ソ連言語政策史の若干の問題

塩川　伸明

�T　　研究史をめぐって

�U　　1938年３月のロシア語教育義務化決定

�V　　ロシア（語）化の度合――データとその解釈をめぐる若干の問題

�W　　ペレストロイカ期の言語法

１　　概観

２　　エストニア（およびラトヴィア）

３　　モルドヴァ

４　　ウクライナ（およびベラルーシ）

５　　カザフスタン

６　　連邦の言語法

�X　　ソ連解体後の状況

付論　視点をめぐる１試論

ソ連言語政策史の若干の問題

ソ連民族政策の重要な一環としての言語政策については、これまでも多くの人が関心を寄せ、少なからぬ量の研究を蓄積してきた。ペレストロイカ以前の時期にあっては資料上の壁が大きかったが、ペレストロイカ期には情報の爆発がみられ、多角的な解明が可能になった。更にソ連解体後は、「ソ連の」政策ではなく「独立した各国の」政策が問題となるという重要な変化が生じた。こうした経緯を踏まえ、これまでの知見をできる限り総合しながら、一つの見通しをつけることが課題となっているが、本稿はそのための一つの予備作業である。

予め断わっておかねばならないが、本稿は完成した論文ではなく、将来の論文のための準備稿という性格をもつものである。そのため、いくつかの断章の寄せ集め的な性格を帯び、また資料紹介に力点をおいて、その分析については後日を期している。そのため、やや読みにくいものになっている可能性は否めないが、将来の論文を過度に長大なものとしないためには、資料紹介的な部分を予め討論用ペーパーとして発表しておくことが便宜ではないかと考え、このような形でとりまとめることにしたものである（なお、末尾の付論では、それまでの部分とは趣を異にして、こうした問題を論じる背後にある問題意識の一端について、試論的にではあるが、かなり直截かつ論争挑発的に述べてみた。これは、資料紹介とは異なった意味においてではあるが「学術論文」には含めにくい性質のものであるため、このような形で討論用ペーパーの一部に含めることにしたものである）。当該テーマにそれほど強い関心をもっていない読者は、資料紹介の細部は読み飛ばしていただいて差し支えないが、全体をざっと流し読みすれば問題の所在程度はつかんでいただけるのではないかと思う。

�T　研究史をめぐって

言語政策は「国民国家」形成において大きな位置を占めている。そのため、ソ連（あるいはその他の社会主義国）に限らず、様々な国の近代史における言語問題は種々の角度から研究されてきている。社会主義国の歴史は、従来、非社会主義国の歴史と同じ土俵で論じられることが少なかったが、「社会主義以降」をも視野に入れねばならなくなった今日、その枠を広げることが必須となるだろう。

多言語国家における言語政策のかかえる困難性と様々な対応については、例えばフロリアン・クルマス[1]が世界各国の具体例を豊富に紹介していて興味深い（但し、ソ連への言及はごく短く、表面的である）。その他、より具体的には、旧オーストリア＝ハンガリー帝国、オスマン帝国、インド、ベルギー、スイス、カナダ、スペイン（バスクおよびカタロニア問題）、シンガポールその他、数多くの国についての各論的研究がある。それらの例についての私の知識は、それらの地域の専門家にとっては常識的なものであろうから、ここでそれらの典拠をわざわざ列挙するまでもないだろう。とにかく、これらの諸国の例との異同を考えることは、ソ連について考える上でもいくつかのヒントを提供してくれる。後に言及する社会言語学者レイティンが、世界各地の言語政策についての該博な知識を基礎に旧ソ連の言語問題に取り組みだしたことは、その意味で歓迎すべきことである。

ソ連言語政策の研究史についていうなら、欧米の研究者は、古くよりソ連言語政策の様々な側面を研究してきた。それらを網羅的に挙げることはとうていできないが、一応、私の目に留まった代表的なものを挙げておきたい。

比較的早い時期からこの問題に取り組んでいる代表的な研究者としては、先ずビリンスキーの名を挙げねばならない。彼の仕事の中では、1958-59年教育改革を中央の政策のみならず各共和国ごとの動向まで踏まえて追跡した論文が特筆されるが、その後も、いくつかの論文を発表している[2]。

ビリンスキーは民族問題（特にウクライナ）の専門家だが、言語問題に特化した研究者としては、クラインドラー[3]とカークウッド[4]の二人が挙げられる。二人とも編著を出しており、この領域を主導している。また、とりたてて民族問題とか言語問題の専門家というわけではないが、統計学・人口学に通じたシルヴァーは、ソ連統計についての造詣の深さを生かして、言語問題についても多数の論文を書いている[5]。シルヴァーの研究は、統計操作の緻密さでは群を抜いているが、そのもととなったデータがペレストロイカ以前のものであるために多少の問題がないわけではない。この点については、�Vで後述する。

その他、ウィナー[6]、 リプセット（有名な社会学者のリプセットとは別人）[7]、ソルハニク[8]、プール[9]、カークリンス[10]、 シアマン[11]等々が論文を書いていて、きわめて多彩である。これ以外に、民族問題全般を扱った作品でも言語問題に触れているものは少なくない（例えば、ナハイロとスヴォボダの共著[12]など）。また、特定の民族に集中した個別研究もかなりある[13]。

ペレストロイカ期からソ連解体期にかけては、民族・言語問題の政治的クローズアップおよび情報の爆発的拡大の中で、各種の文献があらわれた。しかし、それらをくまなく追うことはできていないし、あえて断片的に例示する意味も乏しいので、ここでは触れない（若干の関連論文については後で挙げる）。更に、最新の研究として、レイティンらの共同研究があるが、これについては後で取り上げる。また、ソ連と同様に解体したユーゴスラヴィアにおける近年の言語状況は、政治と言語の関係について大変興味深いものを含んでいることを付言しておきたい[14]。

次に、ソ連では、民族学者・言語学者・教育学者などによって種々の研究が積み重ねられていた。ペレストロイカ以前のソ連の研究全般についていえることだが、強い政治的・イデオロギー的制約の中で、一見退屈で紋切り型の叙述が大半を占めるが、いわば膨大なゴミの堆積の中に埋もれた有意味な問題提起や情報提供を選り分ける作業は、相当の忍耐・エネルギー・時間を要する。私は、言語政策の問題に取り組みはじめて日が浅いこともあり、その作業を十分果たしているわけではない。この問題に関するソ連の研究史を整理する課題は、他の然るべき人に委ねたい。ここではただ、今なお参照されるべきものをもっている一連の仕事をした人（過去形で書いたが、後述のように今でも活躍している）として、グボグロの名を挙げておくにとどめる[15]。彼の仕事の一つの重要な要素として、バイリンガリズム普及の強調という点がある。これは、バイリンガリズム促進がソ連の公式政策だった*ことを考えると、あたかも当局の立場を代弁するものであるかにみえなくもない。しかし、彼がエスニックにはガガウス人である[16]ことを念頭におくなら、バイリンガリズムの意義を説くのは、それなりに自然なことのようにも思える。

＊ここでバイリンガリズム促進政策というのは、非ロシア人が民族語とロシア語のバイリンガルになるのを奨励することである。非ロシア地域に住むロシア人が当地の民族語を習得することは取り立てて奨励されなかった。その意味で、厳密には、片面的なバイリンガリズム政策というべきである。

日本では、田中克彦が先鞭をつけた。田中は社会言語学の専門家であるが、言語と政治についての一般論にとどまらず、ソ連についても鋭い洞察を含み、先駆的な意義をもつ論文を1970年代にいくつか書いた[17]。ただ、民族・言語理論史に重点があるため、現実の民族・言語政策史にはあまり踏み込んでいない。また部分的には事実誤認もあるが、ソ連を専門とするわけでない人の先駆的業績である以上、とりたててこだわるべきではないだろう。その後、日本でもソ連の民族問題の諸相に関する研究が徐々に増えてきたが、その中で言語問題の比重は相対的に軽かった。それでも、中井和夫、小松久男らが、その著作の中である程度触れている[18]。ようやく最近になって、野田岳人、渋谷謙次郎などの若手が言語政策の問題に取り組み始めたことは歓迎される[19]。

この項の最後に、最近の注目すべき研究動向に触れておきたい。社会言語学者レイティン（あるいはライティンと発音するのかもしれない）は、合衆国、カナダ（ケベック）、スペイン、アルジェリア、インドその他、世界各地の状況を踏まえた一般論を旧ソ連諸国の例に注意深く適用しようとする試みを、ソ連末期からソ連解体後にかけて開始した。元来この地域の専門家でなかった人が体制転換という新しい事態に引きつけられてこの地域の研究に取り組み始める例は他にも少なくないが、その大半が、既成の理論の単純な応用問題として旧ソ連・東欧を考えようとする安易な発想をみせる傾向があるのに対し、レイティンはわざわざロシア語とエストニア語を学び、現地に長期間住み込んで参与観察を行なうという正攻法をとっている点で注目に値する[20]。他の地域に関する研究から得られた一般論を適用するのは、それでもってすべてが解明されるからではなく、むしろ共通の展望の中においてこそ特殊性も明確になるからだという彼の指摘は重要である[21]。

彼はまた、アメリカのロシア・ソ連政治研究者ジェリー・ハフ、および前述のグボグロらとチームを組んで共同研究を組織している。このチームが現地調査の対象としたのは、エストニア、ラトヴィア、ウクライナ、カザフスタンの４国、およびロシアの中のタタールスタンとバシコルトスタンである[22]。後述するように、私自身は、ペレストロイカ期の言語法についてエストニア、モルドヴァ、ウクライナ、カザフスタンの４国に例をとった事例研究を行なっているが、その作業をある程度進めた段階で、レイティンらのチームがほぼ重なる対象を選択したことを知った。これらの国が代表的な事例をなしている以上、選択の重なりは単なる偶然ではないが、私の選択が無意味ではないことを確信させてくれた。私の作業はペレストロイカ期の歴史を主眼とし、レイティンらの共同研究はソ連解体後の現状に関するものであるが、後者は前者を考える上でも、必要な展望を与えてくれる。

�U　1938年３月のロシア語教育義務化決定

1938年３月13日、全連邦共産党中央委員会とソ連邦人民委員会議は、「民族共和国および州*の学校におけるロシア語の義務的教育に関する決定」を採択した（実際には、もちろん、党政治局が中央委員会と人民委員会議の名において決定したわけであるが）。ソ連言語政策史において重要な位置を占めるこの決定については、古くより多くの文献が言及しており、広く知られてきたが、そのほとんどは出典を示さずに書いており、決定のテキストそのものは確認されないままにとどまっていた。

＊「民族共和国および州」という表現はいささか奇妙である。正式の法的用語としては「民族共和国」という表現は存在せず、「連邦共和国」か「自治共和国」のはずだが、ここではその両方が一括して指されている。決定本文では、「連邦共和国および自治共和国」という用語法と「民族共和国」という用語法が混在している。「民族州」も正式には「自治州」である。

例えば、欧米の文献のうちでは珍しく典拠を記した研究論文においてクラインドラーは、1948年刊のロシア語の書物を挙げている[23]。 ところが、当該書に掲載されているのは、1938年決定そのものではなく、この決定の遂行に関する1940年２月23日付けロシア共和国教育人民委員部決定（ロシア共和国内の自治共和国における遂行度を点検した会議結果を承認したもの）なのである[24]。元の決定自体は見つからず、その遂行度点検に関する後の決定だけが見つかるというのは、奇妙なことである。また、アンヴァイラー論文は率直に、この決定のテキストはこれまでのところ入手できていないと書いている[25]。 ソ連のいくつかの文献もこの決定に言及しているが、管見の限りでは、典拠を示さずに書いているものばかりであり、原テキストの詳しい紹介もない[26]。富田武は最近刊行された著書で、アルヒーフに依拠してこの決定に言及しているが、その際、「党中央委員会・人民委員会議決定として公表」としている[27]。しかし、この決定は「公表」されてはいなかったのである。

このように、いわば「幻の決定」だったので、その詳しい内容をアルヒーフ資料に基づいてここに紹介しておくことも無駄ではないだろう。決定はかなり長大なものであり、従来知られていたのはその骨子だけだったからである[28]。

決定は先ず、非ロシア人の間でのロシア語教育がそれまで低水準だったことへの危機感を露わにする。ロシア語教育の遅れは、「反革命トロツキスト＝ブハーリン主義者、またブルジョア民族主義分子」の策動のせいとして説明されている。ロシア語教育の必要性は次の３点から説明されている。第１に、ロシア語は多民族国家における相互交流の手段であり、経済的・文化的成長を促進する。第２に、ロシア語習得は科学・技術の分野における民族カードル養成を促進する。第３に、ロシア語は軍務につく上での必要な条件を保障する。なお、この第３点が挙げられているのは、ほぼ同じ時期に軍の民族部隊廃止の決定がなされている（３月７日付け党中央委員会・人民委員会議共同決定[29] ）ことと密接な関係があるものと思われる。軍の構成において民族別の部隊がなくなるならば、共通の指揮命令語としてのロシア語の重要性はそれだけ高まることになる（もっとも、軍の民族部隊は独ソ戦の渦中で復活することになる。それが再度廃止される経緯はあまり明白でないが、フルシチョフ期に廃止されたといわれている[30]）。

以上の前文をうけ、決定は次のように指示する。

�@民族共和国・州の学校で、教科としてのロシア語を1938年９月１日から導入する。民族共和国共産党中央委員会・共和国人民委員会議は然るべき法律を採択すること。

�Aロシア語学習は、初等学校では２年生から、不完全中等学校・中等学校では３年生から開始する。グルジアでは後者が多いので、前者でも３年生からの開始でよい。

�B教えられるべき知識の内容について。

�C授業時間数について。

�D連邦共和国・自治共和国の教育人民委員部は、２ヶ月以内にロシア語学習プログラムを作成すること。

�E教材類の準備について。ロシア共和国内の自治共和国・自治州については、ロシア共和国の教育人民委員部が援助を行ない、監督すること。

�F初等学校でロシア語を教えるのは、原則として、生徒の母語を習得している教師によること。

�Gロシア語教師の養成について。

�Hロシア共和国教育人民委員部からキルギス、ウズベク、タジク、カザフ、トルクメン各共和国、およびロシア内の自治共和国・自治州にロシア語教師を派遣する。

�I連邦共和国・自治共和国・自治州の党・政府・教育人民委員部は、あらゆる教員養成機関・教育系大学でロシア語教育を義務化し、教育系機関を終了した者はロシア語を十分習得しているようにすること。

�J−�M省略。

�N各級党・国家機関は、この決定の実現措置について１ヶ月以内に報告のこと。

�O省略。

これらの指示の後、決定は最後に次のように付け加えている。母語は民族共和国・州の学校における教育の基礎であり、この原則からの逸脱（一部のロシア共和国内自治共和国でみられる）は一時的なものでしかあり得ない。「教科としてのロシア語」から「ロシア語による授業」に移行するとか、ましていわんや母語の地位を傷つけるなどということは、有害であり、間違っている、というのである。この但し書きがどの程度実効的だったかはもちろん別に検討しなければならないが、少なくとも規範意識についていう限り、当時はまだ「母語による教育」の原則は生きており*、ロシア語はそれと並ぶ第２言語としての習得が進められたに過ぎない（母語による教育を受ける権利は1936年憲法の第121条にも規定されている）。民族共和国においてロシア語が単なる教科としてではなく授業用語として使われるようになるのは、フルシチョフの1958-59年教育改革以降のことである。

＊但し、これは、共和国・自治共和国・自治州をもつ民族についての話である。それらをもたない民族（また、自らの民族的領域の外に住む者）の母語による教育は、30年代前半までは拡大していたが、この時期以降、明白に後退した。

　この決定について、なおいくつかの点を補足しておきたい。決定採択前夜にクループスカヤがスターリンに宛てた手紙（1938年３月７日）がペレストロイカ期に公表されたが、それによれば、彼女はロシア語義務化の性急な実施に懸念を表明していた。もっとも、彼女はロシア語義務化の方針それ自体については支持を表明しており、その実施のあり方、とりわけ１年生からの導入に反対しているに過ぎない。先にみたように、決定では２年生ないし３年生からの導入となっているので、クループスカヤの危惧はその限りでは当たらなかったということになる（後に、ブレジネフ期には、ロシア語学習の低年齢化が進められ、１年生、更には就学前教育施設にまで及ぼされるようになる）。また、この手紙につけられた編注によれば、38年３月決定は1937年10月の党中央委員会総会で方針が指示されたものだという[31]。

　いずれにせよ、３月13日決定をうけて、各共和国でこれを具体化する決定が続々と採択された。これについては、当時の『教員新聞』が比較的詳しい。同紙は、３月13日決定（それ自身はテキストが非公表なばかりか、こうした趣旨の決定がなされたという報道もない）の直後から、各地でのロシア語教育に関する記事を多数載せている。その大半は、「人民の敵」のせいでロシア語教育がなおざりにされていたという調子の記事である[32]。

中央決定をうけた共和国レヴェルの決定（ないしその解説）は大半が公表されている[33]。その中で注意を引くのは、最大のウクライナが他の共和国よりもやや遅い時期になったことである。あるいは、共和国指導部レヴェルで抵抗があったせいかもしれないが、今のところ詳細は不明である。

このように、各共和国ごとについての決定ないしその解説が公表されているのに、その出発点となった党中央委員会・人民委員会議決定については、単にテキストが公表されなかったばかりか、そのような決定がなされたこと自体さえも報道されなかったというのは奇妙である。あるいは、当時は教育は共和国の管轄となっていて連邦レヴェルの機関がなかったので（連邦教育省が設置されたのは1966年）、連邦中央で画一的な決定がなされるということ自体が秘密だったのかもしれない。富田武は、連邦レヴェルの人民委員部が存在しない分野（教育、内務［34年７月まで］、司法、保健［この２つは36年７月まで］）については政治局が担当したと指摘しているが[34]、人民委員部が共和国レヴェルのみにおかれているという分権的体裁のもとでの集権的コントロールを秘匿する必要があったのだろうか。

�V　ロシア（語）化の度合――データとその解釈をめぐる若干の問題

研究史の項でふれたように、ソ連言語政策史に関する欧米の研究はかなりの蓄積をもっており、少なくとも当局の態度の変遷については、一応の見通しをつけるのはそれほど難しくない。もっとも、1938年３月決定のように、重要決定が未公表である例もあり、他の政策にしても、細部まで十分解明されているとはいえないが、ともかく、ごく大まかな流れに関しては比較的よく知られているといえよう。

その流れを簡単にまとめるなら、次のようになる。即ち、初期のコレニザーツィヤ政策は30年代後半に後退し（もっとも、全面的に取り消されたとまではいえないが）、38年決定以降はロシア語教育が（さしあたり教科として、即ち第２言語として）義務化された。フルシチョフ期の1958-59年改革以降は、子供を民族語学校に通わせるかロシア語学校に通わせるかは親の選択によることとなり、その際、ロシア語学校での民族語教育、民族語学校におけるロシア語教育はともに必修でなく選択科目となった*（この改革については前掲ビリンスキー1962年論文参照）。そしてブレジネフ期の70年代後半には、更にロシア語教育の強化が叫ばれた（これについては、前掲ビリンスキー1981年論文、シアマン論文、ソルハニク論文など参照）。このような点に関しては、ほぼ共通の確認事項といってよい。

＊ここで「民族語学校」「ロシア語学校」とは、授業が何語でなされるかに注目した概念である。例えば「ロシア語学校」では、数学、理科、社会などがロシア語で教えられるが、それとは別に、一つの教科として民族語が教えられることもある（但し、選択制）。つまり、「ロシア語を教える」のではなく、「ロシア語で教える」のが「ロシア語学校」である。選択制の意味についていえば、民族語学校ではロシア語はたとえ選択科目となっても大多数がとるのに対し、ロシア語学校では民族語を選択しない傾向が強いので、形式的には対等でも実質的に非対称的な関係ということになる。

ここまでは共通の了解があるが、問題は、そうした政策がどこまで実効的だったか、そしてそれと関係して非ロシア諸民族のロシア（語）化はどこまで進んでいたか、という点にある。この点では、欧米研究者間に意見の相違があり、ロシア（語）化の進展を強調する論者としてソルハニク、クラインドラー、ナハイロとスヴォボダら、それに疑問を投げかける論者として、リプセット、プール、シルヴァーらが挙げられる（もっとも、どの論者もそれほど単純な立論をしているわけではないので、この対抗図式はあくまでも大まかな基本構図を示したものである）。但し、リプセット論文は67年という時期のものなので、まだ58-59年改革が実を結ばない状況を描いたものだったと考えれば、後の時期におけるロシア（語）化の進展という説と両立可能ともいえるが、プール、シルヴァーらの論文はより後の時期のものなので、ソルハニクらとの間に見解ないし力点の相違があることは明白である。

ここで厄介なのは、政策と実態の乖離を見定めることの困難さという問題である。ソ連、特にブレジネフ期について、政策と実態の乖離が甚だしかったことは広く知られているが、では、その乖離をどのように見積もったらよいのだろうか。しかも、どちらの方向に乖離するかも一概には定めにくい。というのは、一方では、「諸民族の平等の建前のもとで、実質的には、ロシア化が強力に推し進められた」と考えることもできれば（この場合、そのロシア化は当局のロシア中心主義的な政策のせいだとする見方と、政策とはかかわらない社会的趨勢として、通用範囲の広い言語としてのロシア語が、民族語保護政策にもかかわらず優越していったとする見方の双方がありうる）、他方では、「当局の政策としてはロシア（語）化を進めようとしたが、その政策は空回りし、事実上は民族語が保持されていた」と考えることもできるからである。実際、局面によって双方の要素が複雑に重なり合うということも考えられる。

　1970年代後半は、全般的にロシア語教育強化が叫ばれたが、78年グルジア共和国憲法がグルジア語を国家語とする規定を削除しようとして大衆的抗議運動にあい、国家語規定を復活させた有名な経緯[35]などは、ロシア語化政策強行の意図を示すととるべきか、それともその政策が腰砕けになった、つまり外見ほど強硬策が採られたわけではないことを示すととるべきか、微妙である。グルジア共和国における国家語をグルジア語とすることはアブハジア人にとってはむしろ抑圧的意味をもち、これに対する反抗が1978年のアブハジアにおける大衆運動のきっかけとなった[36]ことを考えると、構図は一層複雑になる（ アブハジアからは、グルジア語の国家語規定削除要求が出たが、これは拒否され、その代わり、1978年のアブハジア自治共和国憲法は、アブハジア語、グルジア語、ロシア語の３つを国家語と定めた*）[37]。

＊それ以前の時期には曲折があった。1925年のアブハジア憲法案の第６条は国家施設の言語をロシア語とし、26年に採択されて27年に正式承認された憲法の第８条、および35年憲法第８条はアブハジア語、グルジア語、ロシア語の３つを国家施設の言語としていた。ところが、1937年憲法では言語への言及が削除された[38]。 1978年憲法で、アブハジア語、グルジア語、ロシア語の３つを国家語として併記したのは、37年憲法以前の規定の復活ということになる[39]。

やや議論を広げすぎてしまった。ロシア（語）化の進展に関する欧米の研究史上の論点に戻ろう。ロシア（語）化の進展を強調する論者は、ややもすれば、実態解明をそれ自体として課題にすえることのないまま、政策がこう推移したから実態もそうなっただろうと安直に想定する傾向がある。その意味で、そうした短絡的発想に異を唱え、政策を離れた実態を探求しようとした論者たちの姿勢には正当なものがある。とはいえ、ペレストロイカ以前の状況の中で限られた情報によって実態を探求するのは至難であり、基本姿勢に正当性があるからといってその研究が今でも妥当だということになるわけでない。ここでは、それらの論者の中でも最も包括的に書いているシルヴァーについて、やや立ち入って検討してみよう。

シルヴァーの研究は多岐にわたる論点に触れた緻密なもので、当局の政策がロシア語普及を推進するものだったことを否定するわけでもなければ、それが一定程度現実化していたことを否定するものでもない。ただ、ロシア語の普及が必ずしも民族語の喪失に直接つながるわけではないとする点に彼の主張の特徴がある。一般論として、政策と現実を安易に等置すべきでないこと、ある言語の習得と元来の言語の喪失とは必ずしもイコールではなく、バイリンガリズムによる使い分けがありうること、いずれにせよソ連の言語状況は、当該言語の特質（とりわけロシア語との遠近）、諸民族がソ連社会でおかれた地位、個々の社会層の特徴などによって多様であり、十把一からげの議論をすべきでないことなどは、シルヴァーの指摘するとおりであり、その限りでは、彼の議論は多くの示唆的なものを含んでいる。

にもかかわらず、シルヴァーの議論に多少の疑念が残るのは、彼が人口センサス・データに基づいて「母語」の維持度を論じている点にかかわる。「第２言語」としてロシア語が普及しても「母語」としては民族語が維持されている度合が高い（但し、共和国をもたない民族、自民族領域外に住む人、東スラヴ系であるためロシア語に移行しやすい民族［ウクライナ人、ベラルーシ人］、ロシア人の多い大都市に住む人などは、「母語」までロシア語に移行する度合が相対的に高い）というのが彼の主張で、これは、一般的傾向としてはそれなりに説得力があるが、その論証の基礎としてソ連の人口センサスにおける「母語」概念をそのまま受け取ってよいのかというのは大きな問題である。

　ここで最大の問題点は、各種調査において使われている「母語（родной язык）」とか「第２言語」とは実際にはどのようなことを指すのかという点である。この点に疑念があるというのは、必ずしもソヴェト政権の意図的な事実歪曲によるという意味ではない。歪曲の要素がないと言い切るわけではないが、歪曲の意図の有無に関わりなく、そもそも「母語」とは解釈が多義的な言葉であり、ある調査における「母語」が実際に何を意味しているか（被調査者がどのような意味で回答しているのか）は、必ずしも明白でないのである。

　この点は、ペレストロイカ以前のソ連の研究でも指摘されていた。前述のグボグロは、バイリンガル化を進歩として賛美し、また第２言語としてのロシア語習得は民族語の喪失を意味せず、民族語は母語として維持されていると主張する点で当時のオーソドクシーと合致していたが、同時に、「母語」概念は多義的であることを指摘している。つまり、それは人によって様々に解釈され、最もよく習得している言語、最もよく使う言語、家庭内で使用する言語などと必ずしも一致するわけではないというのである（ここで主にとりあげられているのはタタールだが、そのほかにウドムルト、カレリヤなどの例も言及されている）。「母語」よりも「第２言語」の方をより深く習得しているとか、家庭内でも「第２言語」のはずのロシア語を使うという例があるのをみると、「母語」が維持されているということの意味はかなり薄まるといわなくてはならない[40]。

「母語」概念の曖昧さは、欧米研究者によっても注目されていた。カークリンスは、1979年センサスの後にソ連を出国したドイツ人に関する調査を通して、実際にはドイツ語をそれほどよく知らないのに母語はドイツ語だとする人が多かったことを明らかにしている。センサス結果で母語維持率が高いのは、同化が進んでいないことを意味しているのではなく、民族的自意識のあらわれだというのである[41]。「母語」概念の曖昧さについては、シルヴァー も指摘しているが、彼はそれでも「第２言語」よりは「母語」の方が相対的に好まれ、より頻繁に使われているだろうと想定して、このデータの利用を正当化している[42]。

ソ連解体後のロシアでも、より明確な指摘があらわれた。科学アカデミー民族学＝人類学研究所（かつての民族学研究所が最近こう改称された）所長のティシコフによれば、「母語」の概念は多くの人によって「民族の言語」の意味だと受け取られ、たとえ民族語を不十分にしか――あるいは全く――知らなくても、「民族語」を「母語」として答える人が多かったという。だとすると、実際には民族語を話せず、例えばロシア語を母語としている人が統計上過小評価され、逆に民族語の母語維持率が過大評価されることになる。これは特にロシア共和国の中で著しかったという[43]。

これらの指摘から、名目上は民族語が「母語」として維持されているかにみえても、実際にはかなりの程度掘り崩されていたのかもしれないという疑惑が濃厚になる。センサスにおけるこのような歪みは、後に行なわれたより詳細な調査によって、ある程度補正することができる場合もある。一例として、タタールスタンのタタール人については、ソ連解体後の新しい社会学的調査により、「母語」と「最もよく習得した言語」とのズレが明確にされている。タタール語を「母語」とする者の中にも、タタール語がうまく話せない者がいたり、タタール語よりもロシア語の方をよく習得している者が少なくない（概していって、若い世代ほど、名目的な「母語」がタタール語であっても実際はロシア化されている人の比率が高い）のである[44]。この他、ウクライナ（ウクライナ語とロシア語の近接性から、「母語は一応ウクライナ語だが、よく使うのはロシア語」という人が多く、実際のウクライナ語使用頻度は、「母語」維持率が示すよりもずっと低かった[45]）、カザフスタン[46]などについても、独立後、言語状況に関する新しい報告がでており、ソヴェト時代のセンサス報告と異なった像を描いている。

このようにみてくると、人口センサス・データにおいて民族語が「母語」として維持されている度合が高いからといって、民族語の喪失度があまり高くなかったという結論を出すのは性急だということになる。では、シルヴァーの議論は、不正確なデータに立脚した無価値なものだったということになるのだろうか？これが次の問題である。

シルヴァーの研究にやや不用意な面のあったことは、以上の検討からして否めない。だが、だからといって、その意義を全面的に否定するのもまた行き過ぎであるように思われる。確かに、かつてのセンサス・データは、ロシア（語）化の度合を過小評価する傾向があった。その意味では、このデータの利用には慎重でなくてはならない。しかし、もし歪みの程度が諸民族間でそれほど大きくは異ならないとするなら、絶対値はともかく諸民族の相対比較としてはセンサス・データもそれなりの意味をもつ可能性がある。また、実際には民族語をそれほどよく習得していない（あるいは習得していても、それほど頻繁には使わない）のに、民族への愛着心から民族語を「母語」だと答える人が多いとすれば、それは愛着心の強さを示す指標としてそれなりの意味をもつことになる（完全にロシア人に同化してしまえば、ロシア語を「母語」と答えることに痛みも感じなくなるはずである）。先に触れたように、最近の調査でかつてのセンサス・データよりも有用な情報が得られることもあるが、それらはまだ断片的なものにとどまっており、包括的なデータとしては人口センサスしかないことを考えるなら、いくつかの留保を慎重につけながら、これを使うことの意義はそう簡単に消えるものではないだろう。

　センサスにおける「母語」調査が、民族間の相対比較に関してはそれなりに意味をもつのではないかということは次のような事実から推定される。1970年センサスで「母語」が自民族の言語ではないという者の比率は、連邦共和国をもつ民族、自治共和国・自治州をもつ民族、それらをもたない民族の順に高まり、また共和国や自治州をもつ民族の間では、自らの民族的領域内に住んでいる者よりもその外で住んでいる者の方が高い。更に、連邦共和国をもつ民族のなかでも、ロシア人は飛び抜けて低く、逆にウクライナ人、ベラルーシ人は相対的に高い[47]。このような相関関係は納得のいくものであり、「母語」のデータが絶対値としては問題があるとしても、相互比較にはある程度役立つことを示唆している。

　以上は「母語」について論じてきたが、これとは別に「第２言語」としての習得に関しても問題がある*。センサス調査においては、自由に話せるように習得した（свободно владеют вторым языком）ものという問い方をしているが、習得度をどのように判断するかはかなり主観的である。また、一部の共和国では、1979年のロシア語習得率は水増しされていたとみられる。例えばウズベク共和国に住むウズベク人中でロシア語を第２言語として習得している者の比率は、1970年センサスでは13.1％、79年センサスでは52.9％、89年センサスでは22.3％（この他に、ごく少数だが、母語がロシア語という者もおり、両者の合計は順に、13.4％、53.3％、22.7％）となっている[48]。 この変化はあまりにも増減が甚だしく、79年の数字にかなり大幅な水増しがあったと考えないと理解できない。逆に、89年の第２言語ロシア語習得率は、過小評価になっている（民族意識が高まりつつあったので、実際は習得していても、そのことを認めない）可能性がある。89年には、バルト諸国などでも、ロシア語を実際には話せるのに「話せない」と称する者がいたと推測される。

＊第２言語の調査は1970年センサス以降に行なわれた。被調査者の自己申告によるが、「第２言語」として複数の言語を挙げることは認められず、またソ連に住む諸民族の言語のみが対象とされた[49]。

第２言語習得度に関する別の問題の例を挙げると、グボグロらは社会学的調査に基づいて、モルダヴィア人のロシア語習得率は実際にはセンサスの示すよりも高かったと主張する[50]。 これに対し、リヴェゼアヌは、他の調査の結果もあわせて考慮すると、グボグロの主張には誇張があり、センサスが不正確だとしてもそれほどではないとしている[51]。 こうした論争は、どの程度の習得をもって「習得」とみなすかを確定しないことには、決着のつけようがない。

上述のような点から考えると、「第２言語」のデータは「母語」以上に現実からの逸脱が大きかったと思われ、その利用にはかなりの慎重さを要する。とはいえ、次のような相対的関係については、ある程度の信憑性があるように思われる。即ち、1970年センサスによれば、何らかの「第２言語」を習得している者の比率は、連邦共和国をもつ民族、同（ロシア人を除く）、自治共和国・自治州をもつ民族の順に高まり、同一民族の間では、自らの民族的領域内に住んでいる者よりもその外に住んでいる者の間で高い。更に、年令別にみると、最若年層を別として、概して年令が若いほど習得度が高い[52]。また、社会学的・民族学的調査の場合、第２言語の習得度について、「その言語で考える」「楽に話せる」「何とか話せる」と細かく分けたり、言語使用度について、「家庭で使う」「職場で使う」「新聞を読む」「文学作品を読む」などと分けて設問して、センサス調査よりは綿密なデータを出しているものがある（グボグロの一連の研究など）。こうしたことを考えると、ペレストロイカ以前の研究が全く無効だということにはならない。

以上、人口センサスにおける言語データについて述べてきたが、従来の研究者がよく利用してきたもう一つ別の種類のデータとして、種々の言語で書かれた教科書の発行部数、およびその言語が何年生まで使われているか（例えば、ある言語で書かれた教科書は３年生までの分しかないが、他の言語で書かれた教科書は10年生まであるというような）に関するデータがある。これは、リプセット、プール、シルヴァーらが、当局のロシア（語）化政策はそれほど急速に実地に進んでいるわけではない（但し、共和国をもっている民族に限る）と主張する際の一つの論拠となってきた。

これは間接的データであるとはいえ、それなりに有意味なものである。ただ単に教科書発行点数（何種類の言語が使われているか）だけに依拠すると、あまり広く使われていないがとにかく一応発行されているというものが過大評価されるおそれがあるが、発行部数のデータは、実地に使われている度合を反映する可能性が高い。また、何年生まで使われているかは、いわば当該言語の社会的ランクを反映する[53]。もちろん、このような間接的データによるよりも、各言語で教育されている生徒の絶対数による方が望ましいが、1970年以降、民族語学校に関する包括的な統計が発表されなくなった[54]という事情からして、やむを得ない（ペレストロイカ期にこのデータも発表されだしたが[55]、その直後にソ連が解体したため、ソ連全域にわたる包括的データは、かえってその後は得にくくなった）。

このようにみてくると、ペレストロイカ以前に欧米諸国で積み重ねられてきた研究は、確かにデータの吟味で若干の不十分性を残し、民族語の「母語」としての維持度を多少過大評価してきた可能性が高いが、だからといって、今では完全に無価値になったというものではなく、今でも一定の出発点としての意義をもつといえよう。

�W　ペレストロイカ期の言語法

１　 概観

ペレストロイカ期に各共和国で一斉に言語法が採択されたことはよく知られている。それ以前に共和国憲法で「国家語」を規定していたのはザカフカースの３共和国だけだったが、この時期に他の12共和国で次々と言語法が採択されて、それぞれの「国家語」が定められたのである。そうした勢いにいわば受身的に対応するようにして、連邦の言語法もソ連史上はじめて採択された。従来のソ連では、先ず連邦レヴェルで各種立法の基本原則が定められ、その後でそれをうけた共和国法が採択されるという順序が普通だったが、ペレストロイカ期の言語法制ではこの順序が逆転したのであり、そのこと自体、当時の状況を象徴するものとして興味深い。

先ず、各共和国による言語法制定の日付を一覧的に掲げる[56]。

エストニア　　　　　　　　1989.1.18

リトワニア　　　　　　　　　 1.25*

ラトヴィア　　　　　　　　 5.5

タジキスタン　　　　　　　 7.22

モルドヴァ（モルダヴィア）　　 8.31/9.1**

カザフスタン　　　 　　 　　 9.22

キルギスタン　　　 　　　　 9.23

ウズベキスタン　　 　　　　 10.21

ウクライナ　　　　 　　　　 10.28

ベラルーシ（白ロシア）　　1990.1.26

ソ連邦　　　　　　　　　　 4.24

トルクメニスタン　　　　　 5.24

ロシア　　　　　　　　 　 1991.10.25

＊リトワニアは法律ではなく幹部会令。

＊＊モルドヴァ（モルダヴィア）について２つの日付が挙げられているのは、８月31日に国家語をモルドヴァ（モルダヴィア）語とする憲法改正法およびラテン文字化法が採択され、９月１日に諸言語の機能様式に関する法律が採択されたからである。

これらの言語法の本格的な分析は他日を期すこととして、ここでは、いくつかの基本的な特徴に触れておきたい。

どの共和国も、それぞれの基幹民族の言語を「国家語」と規定した。それ自体はいわば自然な成り行きだったが、どの共和国も多民族的なので、共和国内における少数民族にも配慮しなければならず、その点が大きな論争を招いた。主たる少数民族がロシア人である場合（例えば、ラトヴィア、エストニア、カザフスタン、キルギスタン）と、それ以外の少数民族がかなり多数いる場合（例えばグルジアにおけるアブハジア人とオセチア人。なおモルドヴァには、ロシア人・ウクライナ人の多い地域とガガウス人の多い地域とがある）とに分かれるが、いずれにしても、少数民族の言語に対する権利を無視することはできず、諸言語の同権をうたうのが一般的傾向だった。しかし、わざわざ共和国の言語法を定めるのは、「国家語」を他の言語と区別して国家的保護ないし優先性を与えようとするからこそであり、そのことと諸言語の同権という建前との調整は、大きな難問だった。

もう一つの問題としては、全連邦的な連絡に必要な言語としてロシア語に一定の地位を保障しないわけにはいかない（これは、共和国内少数民族としてのロシア人問題と部分的に重なりあう）が、それと「国家語」重視との関係をどう調整するかという点があった。なお、内部の少数民族問題はソ連解体後も引き継ぐ問題だが、「全連邦的連絡」ということはソ連解体後は解消するので、問題状況が一変することになる。いずれにせよ、こうした問題に直面したという点は各共和国に共通の事情だが、それをどのように解決しようとしたかは共和国によって異なる。

ロシア語の地位としては、「国家語」と区別される「民族間交流語」といった地位を与えることが多かったが、個々にみると、規定の仕方にかなりの違いがある。大きく分けるなら、次のように分類することができる[57]。�@最もロシア語に配慮したのはカザフスタンの場合で、カザフ共和国における民族間交流語はロシア語であると、留保なく規定している。そして、「国家語」と「民族間交流語」の間の違いはほとんどない。トルクメニスタンもカザフスタン同様、ロシア語使用が国家語に準じるとした。�Aウクライナは、民族間交流語として「ウクライナ語、ロシア語、その他の言語」を列挙した。ロシア語をone of themとすることで、その特権性を薄めようとしたのである。ラトヴィアは、ロシア語は民族間交流語（複数）の一つであるとしており、これはウクライナ型に近い。�Bモルダヴィアは、「モルダヴィア共和国の領土における民族間交流語」はモルダヴィア語、「ソ連邦における民族間交流語」（草案では、「ソ連邦諸民族の民族間交流語」）はロシア語と使い分けた。これは、ロシア語の通用をモスクワや他共和国との連絡に限定し、共和国内ではモルダヴィア語に排他的な優位性を確立することを狙ったものである。�Cそして、最も強硬なエストニアおよびリトワニアでは、ロシア語系住民からの強い要求にもかかわらず、ついにロシア語を「民族間交流語」とは規定しなかった*。なお、前注57のアイトマートフは、リトワニアではロシア語は「共和国外での民族間交流語」と規定されたと述べているが、これは正しくない。ソ連の機関、他の共和国の機関、リトワニアの外に所在する企業・施設・団体との通信は、ロシア語あるいはその他の双方に受けいれられる言語によるとしているだけである。全体として、リトワニアの幹部会令は、国家機関だけでなく社会団体も含め、ほとんどの場合について留保なくリトワニア語を使用すると定め、エストニア以上に強硬である[58]。共和国内における少数民族の比率が低いので、強硬路線をとることに障害が小さかったからであろう。

＊和田春樹は、エストニア言語法について、「エストニア語を国語と宣言し、ロシア語を『民族交流語〔ママ〕』と宣言したものである」と書いている（下線引用者）[59]。重要な争点に関する大きな誤りである。

　各論に入るに先立って、いくつか共通の問題を指摘しておきたい。言語について法的に規制するからといって、もちろん私的場面での言語使用を法的に規制するわけではなく、公的場面における言語使用を規制するというのが言語法の趣旨である。但し、当時まだ圧倒的多数の企業は国有だったので、企業における事務言語も公的場面の一種として法的規制の対象となるという点は、社会主義体制（その最終局面）の特殊性である。また、私的場面を対象外とするだけでなく、軍とか鉄道における言語使用も共和国言語法の規制対象から除いている場合が多いが、これは連邦の意向をある程度尊重したものである。もっとも、より具体的には、それぞれの共和国の事情によって違いがあり、論争もあった。

　いずれにせよ、「国家語」を単に宣言するにとどまらず、教育・就職などについて一定の強制力をもたせようとする傾向が強かった点が重要である。これは、ロシア語による浸食から民族語を防衛するための措置として正当化されたが、そのような強制に訴えるのは個人の自由に反する面をもち、そこに大きな論争点があった。やや皮肉な言い方をするならば、「国家語」保護のために国家権力が公共生活に介入するというのは、ソヴェト憲法的な「実質的保障論」の残滓のようにもみえる。後にみるように、一部の論者は、本来なら「国家語」という法的規定は不要なのだが、現状ではやむを得ないとして、防衛的に説明している（ウクライナのクラフチューク発言参照）。

　法律の名称についていうと、ほとんどの場合、「言語」という言葉を複数形にして、「国家語」のみならずその他の言語の地位についても規定したものだということを明らかにしている。例外的にエストニアでは「言語」が単数形になっているが、内容的にはこれもエストニア語以外の言語についても規定しており、この場合の単数形は「一つの言語」（即ちエストニア語）という意味ではなく総称としての単数のようである。

　以下では、具体的な事例として、エストニア（とラトヴィア）、モルドヴァ、ウクライナ（とベラルーシ）、カザフスタン、およびそれらの共和国言語法に対抗した連邦言語法をとりあげる。ただ、共和国によって報道の詳しさが異なる（これは、当時の各共和国ごとのグラースノスチ進展度を反映しており、それ自体、興味深い現象である）上、私の調査も同じ度合ではないので、十分に体系的な比較にはならないことを断わっておく*。

＊なお、私が参照した共和国の新聞はすべてロシア語で刊行されたものである（どこも、現地民族語の新聞も刊行している）。そのため、共和国最高会議などでの発言が元来どの言語でされたかを知ることはできない。現地民族語での発言もロシア語に翻訳されて掲載されているからである（一部の発言については、「途中まで現地語で発言してからロシア語に切り替えた」というような注記がある）。言語問題について討論する際に当事者がどの言語で討論していたのかという問題は、今後更に検討する必要がある。

　

２　エストニア（およびラトヴィア）

〈エストニアの言語法〉

上の一覧表にもみられるように、エストニアでは、最も早く言語法が採択され、そのため、多くの人の注目を浴びてきた[60]。その背景として、かねてから、人口中のロシア語系住民の比率が高く、しかも彼らがエストニア語を学ぼうとしないことに対する不満があった（ラトヴィアも同様）。そのため、ペレストロイカ初期に、『社会学研究』誌の論文がエストニア語使用領域の縮小を指摘したりしていた[61]。

　1988年春の創作家同盟合同総会（人民戦線創立の発端となった総会）で、早くも言語法作成へ向けての提案がなされた。人民戦線はエストニア語の国家語化、およびソ連国籍と区別されるエストニア国籍の制定を要求し、これに対抗して形成されたロシア語系住民を中心とするインテル運動および勤労集団合同評議会はエストニア語とロシア語の双方を国家語とするよう主張するという対抗構図が形成された。共和国最高会議幹部会に設置された法案作成作業部会は、20人のうちロシア人は3人だけで、それまで想定されてきたよりも「国家語」（エストニア語）の強制性を強めることになった。草案が「民族間交流語」としてのロシア語に言及しなかったことは、民族間紛争の激化の発端となった[62]。

　1988年10月末、言語法の第１草案が公表され、12月に第2次案が公表された。正式採択は1989年1月18日である[63]（なお、この途中の1988年12月の共和国憲法改正でエストニア語が国家語であり、共和国の特別保護下にあるという条文が導入されたことは後述する）。第1次案のみ構造がかなり違うので、以下では、第2次案と最終テキストの構造に沿いながら、第1次案の対応する条項にも適宜言及するという形で比較検討する。

　前文および第1条はエストニア語を国家語と定めている。第1次案には、エストニア人の古来の領土においてエストニア語は優先性をもつという文言があったが、第2次案以降では、エストニア人の古来の領土であるエストニアではエストニア語は特別の配慮の対象となると、やや表現がやわらげられた。また、第1次案は、他の言語の市民が母語を使う権利も保障されるとするのみで、他の言語の中でロシア語が占める特別の位置には言及していなかったのに対し、第2次案以降では、ロシア語についても言及している。但し、他の多くの共和国の言語法にみられる「民族間交流語」という表現は避け、エストニア語に次いで広く母語として使われている言語というにとどまっている（第2次案と最終テキストに微妙な表現の差があるが省略）。

　第2条から7条までは「私人」という表題でまとめられている（第1次案では、第14‐18条と、後ろの方におかれている）。第2条、私人はあらゆる国家施設・機関で、事務や交流をエストニア語で行なう権利をもつ。私人の権利だから何語を使うのも自由となってもよさそうなものだが、敢えてエストニア語を使う権利としている点が特異である。これはまた、国家機関・施設の側にエストニア語での対応を義務づけること（第４条）への伏線ともなっている。

　第3条。私人はまた国家施設・機関での事務・交流をロシア語で行なう可能性を保障される。実質的にはどちらの言語を使ってもよいわけだが、第２条と第３条とを使い分け、また「権利」と「可能性」という別の言葉を使うことで、前者の方に力点ないし優先性のあることが示唆されている。なお、第１次案の第15条では、「ロシア語あるいはその他の言語を使う権利」とあったが、第２次案以降で「その他の言語」が削られ、また「権利」が「可能性」に改められた。

　第4条。国家権力・管理機関、法秩序維持機関、医療、ジャーナリズム、サーヴィス業、商業、通信、修理業などの勤務員で、職務上、私人と接触する者については、諸言語習得要件が定められる。エストニア語、ロシア語、その他の言語の習得要件については第37条による。これに対応する第1次案第16条は、先ずエストニア語習得の義務をうたい、次いで、ロシア語を含む他の言語の習得については職業上の必要ある場合に限り定められるとして、明らかな差をつけていたが、第2次案以降では並列的になっている（第2次案と最終テキストの間にわずかな表現上の差があるが、省略する）。

　第5条。上下関係にある者同士の間では、上司は部下の選んだ言語で――但し、前条規定の範囲内で――接しなくてはならない。これは結局、部下はエストニア語とロシア語のどちらを用いてもよいが、上司はそれに対応できなくてはならない（第4条の範囲内という限定はあるが）ということで、上司の方に諸言語習得義務を強くする規定である。このような規定は、ソ連各共和国言語法の中でも特異である。

　第6条。サーヴィス業・商業従業員が顧客と接する場合、顧客の選んだ言語で従業員も対応する。このように、サーヴィス業・商業従業員の言語習得義務を明確化している点が、エストニアの特徴である。

　第7条。私人が使おうとする言語を妨害したり、軽蔑的な態度をとることは法により罰せられる。

　続く第8‐11条は、「国家権力・管理の施設」としてまとめられている（第1次案では「私人」に関する条項よりも前にあった）。第8条。国家権力・管理機関・施設などの事務言語はエストニア語である。国家機関内での会議の議長および議事録の言葉はエストニア語である（つまり、一般参加者はロシア語を使ってもよいが、議長と議事録に関する限り、エストニア語を優位におくということである）。国家機関のアクトはエストニア語で採択・公表され、ロシア語に翻訳される。但し、地方レヴェルでは第36条に従いロシア語を使うこともできる。第1次案では、この但し書きは「他の言語を使うこともできる」とあり、ロシア語と特定してはいなかった。

　第9条は略して、第10条は、施設・企業・団体間の通信はエストニア語で行なわれると定める。地方レヴェルについての但し書きは第8条と同様である。

　第11条。国家機関が私人に呼びかけるときには、エストニア語を用い、もし後者がそれを解さないならロシア語その他の言語を用いる。ここでも、結局は両方が用いられ得るのだが、順位を定めている点が特徴的である。

　第12-17条は「施設・企業・団体」となっている。第12条。企業などの内部事務言語はエストニア語である。但し、ロシア語使用を続ける期間は、最高会議幹部会が定める。この但し書きの部分は、第1次および第2次案では、当該企業等からの請願により幹部会が定めるとあったが、最終段階で請願への言及が削られた。ロシア人が多数を占める企業がロシア語使用継続を請願しようと思っても、それを認めず、幹部会の一方的決定で許可するということになったわけである。

　続く第18条は裁判に関する条項である。第1次案の第13条、第2次案の第18条は、裁判はエストニア語で行なわれる、エストニア語を解さない者には通訳の権利を保障する、但し、例外として、全関係者の同意があれば他の言語を用いてもよい、としていた。この点は調整が困難だったらしく、最終テキストでは、共和国憲法第158条によるとするにとどめた（1978年エストニア憲法158条によれば、裁判の言語はエストニア語あるいは当該地域住民多数派の言語による、但し、その言語を知らない参加者には、あらゆる裁判資料を翻訳で知ること、通訳をつけること、母語で発言することの権利が保障される、となっている）。

　その後に、教育・科学・文化に関する部分が続く。第19条。あらゆる市民に母語で教育を受ける権利を保障する。エストニア語で教育を受ける権利は共和国の全土で保障する。ロシア語で教育を受ける権利は、ロシア語系住民の分布に従って保障する。このロシア語で教育を受ける権利への言及は最終テキストで初めて登場した。ロシア語への譲歩ということになるが、エストニア語に比べて差をつけていることは明白である。

　第20条。幼稚園と普通教育学校は１言語で養育・教育を行なう。わざわざ「１言語」としている点が特徴的であり、バイリンガリズムの明確な否定である。

　第21条。非エストニア語で授業を行なう学校・グループにおいてエストニア語の教育を保障する。

　第22条。職業学校・中等専門学校・大学において、全教科にわたりエストニア語で授業を受ける権利を保障する。ロシア語で授業を受ける権利は、必要と可能性に応じて保障される。ここでも、ロシア語への言及は第1次案にはなく第2次案以降で登場したが、エストニア語との間に明確な差をつけている。エストニア語の授業を「全教科にわたり」と念を押しているのはエストニアの特色である。他の多くの共和国では、教科によってはロシア語でしか授業できない場合があり、ここまで徹底はできないのである。

　第23条。学位論文は、審査委員会の受けいれる任意の言語で提出してよい。これは、1975年末以降ソ連の学位論文はすべてロシア語で提出ということになっていたのに対置するものである。

　第26条。集会の言語は制限されない。

固有名詞について。第27条。地名は一部の例外を除き、原則としてエストニア語でつけられる。

第28条。エストニア人の氏名は名前と姓からなることを原則とし、それ以外の要素〔ロシア式の父称を念頭においている〕は本人が要請する場合にのみつける。エストニア人の氏名はラテン文字で表記され、他の文字への転記は、共和国の定める規則による。他の民族に属する人の氏名はそれぞれの民族の伝統による。

　第29条。固有名詞の国際的表記はエストニアでの表記と同一にする。これは、従来、エストニアの固有名詞をヨーロッパで書き表わす際、ロシア文字からラテン文字に翻字することが多かったので、そうではなく元来のエストニア表記をそのまま使うことを要請したものである。

　標識と情報について。省略。

　本法の適用について。第35条。条項によって2年から4年の間に導入する。この導入時期に関する規定は複雑に変遷しているが、概して後になるほど、導入までの時期を延ばすようになっている。

　第36条。ロシア語が優勢である地域に関する第8条の例外規定について、最高会議幹部会が期限を定める。第1次案では、過渡期を1995年1月1日までと区切り、第2次案では、「言語状況が変わるまで」という表現だったが、最終的に「一定期間」という曖昧な表現に落ち着いた。但し、ロシア語優勢地域としての特例は首都タリンに当てはめることはできないとされた。タリンでもロシア人が多い（1989年に、エストニア人が46.8％、ロシア人が41.6％、いずれも98％以上が各自の民族語を母語としている[64] ）が、首都の面目にかけて、ここでは例外を認めず、早急な国家語優位を実現しようとしたわけである。

　第37条。第4条の導入は、4年の間に段階的に行なう。就職条件の設定は、閣僚会議が幹部会付属言語保護委員会と調整して行なう。各案の間に微妙な差があるが省略する。

　第38条。指導者の責任。

以上の比較にみられるように、ロシア語系住民の反撥をうけて、ある程度の譲歩を行ない、ロシア語への配慮をみせる方向への修正が各所でなされているが、それでも、エストニア語の優位を確立しようという意図は明白であり、他の共和国の言語法よりも強い性格のものである。それは特に、広範囲な職業について、言語習得要件を定める点にあらわれている。これがまさに、ロシア語系住民（彼らは4年以内にエストニア語を習得できなければ、職を失うおそれにさらされることになる）から強い反撥をうけることになったのである。

〈法案採択をめぐる論争〉

　前述のように、1988年12月上旬の最高会議で、エストニア語を国家語とするという憲法改正が採択され、同時に、国家語、ロシア語、その他の言語の保障および適用手続きについては言語法で定めることが確認された。なお、この憲法改正については、賛成204、反対49、棄権4であり、言語法案に関する最高会議決定は賛成329、反対10、棄権6と報道された[65]。 当時はまだ共和国最高会議はペレストロイカ以前に選ばれたままの構成だった（90年３月に改選）が、ペレストロイカの中の政治的自由化を反映し、また民族間の不一致を反映して、このように最高会議での政治対立が公然化されたのである。

　言語法案は12月の最高会議で討論された後、翌89年1月の最高会議に再度提出されたが、このあいだの時期の注目すべきこととして、ロシア人が多数を占めるナルヴァ市から選出された共和国人民代議員グループが、修正提案を提出した。その主な内容は次の通りである。前文で、ロシア語についても使用の権利、学習機会の保障に言及する。第1条で、ロシア語をソ連諸民族の民族間交流語として規定する。以下、各条ごとに、エストニア語と並んでロシア語の地位を規定し、名目的にはエストニア語を「国家語」としながら実質的にはエストニア語とロシア語の同等化を図る。更に、ロシア語が優勢な地域における例外規定については、言語状況が変わった後に当該地域ソヴェトの決定により本法を施行するとする[66]。この修正が通れば、ロシア人が優勢なナルヴァをはじめとする一連の市ではいつまでも言語法が施行されないということになる。

　1988年12月および89年1月の最高会議における討論の内容は、現地の新聞に詳しく報道された[67]。以下、それらの中から、主だった発言を抜き出して紹介する（典拠は前注の新聞報道であるが、煩雑なので、個別の注はつけない。以下、他の共和国についても同様）。

エストニア人の発言の例としては次のようなものがある。

・主権共和国であろうとするなら、われわれのことについて一々モスクワと相談するのをやめねばならない。

・われわれの眼前でエストニア語は消滅の危機に瀕している。

・人民討論中に幹部会に寄せられた投書のうち、94％は法案に賛成だった。

・ロシア語がソ連の民族間交流語だという人がいるが、エストニアではエストニア語が民族間交流語である。さもないと、あらゆる領域からエストニア語が消えていくくだろう（これは最高会議討論ではなく、別の論文[68] ）。

他方、ロシア語系住民の発言の例としては次のようなものがあった。

・ロシア語を民族間交流語として規定せよ。

・エストニア人に母語で歌ったり、発言したり、書いたり、話したりすることを法的に禁じたことはなかった。

・ナルヴァの調査では、13,000人中の8,000人が、2つの国家語が必要だとしている。

・憲法の中で、言語による差別の禁止もうたうべきだ（これも最高会議討論とは別の論文[69])。

　ともかくこうして言語法が採択されたすぐ後には、職業による言語習得要件を定めるためのガイドラインが2月8日付け閣僚会議決定で示された。これは、エストニア語を聞いて分かる程度の能力を要求するカテゴリーＡから始まって、話すことができるというカテゴリーＢ、ある程度話しも書きもできるカテゴリーＣ、会話力が十分である上にある程度は書けるカテゴリーＤ、話すのも書くのも十分であるカテゴリーＥ、完全に習得したカテゴリーＦまで、６段階にもわたって細かく規定している。例えば、キオスクの売り子はカテゴリーＢ、クリーニング店の受付は伝票を書かねばならないからカテゴリーＣ、医者は患者と対話しなくてはならないからカテゴリーＤ、公務員はカテゴリーＥ、国家レヴェルの指導者はカテゴリーＦなどとされている[70]。 かなり広範囲にわたって一定水準のエストニア語習得が要求されるということになる。

モスクワでの反応についても触れておこう。なお、ここで「モスクワ」というのは、ソ連の党・国家中央指導部という意味ではなく、モスクワの「民主派」を含めた言論ということである。むしろ後者の意味での「モスクワ」がバルト現地の世論とずれていたということが重要である。

モスクワでは、エストニア語の国家語化を原則として認める人も、教育における義務性、裁判所その他の国家機関における排他的使用、特定職につく者の国家語習得義務化などの具体的条件については難色を示し、論争が続いた[71]。改革派色の強い新聞紙上においてもエストニア言語法への批判論があらわれた。それによれば、この法はエストニア語に特権的な地位を与え、他の言語とりわけロシア語を不利な位置におく。具体的には、民族間交流語としてのロシア語の役割に言及していない。私人と接触する公務員にはエストニア語の習得が義務づけられる。あらゆる公文書は、ロシア人が多数の地域でさえもエストニア語で書かれ、連邦管轄企業か否かも考慮されない。こうした点を批判した後、論文は、連邦の言語法ができたなら、エストニアの言語法もそれにあわせねばならない、と主張した[72]。このような批判が、必ずしも「保守派」といえない人たちから提出されたことは、この争点が、ペレストロイカの改革一般をめぐる「保守vs改革」という軸とは異なる軸で進行したことを示し、後のソ連解体後のロシアとバルト諸国の対立の予兆をなした。

　以上にみたように、エストニアにおける最大の争点は、特定の職につくための要件としての国家語習得義務にあった。これは、ロシア語系住民に対して、もし現地にとどまるなら現地民族語を習得するよう要求するということである。現地人自身は、現地語を母語として維持している度合が高く、その喪失の危惧は他の共和国に比べればそれほど大きくはなかった。そのため、焦点が現地人の教育という問題よりも、ロシア語系住民およびロシア語の地位という点におかれたのである。これは例えば、後にみるウクライナの場合と大きく異なっている。

〈ラトヴィア言語法〉

　エストニアと似た状況にあったラトヴィアの言語法についても、参考のため、簡単に触れておこう。

　ラトヴィアでは1989年1月下旬の最高会議幹部会決定により、憲法改正法（国家語はラトヴィア語であると宣言するもの）、言語法およびその導入に関する最高会議決定の各草案が承認され、人民討論にかけられた（2月はじめに公表）。第2次案は4月下旬に公表され、正式採択は5月5日となった[73]。第2次案と最終テキストは、大きな構成の変化はないが、第1次案はかなり異なる。以下では、第2次案以降の構成に沿いながら、対応する第1次案の条項も適宜参照し、比較検討する。

　前文（第1次案には前文はなかった）。ラトヴィアはラトヴィア民族の住む世界で唯一の領土である。言語は民族存続の前提であり、特別な保護の必要があるので、ラトヴィア語に国家語としての地位を付与する。このように、他の共和国の言語法と比べて、民族言語および民族そのものの消滅の危機という切迫した感情が最も明白に表出されている。前文は続けて、ラトヴィア語以外の言語・方言も尊重されることをうたい、またロシア語はラトヴィア語に次いで広く用いられ、民族間交流語の一つであることを考慮に入れるとしている。「に次いで広く用いられる」という表現はエストニアと同じである。ロシア語を「民族間交流語」として一応認めてはいるが、「の一つ」としている点は、ロシア語の特別な地位を薄めるものである。なお、第1次案ではロシア語に関する規定が第4条にあり、そこでは、ロシア語はラトヴィア語と並んで民族間交流の手段の一つであるとされていた。

第1-3条は「総則」である。第1条。国家語はラトヴィア語である。

第2条。 国家は住民にラトヴィア語習得の権利を保障する。

　第3条。本法は軍部隊、内務省軍事部隊、鉄道公安隊の使用言語にはかかわらない。第１次案第5条では、本法は言語の私的利用、軍および軍事産業の使用言語にはかかわらないとなっていた。私的利用への言及が落ちたのは、おそらくあまりにも自明だからであり、実質的な変化ではないが、軍事産業が削られたのは、言語法の適用範囲を広げたものということになる。

　次の2つの条文は「言語選択の権利」とまとめられている。第4条。国家権力＝管理機関・施設・企業・団体に対して使う言語は市民が選ぶ。最終テキストで、ラトヴィア語かロシア語かを市民が選ぶと追加された。その権利の実現のため、職務上市民と接する国家機関勤務員はラトヴィア語およびロシア語を、職務に必要な範囲――その範囲は閣僚会議が定める――において知っていなくてはならない。第1次案では、言語習得義務を負わされる者の範囲が、法秩序維持機関、保健、商業、サーヴィス業、通信・運輸、自治体企業と、極めて広く規定されていたが、第2次案以降で、上記のように狭められた。また、第1次案第7条は、上下関係にある間柄での交流でラトヴィア語とロシア語のどちらを使うかは部下の側に選択権がある、但し、職務上国家語習得が義務づけられている職の場合、上司は〔部下がロシア語を使っても〕ラトヴィア語を使ってよい、と規定していたが、これも第2次案以降で削除された。

　第5条。集会の言語は自由である。なお、第1次案では、必ず通訳をつけるとあったが、第2次案以降で削除された。

　第6-10条は「国家権力機関・施設・企業の言語」となっている。第6条。国家機関の事務言語は国家語である。国家語を使えない者は、会議でロシア語その他の言語を使ってもよい。国家機関のアクトはラトヴィア語で採択され、公表される。法に定めのある場合には、アクトにロシア語の公定訳がつくられる。第1次案では、「法に定めのある場合」という文言がなかった。他の共和国の言語法と比較した場合、必ずロシア語訳を添えるのではなく、特定の場合にのみロシア語に訳すというのは、国家語の優位性がより強いものとなっている。

　第7条。企業・施設の事務言語は国家語である。企業間および国家機関との連絡も同様。ロシア語その他の言語の使用は、本法の諸原則および勤労集団評議会の提案を考慮して閣僚会議が定める。第1次案でこれと対応する第14条では、ロシア語使用については最高会議幹部会が定めるとなっていた（勤労集団評議会の提案への言及はない）。そして、ロシア語を使い続ける企業でも、勤務員にはラトヴィア語での情報提供を保障し、文書はラトヴィア語でもつくられるとしていた。

　第8条。国家機関などが市民に交付する文書は、ラトヴィア語、ロシア語、あるいは双方とする。

　第9条。公務員が市民に話しかける場合、何語を使うかが決まるまでは国家語で話しかける。その後は、双方に受けいれられる言語を使う。

　第10条。裁判で使う言語については、共和国憲法と法律の定めるところによる。第1次案第12条では、ラトヴィア語、あるいはその地域の住民の多数派の言語を使う、その言語を解さない者には通訳をつける、としていた。

　その後の数条は「教育・科学・文化」となっている。第11条。普通中等教育をラトヴィア語あるいはロシア語で受ける権利を保障する。他の民族も母語で教育を受ける権利をもつ。

　第12条。中等専門学校・職業学校・大学では、ラトヴィア語とロシア語とでの授業を保障する。第1次案第21条では、ラトヴィア語で授業を行なう、必要に応じてロシア語でも行なわれる、とあった。

　第13条。非ラトヴィア語学校ではラトヴィア語の教育は必修である。中等以上の学校の卒業にはラトヴィア語の国家試験が課せられる。国家語教育必修は当然として、卒業に国家語の国家試験を課す点は特異である。

その次の部分は「固有名詞など」である。第16条。地名はラトヴィア語でつけられる。

　第17条。施設・企業・団体の名称はラトヴィア語で定められ、必要に応じて他の言語に翻訳される。他の共和国の言語法と比較した場合、「必要に応じて」と断わり書きがあり、しかもロシア語を挙げずただ「他の言語」としている点が特異である。

　第18条。ラトヴィア人の氏名は伝統的なラトヴィア語による。

「言語の保護」について。第21条。本法の遵守には、最高会議幹部会付属言語委員会、および地方ソヴェトが当たる。

　第22条。公務員あるいはサーヴィス業勤務員が、職務上必要な範囲のラトヴィア語あるいはロシア語を知らないために市民に損害を与えたときは、損害を賠償しなくてはならない。最終テキストで、範囲がやや広げられた。

　第23条。本法の違反は法的責任を問われる。第1次案では、言語の保護に関し、もう少し細かい規定があったが、削除された。

　以上が言語法の主な内容だが、つぎに、言語法導入に関する最高会議決定をみる。第1次案では1990年1月1日施行、但し一部の地域では1995年1月1日までに段階的に導入するとしていた。地域差（ロシア人集中地域の存在）には配慮するものの、条項によって導入までの過渡機関をおくというようなことは予定していなかったのである。これに対し、第2次案以降では、条項によって公布から3年以内に導入する、また最高会議幹部会は必要に応じて期限を延ばすことができるとした。更に、同じ決定で、省庁はそのアクトを2年以内にラトヴィア語にすることも指示された。

　以上の検討にみられるように、討論過程での修正の方向は一定ではないが、どちらかといえば、ロシア語系住民への譲歩とみられるものが多い。ゴルブノフ最高会議議長も、共和国共産党中央委員会総会への報告でそう述べた[74]。それでも、第2次案および最終テキスト（この両者の間の差は小さい）は国家語とロシア語の間に明白な差をつけ、ロシア語系住民の不満を買った。なお、憲法改正（国家語規定）および言語法採択と並んで、ラトヴィア語の地位向上に関する措置についても、1988年10月6日最高会議決定に基づいて具体化され、教育上の改善措置や辞書発行などを含むプログラムが閣僚会議として作成された[75] 。

　言語法採択過程における討論についてみると、先ず5月4日に共和国共産党中央委員会総会で討論され、翌5日に最高会議で討論されて、採択された。先に共産党で討論し、それから最高会議にかけるという方式はペレストロイカ以前からの伝統的なものだが、エストニアではもはやその方式をとらなかったのに対し、ラトヴィアではその形を踏んだことも注目される。ともあれ、その討論内容を簡単に要約しよう[76]。

ラトヴィア人の主張の例としては次のようなものがあった。

・インテルフロントはストライキを呼びかけたりして、破壊的な態度をとっている。

・言語習得を就職条件とするのは民族差別とは異なる。これを混同するのはデマゴギーだ。

・第12条は、大学のどの科目についてもラトヴィア語とロシア語の授業が提供されるという意味にとれるが、わが国のような小さな共和国ではこれは現実的ではない。あまり大勢の学生がいないような科目については専らラトヴィア語で授業を行ない、その科目をロシア語で学びたい者は他の共和国に行けばよい。

・事務用語をラトヴィア語にするのは非現実的だという人がいるが、それなしで「国家語」といえるだろうか。第７条のロシア語使用に関する例外規定について、「勤労集団評議会の提案を考慮し」とあるのは削除すべきだ。

・導入までの期間を短縮せよ。例外的な期間延長についても、上限を設定すべきだ。

他方、ロシア語系住民の主張の例としては次のようなものがある。

・ロシア語系住民の圧倒的多数はラトヴィア語が国家語となることについては、大分前から認めている。ただ、ラトヴィア語習得の進行に関するバラ色の楽天主義には賛成できない。ラトヴィア語学校におけるロシア語教育の時間数を削減しようとしているが、そうではなく、ロシア語学校におけるラトヴィア語教育の時間数を増やすべきである。

・第1次案に比べると第2次案の方がバランスのとれたものになっているが、それでも補足すべきところがある。非ラトヴィア人が人口の多数を占めているような地域では、ロシア語をあらゆる分野でラトヴィア語と同権と規定すべきである。地方レヴェルの国家機関は事務言語を地方ソヴェトが決定できるとせよ。企業の内部事務言語は勤労集団評議会が定めるとせよ。

・人民戦線は民族主義的偏向だ。ケズベルス、ゴルブノフを不信任する。

３　モルドヴァ

〈モルドヴァにおける言語問題〉

　モルドヴァの言語問題は、他の共和国とは異なった複雑性をもっている。1つには、そもそも「モルドヴァ（モルダヴィア）語」という独自の言語があるのか、それともそれはルーマニア語と同じなのかという争点があること、第２に、それとも関係してキリル文字かラテン文字かという文字の選択の問題がからむこと、第３に、共和国内少数派としてロシア語系住民の他にガガウス人という独自の民族がいることである。しかし、ここでそれらの問題に立ち入る余裕はない。今はただ単に問題の所在の確認にとどめる。なお、以下では、ロシア語での共和国名が「モルドヴァ共和国」と変更される90年６月よりも前の時期を扱うので、当時のロシア語文献に従って「モルダヴィア」と表記する。

　ペレストロイカ初期から、モルダヴィア民族運動の主たる要求は、国家語をモルダヴィア語とし、それをルーマニア語と同一の言語と認め、ラテン文字表記を公式のものとせよというものだった。1987年、作家同盟などインテリの中からグラースノスチ拡大の要求があらわれた。同年7月に共和国ラジオ・テレビ国家委員会とモルダヴィア作家同盟理事会メンバーの会見の席上、作家たちから、放送の思想的内容への統制撤廃、バイリンガリズム（ロシア語とモルダヴィア語の２語併用）廃止、モルダヴィア語のみでの放送などの要求が提出された[77]。 バイリンガリズムに関して、「バイリンガリズム（двуязычие）は二心（двоедушие）だ」ということが一部の民族主義者によっていわれるようになった[78]。

　1987年から88年初頭にかけて、コムソモールでも民族間関係の問題がとりあげられ始めた。モルダヴィア語教育がなおざりにされ、モルダヴィア語の「ロシア語化」が進行しているとの懸念も表明されたが、すぐは真剣にとりあげられなかった[79]。

　当初の当局の対応として、少し後に解任される共和国党第2書記スミルノフ（以前にウズベクにいたことがあり、いわゆる「綿花事件」に連座して失脚することになる）は、正確な時期は不明だが、大学の授業をモルダヴィア語で行なうようにという要求に対して、「クラーク（富農）の息子たち」「民族主義者」というレッテル貼りを行なった[80]。他方では、1987年5月30日の決定は、モルダヴィア語教育の充実、モルダヴィア語放送の拡大などを指示した[81]。

　1988年半ばには、「ペレストロイカを支持する民主運動」が誕生した。初めはインテリ中心の民主化運動であって、民族主義的色彩は濃くなかったが、次第に改革運動が大衆をとらえる中で民族主義化した[82]。1988年から89年にかけて、言語問題および歴史評価問題を主要な焦点とする民族運動が一層高まった。キシニョフ教育大学で、かつてラテン文字で印刷された文献を壁新聞に再録したのが当局により「反ソ的」とされたことへの抗議運動とか、戦後の農業集団化と飢饉の事実発掘、また「民族主義的」として批判された文学者の再評価要求などが現われた[83]。

モルダヴィアの党と政府は、1988年半ばから言語問題に取り組む姿勢をみせてはいたが（７月に歴史と言語問題に関する官庁間委員会設置）、同年11月の中央委員会テーゼは、ラテン文字化をはっきりと拒否したばかりか、モルダヴィア語の国家語化に対しても曖昧な態度をとり、民族運動の反撥を買った。しかし、下からの圧力に押されて、年末には、共和国幹部会議長指導下の官庁間委員会が、モルダヴィア語の国家語化を適当と認める、モルダヴィア語とルーマニア語の言語的同一性を確認すべきである、ラテン文字化も時間をかけて段階的にではあるが進めるべきだ、という結論を出した[84]。

〈言語法の制定〉

　以上の経緯をうけて、1989年前半には、言語法を具体的にどのようなものとして制定するかをめぐり、激しい論争が繰り広げられた。

　3月末に、モルダヴィア語を国家語と宣言する法律および諸言語の機能様式に関する法律の草案が公表され、人民討論に委ねられた。モルダヴィア語を国家語とする点は既定の方針となっていたが、ラテン文字化についてはこの草案では触れられていなかった。第９条は企業の内部事務言語を「国家語」（即ちモルダヴィア語）としていたが、「連邦管轄企業を除く」という重大な但し書きをつけており、これは多くの大企業を適用範囲外とする意味をもっていた[85]。これに対して、作家同盟の案は、ラテン文字化を明確にするほか、ロシア語の利用を制限し、また国家語への移行期間を5年（政府案では、条項によって期間が異なるが最長で10年）にするものだった[86]。

言語問題は共和国内民族紛争の激化をもたらした。一方では、モルダヴィア民族主義が高揚し、前述の「ペレストロイカを支持する民主運動」がモルダヴィア人民戦線に転化して（89年５月20日創立大会）、民族主義的色彩を濃くしたが、他方では、ロシア語系住民、ガガウス人、ブルガリア人などがモルダヴィア語の国家語化に懸念を示して、独自の運動を開始した。ロシア語系住民は、「統一」という運動体（バルト諸国におけるインテル運動に相当する）を結成し、モルダヴィア語のみならずロシア語も国家語とすること、ラテン文字化反対などを要求し、言語法採択を間近に控えた８月半ばには、大規模なストライキ運動をも繰り広げた[87]。

　8月20日には修正された法案テキストが公表され、これがモルダヴィア民族主義者の主張に歩み寄るものだったために、ロシア語系住民の反撥を招いた。同月末の最高会議での討論を経て、国家語法とラテン文字化法は8月31日、諸言語機能様式法は9月1日に採択された[88]（なお、これらの法律と平行して、共和国における諸言語の使用の保障に関する国家プログラムも策定され、承認された[89]）。第2次案と最終テキストは多少の違いを含むものの、大きな構成の違いはないのに対し、3月の第１次案は構成そのものがかなり違っている。以下では、第2次案と最終テキストの構成に沿って検討し、それらとの対比で3月案にも適宜言及する（従って、3月案の関連個所は第2次案以降と同じ個所にあるとは限らないが、煩瑣になるので一々指摘しない）。

　先ず、国家語法は、共和国憲法を改正して国家語をモルダヴィア語と定めるもので、短い法律ではあるが、いくつかの重要な問題を含んでいる。先ず、3月の案ではラテン文字化に触れていなかったが、第2次案および最終テキストは、「ラテン文字で書かれるモルダヴィア語」を国家語としている。それと関連して、3月には予定されていなかったラテン文字化法が、新たに別個の法律として策定されることになった。また、ロシア語の位置についての規定の仕方も変わった。3月案では修飾語のない単純な「民族間交流語」とされ、第2次案では「ソ連諸民族の民族間交流語」とされていたが、最終段階で「ソ連における民族間交流語」と修正された。微妙な差異だが、最終的にとられた表現は、ロシア語が民族間交流に使われるのはソ連全体のことであってモルダヴィア共和国内のことではないという意味にとれる。その分、ロシア語の共和国内における地位が低められたということになる。こうやってモルダヴィア民族主義者の主張に歩み寄る一方で、3月の草案には欠けていたガガウス語への配慮にも言及することで、共和国内民族対立を多少なりとも回避しようという姿勢も見受けられる。

次に、諸言語機能様式法（Закон о функционировании языков на территории Молдавской ССР）についてやや詳しくみよう。

前文には、モルダヴィア語とルーマニア語が言語的に同一だという事実を考慮するという文言が第2次案以降に含まれた。後に、「モルダヴィア語」を「ルーマニア語」と呼びかえるべきか否かという論争が起きるが、名称はともかく言語的には同一という認識がここで公認のものとされたのである。

　第1章は総則である。第1条。国家語はラテン文字で表記されるモルダヴィア語である。モルダヴィア語はまた共和国の領土における民族間交流語の機能をも果たす。他の共和国の言語法と対比した場合、この規定は異彩をはなっている（3月案ではこのような規定はなかった）。モルダヴィア語は「共和国の領土における」民族間交流語であり、ロシア語は「ソ連における」民族間交流語と使い分けられ、共和国内における民族間交流はロシア語よりもモルダヴィア語が優先されるということになったのである。ここに、第2次案にロシア語系住民が強く反撥した一因があった[90]。その反撥を押し切って、最終テキストもその基本部分を維持した。

　第2条。ガガウス人集中地域における公共圏の言語は、国家語、ガガウス語、あるいはロシア語である。先に触れたように、ガガウス語にも配慮するようになった（3月案にはなかった）のは少数民族宥和策だが、ここでも「国家語」（つまりモルダヴィア語）を先頭にもってきている（以下の一連の条文でガガウス語への言及があるのは、すべて3月案にはなく第2次案以降のもの）。

　第3条はロシア語の地位を規定する（なお、3月案ではロシア語についても国家語と並んで第1条で規定されていたが、第2次案以降、このように後回しとなった）。「民族間交流語」につく修飾語が変更されたのは国家語法の場合と同じである。また、第2次案では、「国家語に次いで広く用いられる」とあったのが、最終テキストでは「モルダヴィア語と並んで用いられる」と変更された。これはロシア語系住民への多少の譲歩とみられる。

　第5条。本法は、個人間の使用言語、軍、内務省・ＫＧＢの軍事部隊の使用言語にはかかわらない。法律が個人間の使用言語にまで立ち入らないのは当然だが、それと並べるような形で、軍などの使用言語は規制範囲外としたのは、軍内の公用語が事実上ロシア語となっている現状に譲歩したものである。ロシア語系住民はこれに加えて、鉄道などの運輸も本法の範囲外とすることを求めたが、結局、鉄道・水運（但し乗客サーヴィス関係を除く）という形で決着した。運行については隣接共和国（ウクライナ）との連絡の問題もあり、ロシア語に譲歩せざるを得ないが、乗客サーヴィスに関しては、モルダヴィア共和国内ではモルダヴィア語を優先させようということになったわけである。

　第2章は市民の言語選択における権利と保障を扱う。この章全体が3月案にはなく、わずかに関係する個所が3月案の第35、36条にあっただけである。このような追加が、3月と8月の間の変化をよく示している。先ず、第6条は、国家機関などに文書・口頭で訴える言語として、モルダヴィア語、ロシア語（ガガウス人地域ではガガウス語も）のどれを選ぶかは市民が決定すると規定する。つまり、何語を使うかの選択権が公務員よりも市民の側にあり、公務員はそれに応じなくてはならないということである。

　第7条。国家権力・管理機関、住民と広く接触する機関（保健、教育、サーヴィス、商業、マスメディアなど）の責任ある勤務員に対し、一定水準までのモルダヴィア語、ロシア語（ガガウス人地域ではガガウス語も）の習得が要求される。これは3月案では第35条に当たるが、そこでは習得義務が課せられるのは公務員・専門家であって国家語・民族間交流語の知識が必要な職についている者とされていた。第2次案以降の方が、義務が課せられる者の範囲が広くなっており、かつ義務性がより明確な表現になっている。

　第8条。会議の使用言語は限定されない。

　第3章は国家機関・社会団体・企業・施設などでの言語を扱う。第9条。国家機関などでの作業言語は国家語とする。但し、これは段階的に実施する。ロシア語への翻訳も保障される。事務文書は国家語とし、必要に応じてロシア語に翻訳する。なお、ガガウス人地域では作業言語・事務言語は国家語、ガガウス語、あるいはロシア語とする。また、住民の絶対多数がロシア人、ウクライナ人、ブルガリア人、その他の民族である地域では、国家語、母語、あるいは使われ得るその他の言語を用いる。

　第10条。国家機関のアクトは国家語で採択され、ロシア語に翻訳される。ガガウス人地域では国家語・ガガウス語・ロシア語のいずれかで採択され、他の2言語に翻訳される。住民の絶対多数がロシア人、ウクライナ人、ブルガリア人、その他の民族である地方機関のアクトは、母語その他の言語で採択して国家語に翻訳してもよい。

　第11条。国家機関等からの市民宛ての文書は、モルダヴィア語とロシア語（ガガウス人地域ではガガウス語も）で書かれる。第2次案ではこれに加えて、公務員が市民に口頭で話しかける場合は先ず国家語を用い、それが通じない場合にロシア語その他の言語を使うという規定があったが、最終案で削除された。

　第12条。企業・施設・団体での事務は国家語でとられる。3月案では「国家語、また必要があれば民族間交流語」とあり、しかも「連邦管轄企業を除く」という但し書きがあったが、8月には原則的にすべてモルダヴィア語となったわけである。とはいえ、例外を認めないわけにはいかず、ロシア語その他の言語の必要性は本法に従い閣僚会議が決定するとつけ加えられた。その際、第2次案では、例外を認める理由として地域の人口状況が挙げられ、また地方ソヴェトの提案に基づいて閣僚会議が決定するとあったが、最終的にはこれらの規定は削られた。第2次案に従うと、人口的にロシア人が多い地域で地方ソヴェトがロシア語使用の決定をすると、それがかなりの重みをもつと考えられるのに対し、最終テキストは単に閣僚会議が決定するとして、地方の圧力を必ずしも考慮しないでよいことにしたわけである。

　第4章は裁判などの言語について規定する。第15条。裁判は国家語、あるいは当事者の多数にとって受けいれられる言語で行なわれる。当該言語を解さない者は通訳を通して参加する権利が保障される。

第5章は教育・科学・文化についてである。第18条。各級教育をモルダヴィア語とロシア語で受ける権利を保障する。それ以外の言語（ガガウス語、ウクライナ語、ブルガリア語、イディッシュ語など）についても、母語での教育の権利実現の条件をつくる。

　第19条。幼稚園と普通教育学校の教育は一言語で行なう（例外的にバイリンガル教育学校もありうる）。

　第20条。職業学校・中等専門学校・大学は、国家語とロシア語の双方で教育を行なう。それ以外の言語で教育を受けるグループもつくる。なお、3月案ではこの個所は単に国家語で教育とあったのが、第2次案以降でロシア語も追加された。卒業生は国家語の資格試験を受けるとあったのも削除された。珍しくロシア語に譲歩する方向での修正ということになる。中等以上のレヴェルでの教育に関してロシア語を除くのは、当時のモルダヴィアの条件ではあまりにも非現実的と考えられたのであろう。

　第21条。どのレヴェルでも、教科としてのモルダヴィア語とロシア語は必修である（つまり、授業言語がロシア語なら教科としてモルダヴィア語をとり、授業言語がモルダヴィア語なら教科としてロシア語をとる）。

第6章は固有名詞など。第24条。地名は伝統に即したモルダヴィア式の呼び方とする。

　第25条。省庁などの名称は国家語でつけられ、ロシア語に翻訳する（ガガウス人地域ではガガウス語にも）。

　第26条。モルダヴィア民族の氏名は、名前と姓からなり、性によって変化せず、父称を使う場合には語尾をつけない。他の言語で表記するときも、変化させない。

　第28条。看板などは国家語、ロシア語（ガガウス人地域ではガガウス語も）とする。

　第7章は言語の保護について定める。国家語その他の言語の使用の妨害、言語上の理由による人権侵害は法的責任を問われる。なお、最終案で、いかなる言語に対しても敵意を煽ることも、取り締まりの対象としてつけ加えられた。

　以上が法律の主な内容であるが、次に、法律導入に関する最高会議決定についてみよう。条項によって導入時期を分けざるを得ないことは当初から意識されており、3月案もそうなっていたが、3月案では地域差に言及していなかったのに対し、第2次案以降ではガガウス人地域や沿ドネストル地域については特別の規定をおいて、一定の配慮を示した（「沿ドネストル」を一括して一つの地域とみる概念は当時はなく、一連の都市名が列挙されているが、第2次案になかったベリツィが最終案で追加されたのは、ロシア語系住民の要求によるものである）。具体的な導入期間としては、3月案では最長10年となっていたのが、第2次案では最も遅い条項についても1998年までと短縮され、最終的には1996年までと短縮された。もっとも、これらの期間は必要に応じて最高会議決定により延期され得るという但し書きもあるが、全体としては期間短縮の方向で修正が進んだことになる。なお、ラテン文字化法の導入に関する最高会議決定は、導入を2つの部分に分け、第1段階を1989-93年、第2段階を1994-95年とした。

　3つの案を比較すると、いくつかの個所ではロシア語系住民の要望も取り入れており、また特にガガウス語については保護が厚くなっているが、全体としてはモルダヴィア民族主義色が強くなっているといえよう。

　

〈論争の内容〉

　前述のように、最高会議開会にあわせて、一方では人民戦線、他方ではロシア語系住民がそれぞれ大衆集会を開いて、緊張を高めるという状況が出現していた。『プラウダ』紙はこの状況を報道するに際して、モルダヴィア人の間で民族主義・反ロシア感情が広まっているという点を強調した。非モルダヴィア人に対する就職・昇進差別が行なわれており、一部には民族間結婚禁止論さえあるのに、この状況に共和国の指導部は目を閉じている、というのである[91]。 このようにあからさまにモルダヴィア民族主義を攻撃した記事が中央紙に載ったことは、モルダヴィア民族主義者をいっそう憤激させた。以下にみる最高会議の議事においても、この『プラウダ』記事は多くのモルダヴィア人代議員によってとりあげられ、強い語調で批判された。

8月29日に言語関係3法の提案の報告を行なったのは、幹部会議長のスネグールである。その報告の内容は以下のようなものである。1987年に作家同盟から国家語についての問題提起があり、党もこれをとりあげた。共和国人口の4割を占める非モルダヴィア人はモルダヴィア語をあまりよく知らない。特に都市部では、モルダヴィア語は公共の場（国家・党・社会団体、また科学技術の領域）で使われていない。ガガウス語も同様である。1988年7月に、最高会議幹部会決定で言語問題に関する官庁間委員会が創設され、年末に結論が出された。法案の人民討論の過程で多数の提案が寄せられたが、中には感情論もあった。モルダヴィア人は法案を不十分と考える傾向があり、ロシア人その他の民族は法案を「差別的」とみなす傾向があった。ロシア語系住民からはロシア語も国家語とせよという要求が出された。ラテン文字化についていうと、言語学者によれば19世紀から使われていたラテン文字の方がモルダヴィア語の音韻および形態に適合している。世論調査でもラテン文字化が支持された。昔使われていたキリル文字は現在のロシア文字とは違うものであり、古いキリル文字は今では誰も使っていない*。文字変更は莫大な出費を伴うという反対論もあるが、印刷設備などの出費は文字変更にかかわりなくいずれ必要なものである。それに、文化の問題を金で測るというのは倫理的でない。8月20日に草案が公表された後、感情が暴走して、非理性的なストライキが起きた。モルダヴィア語を国家語であるだけでなく共和国における民族間交流語でもあると規定したことについて、一方ではこの規定を憲法にも入れよという声があり、他方では、これによってロシア語の地位が損ねられるのではないかとの危惧が聞かれた。調和のとれたバイリンガリズムが望ましい[92]。

＊モルドヴァもルーマニアも正教圏に属するので、元来はキリル文字が使われていた。ルーマニアでは19世紀に文字改革が行なわれて、ラテン文字に移行したが、当時、ベッサラビアは帝政ロシア領だったから、この文字改革はベッサラビアには影響しなかった。このような経緯からいえば、キリル文字はむしろ古い伝統に沿ったものだという見方もできないわけではない。スネグールはそうした事情を念頭におきつつ、そのような意見に反対しているのである。

　討論の中では種々の争点がとりあげられたが、特に、モルダヴィア語を「共和国における民族間交流語」とするという点をめぐっては指導部レヴェルで意見の分岐があった。共和国党第1書記グロスーは、次のように述べて、この規定に反対し、削除を提案した。即ち、モルダヴィア語を国家語としラテン文字化を採用するだけで十分であり、この上、モルダヴィア語を共和国における民族間交流語とまで規定することはない、というのである[93]。この提案にもかかわらず、スネグールは結語で削除に反対の意を示し[94]、結局、この項は削除されなかった。この応酬は、共和国最高指導部における意見の食い違いを示しており、興味深い。グロスーはこの年のうちに失脚することになる。

　その他の論点をめぐっても白熱した論争が繰り広げられた。モルダヴィア共和国最高会議における討論は、他の共和国における同様の討論よりも詳しく報道されているが、そのことは、それだけ当地におけるこの問題への関心が高かったことを物語る[95]。

モルダヴィア人の発言の例としては次のようなものがあった。

・モルダヴィアには1つの民族（即ちモルダヴィア人）と多数のエスニック・グループがいる。これを、モルダヴィアに多数の民族がいるというのは誤りだ。

・民主主義とは少数者が多数者に従うことであり、ルーマニア語と同一であるモルダヴィア語の国家語化は当然である。

・モルダヴィア語は共和国における民族間交流語だという規定を、言語法のみならず憲法にも盛り込むべきである。

・現状では公共圏で専らロシア語が使われており、これはバイリンガリズムではない。

・われわれはロシア語も知っていてバイリンガルなのに対して、ロシア語系住民はロシア語だけで済ませている。

・法案はまだロシア語に譲歩し過ぎている（第12条の例外規定など）。公的場面でのロシア語使用を認めると、ロシア語系住民はモルダヴィア語を習得しないでよいということになってしまう〔第12条後段が前述のように修正されたのは、このような発言をうけている〕。

・第9条末尾も、多くの都市でモルダヴィア人が少数派となっている現状では、事務用語として国家語が使われないという結果を招く。

・言語法反対のストライキが起きているが、これは労働者のストではなく、ロシア人の企業長がストを煽っているのだ。

・ラテン文字化に6年もかけるのは長すぎる、3年で十分だ。

・モルダヴィア人の運動が分離主義だとか、反ロシア主義だとかいわれるのは、作り話だ。

・第9条や10条でロシア語への翻訳とあるのを削る――あるいは、「必要ある場合」と追加する――べきだ。

・ある職につく条件として言語習得を要求するのは、純粋に職務上の要請であって、民族差別ではない。

・モルダヴィア正教会ではキリル文字とラテン文字が併用されているが、多数の聖職者はラテン文字の書物を使っているので、ラテン文字化に問題はない。

他方、ロシア語系住民の発言の例としては次のようなものがある。

・8月20日に公表された法案は3月の案に比べてロシア語の保障を大幅に後退させている。鉄道は他の共和国にまたがって運行されており、ロシア語を使うしかない。鉄道運行においてモルダヴィア語を使うのは不可能である〔この主張が部分的に取り入れられて、鉄道が適用除外となったことは前述〕。

・ロシア語も国家語と規定すべきである。

・民族至上主義は正しくない。われわれは「占領者」よばわりされている。ロシア語系住民は２級市民とされることになるだろう。

・モルダヴィア語の国家語化にもラテン文字化にも賛成だが、もっと平静に、穏やかに採択すべきだ。「ロシア化」「植民地化」「占領」などという言葉を使うべきではない。

・地域の特殊事情をもっと考慮せよ。

・民族の観念が人間の利益よりも上におかれようとしている。言語法に続いて、選挙法、国籍法などの問題が起きるだろう。「モルダヴィアはモルダヴィア人のもの」という叫びがあがっている。モルダヴィア語を国家語とするだけならよいが、事務用語を専らモルダヴィア語にするというのは非民主的であり、差別である。

・人民戦線の集会で分離主義的・反ロシア的スローガンが叫ばれている。

・ロシア語も国家語とするという要求が満たされないなら、ある地区は自治を宣言し、ある地区はウクライナへの管轄移行を宣言するだろう。

・ロシア人を「占領者」というが、ファシストからモルダヴィアを解放した直後にやってきたのは医者や教師だった。

・国家語に次いで最も広く使われている言語であるロシア語を「国家語と並ぶ民族間交流語」として確認するようにしてはどうか。

・数年後にまだモルダヴィア語を習得していないあれこれの人間を解雇することになるのか。彼らの就職斡旋や社会保障はどうなるのか。

・自分自身はストライキに賛成するものではないが、このような非常手段に訴えざるを得ない人たちの声に耳を傾ける必要はある。

・モルダヴィア語は国家語と規定されるのだから、その上に民族間交流語としてまで規定する必要はない。グロスーの削除提案に賛成する。ロシア語はモルダヴィア共和国の公共生活のあらゆる領域で使われる民族間交流語だと規定すべきだ。

・企業の内部事務言語を国家語とする第12条について、連邦管轄企業を除くべきだ。本法の適用除外を定めた第5条に、鉄道・航空企業も追加すべきだ。

・施行に関する最高会議決定で沿ドネストル各都市を挙げた中に、ベリツィを追加すべきだ〔これは取り入れられた〕。

・言語法の次には国籍法や選挙法が問題になるだろうが、それに備えて、共和国最高会議に、あらゆる民族から同数の代表を出す民族院を設置すべきである〔この提案をしたのは、後に「ソユーズ」グループのリーダーの一人としてソ連全体で有名になるブローヒンである〕。

・地方ソヴェトおよび勤労集団評議会がその地域の経済・社会・文化生活で使う言語を定めるというようにすべきだ。

ガガウス人の発言の例にも注目しておく必要がある。

・ラテン文字への移行はよいが、法律で無理強いすべきではない。ロシア語がソ連全体に広まっているのは、ロシア人が強制したからではなく、歴史がそう定めたのだ。

・ロシア語は国連で認められた6つの公用語の1つではないか。

・南部では、ガガウス人も、ウクライナ人も、ブルガリア人も、授業言語としてロシア語を選んでいる。

　こうして、モルダヴィアにおける言語法問題は共和国内における民族対立を一層激化させることとなった。もっとも、後の流血の紛争に比べるなら、この段階では、最高会議という場で双方が平和的言論戦を繰り広げていたことは（しかも、ロシア語系住民の多くも、モルダヴィア語の国家語化、ラテン文字化については原則的に反対していない）、当時の紛争がまだそれほどエスカレートしていなかったことを物語るものとして注目される。

４　ウクライナ（およびベラルーシ）

〈ウクライナの言語法〉

　ペレストロイカ初期（1989年まで）を通じて、ウクライナでは言語問題が最大の争点だった。早い時期の例として、1987年6月、ウクライナ作家同盟理事会で、言語問題についての討論が行なわれた。そこでは次のような発言が聞かれた。教育の分野でウクライナ語学校が少数派になっており、このままでいけば、ウクライナ語はカナダにしか残らなくなるのではないか。子供を何語の学校に通わせるかを親による選択に委ねる制度を廃止すべきである。ザカフカースのように憲法で民族語を国家語とし、更にそれにとどまらず、一連の社会領域でウクライナ語使用を義務づけるような法制化が必要だ、等々である。なお、「国家語」教育に義務性をもたせることは選択の自由を奪うのではないかとの批判に対して、詩人のパヴリチコは、これは人権侵害といわれるかもしれないが、民族の生存権以上に重要な権利はないと答えた[96]。

1989年8月28日の幹部会決定により、言語法の草案が承認され、9月初頭に草案が公表されて人民討論にかけられた。修正された案は10月26日に最高会議に提案され、28日に最終採択された[97]。以下、草案と最終テキストを比較しつつ紹介する。

先ず、草案にはなかった前文が追加された。ウクライナ語はウクライナ民族の民族的独自性の決定的要因の一つであるとうたいあげ、それを国家語として保護することを明言したものである。同時に、あらゆる民族言語の自由な発展と同権もうたい、個人間の交流の言語を選ぶのは市民の不可分の権利であるとして、他の言語を母語とする民族への配慮も示した。

第1章は総則である。第2条。ウクライナ共和国の国家語はウクライナ語である。ウクライナ語の全面的発展と利用のために国家的配慮が払われる。

第3条。他の言語の発展と利用についても条件を整える。他民族が集中して住んでいる地域では、その民族の言語の地位を保障する。そのような地域における国家機関などでウクライナ語と並んで民族言語も使われ得る。

第4条。ウクライナ共和国における民族間交流語はウクライナ語、ロシア語、その他の言語である。

第5条。市民はどの言語を利用するのも自由であり、特に国家機関に対しては、ウクライナ語、ロシア語、その他の受けいれられる言語のいずれを用いてもよい。なお、草案の対応する第3条では、「ウクライナ語、ロシア語、その他の受けいれられる言語」という限定がなかった。

　こうして第３条から５条までだけをみると、すべての言語が平等であるかのようであり、ウクライナ語を「国家語」としたことの意味は象徴的なものにとどまるかのようにもみえる。だが、第6条は、国家・党・社会団体の公務員はウクライナ語、ロシア語、および公務遂行に必要なその他の言語の習得の義務を負うとしている。もし公務員が市民の請願などを、その言語を知らないことを理由として受理を拒否したなら、法的責任を問われる。もっとも、ここで言語習得義務を負うとされている職種の範囲は、サービス業・商業などにまでは及んでおらず、エストニアやモルダヴィアなどに比べると狭い（サービス業については、後の第17条で、ウクライナ語あるいは双方にとって受けいれられる他の言語を使うとあり、国家語習得を義務づける形にはなっていない。またこれに相当する草案第14条では、サービス業以外に運輸・商業・医療などの人員への言及があったが、削除された）。また、草案では、公務員が習得を義務づけられるのは「国家語」（つまりウクライナ語）だけだったが、最終的には、ロシア語および必要ある場合その他の言語がつけ加えられた。更に、習得を義務づけられている言語を知らないことは、採用拒否の理由にはならない、但し採用後に必要な範囲内で習得せねばならないとなっている。この点もバルトほど強硬でない。

第2章は国家・党・社会団体・企業・施設における言語について規定する。第10条。国家権力・管理機関のアクトはウクライナ語で採択され、ウクライナ語とロシア語で公表される。省庁決定・地方機関決定はウクライナ語で採択・公表されるが、必要に応じて他の言語でも公表される。

第11条。国家機関・企業などにおける事務文書はウクライナ語で作成され、事務用語はウクライナ語とする。他の民族が集中して住んでいる地域ではその民族の言語でも事務文書がつくられる（この後段は草案にはなかった）。

第12条。連邦中央との連絡はロシア語である。

第15条。共和国レヴェルの各種会議での用語はウクライナ語とする。但し、他民族集中地域ではその民族の言語による（この但し書きも草案にはなかった）。またウクライナで開かれても共和国間会議・全連邦会議・国際会議などは、参加者の決める言語を用いる。なお、各種会議の用語については、他の共和国の言語法では自由とするものが多く、ウクライナの言語法はこの点ではやや突出している。

　第3章は教育・科学・情報・文化における言語について定める。ウクライナではこの部分が最大の論争点だった。

　第25条。子供が何語で教育を受けるかを決めるのは親の権利である。これは従来のソ連の規定を引き継いだもので、論争点である。草案では、「民族言語で教育を受ける児童の権利」となっており、親の権利とはされていなかった。また「民族言語で」となると、ウクライナ人は専らウクライナ語で教育を受ける権利ということになるが、「何語で教育を受けるかを決める権利」となると、ウクライナ人の親が子供にロシア語で教育を受けさせる権利を含むことになる。こうみると、この条はロシア語に有利な規定ということになる。しかし、以下の数条はむしろウクライナ語優位を志向しており、齟齬がみられる。一般論を定めたこの条で選択の権利をいい、より具体的な以下の条でウクライナ語優位の志向を示すという組み合わせのようにみえる。

　第26条。幼稚園での保育はウクライナ語による。但し、他民族集中地域ではその民族の言語による幼稚園（あるいは幼稚園の中の他言語によるグループ）をつくることもできる。なお、他民族集中地域についての例外規定は以下の各条とも共通するが、どのようにしてそれを認定するかはこの法律では明示されていない。これは大きな問題である。例えば、州の人口で他民族が過半数になるところと考えるなら、該当するのはクリミヤしかない。これに対し、母語をロシア語とする者が過半を占める州とするなら、ドネツク州やルガンスク（ルハンスク）州も該当することになる。更に、89年人口センサスにおける「母語」＝ロシア語の率は過小評価されていたと考えるなら、ハリコフ州やザポロージエ州もロシア語優位の州ということになるなど、基準の取り方によって様々に違ってくる。

　第27条。普通教育学校における教育はウクライナ語による。但し、他民族集中地域ではその民族の言語による学校（あるいは学校の中の他言語によるクラス）をつくることもできる。どの普通教育学校でも、ウクライナ語とロシア語は必修である。

　第28条。中等以上の教育は、ウクライナ語、および他民族集中地域ではその民族の言語による。また、普通教育をウクライナ語・ロシア語以外の言語で受けた者や他共和国の出身者、外国人のために、ロシア語で教育を受けるグループをつくることもできる（彼らもウクライナ語は必修）。

　第29条。中等以上の学校への入学試験はウクライナ語で行なう。但し、普通教育をウクライナ語・ロシア語以外の言語で受けた者や他共和国の出身者の場合は、ウクライナ語授業グループに入るならウクライナ語入試、ロシア語授業グループに入るならロシア語入試とする。また、民族カードル養成のための教育施設では、その民族の言語で入試を行なう。

第4章は情報・通信における言語についてである。第33条。公式マスメディアにおける言語はウクライナ語である。もっとも、その他の言語を使うこともできる。

第34条。郵便・電信は、ウクライナ語あるいはロシア語で受け付ける。

第5章は固有名詞などについて。第37条。国家・党・社会団体の機関などの公式名称はウクライナ語で定め、他の言語への翻訳を付す。

第38条。地名はウクライナ語、あるいはその地域の主な住民の言語による。

　第6章は共和国外に住むウクライナ人の民族・文化振興策について定めている。なお、この章は草案にはなかった。

　以上が法律の主な内容であるが、次に、言語法導入に関する最高会議決定をみるならば、草案では、ある部分は5年、ある部分は10年で導入としていたが、最終的には、それぞれ3-5年、5-10年と、幅をもたせた表現に改められた。

　このようにみると、概していって、草案よりも、ウクライナ語以外の言語とりわけロシア語に配慮する方向で修正がなされたといえる（導入期間短縮のみ例外）。なお、多くの個所で、草案で「国家語」とあった文言を「ウクライナ語」と修正している。国家語＝ウクライナ語である以上、実質的には同じことだが、何度も「国家語」と繰り返すことが国家的強制の印象を与えるのをやわらげようとしたようにみえる。

〈言語法をめぐる討論〉

最高会議におけるオレイニクの提案報告（10月26日）は次のようなものだった。個人崇拝と停滞の時代に、ウクライナでは基幹住民の言語の使用が狭まった。法律の名称について、様々な提案――「ウクライナ語についての法律」「ウクライナ語およびその他の諸民族の言語についての法律」など――があったが、結局、「言語（複数形）についての法律」とした。討論の中で、種々の意見がでたが、最も多かった異論は、ウクライナ語と並んでロシア語も国家語とせよという要求だった。彼らの考えに従うなら、ウクライナ語優勢地域ではロシア語も義務的だが（なぜならロシア語は民族間交流語だから）、ロシア語優勢地域では国家語の一つたるロシア語さえ知っていればよく、ウクライナ語習得の義務はないということになる。これは一方のみにバイリンガルを義務づけるもので、不平等であるから、受けいれられない。教育における言語も大きな争点だった。一方で授業言語選択の自由という原則があり、他方で普通教育学校におけるウクライナ語の義務的使用という原則もある。ウクライナに住んでいる以上、その地の言語の習得は当然であり、この規定は正当化される。一部には、ウクライナ人の親でさえ子供をウクライナ語学校に送りたがらないという声もあるが、それは地域によってはウクライナ語学校がないからである。事務言語について、ウクライナ語以外の使用も認めよという声があり、この提案は部分的に取り入れた（第11条後段）[98]。

　次に、オレイニク報告をうけた最高会議での討論についてみよう[99]。

ウクライナ人の側からの声の例としては次のようなものがある。

・導入期間を短縮せよ（東部で5年、西部で2-3年）。

・ブレジネフ時代に多くのウクライナ語学校が閉鎖された。ドネツクでは、今秋開校予定の唯一のウクライナ語学校が建物入手難のために開校できなかった。

・親が子供を何語の学校にやるかを選択する権利がぼやかされた形で残っている（第25条）。通常の条件下でなら、誰もこの権利に反対しないだろうが、現状では民族の権利、国家の権利が踏みにじられており、言語が雲散霧消するおそれがある。

・かつてスースロフの指示で共和国党組織はロシア語に移行させられた。ロシア語教師の給料はウクライナ語教師よりも高い。前文でウクライナ語を民族間交流語として規定すべきである〔第4条で民族間交流語の一つとしてウクライナ語が挙げられているが、前文でウクライナ語だけをそう規定せよという趣旨か〕。さもないとロシア化が続くだろう（この提案は詩人のパヴリチコ）。

・子供が何語で教育を受けるかを親が選択する権利を強調する人がいるが、どうして親は数学・物理・英語などの科目免除を願わないのにウクライナ語の免除を願うのか。

ロシア語系住民からの発言としては次のようなものがあった。

・ウクライナ語の習得を義務づけるといっても、教師や教科書が足りないので、すぐはできない。

・ルーフは表向きは民族主義ではないと称していたが、言語法討論の過程で民族主義者としての姿をあらわにした。ドンバス鉱夫はそれを知ってルーフから離れた。

・会議における言語規定（第15条）に反対。共和国レヴェルの会議にも他の共和国や外国からの参加者がおり、共和国間会議・国際会議との区別は実際上できない。

・オデッサでは多くの大学教師がウクライナ語で授業することができない。よくないことかもしれないが、事実は事実であり、50歳を越えた教授に語学習得を要求するのは無理である。急ぎすぎは非現実的だ。

・クリミヤには100以上の民族が住んでおり、人口の7割がロシア人である上、毎年全国から1000万近くの人が保養地の客としてやってくるという条件がある。ウクライナ語を国家語とすること自体には賛成だが、ロシア語にも同等の注意を払うべきである。

・数年ごとにソ連のあちこちの共和国で勤務する将校は、そのたびにその共和国の国家語を習得せねばならないのか。軍内の教練はこれまでロシア語で行なわれており、これをウクライナ語に切り替えることは混乱を招く。言語法採択を急ぐべきでない（この発言はオデッサ軍管区政治管理部の人間）。

　なお、ロシア人からの「ロシア語も国家語とせよ」という要求に対し、後の初代ウクライナ大統領クラフチューク（当時はウクライナ共産党中央委員会書記）は、ウクライナ共和国は主権国家だからという理由でこれを退けた。ソ連の国家語としてロシア語が定められるかもしれないが、それを決めるのはソ連人民代議員大会であって、我々ではない。わが社会が自然な発展をしていたなら国家語規定は不要だったろうが、実際には病んでいるので、治療のために国家語法が必要となっている、というのである[100]。

以上にみたように、ウクライナでは教育における授業言語が最大の争点となったが、これはバルト諸国と異なった状況を背景としている。事実上、圧倒的多数のウクライナ人がロシア語も習得しており、日常生活においてロシア語が使われること自体については（ウクライナ語と並んでであれば、という条件付きだが）敢えて否定することは考えられなかっただろう。逆に、ロシア人の側のウクライナ語習得度も、（ウクライナ語とロシア語の近接性のおかげで）他の共和国に在住するロシア人に比べれば相対的に高く、彼らにウクライナ語習得を強いる必要性もそれほど高くなかった*。エストニアのようにサーヴィス業・商業その他の人員の言語習得がそれほどの争点とならなかったのは、そうした事情から説明できるだろう。これに対し、むしろ問題だったのは、ウクライナ人自身がロシア語中心に移行しつつあるという傾向であり、それと関係して、教育において何語を主に使うかはウクライナ語の存続にかかわると意識されたのである。そして、教育において民族語が使われる比率がソ連諸共和国のなかでも特に低かったのがウクライナとベラルーシだった（詳しくは稿を改めねばならないが、前注55に包括的データがある）。言い換えれば、ロシア人にウクライナ語を習得させるということよりも、むしろウクライナ人自身が主たる言語としてウクライナ語を使うようにするという点に重点があったと考えられる。

＊1989年センサスによれば、ウクライナに住むロシア人がウクライナ語を母語あるいは第２言語として習得している比率は34.3％。エストニア、カザフスタンでこれと対応する数字はそれぞれ15.0％と0.87％[101]。３割強という数字は、他の共和国との相対比較はともかく絶対値としてはそれほど高くないのではないかとの反論もありうるが、本格的に習得していなくても聞けば一応分かるというロシア人はもっとずっと多いと考えられる。

　もう一つ付随する問題として、ウクライナの言語法はクリミヤのロシア人の間での自治運動の引き金となった。1990年4月にゴルバチョフは次のように語っている。ウクライナで一部の社会運動が言語問題に関して正しくない態度をとったところ、クリミヤでロシア復帰の署名運動が始まった。50万人の署名を集めた時点で、言語問題について正しい決定がなされたので署名運動は停止された。ドンバス・東ウクライナでも同様の状況がある、というのである[102]。ウクライナの内部の地域差は深刻な問題であり、独立後の今日にまで引き継いでいるが、その萌芽がここにみられるわけである。

〈ベラルーシの言語法〉

ウクライナと共通性をもつが、より一層言語的自立性の低い白ロシアの場合について、簡単に補足しておこう。なお、以下では、「ベラルーシ」と呼ばれるようになる前の時期を扱うので、当時のロシア語文献に従い「白ロシア」と表記する。

白ロシアの政治は概して保守的傾向が強く、一部のインテリを別にすれば、ペレストロイカの波及も遅かった。そういう中でも、チェルノブィリ事件やクロパトィの墓発掘などを契機に、徐々に民族運動が始まったが、その際、民族運動の中心課題として言語問題がとりあげられた。その背景として、白ロシアではソ連諸共和国の中でも特にロシア語化が強く進行していたという事実がある。そのことは、文学者をはじめとする知識人には当然強い懸念の対象となるが、ロシア語をごく当然のように使う人々にとっては、それが問題だという意識もあまりない。知識人中心の民族運動が白ロシアではそれほど広い大衆的基盤をもたなかったのも、そうした事情による。早い時期のあらわれとして、1986年12月に、28人の白ロシアの知識人が言語問題に関してゴルバチョフに手紙を書いたが、回答はなかった[103]。

　ともかく1989年7月末に、言語法案作成委員会が設置された。草案の公表は89年12月である。中央紙はこの草案を次のように報道した（テキストのより詳しい分析は後述）。草案は白ロシア語を国家語とするが、あらゆる民族の言語を発展させるともしている。最高権力機関の決定、執行機関の決定は白ロシア語で採択されるが、印刷は白ロシア語だけでなくロシア語でもなされる。諸団体・施設・企業間の事務は白ロシア語によるが、必要があればロシア語を使う。会議における作業言語は白ロシア語とする[104]。みられるように、「国家語」にそれほど強い意味をもたせない穏和なものである。

　草案をめぐる討論は、『ソヴェト・白ロシア』紙をみる限り、それほど白熱したものという印象を与えない。目に留まった限りでは、90年1月の一論文がある。論者は次のようにいう。前文において、個人間の言語選択の自由を明確にすべきである。第6条で、白ロシア語あるいはロシア語を知らないことは就職拒否の理由とならない、公務員は就職後に必要な範囲で作業の言語習得の義務を負う、とすべきである。第24条で、あらゆる普通教育学校で白ロシア語とロシア語の学習は義務的とせよ。第22条では白ロシア語かロシア語での教育を保障しているのに、25条ではロシア語での教育は特定の分野に限られているのは一貫しない[105]。 この論文は全体として、ロシア語の位置保障に重点があるようにみえる。

　1990年1月26日、共和国最高会議で言語法が正式に制定された。この制定は、先の一覧表にみられるように、ソ連全体の中では相当遅い方である。なお、これと同時に憲法を改正して、国家語は白ロシア語、ロシア語は民族間交流語という規定を入れることになった[106]。

　最高会議で提案に立ったのは、マザイ副首相である。彼は以下のように述べた。白ロシアにはバイリンガル状況がある。これは肯定面をもつとともに、それが非対称的になる傾向もあり、そのために白ロシア語の状態に関する懸念が聞かれる。白ロシア語の使用範囲が次第に狭まっている。白ロシア語を国家語とするからといって、ロシア語の位置を引き下げるわけではない。中には、白ロシア語を知っているのは少数に過ぎないからその必要性もあまりないなどという者がいる。最近、白ロシア語の使用範囲、教育が徐々に拡大してきた。言語法に続いて憲法改正の必要がある[107]。

　続く副報告で、コロトケヴィチは次のように述べた。ある者は国家語も民族間交流語も白ロシア語のみにせよと主張し、他の者は、ロシア語も白ロシア語と並ぶ国家語とせよと主張している。以前に白ロシア語が国家語と規定されたことがあったが、実効的でなかった。言語法が採択されても、他言語住民がすぐに国家語で話し始めるということはないので、導入には段階性が必要である。特定の職に限り、職務遂行に必要な限りで国家語習得が要求されるが、それは必要な度合でよい。第８条（事務用語は白ロシア語）に反対の声もあるが、これを実施しなければ何も変わらない[108]。

1989年12月の草案と90年1月採択の法律テキストには、それほど大きな違いはない。他の共和国では草案と最終テキストの間にかなりの違いがもたらされていることを想起するなら、これも討論の低調さの反映であるように思われる。以下では、 最終テキストを主としながら、修正個所を含めて検討する[109]。

前文では、言語はコミュニケーションの手段であるだけでなく、民族の魂であり文化の基礎であると述べる。近年、白ロシア語の使用範囲が狭まり、存続そのものが危ぶまれる状況にある。白ロシア語保護のため、国家語の地位を付与する必要がある。このことは、他の民族がロシア語その他の言語を用いる権利に触れるものではない。

　第1章、総則。第1条は略。第2条。国家語は白ロシア語である。ロシア語はソ連諸民族の民族間交流語である。国家・党機関、企業・施設、社会団体は白ロシア語とロシア語の学習の条件を整える。本法は、非公式の領域、軍、国境警備隊、内務部隊、鉄道部隊の言語には触れない。

　第3条。市民の民族語を使う権利として、国家・党機関、企業、施設、社会団体に、白ロシア語、ロシア語その他の双方で受けいれられる言語で呼びかける権利がある。市民に対する回答は白ロシア語でなされるが、要望に応じてロシア語に訳される。公務員が、国家語・民族間交流語・当該施設の作業言語でなされた呼びかけに、その言語を知らないことを理由に答えなかった場合は、責任を問われる。この後段は草案になく、追加されたものである。

　第４条。国家・党・ソヴェト・労働組合・社会団体の指導者その他の活動家は、職務遂行に必要な範囲で、白ロシア語およびロシア語を習得していなくてはならない。国家機関・企業・施設は、白ロシア語かロシア語で書かれた書類を受理しなくてはならない。

　第５条。言語によるあらゆる特権、差別は許されない。〔4,5,6条は順番が変わった〕。

第2章は国家・党機関、企業・施設・社会団体について規定する。第7条。最高国家機関のアクトは白ロシア語で採択され、白ロシア語とロシア語で公表される。省庁・地方機関のアクトは、白ロシア語で採択・公表されるが、必要な場合は当該地方多数派民族の言語でもよい。

　第８条。国家・党機関、施設、社会団体の事務用語・文書・相互通信は白ロシア語である。企業（連邦管轄を含む）の事務用語・文書は白ロシア語だが、必要があればロシア語でもよい。

第9条。連邦機関との連絡はロシア語とする。

　第11条。身分を証明する文書（パスポートなど）は、白ロシア語とロシア語、あるいは必要に応じて白ロシア語とその他の言語で書かれる。

　第12条。会議の作業言語は白ロシア語とする。但し、共和国間や連邦レヴェルの会議の場合は、参加者が決定する。

　第14条。運輸、商業、医療、生活サーヴィスは白ロシア語、あるいは双方に受けいれられるその他の言語による。

　第15条。裁判は白ロシア語、あるいは住民多数派の言語による。裁判言語を知らない者には通訳をつける。

第3章は教育・科学・文化について定める。第22条。白ロシア語あるいはロシア語で教育を受ける権利を保障する。

　第23条。就学前教育施設は白ロシア語による。但し、他の民族が集中して住んでいる地域ではロシア語やその他の言語による。

　第24条。普通教育学校は白ロシア語による。但し、他の民族が集中して住んでいる地域ではロシア語やその他の言語による。また、必要に応じて、他の言語で教育するクラスをつくってもよい。あらゆる普通教育学校で、白ロシア語とロシア語の教育は必修である。なお、草案では、白ロシア語以外で教育する学校では白ロシア語必修とするのみで、白ロシア語で授業を行なう学校におけるロシア語必修には言及していなかった。

　第25条。職業学校・中等専門学校・大学では、白ロシア語で教育を行なう。専門分野によっては、白ロシア語、ロシア語、その他の言語による。その専門分野の一覧表は閣僚会議が定める。教育言語が白ロシア語以外であるとき、教科としての白ロシア語は必修とする。

　第26条（草案になく新設）。中等専門学校・大学への入試は白ロシア語とする。但し、卒業試験を白ロシア語で受けなかった者は、白ロシア語かロシア語かを選択することができる。

　第4章、情報・通信。

　第5章、名称。

　第6章、共和国外に住む白ロシア人の民族文化振興援助。

　施行に関する最高会議決定（法律と同時に採択）。本法は1990年9月1日から施行する。実際の導入は、項目により3年から10年かけて段階的に行なう（22,24,25,26条の教育関係は10年）。

　こういうわけで、修正個所は多くないが、どちらかといえば、ロシア語の地位を明確化させる方向のものが主である。全体として微温的だが、次にとりあげるカザフスタンに比べると、少しだけ国家語の地位が高いように思われる。

最高会議での討論報道は比較的簡略なものであり、これまでとりあげてきた共和国のような激論はみうけられない。一応、目立った発言を紹介する[110]。

白ロシア人の発言としては、次のようなものがあった。

・導入に10年もかけるのは長すぎる。

・白ロシア語死滅の危機がある。

・ロシア語の国家語化提案があるが、反対。

・白ロシア語の国家語化には費用がかかるとの声もあるが、金の問題ではない。

・これまでのバイリンガリズムはフィクションに過ぎなかった。

他方、ロシア語系住民からの声としては、次のようなものがあった。

・グロドノ州では住民の約4分の1に当たる30万人がポーランド人だ。

・ロシア語も国家語とせよ。

・民族共存の道はバイリンガリズムしかない。ソ連諸民族のバイリンガリズム、ポリリンガリズム（многоязычие）は新しい歴史的現象であり、富である。

・住民の意思を反映しない言語法は実行されえない〔これはバルトなどへの当てつけ〕。

・法律にはロシア語系住民の権利を損ねる個所がある。

・60以上の国連加盟国が、基幹民族言語ではない言語を国家語・公用語・作業言語としている。憲法で白ロシア語とロシア語を国家語と規定すべきだ。

・エストニア方式（一定期間に国家語を習得しない者は解雇）には反対。

５　カザフスタン

　周知のように、カザフスタンは1979年センサス時には基幹民族よりもロシア人の方が多い唯一の共和国だった。89年センサス時にはカザフ人がロシア人を追い抜いていたことが明らかにされたが、それも僅差であり、ロシア人とカザフ人がどちらもほぼ４割ずつという人口状況があった（ソ連解体後、ロシア人およびドイツ人の流出が続き、今ではカザフ人の比率はほぼ５割になっている）。北部の諸州および首都アルマアタ（アルマトゥ）ではロシア人が過半を占めている。やや細かくいえば、母語をロシア語とする者がエスニックなロシア人よりも多いため、1989年センサスによれば、ロシア人の比率は37.8％であるのに対し、母語をロシア語とする者の比率は47.4％にのぼった[111]。このような状況の中で、とりわけ都市部においてロシア語が優勢を占めていたことはいうまでもない。

　このような状況への懸念は、ペレストロイカの中で知識人により表出された。作家アリムジャノフは、カザフ人の子供の4割近くはカザフ語が話せないこと、ここ25年の間に数千のカザフ語学校が閉鎖されたことなどを指摘した[112]。

　カザフスタンの言語法は、1989年8月下旬に草案が公表され、9月下旬の最高会議にかけられて、9月22日に採択された[113]。その直後の中央紙は、これを次のように報道した。カザフ語とロシア語の双方を国家語とするのではないかという観測もあったが、結局、カザフ語を国家語としロシア語を民族間交流語とする形で決着した。諸民族の市民と接触する指導者・勤務員には2言語の習得を義務づける（カザフ人、ロシア人以外の民族が集中している地域では、その民族の言語も）という規定が草案にあったが、これは人権侵害だという批判があった。そのため、1995年までに民族語での受付・会話を保障し、2000年までに習得と修正されたが、これでも習得強制だという反撥があった。条件整備に応じて自ら習得という風に再修正されて、採択された[114]。以下、草案との相違点を含めてテキストを検討する。

　前文は、言語は民族の偉大な財産であり不可分の徴表であるとして、民族にとっての言語の意義を強調している。但し、そこにおける「言語は」という書き方は特に何語と特定しない表現になっている。カザフ語を特に重視するわけではないという姿勢がこの前文にも象徴されている。

第1章は総則である。第1条。カザフ共和国の国家語はカザフ語であり、共和国はカザフ語利用への国家的保護を行なう。

第2条。カザフ共和国におけるロシア語は民族間交流語であり、国家語と平等に使用される。ロシア語を民族間交流語とすること自体は、他の多くの共和国と共通だが、規定の仕方が他のいくつかの共和国のようなもってまわった表現をとらず明快であり、「国家語と平等」ということまでうたい、事実上、ロシア語にカザフ語と同等の地位を与えるような形になっている。

第3条。カザフ語を国家語、ロシア語を民族間交流語とする本法の規定はそれ以外の言語の利用と発展を妨げるものではない。

第4条。特定民族が集中して住んでいる地域では、地方ソヴェトの決定により地方公用語を定めることができる。

第5条。ロシア語と民族語のバイリンガルあるいは多言語使用の発展への国家的配慮を行なう。

第6条。本法は、個人間交流、軍の部隊内における用語、宗教団体における言語使用にかかわるものではない。言語法が個人間交流の言語まで規制するものでないのは当然であり、他の多くの共和国の言語法も同様の条文を含んでいるが、軍の部隊内の用語について別扱いするのは、事実上、軍内ではロシア語が公用語という現状を追認するものであり、ロシア語への配慮を意味する。宗教団体を別扱いとするというのは他の共和国ではあまりみられない独自な規定である。

第2章は国家機関・社会団体・企業における言語について規定する。第8条。国家機関・社会団体・企業における作業言語はカザフ語、ロシア語、その他の民族グループの言語である。なお、草案では、「カザフ語であり、また民族間交流語その他の言語である」という表現になっていた。実質的な差はあまりないにしても、最終テキストの方が並列的な形になっている。

　第９条。国家機関のアクトはカザフ語とロシア語で採択される。地方機関のアクトはカザフ語、ロシア語、地方公用語のどれでもよい。

　第10条。国家機関・社会団体・企業における内部事務用語は、カザフ語、ロシア語、地方公用語のいずれかである。これらの条文は、他の共和国と比べると、「国家語」（カザフ語）とロシア語をほぼ対等なものとして並列し、「国家語」の優位性をほとんど主張していないという点で特異である。

　第16条。国家権力＝管理機関、法秩序維持機関、社会保障、教育、文化、保健、商業、サーヴィス業、通信、運輸等の分野に勤める者は、市民が使う言葉で受け付け、条件が整い次第、カザフ語とロシア語を（必要に応じてその他の民族言語も）習得する。これに対応する草案第17条は、これらの分野に勤める者であって、職務上さまざまな民族の市民と系統的に接する者は、国家語および民族間交流語を（少数民族地域ではその民族の言語も）、職務に必要な範囲で習得しなければならないとしていた。ここでも、カザフ語とロシア語が並列されており、また言語習得義務が「条件が整い次第」という条件付きにされた点が注目される（この条件は、ロシア人からの要求を受けて、最終テキストで追加されたもの）。

　第17条。国家機関・社会団体・企業は、カザフ語とロシア語（その他の民族が集中して住む地域ではその民族の言語も）の学習を予算で奨励し、保障する。このうちの「予算で奨励」という部分は草案にはなかった。

第3章は教育・科学・文化・マスメディアの言語について定める。第18条。子供が何語で教育を受けるかを選ぶ親の権利は保障される。

第19条。各級学校では、授業はカザフ語とロシア語とで行なわれ、またカザフ語もロシア語も必修である。草案ではカザフ語についてのみ必修とされていたが、ロシア語も必修と修正された。

第20条。中等以上の学校への入学試験は、普通教育学校で授業に使われる言語で行なわれる。この条文は、具体的な言語名を挙げていないが、第19条との関係で考えれば、カザフ語とロシア語の双方ということになる。なお、草案では、中等以上の学校における教育との関係で、それらの卒業者はカザフ語とロシア語を専門職業上必要な範囲で習得していなくてはならないと定める条項があったが、削除された。

第21条。文化・マスメディアの領域で、カザフ語とロシア語の同権が保障される。

第24条。会議の言語は、カザフ語、ロシア語、あるいはその地方に集中して住む民族の言語である。

第25条。伝統的なアラビア文字で書かれたカザフ語文献の研究を促進する。

第4章は固有名詞などについて。第27条。地名は主にカザフ語で定められ、他の言語でも表記される。施設・企業・団体の名称はカザフ語とロシア語で定められる。

第30条。郵便・電信は、共和国内ならカザフ語かロシア語、共和国外宛てならロシア語で受け付ける。

　第5章は法的保護。第32条。もし公務員が市民の請願などを、その言語を知らないという理由で受け付けないなら、法により責任を問われる。ここで規定されているのは言語一般であって、特にカザフ語を保護するというものではない点が注目される。

　第6章、監督など。

　言語法の導入に関する最高会議決定は、言語法は1990年7月1日施行としている。但し、第16条は施行から5年以内、第19、20条は施行から10年以内に導入とする。草案では、導入についても法律の中で規定することになっていたが、それによれば、採択と同時に施行、但し、第17、20、21条（これは最終テキストの第16、19、20条に該当）の導入については閣僚会議が定め、最高会議がそれを承認するとなっていて、具体的な期限が示されていなかった。

　このようにみると、確かにカザフ語を「国家語」としたものの、それは象徴的なものにとどまり、ほとんどすべての分野でロシア語に国家語相当の地位を保障していることが分かる。しかも、草案と最終テキストを比べると、強制性が薄らぎ、実効性が一層乏しくなっている。

　当時のカザフスタンにはまだグラースノスチがあまり及んでおらず、言語法をめぐる討論に関する詳しい報道は『カザフスタンスカヤ・プラウダ』紙には見当たらない。草案についての若干の解説、そして最高会議に正式提案されたときのサグジエフ最高会議議長報告が掲載されている程度である。

　ジマノフ・カザフ・アカデミー会員の論文は次のように述べている。ある調査によれば、カザフ人の4割は母語を知らないか、あるいはあまりよく知らない。共和国・州レヴェルの事務はカザフ語では全然なされていない。地区レヴェルでも、カザフ語で事務をとっているのは205地区のうちの23（公式には38）にとどまる。1989年初頭に幼稚園では、ロシア語で養育されている児童が100万人、カザフ語で養育されている児童がわずか8万人である。これらの子が成人する頃には、カザフ語を話すものは稀になるだろう。カザフ語はいまや消滅の危機に瀕している。そこで国家語化が必要となる。一部には、ロシア語とカザフ語の双方を国家語とせよという議論がある。かつて（1923年以来）現にそうだったし、形式上は、今日まで取り消されていない〔こう述べられているが、根拠は不明〕。この規定は1930年代半ばまでは有効に機能していたが、その後、歪曲された〔曖昧な言い方だが、歪曲された後の状況を念頭において、だから双方国家語はよくなく、カザフ語のみ国家語とせよという主張ととれる〕。いくつかの共和国では民族間交流語としてのロシア語という規定をしていない（バルト、ザカフカス）。そうするのがよいかどうかは歴史の裁きに委ねられる問題だが、中央アジアとカザフスタンの状況では、ロシア語を民族間交流語として規定した方がよい。カザフ語、ロシア語ともに必要だが、重点はカザフ語にあるという意味で、カザフ語を国家語ということにする[115]。

最高会議提案時のサグジエフ報告は以下のようなものである。「国家語」という表現を除くべきだとの意見もあったが、これは少数だった。歴史的事情からロシア語が民族間交流語となった。バイリンガリズムの自由で全面的な発展の条件をつくることを目指す。わが言語法は、他の共和国の言語法よりも国際主義的である。草案の第17、20、21条（最終テキストでは第16、19、20条に当たる）がロシア語系住民の懸念を呼び起こした。これらの条項は一定カテゴリーの人に2ないし3言語の習得を義務づけるものだから、懸念は理解できる。そこで、緊張をやわらげる方向に修正を施し、それも段階的に導入することにした。民族的なものに閉じ込もることは、全世界でつくられた価値から切り離され、自ら孤立することを意味する。他方、カザフスタンに住んでいる人はカザフ語に敬意を表さねばならない[116]。

この報告に示されるように、自ら「国際主義的」であることを誇り、民族的排他性を退けるという精神が強調されている点がカザフスタンの特徴といえる。この程度の言語法でも、ロシア語系住民の間に不安を呼び、反対ないし修正の運動が起きたのである。なお、ここでは立ち入らないが、キルギスタンでも、現地民族の人口比が低く、特に都市部では少数なので、カザフスタンと同様の状況があった。

中央アジア、とりわけロシア人比率の高いカザフスタンとキルギスタンの状況は、ソ連ヨーロッパ部とかなり異なっており、より立ち入った究明を必要とする。しかし、当時におけるグラースノスチの当地への波及の遅さは、この問題をめぐる情報の乏しさにも反映している。

　

６　連邦の言語法

〈ソ連言語法の採択〉

各共和国で言語法制定が進行する中で、それらの共和国に住むロシア語系住民が、権利侵害をおそれ、これに対抗するという構図が生まれた。モスクワの知識人の間からも、共和国における言語法の行き過ぎを批判する声があらわれた[117]。そうした中で、連邦中央としても、一面で共和国の自主性を尊重しながら、他面でそれに一定の歯止めをかける必要に迫られた。共和国がそれぞれの国家語を定めること自体は正当とされたが、連邦全体の交流およびロシア語系住民保護の観点から、ロシア語にある程度の地位を保障することが試みられたのである。

　 ソ連言語法は、９つの共和国で言語法が採択された後の1989年11月、最高会議第2会期で第１読会にかけられ、続いて90年春の第3会期で第２読会が行なわれて、採択された。一部の日本の新聞の解説で、これまでロシア語だけが「国家語」ないし「公用語」だったのを他の民族言語にもその地位を与えたのだとしたものがあったが、これは誤りである。これまで連邦レヴェルの「国家語」ないし「公用語」なるものは法的には存在せず、ロシア語の優越的地位は法的なものではなく事実上のものにすぎなかった。今回の法律は、初めてロシア語に「公用語」としての地位を与え、以下に述べるようないくつかの点で明確に優越的地位を保障しているのであるから、その点に着目すれば、この法はむしろロシア語の地位を高めたとさえもいえる。もっとも、従来からもロシア語は事実上他の言語に対して優越的な位置にあり、1989年以降、各共和国で続々と導入された言語法によってそれぞれの民族語に「国家語」としての地位が与えられているという趨勢の中では、これはロシア語の地位低下をくい止めるための防衛的措置といった方がよい。以下、採択された法律のテキストに即して（草案の内容は最高会議討論からある程度推測できるが、そのテキストそのものは私の知る限り公表されていない）、内容を検討する[118]。

　前文。ソヴェト国家は、ソ連諸民族の諸言語が様々な国家生活・社会生活の領域で使われる条件をソ連市民に保障し、諸言語の再生・維持・発展について配慮する。市民は言語に対して人民の精神的財産として丁寧な態度をとり、母語を全面的に発展させ、他の諸民族の言語を尊敬しなくてはならない。本法は、個人間の非公式的相互関係における言語使用を規制するものではない。

第1部は総則である。第1条。ソ連における言語立法は、本法のほか、本法と照応する連邦の他の立法アクト、連邦共和国・自治共和国の法律・立法アクトからなる。

　第２条。言語立法のうち連邦の管轄は、立法の一般規程、全連邦的交流の要求に発するソ連全領土で共通の言語〔単数で書かれており、第4条とあわせて、ロシア語を指す〕の法的地位、適用領域の確定である。連邦共和国・自治共和国は、連邦管轄以外の領域で自主的に諸言語の発展と利用に関する立法活動を行なう。

　第3条。自治州・自治管区・民族的行政＝領域単位の国家機関は、その領域内に住む諸民族の言語の発展と利用の諸問題を、立法の範囲内で自主的に解決する権限をもつ。なお、これまでの連邦制度では自治州・自治管区以外の民族的な行政＝領域単位はなかったが、あえて「民族的行政＝領域単位」という文言を入れたのは、かつての民族村・民族ソヴェトのようなものの復活が念頭におかれているものとみられる。

　第4条。連邦共和国および自治共和国はその立法で共和国の国家語を規定することができる。歴史的に生じた条件を考慮し、また全連邦的課題の保障のため、ロシア語はソ連領土における公用語（официальный язык）と認められ、民族間交流語として利用される。なお、最高会議の討論で、「公用語(официальный язык)」という表現と「国家語(государственный, или общегосударственный язык)」という表現のどちらをとるかが激しい論争となり、前者がとられた（詳しくは後述）*[119]。

＊その後、1990年末の連邦条約案（公表された中では最初の案）では、ロシア語が「国家語」と規定され、91年3月と6月の案（第2次・３次案）では「公用語」に戻されるというように揺れている。８月に調印が予定されて流産した第４次案および11月の主権国家同盟条約案では「民族間交流語」となっている[120]。

　第5条。各級国家機関による諸言語発展のための基盤整備（教育、出版など）。

　第2部は市民の権利について規定する。第6条。親は子供を何語の学校に送るかを選択する権利をもつ。これは従来のソ連でとられてきた「選択の自由」原則を確認したものであり、いくつかの共和国の「国家語必須」論に対立する。

　第7条。公用語（ロシア語）が教育用語となっていない学校では、教科としての公用語が必修である。これは従来の選択制から必修に一歩踏みだしたことになる。もっとも、従来でも事実上は必修に近かったし、共和国の教育方針が民族語中心に移ろうとしている状況の中では、受身的な対応ともいえる。逆に、ロシア語を教育用語とする学校における教科としての共和国民族言語の学習については、共和国の立法によるとして、この法律では定めていない。また、ある共和国に一時的に在住する者は、共和国の言語の学習を免除され得る（その手続きは共和国が定める）としている。

　第8条。言語習得に基づく就職差別は許されない。但し、ある言語の習得が特定職の資格要件として連邦法・共和国法で定められている場合を除く。バルト諸国などの言語法が多くの職について「国家語」（つまり現地民族の言語）習得を義務づけ、そのことによって現地言語を知らないロシア人の反撥を買っている現状の中で論争的な問題だが、原則と例外を併記する折衷的な解決といえる。

　第9条。市民は国家機関・社会団体・企業・施設に対して、母語あるいはソ連諸民族の任意の言語で提案・声明・苦情を出すことができる。これに対する国家機関からの回答は、その同じ言語でなされる。但し、これが不可能な場合には、回答は「公用語」（即ちロシア語）でなされる。

　第10条。裁判はその共和国・自治共和国・自治州・自治管区の言語、あるいはその地域の住民の多数派の言語でなされる。但し、連邦最高裁判所、および各級の軍事法廷は「公用語」を用いる。

　第13条。サーヴィス業に従事する者は、サーヴィスを受ける人の選ぶ言語で応答しなければならない。但し、法によって習得を義務づけられていない言語によって呼びかけられた場合には「公用語」で応答する。

第3部は国家機関・企業・施設・団体における言語使用について規定する。ここでは、連邦レヴェルの機関を念頭においているせいもあって、ほとんどの場合に「公用語」が使われるという規定になっている。いくつかの条文を列挙すれば以下の通りである。

第14条。連邦の国家機関では「公用語」を用いる。

第22条。 軍では「公用語」を用いる。

第23条。 中央テレビ・ラジオ、中央紙誌は「公用語」を用いる。

　第24条。外交・貿易活動では「公用語」を用いる。

第4部は言語立法侵犯に対する責任について定める。第25条。ある言語への反感・軽蔑を煽ったり、特定の言語に特権を与えようとする行為は違法である。

この最後の条項は、一見、当然のことを規定しているに過ぎないかにみえるかもしれない。だが、使用範囲の狭い言語を保護しようとするならばその言語にある種の特権を与えるしかなく、そうしない限り、流通範囲の広い言語――ソ連でいえばロシア語、世界的にいえば英語――がどうしても「自由競争」で有利になってしまうという関係を念頭におくなら、そしてだからこそバルトやウクライナの言語法がそれぞれの「国家語」に明確な優位性と強制力をもたせていたことを考慮するなら、この規定も先の第8条同様、共和国の国家語法を制約する意味をもつことになる。

〈最高会議における言語法討論の模様〉

最高会議での討論過程を速記録によってやや詳しくみよう。前述のように、1989年11月の第2会期で第１読会、90年４月の第3会期で第２読会と採択が行なわれた[121]。

先ず、第１読会の方からみていこう。会議のもち方としては、1989年11月15日に、先ず民族院で討論が行なわれ、次いで同日に両院合同会議で討論し、後者で第1読会として採択された。

　法案の説明に立ったのは、キルギス人作家のアイトマートフである。彼は、言語問題に関する人々の立場の多様性を指摘して、理性的妥協の必要性を強調する。法的規制の対象となるのは公的な言語使用のみだとして、私人間の交流にまで介入するわけでないことを指摘した上、ロシア語の役割規定に関して多くの論争があったことを認めている。連邦国家には公用語が必要であり、それは歴史的事情からロシア語になるというのが彼の説明である[122]。

　ロシア語の位置づけが高すぎることへの批判は、主にバルト3国、ウクライナ、アルメニアなどの代議員から提出された（第2読会ではグルジア代議員も）。逆に、ロシア語の地位をもっと高めようとする見地からの発言は、ロシア人代議員（特に、非ロシア共和国に住むロシア人）から出ただけでなく、ロシア語を日常的に使わざるを得ないいくつかの民族（中央アジア、またロシア共和国内の少数民族など）の代表からも出た。後者の例として、ブリャート人代議員[123]、 第2読会のタジク代議員、後のキルギス大統領アカーエフ発言（われわれがウクライナやグルジアの文学者の作品を読めるのもロシア語を通じてだと指摘）、ゴルノ＝アルタイ自治州の代議員などが挙げられる[124]。 キルギス人だがロシア語で作品を書くアイトマートフが法案説明者として選ばれたのも同様の事情によるものと思われる。

　最も尖鋭な発言として、リトワニアのビチュカウスカスは、15共和国の国家語をすべて連邦の公用語とすることを主張した。これに対し、アイトマートフは、気持ちは分かるが現実的でないとして、好むと好まざるとにかかわらずロシア語を公用語とするほかないことを事実として認めるよう訴えた。ロシア語の普及を積極的に是とするというよりも、やむをえざる現実として認めることを説くという受身的な姿勢が特徴的である（以下では、第２会期速記録第６分冊のページ数を本文中のかっこ内に示す。с. 5-6.）。 同じくリトワニアのグダイティスは、リトワニアは併合の結果として強制されてソ連の中にいるに過ぎないと述べ、リトワニア最高会議はこの言語法を登録しないだろうと述べた（с. 16-19）。

　アルメニアのアンバルツミャンは、親の学校選択権の問題に触れ、就学前教育については選択ではなく母語必修とすることを主張した（с. 6-7）。

　ロシア語を「民族間交流語」かつ「公用語」とすることについては、様々な立場からの批判が出た。非ロシア語の地位向上を目指す立場からは、ロシア語が「共和国間言語」「国家間言語」というならまだしも「民族間交流語」だというのは諸民族語による交流を押しのけるおそれがあるという反撥が示された。代替提案は人によって異なり、エストニアのブロンシュテイン（民族的にはユダヤ人）は「全国家交流言語」を提案しているが（с. 10-11）、 これは少数意見である（似た立場に立つ他の論者は、「全国家」という表現はむしろロシア語の地位を強めると考えて反対した）。オレイニクは「連邦間」「共和国間」「全連邦」などをあげた（с. 25）。アルクスニスは、こうした提案の意味を鋭く嗅ぎつけて、ロシア語を「連邦言語」とするなら連邦構成主体の間でしか使われないことになり、「公用語」よりもずっと狭くなるとして反対した（с. 67）。ロシア人の代議員の中からは、「公用語」では範囲が狭すぎるとして「（全）国家語」の提案もあった（これは第2読会でのことであり、後述する）。このようにみるなら、「公用語」という規定は、一方における「（全）国家語」の提案、他方における「共和国間言語」「連邦言語」などの提案の間に立つ折衷的、妥協的な表現ということができる。アイトマートフが繰り返し妥協の必要を説いているのは象徴的である。

　共和国の国家語法への反撥の表明も、ロシア人代議員を中心に提出された。共和国で国家語を定めるのは現地民族優遇の差別であり、世界人権宣言に反するという発言もあった（с. 11）。モルダヴィアのロシア人を代表するブローヒンは、モルダヴィアのロシア人は「二級市民」とされていると述べた（с. 14-16）。

　有名な「ソユーズ」グループのアルクスニス（ラトヴィア人）は、共和国に住むロシア人が現地語を習得すべきだという考え自体は正しいとした上で、リガのロシア語学校でラトヴィア語を教える教師のうち、言語に関する高等教育を受けたのは2割以下に過ぎないというような事実をあげて、こんな状態でラトヴィア語習得を2年以内に強いるのは無理だとする。ラトヴィア共和国人口の約半分がロシア語系なのに、ラトヴィア国立大学のロシア語系学生は2割に引き下げられた。このような共和国法の行き過ぎを是正して、ロシア語系住民を保護するために連邦言語法が必要だと彼は述べた（с. 19-20）。この発言は、連邦言語法の必要性がどこから生じたかを明白に物語っている。と同時に、「保守派の大物」とみなされがちなアルクスニスが、少なくとも表向きの発言としては、民族言語の復興（ロシア人による民族言語習得の必要）を肯定した上で、その「行き過ぎ」に異を唱えるという形で発言していることも注目される。

　次に、第3会期における第2読会に移る。1990年4月24日、連邦院と民族院でそれぞれ審議し、各条ごとに細かい討論の上、最終採択された。

　アイトマートフの法案説明は、第1読会以来の半年の間に民族問題が深刻化し、一部の共和国ではソ連離脱論が現われたことを指摘する。彼によれば、民族的自己主張の高まり自体は疑いもなく進歩的な現象であるが、それに伴って複雑な情勢と紛争が生まれている。問題解決には時間と寛容が必要である。一部の共和国では非基幹民族の権利が守られていない。そのため、少数民族がロシア語の全国家言語としての地位を要求している。「ソユーズ」系の代議員グループは、ロシア語に共和国国家語と同等の地位を全ソ連領にわたって付与するよう主張しているが、これには反対論もある。ロシア語の意義付けに関しては、「連邦関係の言語」という主張、「全国家語」の主張などもあったが、「公用語」の表現を維持することにした。「公用語」という特徴付けは「（全）国家語」に比べて公的場面に限定されている。共和国に常住する者は現地の言語を学ぶ義務を負うべきとの提案があるが、これは共和国法が扱うべき事項なので、この法では取り上げない[125]。

　法案全体に関する否定的見解を述べたのは、ウクライナ代議員クラブの声明である。ウクライナ作家同盟、シェフチェンコ記念ウクライナ語協会、ウクライナ科学アカデミー言語学研究所などは、ソ連全土にわたる単一の全国家語・公用語制定に反対する。この法律は帝国的思考を反映している。このような問題は先ず共和国最高会議で審議すべきものだ、というのが主な内容である（以下では、第３会期速記録第10分冊のページ数をかっこ内に示す。с. 43-44, 88）。ウクライナ作家同盟書記のパヴリチコは、各共和国で国家語法が定められて、それですべてうまくいっているのに、このような連邦法は必要なのかと疑問を投げかけた（с. 85, 88-89）。

　逐条審議で最大の焦点となったのは、ロシアを「公用語・民族間交流語」と規定した第4条である。一方では、ロシア語が「公用語」とされるなら共和国の国家語法はフィクションと化すだろうという危惧が示された（с. 45）。代案として、ウクライナのパヴリチコは、ロシア語は「連邦関係における国家間関係語」とすべきだと提案した（с. 46）。グルジアのガムクレリゼは「共和国間交流語」を提案し（с. 89）、ウクライナのオレイニクは「ソ連邦の国家間関係の公共作業言語」を提案した（с. 97）。 ラトヴィアのビシェル（ビシェルス）は、「公用語」という表現が連邦の国家機関で使われるという限定的な意味なら賛成だが、「民族間交流語」という表現は国家以外の領域にまで及ぶ響きがあるので正しくないと述べた（с. 98）。

　これに対し、ロシア人（あるいは、少数民族であってロシア語の地位確保を志向する者）の中から、ロシア語に「全国家言語」の地位を保障せよ、あるいは隠すことなくはっきりと「国家語」とせよという提案があらわれた（с. 42, 44）。軍を代表して、アフロメーエフ参謀総長は、ロシア語が公用語・民族間交流語と明記されるのは軍にとって不可欠だと述べた（с. 44）。

　このような両極からの意見に対し、提案者アイトマートフは中間的な立場をとった。ロシア語＝公用語規定によって共和国の国家語が掘り崩されるのではないかとの危惧に一応の理解を示した上で、それでも、ソ連という一つの国家に住んでいる以上、共通に認められた一つの言語が必要だとする。「公用語」という表現をとったのは、各共和国に「国家語」があることを認めるからである、「公用語」は国家語の機能を制限するものではない、という説明である（с. 85-86）。「公用語」はともかく「民族間交流語」は不要ではないかという問いかけには答えなかった。両翼からの批判にさらされながら、中間的な線で妥協を確保するには、このような態度をとるしかないと判断したのだろうか。

　連邦院における条項ごとの採択では、第4条に関して、賛成141、反対34、棄権9と、最大の反対票が出た（с. 48）。また民族院では、第4条に関し2つの修正案が出た。「民族間交流語」という表現を削除せよという提案は賛成34、「公用語」を「全国家語」と改めよという提案は賛成61票で、いずれもかなりの票を集めたものの否決された（с. 103）。

　それ以外の条項もそれぞれに種々の議論を呼んだ。第7条末尾の規定（一時的滞在者は共和国の国家語学習義務を免れる）については、共和国言語擁護の立場から批判論が集中した（с. 37, 86, 87）。これに対し、アイトマートフは、例えばグルジア人がキルギスタンの大学に医学を学びにいったような場合、キルギス語学習を義務化するのはよくないといった例を挙げて反論した（с. 37）。 現地語義務化論者が主として念頭におくのは在住ロシア人が現地語を学んでいないという事実だが、他の共和国に住むのはロシア人だけではなく、例えばグルジア人なども含むという言い方で切り返したのである。

　第8条（就職要件として特定言語習得が法で定められている場合を除き、言語による就職差別を禁止）に関し、ブローヒン（モルドヴァのロシア人）は、就職要件とされている言語を知らない場合、全日制の言語習得コースに有給で参加できる機会を保障すべきと提案した（с. 40, 52）。しかし、この提案は容れられなかった。

　同じ第8条について、ラトヴィアのロシア人代議員は、ラトヴィア語の国家語化自体には賛成だがと断わった上で、短い年数で国家語習得を要求するのは現実的でないので、立法で特定言語習得を資格要件とする場合には期限のことを考慮に入れるべきだと述べた（с. 90）。この提案はとりあげられなかった。

　第9条（市民と国家機関・社会団体などとの交流）も問題となった。市民は母語あるいは任意のソ連諸民族の言語で呼びかけることができ、提案・声明・苦情などへの回答は、呼びかけに使われた言語で行なわれるという規定に対し、ソヴェト女性委員会議長のプーホワは、通訳を捜すのに時間がかかりすぎるので、連邦機関への呼びかけは公用語とすべきだと提案した。議長が、あなたの組織に通訳がいないから、人は必ず公用語で話しかけねばならないということなのか、と問いただすと、プーホワはあっさりそうだと答えた（с. 51）。ソヴェト女性委員会が、比較的軽視された団体であるために、通訳その他の人員も財政も乏しいという窮状が背景にあるが、だから連邦機関に呼びかけるときはロシア語を使えという発想は、民族問題への感受性の低さを露呈している。

　第14条（国家機関の作業言語）において、連邦の法的アクトの草案は、代議員の要求に応じて共和国の言語で渡されるとあるのに対し、翻訳者が足りないので、実際的でないとの批判が提起された（с. 41）。この個所は、原案のまま維持された。

　第18条（事務言語）において、連邦＝共和国機関の事務言語は当該共和国の言語と公用語の双方とあるのを、どちらか一方とせよという提案もあった。実質的な含みとしては、共和国の国家語を使わず公用語（ロシア語）のみですむようにという趣旨になるが、この提案は却下された（с. 53-54）。

第23条（マスメディアの言語）で中央紙誌は公用語を使うとされているのに対し、このような規定は不要という反対論が出た（с. 98）。この個所も原案のまま維持された。

全体としてみると、連邦言語法はロシア語の地位低下に歯止めをかけようとする防衛的姿勢が目立つ。このような法案に対し、一方では共和国の国家語を優位にしようとする民族派からの批判、他方ではロシア語の地位を更に強めようとするロシア派からの批判が相い次ぎ、提案者は両者の中間でひたすら妥協と協調を説いた。公式の立場の態度表明がほとんど専らアイトマートフに任され、最高レヴェルの政治指導者が――少なくとも表面に現われる限りでは――全く姿を見せなかった点も注目される（本稿の枠外になるが、ほぼ同時期の連邦・共和国権限分割法の討論では、ルキヤーノフ最高会議議長が頻繁かつ積極的に議事に介入していて、対照的である）。

�X　ソ連解体後の状況

ソ連解体後の新しい状況については、本稿の主要課題ではないが、時間軸に沿った縦の比較（ソ連時代と現在）および空間軸に沿った横（共和国間）の比較という観点から、一定の展望を得るために、簡単にいくつかの問題に言及しておきたい（この項はそのような限定された趣旨で書かれているので、様々な問題点のうちのごく一部に触れるに過ぎず、記述もごく粗っぽいものになることを断わっておく）。新しい国家が生まれたとき、それが自前の国家の支えとして、死滅しつつあった民族語を政策的に復活させるという努力は先例がいくつかあるが、相対的に成功したイスラエルの例と、成功していないアイルランドの例（但し、後者も国家的独立は維持している）の対比などを念頭において、旧ソ連諸国を比較するのは興味深い作業である。なお、ロシア語による浸食が減退しつつある国でも、今度はそれに代わって英語による浸食が進行しつつあるという新しい問題があるが、そこまで議論を広げるのは本稿の枠を大幅に超えることになるので立ち入らない。

レイティンらのグループの共同研究が興味深い報告を行なっていることについては、�Tの末尾で言及した。そこでとりあげられているのは、エストニア、ラトヴィア、ウクライナ、カザフスタンであり、手法としては、マクロ的統計資料を先ず押さえた上で、現地居住を通した参与観察の他、実験的手法での意識調査も併用して、きめ細かい観察を行なっている。

その報告によれば、エストニアとラトヴィアでは、民族的再生が比較的順調に進み、ロシア人も現地語の習得に向かっている（さしあたりは、手段としての必要性からやむをえずだが、世代交代が進めば、より本格的な同化もありうる）。これに対し、カザフスタンでは、ロシア化したカザフ人も多いし、ロシア人はカザフ語の習得を必要と感じないので、カザフ語中心への切り替えは難航している。これはちょうど、モロッコやアルジェリアでフランス人がアラビア語を習得しないのと似ている。ウクライナは両者の中間であり、西部（およびそれに次いでキエフ）では民族的再生が進んでいるが、東部・南部では難航している。ロシア人にとってウクライナ語の習得はそれほど難しくないが、必要性があまり感じられない。その意味で、ウクライナはカナダ型になる（東部・南部は「ウクライナのケベック」ということになる）かもしれない[126]。

このような概観を前提し、若干の情報を追加しておこう。

　エストニアとラトヴィア在住のロシア人が、国籍取得をはじめとする種々の問題のもととなっていることは周知の通りであり、そのことから考えると、彼らが現地語の習得に向かい始めているというレイティンの報告はやや意外にも思える。もちろん、これまで知らずに済ませていた言語を新たに習得せねばならないことに対する不満がないわけではないが、それでもこの地にとどまろうとするなら（到着以来の日が浅く、根付いている度合の低いロシア人は早期に帰国した）、単純な打算からして、現地語習得に向かわざるを得ないということであろうか。一定年齢以上の人にとっては新たな言語習得は困難だが、子供の場合は相対的に容易であるので、親は子供に現地語習得を勧めており、世代交代に伴ってエストニア化が進むだろうと観察されている[127]。なお、ラウンの論文は、言語法の規定が文字通りには実現されていない面を指摘し、レイティンに比べるとやや悲観的だが、ロシア人のエストニア語に対する態度が変わりつつある点の指摘では共通する[128]。 レイティンとラウンの差はニュアンスの違いであり、エスニックなエストニア人である後者の方が、より急速な民族語復興を望む気持ちがある分、その遅さへの苛立ちがうかがえるが、完全な悲観論ではなく、ゆっくりとではあるが改善されつつあるというトーンである。

　エストニアは1995年2月21日、新しい言語法を採択した。エストニア語を国家語とするだけでなく、それ以外のあらゆる言語は外国語とみなされるとわざわざ規定しているのが特徴的である。1989年言語法では、公務員はロシア語で呼びかけられたらロシア語で応答する義務があったが、それは削除された。エストニア語を知らない者は、国家機関・地方自治機関で、当事者の取り決めにより外国語を使うこともできるが、そのような取り決めができない場合には通訳をつけることとなり、その通訳の費用はエストニア語を知らない者の側の負担となる。ラジオ・テレビの外国語教育番組および外国語を話す住民向けの番組ではエストニア語訳を付けなくてもよいとあったが、最終段階でテレビは削除された[129]。

レイティンらの共同研究はモルドヴァを対象として含んでいないが、いうまでもなく、この共和国は基幹民族とロシア語系住民の対立が最も激烈な形をとった例である。沿ドネストル問題の複雑な展開について、ここでは立ち入らないが、ロシア語系住民問題が、その処理の仕方如何ではきわめて悲惨な帰結をもたらしうる例として記憶にとどめるに値する。沿ドネストル政権の強硬路線を生み落とした一つの要因は、モルドヴァの一部にルーマニアとの早期統合論があり（多数の支持を得ているわけではない）、それが沿ドネストルのロシア人やウクライナ人の強い不安を招いたということがある。日本でも時折、モルドヴァとルーマニアは当然に統一されるべきだといった解説がなされることがあるが、そうした見解は当のモルドヴァで少数であるばかりでなく、沿ドネストルの強硬派の主張を正当化し、流血の惨事を助長する危険性をもったものであることに注意しなくてはならない。

モルドヴァの言語問題のもう一つの特徴は、「モルドヴァ語」か「ルーマニア語」かという名称問題が政治争点となったことである。興味深いことに、1992-94年には「独立モルドヴァ」論（ここで「独立」とは、「ソ連からの」独立だけでなく、「ルーマニアからの」独立、即ちルーマニアとの統一否定論を含意する）の先頭に立っていたスネグールが95年春以降、路線変更して「ルーマニア語」論に立つようになった。これは大統領選挙をにらんで、民族主義者（あるいはむしろ「ルーマニア主義者」というべきか）に歩み寄ろうとしたものとみられるが、その目算ははずれ、96年11-12月の大統領選挙で彼はルチンスキー（元共和国共産党第１書記で、ペレストロイカ期には「モルドヴァのゴルバチョフ」といわれた）に敗北した。なお、公務員の国家語習得度テストは、サンゲリ内閣時代に、実施を1997年1月まで延期するとされていたが、その後、更に2005年までの延期が検討されているとのことである[130]。

　エストニアおよびラトヴィアが民族再生の代表例だとすれば、逆に、その困難性を最もよく示しているのがカザフスタンということになるだろうか。1993年1月28日採択の憲法（総則の第8項）は、国家語はカザフ語としながら、ロシア語を民族間交流語と規定し、国家は民族間交流語その他の言語の流通範囲維持を保障すると定めた。その上、国家語あるいは民族間交流語を知らないことによる市民の権利・自由の制限は禁止されるともある[131]。89年言語法もそうだったが、「国家語」に強制力をもたせない規定の仕方といえる。その後、1995年8月30日、レファレンダムにより新憲法が採択された。ロシア語の地位については、第7条で、国家機関および地方自治機関において、カザフ語と並んで公式に使われると規定されている[132]。こうして、ロシア語は、「国家語」ではないまでも公用語という位置づけを与えられた。

カザフ語には元来、行政用語の語彙がなかった（この状況はキルギス語ではいっそう甚だしい）。そのため、国家行政の用語をカザフ語に移行させることには困難がつきまとう。カザフ人であってカザフ語のできない者も少なくないし、特に都市部では多いといわれる*。テレビ・ラジオ・新聞ではまだロシア語が優位だと伝えられている。ある社会学調査（94年）によれば、ロシア語の第2国家語化に賛成なのは48.7％、これに「どちらかといえば賛成」の6.6％を加えると過半数におよび、反対の23.8％を大きく上回る（但し、カザフ人の間では賛成よりも反対が多い）[133]。他面では、カザフ語を流暢に話せるインテリが少ない（エスニックなカザフ人でも、インテリであるほど、ロシア語中心となる傾向がある）という状況の中では、カザフ語の得意な者は希少価値を帯びるので、そうした人は国家語としてのカザフ語の地位強化に利益を感じるという面もあり、カザフ人の間での利害対立があるのである[134]。

＊この点に関し、きわめて興味深いエピソードを一つ紹介しておく。カザフ語で養育する幼稚園はロシア人の子供を引き受けたがらないが、それは、ひとりでもロシア人の子供がいると、他の（カザフ人の）子供たちが一斉にロシア語でしゃべりだしてしまうからだというのである[135]。

　1996年11月22日、下院が新しい言語法を可決した。まだロシア語の優位が続いており、経済面では英語が浸透しつつあるという背景の中で、国家語としてのカザフ語の地位向上を促進しようとしたものとみられる。カザフ人は2001年まで、ロシア語系住民は2006年までに「国家語」（カザフ語）の習得の義務が課せられた〔後の報道では、行政機関内のカザフ人は2005年まで、ロシア人は2010年まで〕。テレビ・ラジオは少なくとも放送の半分を国家語で行なう。国家語はロシア語とともにあらゆる軍事部隊で使われる。一定の度合の国家語習得を就職要件とする職のリストを作成する、といった規定を含んでいる。この言語法は、ロシア語の地位を保障してきたこれまでの政策を逆転させるもののようにもみえるが、真意および実効性はまだよく分からない。ロシア政府はこれに対して、ロシア語系住民の大量流出を引き起こすかもしれないと警告した。上院は1997年1月にこの法案の討論を開始し、7月に成立した。カザフ語が国家語だが、ロシア語も国家機関と地方政府で国家語と同等の地位をもつとされる他、中等・高等教育は双方で行なわれる、テレビ放送の少なくとも半分はカザフ語とする、といった内容だという[136]。

カザフスタンと比較的よく似た状況はキルギスタンでもみられる。キルギスタンでは、ロシア人の流出を食い止めるため、ロシア語にキルギス語と並ぶ公用語の地位を保証する件が1995年末から96年にかけて問題となった。96年２月には、ロシア語の公用語化を要求する公開状があらわれた[137]。 3月に、ロシア語系住民が多数であるような地域・生産集団、また科学技術進歩がロシア語と結びついているような分野では、ロシア語を、国家語たるキルギス語と並ぶ公用語とするという憲法改正案をレファレンダムにかけることが決まったという報道があらわれたが、これは誤報だった[138]。その後、6月末に、憲法第5条（国家語をキルギス語とし、ロシア語およびその他のすべての言語の維持、同権、自由な発展と使用を保障する）を改正して、キルギス語が国家語だがロシア語も公用語とするという両院議会の提案〔別の報道では下院の提案〕に対して憲法裁判所が支持の決定を下した。提案の趣旨として、経済改革促進、ＣＩＳ諸国との結合深化、世界文化への参入、民族間関係の改善、ロシア語系住民の流出防止などが挙げられている[139]。

民族再生が比較的順調に進んでいるエストニア（およびラトヴィア）と、大きな困難性をかかえ、かつロシア人への配慮を示さざるを得ないカザフスタン（およびキルギスタン）が両極をなすとすれば、ウクライナの場合はいわばその中間であり、かつ地域による差が大きい。1992年における学校教育での言語使用はウクライナ全体でみるとほぼ半々だが、西部諸州では9割以上の生徒がウクライナ語学校に通い、東部諸州では9割以上がロシア語学校という対照があった[140]。独立後の変化を概括するなら、西部はもとからウクライナ語優位だったので変化の余地が乏しく、東部はなかなかロシア語優位が揺るがないのに対し、独立直後に最も大きく変化したのはキエフを中心とする中部のようである（首都であるため、行政用語の変化の影響もあるだろう）。

　こうした事情から、東部やクリミヤでは、ロシア語を第２の国家語とせよという要求が強い。1994年3月のウクライナ選挙時に、ドネツク州とルガンスク（ルハンスク）州では、ロシア語を第2の国家語とする件が独自の意見調査（正規のレファレンダムではない）にかけられ、圧倒的に支持された。1992年のクリミヤ憲法（キエフによって認められず、流産）も、1995年11月のクリミヤ憲法草案も、クリミヤ・タタール語、ウクライナ語、ロシア語の3言語を国家語とし、ロシア語を行政用語と規定した。1996年6月に採択されたウクライナの新憲法では、ウクライナ語を「第2の国家語」とするか否かが一つの争点となった。結局、第2の国家語とはしないが、ロシア語系住民が密集して住んでいる地域では国家機関での使用を認めるということになった[141]。

　ウクライナの東部にみられるような状況を凝縮して示しているのが、ベラルーシである。1995年5月14日のレファレンダムでは、ロシア語の地位をベラルーシ語と同等にするのに賛成かとの問いに、83.3％が賛成投票し、事実上、ロシア語を第2の国家語とした[142]。 実際問題として、議会の討論でもベラルーシ語は滅多に使われておらず、ルカシェンコ大統領も稀にしかベラルーシ語を使わないという。軍などの用語もロシア語である[143]。

1995年レファレンダム以来、ロシア語優位はそれまで以上に強められた。1991-94年の「ベラルーシ語＝国家語」時代は「強制的ベラルーシ化」だったと振り返られるようになった。ルカシェンコは、ベラルーシ語はあまりにも貧しいといい、「世界中に真に偉大な言語は2つしかない。英語とロシア語だ」と語った。ベラルーシ語で教える学校は閉鎖されつつある。ある観察者は、ニコライ2世時代のようにベラルーシ語を禁止する必要はなく、ただベラルーシ語振興への財政援助を停止するだけでベラルーシ語は滅びようとしていると述べている[144]。

もともとベラルーシ語は、革命前にはほとんど専ら農村で話されており（都市部はユダヤ人、ロシア人、ポーランド人、ドイツ人などが多数を占めていた）、文章語としてはほとんど使われておらず、「白ロシア語」なるもの自体がソヴェト政権の人為的創造物だという意見さえもあるような状況があったし、ソ連国外に住むベラルーシ人もロシア語を使う傾向がある（これに対し、在外ウクライナ人はロシア語よりもウクライナ語を使う傾向がある）というから、ベラルーシ語の衰退とロシア語への移行は、必ずしも「人為的」「不自然」とは言い切れない面をもつ[145]。それでいながら、70年間のソヴェト時代の経験は「ベラルーシ人」という民族をともかくもつくりだした。また、ソ連解体の経緯は、必ずしも圧倒的願望の産物ではないにしても「独立ベラルーシ」の体裁をつくったことから、それを直ちに放棄することもできない（ここでは立ち入れないが、「ロシアとの連合」がどのような形をとるかも、今のところ未定である）。カザフスタンの場合は、たとえ今のところロシア語に押され気味だとしても、カザフ語がロシア語と異なる独自の言語であること自体は疑いようがないのに対し、ベラルーシについては果たして「ベラルーシ語」がロシア語の方言ではない独自の言語というべきかどうか自体が、議論の対象となるのである。このようにみるなら、ウクライナの東部・南部がある程度これと似た傾向をもつとしても、ウクライナ全体としてみればはるかに「民族」「国家」としての自意識が強く、そこにベラルーシとウクライナの大きな違いがある。

ソ連解体後の状況については、断片的な情報が飛び交っており、それらの総合は極度に難しい。一つの問題点として、モスクワで刊行されている新聞やモスクワの図書館は、かつてはソ連邦全体にわたっての情報源――たとえ、ロシア人の目から見られているという意味で一定のバイアスがあるにしても、他の民族から発信される情報も含み、ともかく目配りは利いていた――だったのに、ソ連が解体した今では、他の旧ソ連諸国に対するロシア人の関心は大きく低下し、モスクワ経由という方法によってでは系統的な情報収集ができなくなったということがある。もちろん、ある国について情報を集めるにはそれぞれの国から直接得ようとするのが本来当然の方法であり、モスクワ経由で集めるのは邪道だという言い方もでき、その観点からいえば、現状はむしろ正常化ともいえるかもしれない。とはいえ、15の独立国について、くまなく現地から情報を集めて総合するのは至難の業であるし、現状ではそのルートも確立にはほど遠い。ヴェトナム研究などの場合、もちろんヴェトナム語習得とヴェトナム現地訪問が最も基本的な研究手段であるとはいえ、フランス語習得とフランス経由の情報収集もなお無視できない意味をもつらしいことを考えるなら、帝国解体後の旧帝国各地に関する研究というものは旧宗主国を一つの情報上の環とせずには成り立たないのではないだろうか。

近年になって、旧ソ連の個々の国についての専門家が日本でも誕生しつつあることは歓迎すべきことである。それらの人が、自己の専門とする国についての研究に沈潜するだけでなく、「旧ソ連諸国」としての枠での情報交換や比較検討を進めることが望まれる。ロシア以外の国についてさしたる識見を持っているわけでもない私が、敢えてこのような未熟な試論をまとめたのも、そうした方向へ向けてのささやかな捨て石を提出したかったからである。

付論　視点をめぐる一試論

　1997年7月の北大シンポシウムで、言語問題に関するセッションがあり、私はそのディスカッサントをつとめた。そのときに提出された二つのペーパーのうち、マイェヴィチによるもの[146]に対して、私はかなり辛口のコメントを加えた。 あるいは、あらずもがなの喧嘩を売るものととった参加者もあったかもしれない。マイェヴィチ報告の趣旨は、少数民族の言語の消滅傾向を憂い、それを食い止めるための処方箋考案という実践的課題に応えようとする点にあり、そうした問題意識自体はいうまでもなく貴重なものである。にもかかわらず、私はこの報告に対して強い違和感をいだかざるをえなかった。それはどういう事情によるのかということについて、多少の説明を要するように思う。

　そのようなことを考えているとき、シンポジウムの少し後に、角田太作「少数民族の言語の現状」というエッセー風の論文に接した[147]が、そこでも、マイェヴィチ報告とほぼ同趣旨の議論が展開されていた。小民族の言語・文化の消滅を憂える使命感のようなものは、実践的姿勢をもつ言語学者に共通の意識のようで、田中克彦の一連の文章にも同様の発想が感じ取られるように思う。

　角田論文は、「ある民族がその言語を失うことは、その民族の文化の最も中心的な部分の一つを失うことである」と述べ、また「文化の多様性は重要である」と指摘している。これらの指摘は、それ自体としては十分理解できるものである。前者は、本稿で取り上げた旧ソ連各地の民族運動が言語法を制定する際に強調した論点でもある。このような見方に対して、私はそれ自体として決して反対するものではない。少数民族の言語など消えてしまえばよいなどと考えるわけでもない。にもかかわらず、私は、この種の議論が、往々にして「あるべき（Sollen）」論に終始しがちであることに対しては、違和感をいだかざるをえない。

　多様な民族文化・言語が保存され、栄えるのは確かに望ましいことだろう。だが、「望ましいこと」がなかなか実現しないなら、それはどうしてなのか。その理由を解明することこそが社会科学の課題のはずである。その解明なしに、ただ「こうあるべきだ」という「べき（Sollen）」論のみを振りかざし、それが実現しないことを邪悪な「帝国主義者」その他の陰謀に帰する議論は、プロパガンディストの文章であって社会科学者の文章ではない。北大のシンポジウムで私がマイェヴィチ報告に対していささか辛すぎるコメントをしたのも、この点にかかわる。

　もう一つの問題は、「何が望ましいか」を論じる場合、それは誰にとってか、またそれを誰がどうやって判断するのかという論点である。

　少数民族が自民族の言語を捨てて大民族の言語に同化する傾向をどのように評価するかは、それをみる者の立場によって異なるということを、ロシアの民族学者ティシコフが指摘している。簡単にまとめれば、次のようになる。先ず、学者にとっては、少数民族の言語が失われるのは文化的多様性の喪失であり、惜しむべきことである。次に、当事者にとっては、通用範囲の広い言語を身につけることは自己の（あるいは自分の子供の）社会的上昇にとって利益になることなので、特に子供の教育に当たって、そのような基準から選択することが少なくない。そして第三に、政治家にとっては、当該国家の基幹民族の言語で統一することが政治的便宜である[148]。

　ここで、政治家にとって「望ましいこと」が学者や当事者にとっての「望ましいこと」と違うというのは、ごく当然の指摘であり、驚くに値しない。だが、学者にとって「望ましいこと」と当事者にとって「望ましいこと」の区別の指摘は、ややもすれば学者的視点からものを考えがちなわれわれにとって、一つの反省を迫る。もっとも、「当事者」も一体というわけではもちろんない。その中には、たとえ自分個人の立身出世に不利であっても、民族言語維持に熱意を燃やすような人もいるだろう。ただ、誰もがそうだということを安易に想定するわけにはいかない。

　もちろん、あらゆる学者がこの問題を無視しているというのではない。前掲の角田論文は、次のようにも指摘している。

「少数民族の当事者自身が自分たちの言語の消滅に無関心であることもある。また、無関心ではないにしても、『この言葉は消えてもよい。（例えば）英語を話せれば、職も得やすいし、生活しやすいから』と考えている場合もある。このような場合、言語学者はこのような人たちに無理強いをして、言語を保存、維持させる権利はない。しかし、少なくとも、『自分たちの言語を失って後悔している人は大勢いる。失ってからでは間に合わない』ことを、彼らに知らせることは言語学者の義務であろう」[149]。

　これはもちろん正論である。ただ、当事者の多くが現に「英語〔あるいはロシア語〕を話せれば、職も得やすいし、生活しやすい」と考えているような場合に、「無理強いをし」ないで、その言語を維持することができるのか、というのは一つの深刻な問題である。実際、本稿で指摘したように、民族言語の維持に熱心な国の言語法ほど、教育なり行政なり雇用資格なりにおいて強制の要素を取り入れ、「無理強いをし」てでも民族言語を復活・発展させようとしており、それは「選択の自由」や基本的人権の無視だという反発をロシア語系住民から買っているというのが現実なのである。ここで私は、ロシア語系住民の主張がそのまま正当だというつもりはないが、少なくとも、その論理が「自由」や「人権」に依拠するものとなっていて（つまり「社会主義インターナショナリズム」などを振りかざす者は今時いないということである）、民族派の「強制」に反撥するという構図には注目しておく必要がある。

　本稿の研究史の項で触れたグボグロは、ソ連におけるバイリンガリズムの普及を、国家による押しつけとしてではなく、少数民族の側の自発的選択として描いている。それを、ソ連時代の研究の限界（公式見解への同調）とみることも可能である。しかし、ガガウス人である彼にとって、ガガウス語だけで済ませることは不可能であり、また「モルドヴァではモルドヴァ語（あるいはルーマニア語）のみが優先性をもつべきだ」という考えに同調するわけにもいかない以上、ロシア語の習得と利用は彼にとって当然の選択であり、それを外的な強制ととらないのは不思議ではない。

当事者のプラグマティックな利害は自民族語擁護よりもむしろ同化の選択に向かいがちだということは、本論で何度か触れたレイティンも指摘している。そのような状況では、民族語維持に利害をもつのは、詩人とか文献学者のような少数者だけなのである。もっとも、この状況は変わり得ないというものではない。民族独立運動が高揚して、民族語が新たに「国家語」とされるなら、民族語を独立のシンボルにしようとする政治家が、それまで孤立していた詩人・文献学者と同盟するようになる。しばしば独立運動の中心に詩人・文献学者・言語学者が見受けられるという旧ソ連諸国の現実は偶然ではない。この場合、民族語を捨てて支配民族の言語に同化していた者と、民族語を維持していた者との間で――つまり、同一民族の間で――利益をめぐる闘争が起きることになる[150]。これはウクライナ、カザフスタンその他各地でみられる現実である。

　以下、いくつかの例に即して、問題点の所在について多少敷衍してみたい。

　私がこの種の問題の微妙さに目を開かされたのは、いまから20年も前のことだが、言語学者の千野栄一の著書で、次のような内容のエッセーを読んだときのことである。

　それは、ソルブ語（ドイツ東部に住む西スラヴ系民族の言葉）の運命について書いたものである。「アーリア民族」の優位が唱えられたナチ時代には、ソルブ語を使うことが厳しく禁圧されたが、そのような苛烈な状況の中でもソルブ人は自らの言語を守り抜いた。戦後になって、東ドイツ政権は少数民族保護政策をとり、制度的にはソルブ語復活の条件が整えられた。「共通語を定め、それを教える教師を養成し、文化センターをつくり、美しい本が出版され」という風に、ソルブ語復活・発展のための国家的施策が行なわれたのである。ところが、逆説的なことに、「稀にみる弾圧によってしいたげられてきた言語がその弾圧から解放されたとき、逆にドイツ化の危機にさられれている」。というのも、「自分が母国語を身につけようと選択の立場に立たされたとき、莫大な文化遺産をもち、全国で通用し、国際的にも認められているドイツ語と、一部の人にしか通ぜず、他にどうしてももう一つの言語（ドイツ語）を学ばねばならないソルブ語とを比べたとき、ドイツ語を選びがちになるのは当然である。いくら言語学者がアイヌ語の危機だと唱えても、アイヌの青年がアイヌ語ではなく、日本語を話すようになるのと同じ考え方であるといわねばならない」[151]。

　敵がナチ・ドイツという目に見える形をとり、政治的性質を帯びているなら、それとの闘いがいかに困難で大きな犠牲を要するものであるにもせよ、少なくとも闘争の構図自体は明確であり、ヒロイックな団結を可能にする。しかし、敵が非政治的な形をとり、しかもそれが自らのうちにもあるということになると、事態はより複雑になる。千野は、ソルブ語の最大の敵は「女と石炭」だという言葉を紹介している。女というのは、ソルブ人男性とドイツ人女性が結婚した場合、ドイツ人たる母親が子供に最初からドイツ語を教えるため、子供がドイツ化することを指し、石炭とは、ソルブ人居住地域に「不幸にも」石炭が発見されたため、ドイツ人その他の労働者が大量に流入し、ドイツ語の優勢を推し進めることを指す。このような要因による言語の変化は、ナチ・ドイツによる強制的非ソルブ化よりも、目には見えにくいが、それだけに一層対抗しにくい性質を帯びている。

　関連するもう一つの厄介な問題は、言語の単位をどうやって確定するか――何をもって「独自の言語」とし、何をもって「方言」とするか――という問題である。例えば、ロシア帝国時代にはウクライナ語はロシア語の方言とみなされていた。これは帝国主義的発想であり、ウクライナ語の独自性を認めるべきだというのが、「進歩的」な立場であろう。では、ウクライナ語の東部方言（ロシア語の影響が強い）はどうだろうか。「そのような方言は本物のウクライナ語ではない。ロシア語の影響は植民地的状況の反映だ。真正のウクライナ語を教えねばならない」というのが、西部のウクライナ民族主義者の考えだろう。だが、それは、「方言」を蔑視する「標準語至上主義」の立場ではないだろうか。また、例えば沖縄の言葉を「沖縄方言」といわずに「沖縄語」というと、沖縄の人を異民族扱いすることになるので差別に当たるという考えがある（特に、「本土復帰」の前夜には、このような考えは復帰を妨害するものと受け取られた）が、他面、沖縄独立論に立てば、評価は逆になる。そのどちらが正しいとか、真の民衆の立場に立つものだという判定は、一体そもそも可能なのだろうか。

　あるいはまた、「モルドヴァ語（モルダヴィア語）などという特別な言語はない。それはルーマニア語と同じものだ」ということがよくいわれる。文章語としては、（ラテン文字で表記するなら）、ほとんど違いはないらしい。しかし、口語としては多少の違いがあるといわれる[152]。そのような小さな違いは「方言」でしかないといわれるかもしれない。ここで再び、何が「方言」で何が「独自の言語」かという問題にぶつかる。「モルドヴァ語（モルダヴィア語）を独自の言語とするのは、ルーマニアとの間にくさびを打ち込み、ロシア化を目論むソ連帝国主義の陰謀だ」とする人は、ベッサラビアの人が両大戦間のルーマニア時代にルーマニア語の「方言」を話す「二級市民」としてブクレシュチから軽蔑された経緯[153]を意にかけないようである。

　このようなことを考えていくと切りがない。結局、何が「方言」で何が「独自の言語」かは政治の論理によって決められる――つまり、独立国をもてば、その国の言葉が独自の言語とされる――ということになる。新しく国家を獲得し、特定の民族語を国家語とすることに成功した国家エリートたちは、その国家語を法律や公教育によって国民に強制しようとする。しかしそれは、ある人にとっては解放であっても、別の人にとっては新たな抑圧の開始であるのかもしれない。東ウクライナでは、ロシア語とウクライナ語の混ざったような言葉を話すのが最も自然で、「真のウクライナ語」に移行するのは相当な重荷であるのかもしれない。日本でも、アイヌ語や沖縄語の消滅の危機が問題にされているが、それ以外にも、各地の方言が消滅し、しかもそれが「ある言語の消滅」として意識されさえしないという例がいくらでもあるはずである。それを惜しみ、復活させるべきだと考えるのは、言語学者や民族学者の立場であって、そうした方言が既に消滅した後にその地で育った世代の人にとって、改めて方言を習得するのは、新しい言語の学習という負担を意味する。

　あるいはまた、ある方言が標準語に浸食されて、かつての方言とは似て非なるものになっている場合、「それは、真正の方言ではない。崩れた形だ。伝統を背負った方言を再生すべきだ」というべきなのだろうか、それとも、「これも新しい形の一つの方言であり、そのようなものとして尊重されるべきだ」というべきなのだろうか。これは、ロシア語の要素を大量に取り入れたウクライナ語を純化すべきか――もっとも、実はそのような「純化」は往々にして、ポーランド語系の語彙の復活だったりするのだが――否かという問題とも重なる。こうして、どのような単位で「言語」なり「方言」なりを考え、何をもって尊重すべきものと考えるかは、どこまで行っても明確な線を引くことはできず、それぞれの立場ごとに異なった利害があるのである。

　別の例で考えてみよう。アイトマートフの『一世紀より長い一日』という有名な小説がある[154]。作家はこの作品の中で、「過去の記憶をまったくもたない奴隷」としての「マンクルト」なる人々を描き出した。「マンクルトは自分が誰であるかも、どの部族の出身であるかも知らず、自分の名も知らず、自分の子供時代のことはおろか、父親も母親も憶えていない。つまり、マンクルトは自分を人間だとは意識していない。……マンクルトは言葉をもたない家畜同然であり、それゆえに完全に従順であり、危険がない」（邦訳149-150ページ）。人間をマンクルトにするとは、「その人間の唯一無二の財産であり、その人間とともに消え、他人の手には決して渡り得ないものを根こそぎにする」ことであり、「人間の本性そのものに、考えられる限りの、あるいは考えを超えた非道のうちでもっとも極悪な非道を加え」ることである（150-151ページ）。

　この作品はペレストロイカの前夜に書かれたものだが、ペレストロイカ期の民族運動高揚の中で盛んに取り上げられ、ソ連の民族政策は諸民族をマンクルトにするようなものだったというような文脈でよく引き合いに出された。

　ここで話が終わるなら、いかに事態が悲劇的であるにせよ、問題の構図自体は明瞭であり、アイトマートフの提出した問題に最もよく答えるのはマイェヴィチ報告や角田論文の視点だということになるだろう。ところが、ここで思い出さねばならないもう一つの問題は、キルギス人たるアイトマートフがこの作品をロシア語で書いたという事情である。彼は作家生活の初期においてはキルギス語で書いていたが、ある時期からロシア語に切り替えたのである。ソ連の言語法制定に当たって彼が最高会議における公式案提案者の役割を果たしたことは本論で述べた。

　元来の民族語で書くことをやめ、ロシア語での執筆に移行した――そして、ソ連の言語法制定に当たっては、共通語としてのロシア語の役割を強調した――ことは、見方によっては、彼自身が「民族の裏切り者」になり、「マンクルト」化したという非難をも可能にする。確かに、そのようにいっていえないことはない。だが、ここで最大の皮肉は、この「マンクルト」なる言葉が日本を含む世界中で有名になり、ソ連の民族政策を批判する際のキャッチフレーズとして用いられるようになったのは、彼がこの作品をロシア語で書いたからこそであり、もしこの小説がキルギス語で書かれていたなら、世界各国語に訳されることも、広く読まれることもなかっただろうという点である。

　同じような問題は、カザフスタンを代表する文学者のスレイメーノフや、ペレストロイカ期にウズベク民主派の代表として盛んに発言した作家Ｔ・プラートフ（ウズベク人民戦線「ビルリク」の指導者Ａ・プラートフとは別人）も、主としてロシア語で作品を書いており、それゆえに急進民族派から「裏切り者」と呼ばれることがあるというような例に示される。実際、ウズベキスタンではプラートフのことを似而非ウズベク知識人だと攻撃する者もいるという[155]。 また、スレイメーノフは独立直後のある会議では、予めよく練習した上でカザフ語の演説を行なって民族主義者の喝采を浴びたが、その後も「国際主義」を撤回しなかったため、民族主義者の憤激を招いた[156]。

　「父祖の言葉（言葉じりにこだわるようだが、「父祖」というこの表現は、男性優位的なジェンダー・バイアスを帯びている）を捨ててはならない、それを守り、発展させるべきだ」という観点からするならば、アイトマートフはキルギス語で書くべきであり、スレイメーノフはカザフ語で、プラートフはウズベク語で書くべきだということになるだろう。また少数民族の親が、子供を母語よりもロシア語中心で育てようとするのも――そのことは、民族語で授業する学校の生徒数の減少、ひいてはそうした学校の閉鎖を招き、結果的に、民族語の衰退をもたらす――同様に非難されるだろう。

　そのような立場は、抽象的理念としては、一定の正当性をもっている。しかし、個々の人間の行動は無限に複雑な諸条件の中で選択されるものであり、そうした各人の選択に対して、抽象的原理から「おまえの態度は正しくない」と糾弾するのは、どこかしら傲慢な響きがする。その傲慢さは、あえて論理を飛躍させていえば、かつての共産主義理念の実験がもった傲慢さと相通ずるものをもっているのではないだろうか。

　もう一つの例として、アブハジア人作家イスカンデールの場合を取り上げよう。次に掲げるのは、来日時のインタヴューの一節である。

「――あなたは、アプハズ語で書こうと思われたことはないのですか？

イスカンデール　ありません。私はずっとロシア語で書いてきましたし、私にとってアプハズ語で書くのは不自然な気がします。アプハズ語で書いていたら、もっと幼稚なことしか書けなかったでしょう。というのも、アプハズ語は口語しか知らず、アプハズ語で本を読んでいないからです」[157]。

　アブハジアにおける言語問題を考える場合、アブハジア語かロシア語かという選択だけではなく、グルジア語との関係を重視しなくてはならない。1989年の人口調査によれば、当時のアブハジア自治共和国の民族構成は、グルジア人46％、アブハジア人18％、ロシア人14％と、グルジア人優位だったからである*。そのうちのアブハジア人の言語についてみると、母語は97.3％がアブハジア語だが、ロシア語を習得している者は83.5％にのぼる（母語としての習得と第2言語としての習得の合計）のに対し、グルジア語習得は2.2％で、圧倒的にロシア語優位である[158]。つまり、彼らの多くにとって、第１の言語はアブハジア語、第２の言語はロシア語なのである（もっとも、本論で指摘したように「母語」とはとらえがたい概念であり、「母語」がアブハジア語であっても、特に文章を書くときにはむしろロシア語の方がよりよく使われるということも多く、イスカンデールもその例である）。

＊但し、1989年人口センサスの後、特に1992年以降の本格的内戦の中でグルジア人の大部分は難民として流出したので、いまの時点ではアブハジアに住むグルジア人は極小になっている（今日、アブハジア紛争解決の上での最大の問題点は、このグルジア人難民をどのようにしてアブハジアに帰還させるかという点である）。

　本論でも簡単に触れたが、1978年のグルジア憲法改正時に、グルジアの国家語はグルジア語と規定することにアブハジア人が抵抗したことの意味は、こうした言語状況から理解できる。アブハジア語とロシア語の２言語習得を必須とする彼らにとって、更にグルジア語の習得を強制されるのは、余分な負担なのである。グルジアでは、大学の授業でも、ソ連時代から主にグルジア語が使われていた（旧ソ連諸共和国のうち、これはバルト３国、グルジア、アルメニアの特徴である）から、アブハジア人は大学教育を受けようと思うなら、グルジア語を習得するか、さもなくばモスクワをはじめとするロシアの大学に行くかということになり、アブハジア人エリートの多くはロシアで高等教育を受けていた[159]。 そのことが、グルジア人の目から見れば、アブハジア人を「ロシアの手先」と映らせる一因となっていた。

　更に事情を複雑にするのは、アブハジアに住むグルジア人の大部分は実はミングレル人だということである*。ミングレル人は、今日ではグルジア人の一部とされることが多く、その言葉は広い意味ではグルジア語と同じカルトヴェリ系に属するが、違いも大きい。北川誠一によれば、グルジア語とミングレル語はかなりの程度語彙が重なっているが、ミングレル語が話されるのを聞いても多くのグルジア人は分からない――ミングレル人は大半がグルジア語を解する――という（個人的御教示による）。しかし、ミングレル語は独自の文章語をもたないため、文章語としてはグルジア語を使うほかなく、そのため、1930年代以降のソヴェト政権は彼らをグルジア人の一部とみなすようになった。それ以前の統計ではグルジア人とミングレル人を区別することができ、1897年センサスでクタイス県スフミ管区をみると、母語がグルジア語である者1830人（1.7％）、ミングレル語である者23,810人（22.4％）、アブハジア語である者58,697人（55.3％）となっている。つまり、狭義のグルジア人よりもミングレル人の方がはるかに多かったのである[160]。1926年センサスでは、アブハジア共和国に住む広義のグルジア人（アジャール人、ミングレル人、ラズ人、スヴァン人を含む）67,500人、うちミングレル人は41,000人ということで、「グルジア人」の大半がミングレル人だったことが示されている[161]。

＊有名なベリヤも、普通グルジア人といわれているが、厳密にいえばミングレル人である。1930年代後半から50年代初頭にかけてアブハジアを吹き荒れたベリヤによる「グルジア化」政策も、このようなアブハジア人、グルジア人、ミングレル人の複雑な関係を背景においてみなければならない。

　アブハジアにいるグルジア人の大半が実はミングレル人だということは、アブハジア人にとって、身の回りにいる「グルジア人」との接触のためにはグルジア語よりもミングレル語の方が必要性が高いということを意味する。トリリンガルのアブハジア人は、アブハジア語、ロシア語、ミングレル語を習得しているわけだが、もしグルジア語が強制されるなら、第４の言語として習得せねばならないということになる[162]。

　1978年のグルジア憲法における「国家語」規定問題に言及する多くの論者は、グルジア語＝国家語規定削除の試みは「ソ連帝国主義者」の「ロシア化政策」のあらわれであり、それに抗議して国家語規定を復活させたグルジア人の運動は民族の言語と文化を守る英雄的な闘いだったという風に論じがちである。グルジアに即してみれば、そのような見方はあながち間違ってはいない。しかし、アブハジアからみれば、状況はまるで違ったものにみえてくる。ここでは立ち入らないが、南オセチアにおける凄惨な内戦（1990年末‐92年半ば）も、ペレストロイカ期のグルジア語発展国家プログラムにオセチア人が反撥したことが発端となっていた。

　このことを、「帝国」がアブハジアや南オセチアを利用したとか、「分割統治」だと説明する向きもある。ペレストロイカ期のアブハジア、南オセチアについても、連邦中央、とりわけ「ソユーズ」グループとの結託が云々されている。確かに、そのようにみえる面がないわけではない（アブハジアのアルヂンバも、南オセチアのチェホーエフも「ソユーズ」グループに属した）。だが、それでもってすべてを説明してしまうのは、アブハジア人やオセチア人の主体性を無視する議論ではないだろうか。

　ここで突きつけられているのは、「帝国主義反対」を唱え、民族の言語・文化擁護を叫びさえすれば、すべての問題が片づくのかという深刻な問題である。

　このような問題への一つの答え方として、「民族文化・言語の擁護をグルジアというレヴェルにとどめるなら限界があるが、そこにとどまらず、更にアブハジアもミングレルも擁護すればよいではないか」という考えもありうる。だが、アブハジア人の多くは、イスカンデールのように、書くときにはロシア語を利用する傾向があるし、ミングレル人はそもそも文章語をもたないために文章語としてはグルジア語に依拠するしかない。無限に細かく分けたエスニック・グループの言語をすべて同じように尊重すればよいというのは、考え方としては徹底しているが、当事者の意識に即しても、あまり現実的ではないのである。

　難問ばかりを提出して、回答のないような試論になってしまった。ここから先どのように論を進めるべきか、私にもまだ定見はない。ただともかく、民族・言語の問題について論じる際、勇ましい反帝国主義のスローガン（「反・ソ連帝国主義」を含む）や、お涙頂戴式の感情論では済まないことだけは確かだと思われる。この試論で提示したような数多くの難問をくぐり抜けて鍛えられていない限り、「こうあるべきだ」式の議論は空しいと思われてならない。

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[1] フロリアン・クルマス『言語と国家』岩波書店、1987年。

[2] Y. Bilinsky, “The Soviet Education Laws of 1958-9 and Soviet Nationality Policy,” Soviet Studies, vol. 14, no. 2 (October 1962), pp. 138-157; id., “Education of the Non-Russian Peoples in the USSR, 1917-1967,” Slavic Review, vol. 27, no. 3 (September 1968), pp. 411-437; id., “Expanding the Use of Russian or Russification?,” Russian Review, vol. 40, no. 3 (July 1981), pp. 317-332.

[3] Isabelle Kreindler, “The Changing Status of Russian in the Soviet Union,” International Journal of the Sociology of Language, vol. 33, 1982, pp. 7-39.彼女の編著として、Isabelle T. Kreindler (ed.), Sociolinguistic Perspectives in Soviet National Languages, Amsterdam, 1985. またカークウッド編の論文集（次注）にも論文を寄稿している。

[4] M. Kirkwood, “Glasnost’, ‘The National Question’ and Soviet Language Policy,” Soviet Studies, vol. 43, no. 1 (1991), pp. 61-81. 彼の編著として、Michael Kirkwood (ed.), Language Planning in the Soviet Union, Macmillan, 1989.

[5] Brian Silver, “The Status of National Minority Languages in Soviet Education: An Assessment of Recent Changes,” Soviet Studies, vol. 26, no. 1 (January 1974) , pp. 28-40; id., “Social Mobilization and the Russification of Soviet Nationalities,” American Political Science Review, vol. 68, no. 1 (March 1974), pp. 45-66; id., “Methods of Deriving Data on Bilingualism from the 1970 Soviet Census,” Soviet Studies, vol. 27, no. 4 (October 1975), pp. 574-597; id., “Bilingualism and Maintenance of the Mother Tongue in Soviet Central Asia,” Slavic Review, vol. 35, no. 3 (September 1976), pp. 406-424; id., “Language Policy and the Linguistic Russification of Soviet Nationalities,” in Jeremy R. Azrael (ed.), Soviet Nationality Policies and Practices, New York: Praeger, 1978, pp. 250-306. また、アンダソンとの共同論文として、Barbara A. Anderson and Brian D. Silver, “Equality, Efficiency, and Politics in Soviet Bilingual Education Policy, 1934-1980,” American Political Science Review, vol. 78, no.4 (December 1984), pp. 1019-1039.

[6]Thomas G. Winner, “Problems of Alphabetic Reform among the Turkic Peoples of Soviet Central Asia, 1920-41,” Slavonic and East European Review, vol. 31, No. 76 (December 1962), pp. 133-147.

[7] Harry Lipset, “The Status of National Minority Languages in Soviet Education,” Soviet Studies, vol. 19, no. 2 (October 1967), pp. 181-189.

[8] Roman Solchanyk, “Russian Language and Soviet Politics,” Soviet Studies, vol. 34, no. 1 (January 1982), pp. 23-42.

[9] Jonathan Pool, “Developing the Soviet Turkic Tongues: The Language of the Politics of Language,” Slavic Review, vol. 35, no. 3 (September 1976), pp. 425-442; id., “Soviet Language Planning: Goals, Results, Options,” in Jeremy R. Azrael (ed.), op. cit . (n. 5), pp. 223-249.

[10] Rasma Karklins, “A Note on 'Nationality' and 'Native Tongue' as Census Categories in 1979,” Soviet Studies, vol. 32, no. 3 (July 1980), pp. 415-422.

[11] Peter Shearman, “Language, Sovietization and Ethnic Integration in the USSR,” Journal of Social, Political, and Economic Studies, vol. 8, no. 3 (1983), pp. 227-256.

[12] Bohdan Nahaylo and Victor Swoboda, Soviet Disunion, London, 1990 （邦訳『ソ連邦民族・言語問題の全史』明石書店、1992年）。本書は言語問題にもある程度触れているとはいえ、それを主要テーマとしたものではない。その意味で、邦訳書の題名はミスリーディングである。

[13] 個別研究は数が多く、また系統的に当たるのが困難なので、断片的な例示となるが、ベラルーシについて、Steven L. Guthier, “The Belorussians: National Identification and Assimilation, 1897-1970,” Part 1 and 2, Soviet Studies, vol. 29, no. 1 (January 1977), pp. 37-61 and vol. 29, no. 2 (April 1977), pp. 270-283. モルドヴァについて、Irina Livezeanu, “Urbanization in a Low Key and Linguistic Change in Soviet Moldavia,” Part 1 and 2, Soviet Studies, vol. 33, no. 3 (July 1981), pp. 327-351 and vol. 33, no. 4 (October 1981), pp. 573-592; Michael Bruchis, The Language Policy of the CPSU and the Linguistic Situation in Soviet Moldavia, Soviet Studies, vol. 36, no. 1 (January 1984), pp. 108-126 など。先に挙げたクラインドラー編とカークウッド編の各論文集にも、様々な民族や地域を取り上げた論文が多数収録されている。

[14] Daria Sito Sucic, “The Fragmentation of Serbo-Croatian Into Three New Languages,” Transition, vol. 2, no. 24 (29 November 1996), pp. 10-13.

[15] М. Н. Губогло. Социально-этнические последствия двуязычия. 《Советская этнография》,1972, �� 2, с. 26-36; он же. Некоторые вопросы методики при социологическом анализе функционального развития языков.《Советская этнография》, 1973, �� 2, с. 113-121; С. И. Брук и М. Н. Губогло. Двуязычие и сближение наций в СССР.《Советская этнография》, 1975, �� 4, с. 18-32; они же.Факторы распространение двуязычия у народов СССР.《Советская этнография》, 1975, �� 5, с. 17-30. 次の一連の集団的労作（いずれもソ連科学アカデミー民族学研究所によるもの）でも、バイリンガリズムに関する部分を担当している。 《Социальное и национальное》. Опыт этносоциологических исследований по материалам Татарской АССР. М., 1973, с. 230-272; 《Современные этнические процессы в СССР》. М., 1975, с. 259-283, 293-313;《Опыт этносоциологического исследования образа жизни》. По материалам Молдавской ССР. М., 1980, с.170-199.英語論文として、M. Guboglo, "Demography and Language in the capitals of the Union Republics," Journal of Soviet Nationalities, vol. 1, no. 4 (Winter 1990-91),　pp. 1-42. 次のロシア語論文は、この英語論文を縮約したものである。М. Н. Губогло. Этнодемографисеская и языковая ситуация в столицах союзных республик СССР в конце 80-х - начале 90-х годов. 《Отечественная история》, 1993, �� 1, с. 53-65.

[16] グボグロがガガウス人であり、トルコ語も話せるということについては、Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 2 (April-June 1996), p. 109 (Jerry Hough) 参照。

[17] それらは、田中克彦『言語からみた民族と国家』岩波同時代ライブラリー、1991年に収録されている。田中の見解については、同『ことばと国家』岩波新書､1981年、その他の一連の業績も参照。

[18] 中井和夫『ソヴェト民族政策史』御茶の水書房、1988年；小松久男『革命の中央アジア』東京大学出版会、1996年。

[19] 野田岳人「ソヴェト初期における言語政策の形成」拓殖大学『海外事情』1996年２月号、同「中央アジア独立共和国と言語問題」『外交時報』1996年５月号、渋谷謙次郎「『国民国家』の位相と『言語の権利』」１・２・３、早稲田大学大学院『法研論集』第72,73,74号（1995年）。

[20] レイティンの主な関連論文（後注22に挙げるものを除く）として、David D. Laitin, “The Four Nationality Games and Soviet Politics,” Journal of Soviet Nationalities, vol. 2, no. 1 (Spring 1991), pp. 1-28; id., “The National Uprisings in the Soviet Union,” World Politics, vol. 44, no. 1 (October 1991), pp. 139-177; id., “Identity in Formation: the Russian-Speaking Nationality in the Post-Soviet Diaspora,” Archives Europeennes de Sociologie, vol. 36, no. 2 (1995), pp. 281-316; David D. Laitin, Roger Peterson, and John Slocum, “Language and the State: Russia and the Soviet Union in Comparative Perspective,” in Alexander Motyl (ed.), Thinking Theoretically About Soviet Nationalities: History and Comparison in the Study of the USSR, Columbia University Press, 1992, pp. 129-168.

[21] Laitin et al., “Language and the State,” p. 131.

[22] 共同研究の中間報告は次の通り。総論として、 David Laitin, “Language and Nationalism in the Post-Soviet Republics,” Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 1 (January-March 1996), pp. 4-24;エストニアについて、David Laitin, “National Revival and Competitive Assimilation in Estonia,” ibid., pp. 25-39. ラトヴィアについて、Vello Pettai, “The Games of Ethnopolitics in Latvia,” ibid., pp. 40-50. カザフスタンについて、Bhavna Dave, “National Revival in Kazakhstan: Language Shift and Identity Change,” ibid., pp. 51-72. ウクライナについて、Dominique Arel, “A Lurking Cascade of Assimilation in Kiev?” Ibid., pp. 73-90. タタールスタンについて、Jerry F. Hough, “Sociology, the State and Language Politics,” Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 2 (April-June 1996), pp. 95-117.バシコルトスタンに関する報告は発表されていない。

[23] Isabelle Kreindler, loc . cit. (n. 3), p. 10.

[24] А. М. Данев (сост.). Народное образование. Основные постановления, приказы и инструкции. М., 1948, с. 86.

[25] O. Anweiler, “Russifizierung durch Unterricht: Fakten und Hypothesen,” International Journal of the Sociology of Language, vol. 33, 1982, p. 50, n. 2.

[26]例えば、 Н. А. Константинов, Е. Н. Медынский. Очерки по истории советской школы РСФСР за 30 лет. М., 1948, с. 301; 《Национальные школы РСФСР за 40 лет》. М., 1958, с. 36-37.（後者は渋谷謙次郎氏からコピーを貸していただいた）。なお、《Культурная жизнь в СССР. 1928-1941》. Хроника. М., 1976, с. 606は珍しく典拠を記しているが、そこで挙げられているのはこの注の最初に挙げた文献である。

[27] 富田武『スターリニズムの統治構造』岩波書店、1996年、88ページ。

[28] РЦХИДНИ, ф. 17, оп. 3, ед. хр. 997, лл. 103-107.これは富田が言及したのと同じものである（但し、富田はごく簡単な紹介しかしていない）。

[29]この決定も、当時の政府決定集には収録されず、あまり広くは知られてこなかった。次の資料集には一応収録されている。《КПСС о вооруженных силах Советского Союза》. М., 1958, с. 353; 《КПСС о вооруженных силах Советского Союза》. М., 1981, с. 286-287.（後者は前者を出典として注記しているが、前者には出典注がない）。しかし、アルヒーフにある原文と比べると、公表テキストには多少の省略がある。 РЦХИДНИ, ф. 17, оп. 3, ед. хр. 997, лл. 95-96.

[30] ペレストロイカ期のグルジアで、共和国最高会議に提出された民族部隊問題委員会報告（1989年11月）によれば、1938年３月７日の党中央委員会・人民委員会議決定で廃止された民族部隊は41年11月13日の国家防衛委員会決定で復活した。この民族部隊は50年代末まで存続していたが、主観主義と主意主義の時代（フルシチョフ期のこと）に、法的手続きなしに廃止されたという。《Заря востока》, 29 ноября 1989 г., с. 2.私は41年の復活決定も50年代末の再廃止決定もまだ確認できていない。

[31] 《Известия ЦК КПСС》, 1989, �� 3, с. 179.

[32] 《Учительская газета》 , 23 марта 1938 г., с. 3（白ロシアについて）; 29 марта 1938 г., с 2 （ウクライナについて）など。

[33] 《Учительская газета》, 3 апреля 1938 г., с. 1（アゼルバイジャン党中央委員会・人民委員会議）; 9 апреля 1938 г., с. 1（カザフスタン中央執行委員会・人民委員会議）; 17 апреля 1938 г., с. 1（グルジア中央執行委員会・人民委員会議）, с. 3（ウズベク中央執行委員会・人民委員会議）; 19 апреля 1938 г., с. 4（タジク中央執行委員会および白ロシア中央執行委員会・人民委員会議）; 13 мая 1938 г., с. 4（ブリャート＝モンゴル自治共和国人民委員会議）; 《Правда》, 10 апреля 1938 г., с. 6（ロシアの自治共和国に関して、ロシア教育人民委員部で討論）; 15 апреля 1938 г., с. 4（キルギス中央執行委員会）; 21 апреля 1938 г., с. 6（アルメニア中央執行委員会・人民委員会議）; 24 апреля 1938 г., с. 6（ウクライナ人民委員会議・党中央委員会）.ウクライナについては、《Советская Украина》, 24 апреля 1938 г., с. 1 もみよ。共和国ごとの公表状況については、n. 26に挙げた《Культурная жизнь в СССР. 1928-1941》, с. 606も参照。

[34] 富田、前掲書、114ページ。

[35] この事件は有名だが、十分詳しく解明されてはいない。当時の比較的詳しい報道は、Radio Liberty Research Bulletin, RL 97/78.

[36] 70年代末のアブハジアの状況について、 Radio Liberty Research Bulletin, RL 125/78, 141/78; Darrel Slider, "Crisis and Response in Soviet Nationality Policy: The Case of Abkhazia," Central Asian Survey, vol. 4, no. 4 (1985), pp. 59-65参照。なお、この問題については本稿の付論も参照。

[37] 《Советская Абхазия》, 7 июня 1978 г., с. 3.

[38] 《Съезды Советов Союза ССР, союзных и автономных советских социалистических республик》. т. VI, М., 1964, с. 687, 712, 767, 789-804.

[39] 次の説明も参照。《Советская Абхазия》, 7 июля 1989 г., с. 2.

[40] 《Советская этнография》, 1972, �� 2, с. 31-34 (М. Н. Губогло); 《Социальное и национальное》, с. 269-271 (М. Губогло).

[41] Rasma Karklins, loc. cit. (n. 10), pp. 418-421.

[42] Silver, “Methods of Deriving Data,” pp. 574-576; id., “Bilingualism and Maintenance of the Mother Tongue,” pp. 406-407; id., “Language Policy and the Linguistic Russification,” p. 267.

[43] 《Независимая газета》, 5 ноября 1995 года, с. 4 (В. Тишков).

[44] Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 2 (April-June 1996), pp. 99-103 (Jerry F. Hough).

[45] Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 1 (January-March 1996), p. 73 n. (D. Arel); Transition, vol. 2, no. 24 (29 November 1996), p. 19; Nationalities Papers, vol. 23, no. 3 (1995), p. 620, n. 48.

[46] カザフスタンに関する調査の例として、《Социологические исследования》, 1995, �� 12, с. 76-81 (М. М. Аренов, С. К. Калмыков).

[47] 《Советская этнография》, 1975, �� 4, с. 21-22 (С. И. Брук, М. Н. Губогло).シルヴァーの一連の論文も、同様の結論を示唆している。

[48] 《Итоги Всесоюзной переписи населения 1970 года》, т. IV, М., 1973, с. 202; 《Численность и состав населения СССР》. М., 1985, с. 110-111;《Вестник статистики》, 1990, �� 11, с. 77より。なお、ここに挙げた数字は、ウズベキスタン内のウズベク人についてのものなので、ソ連全体のウズベク人についてだと、多少数字が異なる。

[49] Soviet Studies, vol. 27, no. 4 (October 1975), p. 574 (Brian Silver).

[50] 《Советская этнография》, 1975, �� 5, с. 20 (С. И. Брук, М. Н. Губогло); 《Современные этнические процессы в СССР》, с. 305 (М. Н. Губогло).

[51] Irina Livezeanu, “Urbanization in a Low Key and Linguistic Change in Soviet Moldavia,” Part II, Soviet Studies, vol. 33, no. 4 (October 1981), pp. 577-578.

[52] 《Советская этнография》, 1975, �� 4, с. 28-31 (С. И. Брук, М. Н. Губогло).

[53] このような格付けを如実に示した表として、Soviet Studies, vol. 26, no. 1 (January 1974), pp. 33-34および《Современные этнические процессы в СССР》, с. 272-273.

[54] Soviet Studies, vol. 43, no. 1, 1991, p.65 (M. Kirkwood). もっとも、断片的なデータはいくつかあり、それらをつなぎ合わせることである程度の像を描くことはできないわけではない。

[55] 包括的なデータの例として、《Вестник статистики》, 1991, �� 12, с. 47-55.

[56] A. S. Pigolkin and M. S. Studenikina, “Republican Language Laws in the USSR: A Comparative Analysis,” Journal of Soviet Nationalities, vol. 2, no. 1 (Spring 1991), p. 39.（一部、他の資料で補った）。なお、この論文は英語で書かれているが、ソ連邦言語法の作成に携わった人物（名前からしてエスニックなロシア人）の執筆になるものである。共和国に対抗して連邦中央およびロシア語擁護論の色彩があるが、一応は客観的に書かれており、包括的な比較という意味で有用なものである。

[57] 全般的な説明は、 Pigolkin and Studenikina, loc. cit., pp. 48-50 およびソ連邦最高会議第３会期でのアイトマートフ発言（《Третья сессия Верховного Совета СССР》, М., 1990, ч. X., с. 33, 82.）にみられるが、カザフスタン、ウクライナ、ラトヴィア、モルドヴァ、エストニアについて、より詳しくは本稿の各論を参照。

[58] 《Советская Литва》, 26 января 1989 г., с. 1.

[59] 和田春樹「帝国的秩序を衝くバルト三国」『ＮＫＨスペシャル・社会主義の２０世紀』第２巻、日本放送出版協会、1990年、91ページ。

[60] エストニア言語法を取り上げた論文として、Toivo U. Raun, “The Estonian SSR Language Law (1989): Background and Implementation,” Nationalities Papers, vol. 23, no. 3, 1995, pp. 515-534がある（法律の英訳テキストを付録として収録している）。渋谷、前掲論文、3、『法研論集』第74号、150-154ページでも扱われているが、就職要件としての国家語習得の問題に触れていない。

[61] 《Социологические исследования》, 1988, �� 3, с. 30-35 (А. В. Кирх и др.).

[62] 《Известия》, 19 октября 1988 г., с. 2 (Л. Левицкий).

[63] 第1次案、第2次案、最終テキストは、それぞれ、《Советская Эстония》, 30 октября 1988 г., с. 3; 10 декабря 1988 г., с. 3; 22 января 1989 г., с. 2-3.

[64] 《Национальный состав населения СССР》. По данным Всесоюзной переписи населения 1989 г. М., 1991, с. 140より。

[65] 《Советская Эстония》, 8 декабря 1988 г., с. 1; 9 декабря 1988 г., с. 4.

[66] 《Советская Эстония》, 13 января 1989 г., с. 2.

[67] 《Советская Эстония》, 14 декабря 1988 г., с. 1-3; 20 января 1989 г. , с. 1, 3; 21 января 1989 г. с. 1.

[68] 《Советская Эстония》, 12 января 1989 г., с. 2 (Л. Сиймискер).

[69] 《Советская Эстония》, 20 января 1989 г., с. 3 (П. Панфилов).

[70] 《Советская Эстония》, 11 февраля 1989 г., с. 1 (П. Раидла).

[71] 《Известия》, 7 января 1989 г., с. 3 (А. Пиголкин, М. Студеникина); 20 января 1989 г., с. 3 (Л. Николаев).

[72] 《Советская культура》, 8 апреля 1989 г., с. 2 (Е. Клешов).

[73] それぞれ、《Советская Латвия》, 1 февраля 1989 г., с. 2; 23 апреля 1989 г., с. 2; 7 мая 1989 г., с. 3.

[74] 《Советская Латвия》, 5 мая 1989 г., с. 2.

[75] 《Советская Латвия》, 23 апреля 1989 г., с. 2; 7 мая 1989 г., с. 2.

[76] これらの討論報道は、《Советская Латвия》, 5 мая 1989 г., с. 1-2, 4; 6 мая 1989 г., с. 1-4; 7 мая 1989 г., с. 2-3; 9 мая 1989 г., с. 3-4.

[77] 《История СССР》, 1987, �� 6, с. 117 (円卓会議でのА. М. Лисецкий発言).

[78] 《Полис》, 1992, �� 4, с. 85 (В. А. Михайлов).

[79] 《Комсомольская правда》, 10 января 1988 г., с. 1 (А. Ханцевич).

[80] W. Crowther, “The Politics of Ethno-National Mobilization: Nationalism and Reform in Soviet Moldavia,” Russian Review, vol. 50, no. 2 (April 1991), p. 190.

[81] Dennis Deletant, “Language Policy and Linguistic Trends in Soviet Moldavia,” in Michael Kirkwood (ed.), 　op. cit. (n. 4), pp. 208-209.

[82] 1989年までのモルダヴィアについて、 W. Crowther, loc. cit., pp. 183-202 が詳しい。《Полис》, 1992, �� 4, с. 85-87 (В. А. Михайлов)も参照。

[83] 《Комсомольская правда》, 20 апреля 1988 г., с. 2; 30 августа 1988 г., с. 2 (Н. Романенко).

[84] 官庁間委員会の結論および議事は、《Советская Молдавия》, 30 декабря 1988 г., с. 3; 31 декабря 1989 г., с. 3. この間の経緯については、《Известия》, 31 января 1989 г., с. 3 (Е. Кондратов); Report on the USSR, 1989, No. 8, pp. 25-29.

[85] 草案のテキストおよび解説は、《Советская Молдавия》, 31 марта 1989 г., с. 1-2.中央紙における解説としては、《Известия》, 5 апреля 1989 г., с. 4 (Е. Кондратов).

[86] Report on the USSR, 1989, No. 22, pp. 19-22.

[87] 《Правда》, 27 августа 1989 г., с. 2 (Г. Овчаренко); 《Московские новости》, 1989, �� 35 (27 августа), с. 8 (Д. Казутин); Russian Review, vol. 50, no. 2 (April 1991), pp. 190-195 (W. Crowther); 《Известия Центрального Комитета КПСС》, 1991, �� 5, с. 130-134.最後に挙げた文献は共産党中央委員会の機関誌に載ったものだが、ペレストロイカ初期の共産党の政策に対する明確な自己批判を含んでいる。

[88] 第２次案は、《Советская Молдавия》, 20 августа 1989 г., с. 3. 最終テキストは、《Советская Молдавия》, 3 сентября 1989 г., с. 1, 3.

[89] 《Советская Молдавия》, 22 августа 1989 г., с. 2-3; 3 сентября 1989 г., с. 3.

[90] 草案がストのきっかけになったことについては、《Советская Молдавия》, 26 августа 1989 г., с. 1 (М. Снегур, Д. Неделку).

[91] 《Правда》, 28 августа 1989 г., с. 3 (Г. Овчаренко).

[92] 《Советская Молдавия》, 30 августа 1989 г., с. 2-3.

[93] 《Советская Молдавия》, 31 августа 1989 г., с. 1, 3.

[94] 《Советская Молдавия》,1 сентября 1989 г., с. 2.

[95] 《Советская Молдавия》,16 сентября 1989 г., с. 2-3; 7 сентября 1989 г., с. 2-3; 9 сентября 1989 г., с. 2; 10 сентября 1989 г., с. 2; 12 сентября 1989 г., с. 2-3; 13 сентября 1989 г., с. 2-3; 14 сентября 1989 г., с. 2-3.

[96] Radio Liberty Research Bulletin, RL 286/87（『文学ウクライナ』による総会議事の紹介）。

[97] 草案は、《Правда Украины》, 5 сентября 1989 г., с. 1, 3. 最終テキストは、《Правда Украины》, 3 ноября 1989 г., с. 1-2.

[98] 《Правда Украины》, 28 октября 1989 г., с. 2.

[99] 《Правда Украины》, 29 октября 1989 г., с. 1-4.

[100] 《Правда Украины》, 29 октября 1989 г., с. 2.

[101] 《Национальный состав населения СССР》. По данным Всесоюзной переписи населения 1989 г. М., 1991, с. 78-79, 102-103, 140-141のデータより算出。

[102] 第21回コムソモール大会代議員との会見。《Правда》, 12 апреля 1990 г., с. 2.

[103] Н. И. Рыжков. Перестройка: История предательств. М., 1992, с. 201; Michael Urban and Jan Zaprudnik, “Belarus: A Long Road to Nationhood,” in Ian Bremmer and Ray Taras (eds.), Nations and Politics in the Soviet Successor States, Cambridge UP, 1993, p. 109 .

[104] 《Известия》, 5 декабря 1989 г., с. 3.

[105] 《Советская Белоруссия》, 18 января 1990 г., с. 3 (М. Феденя).

[106] 《Советская Белоруссия》, 13 февраля 1990 г. с. 1.

[107] 《Советская Белоруссия》, 27 января 1990 г., с. 2.

[108] 《Советская Белоруссия》, 27 января 1990 г., с. 2.

[109] 草案は《Советская Белоруссия》, 9 декабря 1989 г., с. 3; 最終テキストは《Советская Белоруссия》,13 февраля 1990 г. с. 1.

[110] 《Советская Белоруссия》, 28 января 1990 г., с. 2.

[111] 《Национальный состав населения СССР》, с. 102.

[112] 《Литературная газета》, 1990, �� 15 (11 апреля), с. 3 (А. Алимжанов).

[113] 草案は、《Казахстанская правда》, 22 августа 1989 г., с. 1. 最終テキストは、《Казахстанская правда》, 28 сентября 1989 г., с. 1.

[114] 《Известия》, 23 сентября 1989 г., с. 2 (В. Ардаев, Е. Мацкевич).

[115] 《Казахстанская правда》, 31 августа 1989 г., с. 2 (С. Зиманов).

[116] 《Казахстанская правда》, 22 сентября 1989 г., с. 2-3.

[117] ロシア・ナショナリストの主張はよく知られており、かつあからさまだが、より「学問的」体裁をとりつつ共和国の国家語規定を批判したものとして、《История СССР》, 1990, �� 1, с. 15-17 (В. И. Козлов).

[118] 言語法のテキストは、《Известия》, 4 мая 1990 г., с. 1-2;　《Ведомости Съезда Народных депутатов СССР и Верховного Совета СССР》, 1990, �� 19, ст. 327.

[119] 簡単な新聞報道として、《Известия》, 25 апреля 1990 г., с. 2.速記録に基づく詳しい分析は後に行なう。

[120] 連邦条約第１次案は、《Известия》, 24 ноября 1990 г., с. 1-2. 第２次案は、《Правда》, 9 марта 1991 г., с. 1, 3. 第３次案は、《Известия》, 27 июня 1991 г., с. 2. 第４次案は、《Правда》, 15 августа 1991 г., с.2. また主権国家同盟条約案は、《Известия》, 25 ноября 1991 г., с. 3.

[121] このうちの第１読会の前半部分については、渋谷、前掲論文、3、『法研論集』第74号、159-162ページに簡単な紹介がある。

[122] 《Вторая сессия Верховного Совета СССР》. М., 1990, ч. VI, с. 3-5, 61-66. 以下の討論は、там же, с. 5-31; 66-67, 84.

[123] 《Вторая сессия Верховного Совета СССР》, ч. VI, с. 20-22; 《Третья сессия Верховного Совета СССР》. М., 1990, ч. X, с. 93.

[124] 《Третья сессия Верховного Совета СССР》, ч. X, с. 90, 95, 96.

[125] 《Третья сессия Верховного Совета СССР》, ч. X, с. 32-36, 81-85.

[126] Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 1 (January-March 1996)の特集参照。「ウクライナのケベック」との表現は p. 23.

[127] もっとも、レイティンの別の論文は、ロシア語系住民（あるいは形成途上の「ロシア語系民族」）は、まだ今後の態度を決めかねており、同化も流出も組織的反抗も最終的に選択してはいないとしている。また、将来の展望としてはエストニアにおける国際語は英語になり、エストニア人とロシア語系住民とは英語で話し合うようになるだろうとも述べ、あまりエストニア化の可能性を強く示唆していない。David Laitin, “Identity in Formation,” loc. cit. (n. 20), pp. 281-316. 「ロシア系エストニア人」となるだろうと観測する前注の論文とのニュアンスの違いをどう理解すべきか微妙なところである。

[128] Raun, loc. cit. (n. 60), p. 522-524.

[129] 《Эстония》, 22 февраля 1995 г., с. 1 (Э. Либман); Transition, vol. 2, no. 24 (29 November 1996), p. 22.

[130] 独立後のモルドヴァにおける言語状況については、 Transition, vol. 1, no. 15 (25 August 1995), pp. 54-57参照。最新の動向はOMRI Daily NewsおよびREF/RL Newslineによる。

[131] 《Казахстанская правда》, 2 февраля 1993 г., с. 3.

[132] 《Казахстанская правда》, 8 сентября 1995 г., с. 3.

[133] 《Социологические исследования》, 1995, �� 12, с. 79 (М. М. Аренов, С. К. Калмыков).

[134] 独立後のカザフスタンの言語状況について、前掲デイヴ論文(n.. 22)の他、 Transition, vol. 2, no. 24 (29 November 1996), pp. 23-25参照。

[135] Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 1 (January-March 1996), p. 69 (Bhavna Dave).

[136] 新しいカザフスタン言語法についての説明は、《Казахстанская правда》, 19 ноября 1996 г., с. 4; 29 ноября 1996 г., с. 4.その後の経緯は、OMRI Daily NewsおよびREF/RL Newslineによる。宇山智彦氏から個人的御教示も得た。

[137] 《Слово Кыргызстана》, 13, 14 февраля 1996 г., с. 4.

[138] 《Слово Кыргызстана》, 14, 15 марта 1996 г., с. 1; 16, 17 марта 1996 г., с. 2.

[139] 《Независимая газета》, 1 июля 1996 г., с. 3 (Ф. Султанов); Transition, vol. 2, no. 24 (29 November 1996), p. 29.

[140] Transition, vol. 2, no. 24 (29 November 1996), p. 19.

[141] 独立後のウクライナにおける言語問題については、 Dominique Arel, “A Lurking Cascade of Assimilation in Kiev?,” Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 1 (January-March 1996), pp. 73-90; id., “Language Politics in Independent Ukraine: Towards One or Two State Languages? ,” Nationalities Papers, vol. 23, no. 3, 1995, pp. 597-622; Transition, vol. 2, no. 24 (29 November 1996) , pp. 18-19, 64. ウクライナの1996年新憲法については、《Московские новости》, 1996, ��o. 26 (30 июня-7 июля), с. 9.

[142] 《Советская Белоруссия》, 25 мая 1995 г., с. 1.

[143] Transition, vol. 2, no. 24 (29 November 1996), pp. 18-19.

[144] 《Московские новости》, 1997, �� 16 (20-27 апреля), с. 8 (Л. Саенко).

[145] Д. Фурман, О. Буховец. Белорусское самосознание и белорусская политика. 《Свободная мысль》, 1996, �� 1. с. 57-75.

[146] Alfred F. Majewicz, “Minority Language Preservation Strategies and Minority-Related Conflict-Evasion Policy Suggestions for Eastern Europe and for Siberia,” Paper presented at the International Symposium, 17-19 July 1997 , Slavic Research Center, Hokkaido University.

[147] 角田太作「少数民族の言語の現状」『図書』（岩波書店）1997年9月号。

[148] 《Независимая газета》, 5 ноября 1995 года, с. 4 (В. Тишков).

[149] 角田、前掲論文、14ページ。

[150] World Politics, vol. 44, no. 1 (October 1991), pp. 144-145 (D. Laitin).

[151] 千野栄一『言語学の散歩』大修館、1975年、294-304ページ。

[152] Dennis Deletant, “Language Policy and Linguistic Trends in Soviet Moldavia,” in Michael Kirkwood (ed.), Language Planning in the Soviet Union, Macmillan, 1989, pp. 198-199.

[153] 《Рабочий класс и современный мир》, 1990, �� 4, с. 63 (В. А. Солонарь); Charles King , “Moldovan Identity and the Politics of Pan-Romanianism,” Slavic Review, vol. 53, no. 2 (Summer 1994), p. 348.

[154] アイトマートフ『一世紀より長い一日』、講談社、1984年。

[155] Report on the USSR, 1990, no. 1, p. 39.

[156] Post-Soviet Affairs, vol. 12, no. 1 (January-March 1996), p. 57 (B. Dave).

[157]「困難な自由を」『現代思想』1997年4月号201-202ページ。

[158] 《Национальный состав населения СССР》, с. 116-117より算出。

[159] Darrel Slider, "Crisis and Response in Soviet Nationality Policy: The Case of Abkhazia," Central Asian Survey, vol. 4, no. 4 (1985), p. 55.

[160] 《Первая Всеобщая перепись населения Российской Империи 1897 г.》. т. LXVI. Кутаисская губерния. б. м. (СПб.), 1905, с. 88-93.

[161] 《Всесоюзная перепись населения 1926 года》. т. XIV. М., 1929, Грузинская ССР, с. 21-22.

[162] B. G. Hewitt, “Abkhazia: a Problem of Identity and Ownership,” Central Asian Survey, vol. 12, no. 3 (1993), p. 277.

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