五色の風
PCネーム:クロウ
本当はクロって名前を付けたかったのに、先に誰かに取られていた。
まぁ、でも最近はこの名前だからざっくらばんな物言いができるのかなーとも思っていたりするけど。
格好は黒ずくめ。黒髪黒目黒服の重槍使い。
槍も、探しに探して黒1色の槍を見つけた。
唯一困ったのは必ずつけなければならない紋様に、黒がなかったこと。
仕様がないから1番黒に近い紫にしてみた。今でもちょっと気にしてる。
リアルでも黒は好きだ。目立たないし。
でも、この世界の中では黒はまったく逆の意味を持つことをボクはまったく知らなかった。
今クロウは大勢のPCに囲まれていた。
「今日こそ年貢の納め時だ! クロウ!」
いつもなら難なく逆集団リンチ(集団をリンチする行為)へもって行くのだが、さすがに高レベルPCもチラホラ見える今日の集団に、普通に勝てるとは到底思えない。
さて、どうするか。
「おとなしく観念したか? それじゃ、血祭りタイムと行こうか!」
リーダー格と思われる剣士が、嬉々として剣を振り上げた。
「「「「「ちょーっとまったぁ!!!」」」」」
突然割って入った大音声に、剣士の動きが止まる。
改めて距離をとり、振り返って小高い岩山の上を見ると、どう登ったのか5人のPCが仁王立ちしていた。
中心にいるのは、オレンジのツンツンの髪に赤眼、オレンジの鎧には、火の紋様がうっすらと確認できる剣士。
その隣にいるのはすっきりとまとめた青髪に、メガネをかけ分厚い本を持った青ローブの呪紋使い。
逆隣にいるのは緑のザンバラ髪に、緑で統一した服装の双剣士。
左端にいるのは金髪に青い瞳、裸の上半身にはでかでかと雷の紋様が刻まれている拳闘士。
最後に、右端にピンクのロングヘアにフリルのピンクワンピース、そして、ハートマークがそこらかしこに入っているゴツイ重斧を持った重斧使い。
一目見ただけではバラバラだと思うのに、何故か彼らが一つのグループであると確信がもてた。
「我ら『ザ・ワールドレンジャー』!!!」
彼らはぴったり息をそろえてそう叫ぶとどういうモーションを指定したのか、ばっちり決めポーズまでとった。
ずっこけた。もちろんクロウじゃなくて、リアルのボクが。
このゲームの中でそんなことしてる人がいるんだ、と愕然とした。
「ザ・ワールドの秩序を乱すPKどもめ、我らが相手だ!」
5人はそう言って、勇んでクロウの目の前にいる軍団へと突撃していった。
……そして、30秒もしないうちに4人が灰色、残った青い奴も瀕死の状態になっていた。
その青のPCへと、とどめの剣が突き立とうとした瞬間。
クロウは躊躇なく巻物呪文を発動させた。
「ライローム」
現れた雷の束が、PCをなぎ倒す……わけがない。
こんな低レベルの、しかもまったく正反対の属性の呪文を発動させたのは、唯の撹乱に過ぎない。
向こうにばかりかまっていたヤツらは、今のクロウの居場所を知らない。
その混乱の真っ只中へと、ボクはクロウを飛び込ませた。
一度体制を崩してしまえば。テンポを壊してしまえば。
相手がいくらいようと同じことだ。
所詮は、コマンド入力の速さとタイミングが全てを決める世界なのだから。
事実、勝負は5分もかからず終了した。
一応彼らのおかげで助かった、という気持ちもあったので、全員を全快させてやる。
そして色が戻った(リーダーと思われる)オレンジのPCが最初に発した台詞が……。
「みよ! 我らの力! 悪は必ず滅びるものなり!!」
「イヤ、おまえら弱すぎ。一瞬あいつらの気をそらしただけだろ」
即突っ込みを入れたクロウに、オレンジがニカッと笑いかけてきた。
「サンキューな。回復剤少なかったんだ俺ら」
そういって、手を伸ばしてくる。
握手のつもりなんだろうが、クロウはそういうキャラクターじゃないので無視。
オレンジも、意を汲み取ったのかすぐに手を引っ込めた。
そして、彼らは勝手に自己紹介を始めた。必要ないのに一人一人ポーズをつけて。
「俺はレッド。あ、PCカラーに文句はつけんなよ。赤ってエディットできなかったんだよ」
「僕はブルー」
「グリ〜ンだよぉ〜」
「イエローだ」
「ピンクです。あの、あなたの名前は」
彼らのとっぴな自己紹介に毒気を抜かれていたボクは、ついポロリと言葉を返した。
「俺は、クロウ……」
口に出してから、ボクはその行為が間違っていたことに気が付いた。
見れば、目をキラキラさせて、彼らがクロウを見ていた。
「クロウ様とおっしゃるのね! あなたの強さに、私感動しましたわ!」
「まぁ、この俺には劣るが、なかなかやるな、あんた」
「ちょ〜つよかったよね〜」
「そうだな」
「一人であの集団なぎ倒してたもんなぁ。……そうだ」
(オレンジ改め)レッドが、ぽんと手を打って言った。
「なぁ、クロウ。あんたさ、俺たちにちょっと稽古つけてくんない?」
「え?」
「いいね〜」
「そうと決まったら、早速修行と行きますか」
「は? あ、おい、待てお前ら!」
クロウの返事を待たずに、(ついでに言えば制止も聞かずに)彼らは手近の魔方陣へと突っ込んでいった。そして魔法陣から出てきたモンスターと、あまりにもお粗末な戦闘を開始した。
無視して帰ればいいんだろうけど、それはなぁ……。
仕方なしにボクはクロウを彼らの元へと向かわせた。
まるで出来の悪いダンスを見ているようだ。
戦闘の外側で、ボクは彼らの動きをそう断じた。
「うぉりゃぁああぁあ! ぐわぁああぁあ!!」
「……少しは周りを確認しろ」
「あー……。面倒だな」
「オイ、少しは援護の呪紋とか唱えてやれよおまえ」
「あはは〜。全然効かないや〜」
「効くようになる努力をしろよ……」
「ふっ……弱いな。このイエローの敵ではない」
「お前はいちいちポーズをとるのをやめろ」
「クロウ様っ。今のピンクの動きはどうでした?」
「えーっと……、まぁ、良いんじゃない……?」
どのくらい時間が経ったのかは解らないが、とりあえずフィールドの魔法陣を全てクリアーした。
「さぁ、次はダンジョンだな! 行くぜ! 皆、クロウ!」
「勝手に行け。俺はもう知らん」
行動の流れが止まった今がチャンスだ。
これ以上、彼らと関わるものか。
「クロウ〜?」
「そんな! クロウ様!」
「元々お前らが勝手に始めたことだろ。俺はもう落ちる」
そう言い残して、タウンへ戻ろうとした瞬間。
クロウたちの周囲に、たくさんのPCが現れた。
その量は、さっきよりは減っているが……。
「まだおんなじフィールドにいるとはなぁ。俺たちも舐められたもんだぜ」
先ほど消えていなくなった剣士が、前よりもごつい剣を見せびらかしながら近づいてきた。
クロウが一歩を踏み出す前に、5人が前に飛び出した。
「またあなたたちですの!」
「懲りないヤツらだな、美しくない」
「またこてんぱんにしちゃうぞ〜」
「……バカの一つ覚えか」
「悪が何度かかってきても、正義の味方に勝てるものか!」
最後のレッドの台詞に、剣士は下卑た笑を浮かべた。
「正義の味方、正義の味方って言ってるけどさぁ、お前らそこにいるクロウが何者か知ってるのか?」
そして、ニヤニヤしながら俺を指差し言った。
「そいつはな、自警団10団切り、1000体殺しのPKだぜ」
「「「「「!!!?」」」」」
ヤツらの言葉に、彼らは大いにショックを受けたらしい。
モーションをしていなくても、言葉はなくても、彼らの驚愕の吐息をFMDは世界に落とし込んでくれた。
正直なもんだなぁ。
他のPCたちもさらに言葉を畳み込ませる。
「で、俺たちはそんな非道なPKを倒すPKK集団なわけ」
「俺たちのほうが正義だろぉ? わかったらそいつに関わらずにおとなしく帰りな」
しばらくの沈黙の後、彼らはゆっくりとクロウの方へと向いた。
「そ、んな……嘘だよな?」
力なく。
「……」
沈黙を持って。
「クロウ〜! 嘘だよねぇ〜!?」
泣きそうな声で。
「嘘だろクロウ!」
拒絶を含んだ叫びで。
「クロウ様……!」
悲痛なささやきで。
そういってくる彼らに、ボクは淡々と真実を告げた。
「……全部本当さ。さて、お前らどうすんの?」
「どうするって……」
「俺はこれからあいつらはっ倒す。俺は掛かってくる奴全殺しする主義だからな。
で、お前らはどうするわけ?
ま、俺があいつら全滅させるまで時間はあるから、それまでゆっくり考えてろよ」
返事を聞く前に、クロウは駆け出していた。
あぁそうか。
結局このパターンか。
この吐き気しかもたらさない、血飛沫と断末魔を生み出す毎日か――。
やっぱり5分と待たずに、フィールドには6人だけが残る。
振り返ると、モーションを忘れた5人がずっとクロウを見つめていた。
「さて、どうする?」
クロウの台詞に、5人は一瞬ビクッとするが、動こうとはしない。
ボクは、何故かタウンへ帰ることもせずに、じっと彼らの言葉を待った。
唐突に――。
「私思いましたの!」
ピンクが声を上げた。
「最近の戦隊物では、後半で新しくキャラが仲間になるパターンがあるでしょう?」
「あぁ、あるある。……そうか、なるほど」
「そうだな。仕方なく敵の下についていた奴が仲間になるパターンもあるな」
「そっか〜。色も黒だし、いいんじゃないかな〜」
「いいね。ワールドレンジャーの壮大なドラマの始まりって感じがするよ」
他の四人も次々と話に加わっていく。
ボクは一人蚊帳の外か?
一応話題の中心のはずなんだけど……。
「何の話をしてるんだ……?」
そう尋ねたクロウに、ピンクがびしっと指を突きつけ、言った。
「ですから、クロウ様には今日限りでPKから足を洗っていただき、六人目の戦士としてわたしたちの仲間になるのですわ!」
「……は?」
今度はボクが言葉をなくした。
「イヤ、ちょっと待てお前ら! 何勝手に……」
慌てて抗議の声を上げるクロウをよそに、赤緑黄桃の四人は俺の名前がどうだ、新しい決めポーズはどうだと、作戦会議を始めた。
「…………」
FMDは律儀にボクの呆れを多分に含んだ沈黙を声にしてくれた。
「まぁ、あいつらは言い出したら聞かないから、諦めるしかないな」
ブルーがクロウに近づいてきていった。
顔には微笑が張り付いている。
それは彼らの仲間としての笑みではなく、彼らを外から見つめる笑み。
彼らの仲間になり切れていない、微笑……。
ふと、ボクはずっと気になってたことを訊いてみた。
「なぁ、俺思うんだけど」
「ん? なにかな」
「確か呪紋使いで本を持つエディットってさ、CC社の社員限定って話をどっかで聞いたことあるんだよな」
クロウはブルーの目を見据えていった。
「あんた、オペレータだろ」
沈黙。FMDも今度はこの吐息を言葉にはしなかった。
ブルーはふっとため息をつき、向こうで騒いでいる4人を見ながらささやいた。
「……彼らには内緒にしておいて欲しいな」
「何で……」
「ギスギスした社内関係や、嫌悪感しかない世界の尻拭いをやっていると、どうしてもこの世界が嫌いになってくる」
モーションを入れない無表情のPC。でも、声には嫌悪感がにじんでいた。
そう、今までのボクと同じような。
「でも、彼らの中にいると、この世界をまだまだ嫌いにならずに済むんだ」
次にこちらを向いたブルーには、やっぱり微笑が浮かんでいる。
「君だって、そう思っただろう?」
ブルーの言葉に、ボクの顔にも微笑が浮かんだ。
おそらく、彼と同じ微笑が。
「……たしかにな」
自然と、言葉が口から出た。
「じゃ、決定」
「え?」
突然のブルーの台詞の真意を測りかねた一瞬で、彼は四人のほうへと駆け出した。
「おーい。クロウがブラックになるって快くOKしてくれたぞー」
「そんなこと言ってねぇっ!!」
力いっぱい否定して、クロウはあいつらを追いかけていった。
少なくとも今。
ボクがさっきまで、いや、いままで感じていた圧迫感、嫌悪感は消えている。
さて、これからどうなるかな――。