席替えで俺の隣になったは、無口な女だ。
たまにこっちから話しかけても、返ってくるのはたった一言。
笑いもしない。
美人だとは思うけど、俺はちょっと苦手だった。
Food & Smile
今日の女子の家庭科では、お菓子を作るらしい。
俺は自分がそこそこモテるのを知っているから、きっといっぱい貰えるんだろうな〜とか思ってた。
案の定、調理実習を終えた女子たちはいっぱいマドレーヌをくれた。
俺はほくほくした気分で自分の席へ戻ろうとしたら、隣のが何やら思案顔。
手元にはマドレーヌ。
「あーっ! それも美味そう!」
ダメもとで、いらないなら貰おうと思って言った言葉。
は俺の方をちらと見て、黙って俺の机にマドレーヌを置いた。
…いい奴だ!
食い物をくれる奴に悪い奴はいない!
に少し好印象を持った俺は、調子に乗って「俺のこと好きなんじゃないの?」と言おうとしたら、ぴったりのタイミングで否定された。
…やっぱ苦手かも。
俺は貰ったマドレーヌの袋を開ける。
はもう俺に関心はないらしく本を読み始めていた。
「…あのさぁ、前から思ってたんだけど…」
「何?」
「サンて、結構キツいね…」
「変な誤解をされないようにしてるだけなんだけど?」
「それにしてもさぁ」
俺は喋りながらマドレーヌを一欠け口に入れた。
口の中にほどよい甘さが広がる。
正直、今まで食べたやつの中で一番美味いと感じた。
意外…
「…俺、アンタの笑った顔見たことないんだけど」
「必要があったら笑うよ。笑ってるよ。
丸井君は私を見てなんかいないからそんな風に思うんでしょ」
…もしかしたら、今までで一番のの長ゼリフ聴いたかも。
しかもやっぱり言ってることがキツい。
声も綺麗なのにと思うんだけどな。
でも確かに、俺は言うほどのこと見てなんかいなかったよな。
よし、なら見てやろうじゃねーか。
じーっ、と。
頬杖をついてマドレーヌを食いながら、の横顔を見つめる。
あーやっぱ美人ではあるよな。
これで笑えばなぁ…
そう思っていたら、の友達がに話しかけてきた。
本を閉じながら小さく息をついて、は友達を見上げる。
は他愛もない話にじっと耳を傾けて、時折相槌を打って。
突然…笑った。
俺の呼吸が止まる。
俺は気づかず手に持っていたマドレーヌの袋を落としていたらしく、がこっちを見て袋を拾わないのかと言ってきた。
そこにはもう笑顔はない。
でも、俺の脳裏にはさっきのの笑顔が焼きついていた。
俺は袋を拾いながら、自分の顔が熱くなるのを感じる。
さっきの笑顔を思い出す。
気を許した相手だけに見せるような、飾りのないそれ。
すごく綺麗で、忘れられなくて。
俺はもう落ちていた。
放課後。
誰もいなくなった教室でと二人っきり…というおいしいシチュエーションのはずなのに、俺は怒られていた。
っていうか、怒らせていた。
日誌を書いとくって約束を、果たしてなかったんだ。
俺は素直に謝ったが、はめんどくさそうに自分でやると言って席に着いた。
俺もの前の席に後ろ向きに座る。
部活に行っていいと言われたけど、何もかも人に任せてほっぽり出すほど俺は無責任じゃない。
…と、思う。
相手がだからそんな言葉が出たんかな。
他の奴だったら、こんなこと言わなかったな。
は顔を上げて、俺を見た。
少し驚いたように目を見開いて、しばらく見つめ合ってた。
…ここで笑わねーかな…
とか思ってたら、目を逸らされた。
無言で日誌を書き始める。
俺はそれを見てる。
何気なく話しかけるけど、はどれも一言で流した。
って、俺のこと嫌いなんだろうなー。
自分で言って、ちょっとヘコんだ。
「…俺、サンのこと好きなんだけど」
勇気を出して、何気なく言ってみる。
でもやっぱり適当に返された。
笑顔に惚れたって言っても、適当に返された。
やっぱ俺のこと嫌いだろ?
言って、またちょっとヘコんだ。
が日誌を書き終え立ち上がる。
俺も席を立つ。
は日誌を出しておいてくれると言った。
何から何まで悪いねぇと思った俺は、制服のポケットの中にガムを入れていたのを思い出して、に差し出す。
でもいらないと言われた。
ああそうですか。
そんなに俺が嫌いですか。
俺は少しふてくされて、そのガムを自分の口に放り込んだ。
ふと目線を上げたら、が俺を見てた。
…何つう目で見てんだよ。
まっすぐで、透き通った目。
目が合ったまま、視線を外せねぇ。
なあ、そんな目で見られたら、俺止まんねぇぞ?
一歩近づく。
は一歩下がる。
でも警戒なんかしてない。
目を合わせたまま、窓際まで追い詰める。
「…ねぇ、サン。俺アンタのこと好きだよ」
「それはさっきも聴いた」
「ちゃんと意味わかってんの? 好きなんだぜ…?」
「だから?」
「…だから」
ちゃんと俺を、見ろ。
俺は窓に手をついて、顔を近づけた。
は動かない。
だからそのまま、キスをした。
抵抗しない。
身体を強張らせる様子もないし。
俺のこと嫌いなんじゃなかったのかよ。
悔しくて愛しくて、抱き寄せて、キスを深めた。
指に絡まるの髪の柔らかさや、身体の細さにドキドキする。
が俺の肩に手を置いた時には、理性なんてなくなってた。
口の中に舌を滑り込ませて、絡めようとした。
…次の瞬間。
俺は、首を絞められていました。
「…ぁの…苦しぃんですけど…」
正気には戻ったけど、いきなりこれはないだろ。
、すっげー睨んでる。
「…ぃ」
「ん?」
「汚い」
「舌入れたのが?」
「…何つーモンを飲ませてくれたの」
「飲ませた」? 何か飲ませたっけ?
…そういや、口の中が何か淋しい。
「……ガム?」
当たっていたようで、はやっと手を放してくれた。
ていうかマジで力こもってたんですけど。
「舌はいーのにガムはダメなんだ?」
「最初からどれも「いい」なんて言ってないんだけど」
「でも、抵抗しなかったよな?」
顔を近づけたら押し返された。
おいおい、さっきのは何だったんだよ。
そして「どうしてだと思う?」とか訊いてきやがった。
お前は好きでもない奴とキスすんのかよ。
わかんないんだとか言いやがるから、これは刷り込みのチャンスだと思って、お前は俺が好きなんだと言い聞かせてやる。
おーおー、考えてる考えてる。
あと一押しか?
俺をこんなに夢中にさせたんだから、責任取れ。
俺もお前を大切にしてやるから。
「…少しでも生理的に受け付けなくなったら別れてもいい?」
スゲェ言い方。
でも真面目な顔で言ってるから、何か可愛い。
俺が快諾すると、は「ならいいよ」と言った。
その時の俺の喜びようと言ったら。
抱きついちゃってチョップをかまされるほどだった。
あー、俺、マゾでもいいや…
もうがすんげぇ好き。マジ好き。
…あ、でも俺、「好き」って言われてねぇや。
to be continued…
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中書き
『Sight』のブンちゃんsideです。
これは『Sight』をアップした直後に書きました。
何か、書きたかったんで…おまけみたいなモンだと思ってください。
でもこのサイトで初めて携帯を使っていない作品です。何か感動。
視点を変えるのは楽しいけど難しいです。
今度はヒロインに「好き」くらい言わせようと思います。
もう順番がめちゃくちゃですね(笑)
2004年1月13日
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