初めて話をしたサン…もといは、やっぱりあの瞳をしていて。
…なんだろ。変えてあげたい、っていうのはおこがましいかもしれないけど、ただ俺は…心から笑った顔を見たいと思った。
だから言ったんだ、友達になろう?って。
の笑顔を見たいから。
はすごく戸惑っていて、掴んだ両手はちいさく震えていた。
でも嫌じゃないって言うし、きっと大丈夫。俺たちは友達になれると思った。
だって、は俺の名前を呼んでくれたし、俺が名前で呼んだら、とても嬉しそうな表情をしたから。
うん、友達になれる。
俺の名前を呼んで、初めて「きれいだね」って言ってくれたひと。
…俺はね、を知ってたよ。
あんな瞳で、表情で見る世界は、どんなに淋しいんだろうって、思ってた。
ずっとずっと気になってた。
…俺はね…
2〜懇願〜
退屈な6限の数学が終わって(ほとんど寝てたけど)、やっと放課後。
部活に行こうと教室を出ると、廊下の少し先に友達と一緒にいるの姿が見えた。
俺はを追いかけて、肩をぽんと軽く叩く。
はビクッとして俺を振り返ると、目をまんまるくさせた。
「ばいばい」
ニッコリ笑って、手を振りながらの横を通り過ぎる。
は一瞬あっけにとられてたけど、やがてちいさく笑って手を振り返してくれた。
俺は嬉しくなってまたぶんぶん手を振り返し、リュックを背負い直すと、意味もなく廊下を駆け抜けていく。
嬉しいのには、理由がある。
、俺はのことを、一日遅れの誕生日プレゼントだと思ってるんだ。
プレゼントが友達だなんて、なによりも嬉しい。
俺にとって友達は、ワクワクドキドキ、楽しい気持ちにさせてくれるものだ。
はこれから、どんな楽しさをくれるんだろう。
そして俺はに、どんな楽しさをあげられるんだろう。
考えると、すっげーワクワクする。
眠気なんかぜんぶ吹っ飛んでいて、俺は全速力で走るのをやめなかった。
今めいっぱいはしゃぎたいって気持ちなんだ。きっと。
玄関を出たところでがっくんとすれ違った。
と思ったら、がっくんは俺に並んで走り(跳び?)出した。
そんでそのまま、なにか窺うように声をかけてくる。
「何だよジロー、何でお前起きてんの?」
「へっへ〜! いいことあったから!」
「いいことっ!? 何だよいいことって!」
言えよー、ってがっくんは俺をつついてくる。
俺はただ笑って、部室に入った。
中では忍足が着替えてて、笑ってる俺を見るとぎょっとした。
「…何でお前起きてんのや…?」
忍足もがっくんと同じことを訊いてくる。
確かに俺いつも寝てるけどさ、起きてたっていいじゃん。
俺はやっぱりただ笑って、自分のロッカーに向かい着替え始めた。
がっくんが忍足に言う。
「なんかさ、ジローのヤツいいことあったんだって!」
「いい事? ジロー、何やそれ?」
うーん、どうしよっかな。
言ったっていいんだけど、なんかもったいない気もする。
自分だけの秘密基地を誰かに教えてしまいたいんだけど、そのまま秘密にしておきたいような気分だ。ジレンマってやつ?
俺が黙って悩み込んでいると、跡部が入ってきた。
跡部も俺を見ると怪訝そうに眉を寄せた。
「…珍しいなジロー」
みんなヒドい…
いーもんいーもん。もう教えてやんないもんね。
口をつぐむ俺を尻目に、今度は忍足が跡部に簡単な説明をしてる。
伝言ゲームかよ。
跡部は「フーン」と興味なさげな相槌を打つ。
「…で?
ちょっとやそっとじゃ目覚めねぇジローが完全に目を覚ますほどのいい事ってのは何だよ?」
跡部が俺を見て、答えを求めるように言った。
うーん…どうせなら…
「…跡部が俺と試合してくれたら教えてあげるっ!」
うん、我ながらナイスアイデアだ。
「はあ?
お前、それは俺様が相手をしてやってもいいと思うほどの有益な情報なのか?」
「俺にとってはね」
ニコッと笑って断言。
跡部はちょっと考えてるみたいだ。
がっくんと忍足は、そんな跡部をじっと見守ってる。
なんか騙してるみたいだけど、うそじゃないから問題なし。
「…いいぜ。言ってみろよ」
あ、好奇心に負けたな跡部。
俺は「やーりぃ!」と大げさにガッツポーズをしてみせる。
よし。じゃあ教えてあげよう!
「あんねあんね、今日、新しい友達ができたんだ!」
「「「……は?」」」
三人の声が重なった。
「…まさか、それだけとは言わねぇよな?」
「それだけ」
「…!」
跡部がわなわなとこぶしを震わせた。
おお、目が据わってる。
「跡部、約束守ってね」
ブシに二言はないよねーと言うと、跡部は苦虫を噛み潰したような顔になって、ひどく低い声で「ああ…」と答えた。
跡部っていいヤツだー。
「でさー、それってどこのどいつ? 女?
男の友達ができてそんな喜んでるわけじゃないよな?」
がっくんが興味津々って感じで訊いてきた。
「女の子だよー。同じクラスの、っていうんだ」
「お、どんなコ? 可愛い?」
「大人しめで、可愛いよ」
でも…もっと笑えば、もっと可愛いと思うんだけどな。
「…ジロー」
跡部が訝しげに俺を呼んだ。
「ん?」
「それだけなのか?」
お、さすが超眼力の持ち主だね。見抜いてんのかな。
俺は思わず苦笑する。
「あと…すごくね、悲しい目をしてるんだ」
悲しいってだけじゃない、今にも…
「…なあ」
今度は忍足が口を挟んだ。
なんか、すっげー真剣な顔してる。
右手で右目の下を指差して、忍足は続きを言った。
「そのコって、ここんトコにホクロのあるコか…?」
「うん! そうだよ!
なんで知ってんの?」
忍足に詰め寄るけれど、忍足は俯いて目を逸らし、もうなにも言わなかった。
跡部も、がっくんも、忍足を不思議そうに見つめていた。
コートに来て、屈伸したり手首をぶらぶらさせたりと準備運動をする。
へへ、跡部に相手してもらうの久しぶりだ。がんばるぞー!
跡部も俺の横で準備運動をしてたけど、しばらくして、跡部がその動きを止めた。
なんだろうと思って見てみると、跡部は顔を上げて、向こう側のギャラリーを凝視していた。
「…おいジロー、お前の言ってたとやらはあれか?」
跡部が指差す場所に目を向けてみると、ギャラリーの派手な跡部ファンの端の所にぽつんとがいて。
でもは、跡部というより俺の方を見ていて。目が合って。
俺はマジで驚いた。
そして、気がついたら走り出してた。
コートとギャラリーを繋ぐ階段を駆け上がり、のいる場所に向かう。
姿を確認して呼びかけた。
「っ!」
は気まずそうに俺を向く。
「あ…くたがわ君…」
「なんでいるの?」
「友達に、見に行かないかって誘われて…」
そこが跡部ファンの巣窟だとは知らずに付き合って来てしまって、友達はいつの間にか跡部ファンの一団に混じってしまったのだとは苦笑して言う。
だけど俺としては、そのうち誘おうと思ってたし来てくれてすごくうれCな。
「ね、ね、これから跡部と試合するんだ。応援しててね!」
「あ、そうなんだ? 頑張ってね」
「うんっ! じゃ、行ってきます!」
と張り切ってコートに下りようとしたけれど、俺はふと立ち止まって笑顔でを振り返る。
「『ジロー』、ね?」
「あ…うん……慈郎、君…」
が恥ずかしそうに俯いて言った。
「…うん」
うわ。なんか今、ちょっと、照れくさかった。
だっての呼ぶ俺の名前は、みんなが呼ぶのとどこか違う気がする。から。
どうしてだろう。
身体中の血が熱くなって、体温が上がったような気がする。
俺はそれをごまかすようにギャラリーを駆け下りて、準備を終えてコートに立つ跡部に向かった。
さあ、試合だ試合。
審判は忍足。1セットマッチの真剣試合だ。
サーブは俺から。
ヒュッと風を切らせ球を高く上げる。
見上げた空は青く晴れ渡っていて、なんて絶好の昼寝日和だろう。
そんな時に眠気も感じず試合をしている俺は、やっぱりどこか浮かれているのかもしれない。
と友達になれたことと、跡部と試合できることと、それをが見ててくれること。
今日はなんていい日だろう。
昨日も家でごちそう食べたりプレゼントもらったりしたけど、今日には敵わないんじゃないかって思う。
すべてはから始まってる。
俺は落下を始めた球を打ち下ろした。
それがど真ん中に決まって、そのままポイント。
なんか今のサーブ、いつもより球速が上がってたかもしんない。
跡部がチッと舌打ちした。
へへっ、どんどん行くよ。
次のサーブはさすがに取られたけど、サーブと同時にネットへ走っていた俺は得意のボレーで球を返した。うん、いい感触。
球は左サイドラインの辺りに落ち、ろくにバウンドもせずに跡部のコートに落ち着いた。
「30−0。
…にしてもホンマ嫌なボレーやな。指名されたんが俺やなくてよかったわ」
忍足がコールのついでにぶつぶつ言ってる。
俺としては、忍足とでもよかったんだけどね。
今日は本当に調子がいいのか、それから多少のラリーはあったものの1ゲーム目は跡部にポイントを取らせずにキープした。
うぉー、ここまでうまくいきすぎると逆にこえー。
跡部ちょっと不機嫌だしぃ…気は抜けないなっと。
ラケットを構えて跡部のサーブを待つ。
と。
ものすごい速さのサーブが俺の横を抜けた。目で追うのがやっとって感じ。
「…すっげー」
さっすが跡部。1ゲーム目は小手調べってとこ?
でも負けねーぞー!
…ふう。やっと4−4か。
跡部相手に4ゲーム取れるなんて俺ってすげー。
いつも勝つつもりでやってる。
跡部にだって部長にだって勝てたためしはないけど、いつでも、勝つつもりで。
だけど今日はつもりじゃなく、本当に勝てる気がした。
根拠なんかない。
でも、勝てる。
勝てるっ!
――バスッ!
力みすぎて、サーブがネットに当たった。あちゃ〜…
ハズカCなあと思いながら次の球を取り出すと、跡部が構えていたラケットをスッと下ろした。
なんだろうと思ってじっと見ていると、跡部はアゴをしゃくって後ろを示した。
「ジロー…いいのか?」
「ん?」
後ろを振り返ると、ギャラリーにいたが顔を覆い、上半身を折っていた。
そう、まるで…泣いてるかのような…
泣いて……っ!?
「ッ!!」
階段を上るのももどかしくて、俺は助走をつけて塀をよじ登り、に駆け寄る。
「どうしたの!?」
俺が声をかけるとはビクッと震えて、首を横に振った。
「…なん…でも、ない…」
「なんでもないわけないだろ!」
そんな震えた、涙声で…どうして、なんでもないなんて言うの?
俺がどんなに呼びかけても、はただ首を横に振るだけ。
でも俺は、「泣かないで」とは言えなかった。
…俺はね、知ってるんだ。
がいつも泣きそうな顔をしてるのを。
俺から二つ横の席のは、腕を枕にして寝ると、授業中によく見える。
何気なく視界に入った横顔は、今にも泣き出しそうで。
でも泣かないんだ。
それが意識的なものなのかはわからない。
泣きそうな顔の後には必ず目をぎゅっとつむって、目を開くと少しだけそれが治まったように見えるんだけど、余計つらそうに見えた。
その理由を俺は知り得なかったから、ただ単純に、彼女はオトナなんだと思ってた。
でも違う。
は泣かないんじゃない。泣けないんだ。
今日話しただけ。それだけでも、俺はそんな風に思った。
なにかを溜め込んで、溜め込んで。時々少しだけ吐き出して。吐き出す度に泣きそうな顔をして。ぐっとこらえて。またなにかを増やして。
だから、俺はに泣いてほしい。
「泣かないで」なんて心にもないこと、言えなかった。
こんな人目の多い場所じゃなくて、静かなところへ連れていって思いっきり泣かせてあげたかった。
もっと泣けばいい。泣けばいい。お願いだから泣いてよ。
ねえ…こんなこと思うなんて、俺は、サイテーかな…?
にとっては、余計なお世話かな…?
はすぐにポケットからハンカチを取り出して顔を拭った。
そうして顔を上げたは、あの目をぎゅっとつむった後のような顔をしていた。
無理に笑顔を作って、俺に向ける。
「…ごめんね? 試合中断させちゃって…
もう、大丈夫だから…」
俺に心配かけないようにそう言ってるんだよね。
その思いやりが、痛々しい。
「試合なんか…!」
もうどうでもいいんだ。の方が大事だ。
そう言おうとしたら、誰かに遮られた。
「なあ、アンタ」
聴き慣れた低い声。気の抜けるようなその声を発したのは、忍足だった。
ギャラリーの真下からこっちを見上げている。
今の呼び方だとどうやらに話しかけているらしく、もそれがわかって、忍足を見下ろしながら自分を指差し首を傾げた。
忍足は頷いてニッと笑う。
「そうアンタや。
なあアンタ、テニス部のマネージャーになる気あらへん?」
「……は? え?」
は混乱したようで、忍足と俺を何度も交互に見た。
俺も突然のことに驚いたけど、でも…
「それいい!」
思わず忍足の提案に賛同してしまっていた。
「ね、部活なにも入ってないんだろ? だったらマネージャーになってよ!」
「いや、でも…っ」
両手を横に振って拒否しようとするに、忍足が畳みかける。
「えぇやんか。マネージャー言うても、ほとんど1年が手伝うてくれるから」
「だったら、いらないんじゃ…」
「いるよ! 1年も後半は練習厳しくなって大変なんだぜ! マネージャーはいる!」
「あの、私じゃなくても…」
まだも断ろうとするに、さらに追い打ちをかけた。
「がいいんだよ!」「アンタがえぇんや」
図らずも俺と忍足の声が重なって、は絶句した。
ひどく困惑したような表情で、ぽつりと、呟く。
「私で…いいの…?」
さっきとは少し違う問いかけ。
それにも、答えはひとつだ。
「がいいんだよ」「アンタがえぇんや」
するとはくしゃっと髪に手を差し込んで、泣きそうな顔して、ちいさく頷くと。
「…やります…」
消え入りそうな声で、そう、言った。
to be continued…
********************
中書き
せめて2話までは6日に間に合わせようとして頑張って書いたけど…
これ終わるんかなぁ?(訊くな)
早いトコ3話をアップして、少しずつ謎を解明させていきたいです…忍足の行動とか。
あ、忍足の関西弁は見逃して下さい。
2004年5月6日
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