雪の天使は空へと還る。
 私の天使は、ここに。





  Articuration





「うっわーすっげー積もってるー!」


 今冬一番の大雪が降った早朝、ジローに電話で呼び出され、私たちは近所の公園までやってきた。
 公園はまっさらな白銀の雪に覆われていて、まるで知らない場所を見ているようだ。
 まだ誰も足を踏み入れていないそこへ、すっかり覚醒しきったジローが無邪気に駆け込んでゆく。ジローの足跡が、一本の道を引いていった。
 途中で円を描いて、くるくる回って、辺りから掬っては散らす。

 その様子をぼんやり見ていると、遠くから「もおいでよ」と手招きされて、私はジローの足跡の横に一歩踏み出した。ジローより一回り小さいサイズの足跡が小さい歩幅で並ぶ。これを見ただけで、その人が走っているのか歩いているのかがよく解かる。
 吐く息が目の前を白く流れた。


「雪だるま作ろっかあ!」


 私が近くまで来ると、ジローはお約束とばかりにそう切り出した。私が頷くと同時にしゃがんで、せっせと雪を固め始める。


は頭ねー」

「りょーかい」


 つまり私が小さい方担当なわけだ。でもこれだけ目が覚めていて活動的なジローなら、私よりも先に胴体を作ってしまうだろう。
 私はサラサラな新雪を多めに掬い、両手でぎゅっと丸めた。
 手袋についた雪を目に近づけてよーく見てみると、本当に理科の教科書に載っているような結晶の形をしている。これで一粒一粒形が違うというのだから、きれいなものだ。

 ある程度まで手の中だけで雪玉を大きくして、後は地面に転がしていく。
 ジローの様子を見遣ると、向こうはもう頭部に使えそうなほどまでに雪玉を大きくしていた。
 ジローは楽しむことにはいつも全力投球で、見ていて本当に気持ちが良い。
 中腰で雪玉をコロコロ転がしながらも、私はジローに目を奪われていた。


「ねえ、このくらいでいいかなあ?」


 やがてジローが私の方を見て、サイズの確認をしてきた。私はハッとして、ジローに合わせていた焦点をその手元の雪玉に移す。大きすぎず小さすぎずといったところか。
 こちらで作っている頭部とのバランスを測るため、私はジローに向かって自分の雪玉を転がしていった。並べて見ると頭部は明らかにまだ小さい。


「うん、いいんじゃないかな。あとは頭をもう少し大きくするだけだね」

「じゃあ俺、顔とかに使う石や枝拾ってくる!」


 ジローは公園の隅にある大木の方へ駆けてゆき、石や枝が落ちていないかとその根元の雪を掘り返し始めた――…何だか犬みたい。
 私は笑いをこらえながら頭部を完成させ、表面を押し固めてから胴体に乗せようと持ち上げた。途端、「あーだめーっ!」というジローの叫び声が近づいてきた。
 ジローはこちらに向かって拾ってきた石と枝を投げ、雪だるまの頭部を反対側からがっしと持った。


「頭乗っけるのは一緒がいい! それにほら、落としたら危ないし!」

「ふふっ…そうだね。一緒に乗っけようか」


 あれこれ言い訳してるけど、本当はただ自分が乗せたかっただけなんだろうな。子供みたいでいちいち可愛い。
 私がどうして笑っているのかジローは理解していないようで、私につられてへにゃっと笑った。寒さで赤くなっている鼻と頬が、ジローをより幼く見せた。

 ふたりで頭部を胴体の上にまっすぐ乗せ、合わさったところに繋ぎの雪を詰めて原形は完成。胴体に長めの枝を刺して手にしたら、あとは顔のデザインだ。
 顔に石を二つ埋め込んで目。その下に緩くカーブを描く枝をつけて口。ジローはなぜかその口を笑顔の形ではなく『への字』になるようにつけたので、私は雪だるまの右目の下に小さめの石をつけてみた。跡部の顔になって、私たちは声を上げて笑った。
 違うよ跡部はもっとムスッとしてるから吊り上った眉毛もつけなきゃー、とか言ってジローが目の上に枝を二本くっつけると、もう間違いなく跡部な感じの雪だるまになり、ますます笑った。


「あーおかCー」


 ジローはズボンが濡れるのもお構いなしに雪の上に座り込んだ。はしゃいだせいで暑くなったのか、マフラーを取って雪だるまの首にかけてやる。
 私もすっかり濡れてしまった手袋を脱ぎ、雪だるまの手につけてあげた。

 素手で直接雪を掬うと、手のひらの上ですぐに融けていく。
 それが何だか淋しくて、私は液体になってしまった雪をきゅっと握り込んだ。
 今作ったこの雪だるまも、いつかはひとりぼっちで融けていくんだ。


「――、スノーエンジェルって知ってる?」


 私の様子を見ていたジローが、唐突に質問をしてきた。
 直訳すれば『雪の天使』だけど、それが何を意味するのかは知らない。
 私が首を横に振ると、ジローはまだ踏んでいない雪のところまで駆け出し、ドサッと仰向けに寝転んだ。
 私もそこまで行ってジローを見下ろすと、ジローは仰向けになったまま両手両足を上下左右に動かし、雪に扇状の跡をつけていった。
 そしてしばらくしてからジローは慎重に起き上がり、私の横に並んで自分が寝転んでいた場所を見下ろした。

 そこには確かに、天使の姿があった。
 上下に動かした腕の跡は天使の羽根に、左右に動かした足の跡はスカートに。


「すごーい…」

「前にテレビでやってたんだよ。かわいいっしょ?」

「うん」


 小さな子供が作れば小さな天使ができて、もっと可愛いだろうな。
 まあこれはこれで、頭の部分にはジローの髪の跡がついてて、なかなか天使っぽい。でも何か足りないような気がする……あっ。私はぽむっと手を打ち鳴らす。
 私は迂回してスノーエンジェルの頭の方へ行き、その頭の上に指で楕円を描いた――天使の輪。


「どう? これでもっと天使になったんじゃない?」


 正面から確かめる為に再びジローの横に並んで、スノーエンジェルを見下ろす。うん、可愛い可愛い。
 得意げにジローを見上げると、ジローは私を見ていて、嬉しそうににこにこ笑っていた。
 何か、今度は私の方が子供みたいでちょっと恥ずかしい。

 ふとジローの髪の毛に雪のかたまりがくっついているのが見えたので、私は手を伸ばしてはらってあげた。
 ジローはただされるがままになっていたかと思うと、突然私の手を掴んできた。いつの間にかジローも手袋を外していたけれど、その手は熱かった。


「スノーエンジェルがね、あの雪だるまを見守るよ」


 多分こっちが先に融けちゃうだろうけどね、と言って、ジローは私の手を握る。
 ああ、その為にスノーエンジェルを作ったんだ。


「融けてもきっと空から見てるから、だからさみしくないよ」


 まるでおとぎ話のような理屈だけど、ジローが言うと本当にそんな気がするから不思議だ。雪の使者が雪だるまを見守るだなんて、何だか素敵じゃないか。
 穏やかに微笑むジローに、私も微笑み返す。
 雪まみれになってまでスノーエンジェルを作ってくれたジローがいとおしかった。

 あの雪だるまの天使がスノーエンジェルなら、私の天使はジローだよ。
 見守ってくれるんじゃなくて、一緒に歩いてくれる地上の天使、ってとこ。
 そんな表現するのは正直恥ずかしいけどね、誇張でも何でもなく本当にそう思ってるって言ったら、笑うかな。

 でもジローは私に幸せと安らぎをくれるひとだから、『天使』って表現、あながち間違ってないと思うんだ。
 ねえ雪だるまくん、ぜひ君の意見も聞きたいな。





END





articuration(英/アーティキュレーション)=1フレーズの旋律をさらに小さい単位に区切り、そこに形や意味を与える事。


2006年6月15日


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