君といればいつだって、世界は彩りを増すんだ。
Agogik
「う〜さむっ」
屋上に出て柵のところまで行くと、涼しいと言うより冷たい風が吹き抜けてきたので、俺は腕を抱えてぶるっと身震いした。
季節はあっという間に秋だ。長いように感じた夏も、今はもう遠い。
過ごしやすくなってきたのは嬉しいけど、来年まであの暑さに逢えないのだと思うと、なんだか淋しい気もした。
「焼きイモ食べたE〜栗ご飯食べたE〜」
食欲の秋よろしくあったかい秋の食べ物を並べて俺がわめき始めると、隣にいるが噴き出した。
「あはっ、帰りに焼きイモ買って帰ろうか」
「栗ご飯は〜?」
「今度作ってきてあげるよ」
迷わずそう言ってくれたことが嬉しくて、俺は「ありがとー!」とに抱きついた。
栗ご飯くらい母さんに頼めば作ってくれるはずだけど、それは黙っておく。が作ってくれる、ってトコが大事。
人の体温が思いのほかあったかくて、ぎゅーっとしたまま離さないでいると、も暖を取るように俺に擦り寄ってきた。
やわらかくていいニオイだ。もしかしたら、俺が今一番食べたいものはこれかもしれない。
キスくらいしたいなと考えていると、どうやって吹き上がってきたのか、枯れ葉が屋上をカサカサ滑る音が聴こえてきて、は俺からパッと身体を離してしまい、その枯れ葉を拾い上げた。
は茎を指先でつまんで、茶色く色を変えカラカラに乾いた葉っぱをじっと見つめて呟く。
「……紅葉狩りに行きたいなー」
「もみじがり?」
春には「どこかに行きたくなる」と言っていた。結構アウトドア派だ。
は茎をくるくる回して楽しんでから、柵の向こうに枯れ葉を投げ捨てた。風に乗ってゆるやかに落ちて消えていく様子を、二人とも何気なく見送る。
「山に紅葉を見にいくの。たくさんの赤や黄色がきれいだよー。週末行ってこようかな」
俺を誘いもせず一人で勝手に予定を決めてしまって、なんだか面白くない。
ただ紅葉を見るだけだからって俺が退屈するとでも思ってるのかな。そんな気遣いいらないのに。
ずっと一緒に歩こう、って約束したのに。
「――俺、もっと近くにあるきれいな紅葉知ってるよ」
「え? どこどこ?」
俺の言葉に食いついてこちらを向いたの肩を掴んで、すかさず唇を奪う。
噛みつくように唇で唇を挟んで、わざと音を立てながら離した。
目を開けてみれば、ほら――きれいなきれいな紅葉がそこに。
真っ赤に染まったの頬を撫でながら、その鮮やかさに俺は目を細めた。
「ここ。しかも年中いつでも見られる紅葉だよ、俺限定でね」
にっこり笑ってそう言うと、はますます真っ赤になった。耳まで赤い。
『俺限定』ってのは希望だけど、こんなきれいな、誰にも見せたくないよ。
は顔をうつむけて「私自身は見れないじゃない」とか悔しそうにぶつぶつ言う。恥ずかしさで体温が上がって暑いのか、熱を冷ますように自分の手で顔をぱたぱた扇いでいた。
いちいち可愛く思えるの様子を上機嫌で見つめていると、が突然俺のブレザーの襟元を掴んできた。
ぐいっと引き寄せられて、気がつけばまた俺の唇がの唇にくっついてる。
ああ、そうきたか。自分じゃ見られないから俺も赤くなれってことね。
意外と長いキスに、俺はあえて自分から唇を動かさず、のしたいようにさせた。
いつもキスはからしてこないので、慣れてなくてぎこちない。それがたまらなく心地好かった。
愛しさに押し潰されそうになっていると、が顔を離していった。もっとしててもよかったのに。
…さて、俺は赤くなってるかな。どこかわくわくしながらを見遣ると、きっと間違いなく俺よりの方が赤くなっていた。それが自分でもわかるんだろう、はうらめしそうに俺を見る。
俺が「ははっ」と笑うと、は俺の頬を両手で包み、まっすぐ俺の瞳を覗き込んで、消え入りそうな声で言った。
「――…私の紅葉になってよ、ジロー」
恥ずかしさをおしてキスしてくれたには悪いけど、これがイチバン効いたかも。
暑いな。俺の顔、どうなってるかな。
俺を見つめながら、が嬉しそうに微笑んだ。きっと、それが答えかな。
今俺の方がより赤くなってたとしても、悔しくないよ。
その笑顔が見られるなら、の為の紅葉になってあげる。
END
agogik(独/アゴーギグ)=テンポに微妙な変化をつけて、音楽に精彩を与える事。
2006年6月14日
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