一緒に帰ろうと言われて、
「そういえば、ジローとは約束してるわけじゃないんだった」と思い出した。
ジローは、きっと来ないだろう。友達と、一緒に帰るはず。
そう思って、私は友達と一緒に鞄を持って教室を出た。

クラスの違う、広い校舎で出逢うことはない。
それなら、約束のない私とジローがわざわざ会う理由がどこにある?
私たちが離れるのは、ごく自然の流れだった。



「んあ・・・。なに・・・またお前ら・・・。」

「あっひっどぉい!まただってェ!」

「そうだよぉー私たちわざわざ会いに来たのにぃ〜!」

煩わしい声がざわざわした休み時間の教室の中で目立って響く。私は苛々した。
ちら、ちらと教科書を意味もなくぱらぱらとめくりながら、
そのうちあの子たちとジローが笑合ってるのを見て、我慢できなくなって教室を出た。


「(なんなのあいつら毎日毎日!!)」

意味もなくトイレに行って、意味も無く手をばしゃばしゃ洗った。


あんな猫撫で声出しちゃって、聞いてるこっちが苛々する!

ー?どうしたの?すっごい顔してるよ・・・?」

後ろから声が聞こえて、はっとして顔をあげると鏡越しにの顔が見えた。
 
「え、えぇ?なにすっごい顔って〜!別になにもないよ!」
振り返って手を横にふってあはは、と笑ったら
「うっそぉ〜!すごかったよ!声かけんの一瞬ためらったもん!」と言った。

「てか、の席遊びに行こうと思ったらいきなり席立つしさ、びっくりした!
 最近多くない?どうしたの?」

友人の言葉に、私は冷静になってそれから自分がばからしく思えてきた。

「そんなことないってー!おいてかれて寂しかった?今度からはちゃんと
 トイレ行くときは声かけるからさー!」

「ばぁか何言ってんのよ!」

あははと笑って冗談ぽくを小突くともいつものようにふざけて
小突き返してきた。


「(私、ばかみたい・・・。)」


ジローは、もう、私がいなくたって大丈夫な子になったのだ。


ジローは、二年生になってすぐにレギュラーになった。
それは、私はよくは分からないけれど凄いことで、それからクラスの子たちの
会話の中にジローの名前が出てくることも多くなった。

『芥川くんて、なんか可愛いよねぇ!』

『あ、あのレギュラーになった子でしょ?跡部くんと同じの!』

そんな会話が聞こえて、ジローはテニス部で頑張ってるんだなぁ、って
ぼんやりと思った。


ジローは、どんどん遠くなっていった。


今年初めて同じクラスになって知ったけど、きっとジローは二年のときも、
もしかしたら一年生のときもあんな風に女の子に囲まれていたのかもしれない。


ジローは、もう私がいなくても大丈夫。


「(それなのに、私いつまでもお姉さんぶって・・・馬鹿らし。)」


これじゃあ、意味なく独占欲のかたまりになるところだった。
それに気付かせてくれたに心の中で少し感謝して、
私はと一緒に教室に戻った。



ところが、事件が起こったのはその日の放課後だったのだ。








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