すべて、この雨のせいにしてしまおうか。
Ambience
「…朝は降ってなかったのになー…」
窓の外を見れば、重たそうに灰色に濁った雲が、みみっちい細い雨をシトシトと降らせていた。降り始めたのは午後になってからだ。
おかげで俺の髪の毛は膨らんでモサモサになっちゃったし、肌も何かジトッとするしで気分は下降気味。
救いがあるとすれば、今日は元々部活のない日だってことくらいかな。このくらいの雨なら部活は中止にならない。こんな中途半端な天気じゃやる気も出ないもんなー。
「どうせならもっとザバーッて降ればいいのに」
そう思わないー? と、ちょうど実習室の掃除当番を終えて教室に戻ってきたに問いかける。
は自分の机からカバンを取ると俺の机まで寄ってきて、俺の前の席で横向きに座った。
は膝の上にカバンを乗せて開け、何やら中をごそごそ探りながら答える。
「そうだねえ――でもジロー、傘持ってこなかったんでしょ? ならあんまり激しい雨じゃない方がいいんじゃない? びしょ濡れになってたかもよ?」
「ぅ……そーだけどー…」
「私のに入れてってあげるから」
にっこりと笑って顔を上げたは、カバンから抜いた手に黄チェックの折りたたみ傘とヘアブラシを持っていた。
カバンを前の机の上に置いて、手に持ったその二つを俺の机に乗せると、立ち上がって俺の頭を撫でる。
なだめるように上から下へとそっと滑る手が心地好くて、俺は毛づくろいされるネコのように目を細めた。
の手が伸びてヘアブラシを取り、俺の髪に当てる。ブラシで梳いたからって膨らんだ髪が完全に収まるわけじゃないけど、どんよりしていた気分は治まっていく。
はやさCな。性格だけじゃなくて、存在が、やさしい。大好き。
「……っと。少しはおとなしくなったんじゃないかな」
「ありがと。でももっと触っててほしかったなー」
離れていった手が淋しくて俺が甘えるようにそう言うと、はふふっと笑って「また今度ね」と言った。
シトシト雨もたまにはいいかなとか思った。
昇降口には傘を忘れた生徒たちが何人か、やみそでやまない雨にまごまごしている。まあいいやとそのまま外へ飛び出す人もいれば、友達の傘に入れてもらう人もいるし、車を待っている風な人もいる。
そんな様子を何気なく眺めていると、すぐ横で黄色の傘が開き視界をふさがれた。
「ジロー入って。行こ」
傘を差しかけられて、俺はそれに潜り込む。そしてが歩き出すタイミングに合わせて俺も足を前に出した。
チリも積もれば何とやらなのか、こんな弱々しい雨でもアスファルトはしっかりと濡れて全体的に黒くなっている。
小さな水溜りを軽くまたぎながら、俺は傘の柄を持つの手に、自分の手を重ねた。
不思議そうに顔を上げたに、俺は笑みを返す。
「俺も半分持つー」
「半分って…」
だってが持ったら俺が濡れないようにってこっちに傘傾けるだろうし(実際傾きかけてた)、俺が持ったらその逆になる。そんな風に俺が濡れるのをは快く思わないだろうし、俺だってが濡れるのはやだ。
だから、妥協案。ふたりで持とう。
俺の説明に、はまたふふっと笑って「そうだね」と頷く。
「と相合い傘、うれCーなー。これなら毎日雨でもいいー」
「でもふたりで一個だとどうしても濡れちゃうから、今度からは傘持ってきてくださいねー」
「はーい」
他愛もないやりとりにクスクス笑い合いながら俺は、砂浜で使うでっかいパラソルとかなら濡れずに相合い傘できるなとか思っていた。
相合い傘の何がいいって、相手とぴったりくっつけるのもいいけど、傘の内側はすれ違う人のことを気にしなければ実は密室なところだ。
俺は重ねた小指を、の人差し指と中指の間に滑り込ませて絡めてみる。の反応をちらりと盗み見ると、は頬をほんのり赤く染めてうつむいていた。
かわEー……ていうか我ながら、エロEー。
もっと指を絡めてラブラブ繋ぎみたいにしちゃおうかと思った途端、ヨコシマな俺を戒めるように突然雨脚が強くなってきた。
気持ち、の方に傘を傾ける。俺の肩の濡れる範囲が少しだけ広がる。
外界の音が遮断されて、傘をたたく雨のリズムと、俺とが水を蹴る音しか聴こえなくなっていく。
……逆効果じゃん。余計ムラムラするよ。
これから何が起こったとしても、雨のせいだってことで。
俺はの耳元に顔を寄せて、ちゃっかり柄を持つ全部の指を絡めながら、ぽそりと囁いた。
「――今日、うち寄ってって?」
雨音が何もかも、かき消してくれるから、さ。
黄色い傘が戸惑いに揺れた。
愛しさがつのっていく。
END
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後書き
とっても健全な男子中学生の慈郎。
気持ちとしては『Andante』後の夏。
今ちょっと春夏秋冬でこんなん書けたらいいなとか思った。
ambience(アンビエンス)=雰囲気。音響用語としては、聴く人が音で取り囲まれているような臨場感の事をいう。
2006年5月13日
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