もう一度君に(上)

 古代図書館の奥底。
 今日もこの場所で本を読んでいたミドは、何かの物音が耳に届き、ずっと目を落としていた本から顔を上げた。
 とたんに視界に映る光景が文字の羅列から色の付いた世界に変わり、目がちかちかと眩む。ミドは眼鏡をずらして目頭を抑えた。次いで本を持ったまま背伸びをし、固まっていた体をほぐす。面倒だからと乗ったままでいた脚立ががたがたと震えたので、ミドは慌てて本棚の縁を掴んで落ちそうになった体を支えた。
 体が安定してから、ミドはようやく音源へと振り返った。そこには、無理を言って地上から持ち込んだ机がある。そして、机に積まれた本の群に埋もれるように突っ伏す人影が一つ。ぼさぼさの茶色い後ろ髪は見覚えがあった。
「バッツ?」
 思わず大きな声で名前を呼んだが、反応はない。ミドは本をしまって脚立から飛び降り、人影の元へと向かう。だんだんとはっきりと見えてきたその人物は、やっぱりバッツだった。前に会ったのがいつだったかミドはもう覚えていなかったが、その時とほとんど変わらない格好をしている。よっぽど深い眠りに落ちているのか、ミドが隣に立ってもバッツが起きる気配はまるでない。のぞき込むと、寝るまでずっと読んでいたであろう本とその内容を書き写していたらしい紙の束と道具が、彼の上半身の下敷きになっていた。
(来てたなら声をかけてくれればよかったのに)
 もしかしたらミドが気づいていなかったのかもしれない(むしろその可能性の方が高そうだ)が、そんなことを思う。するとミドの心の声が聞こえたのか、バッツが小さく身じろぎをした。かさりと紙が鳴る音に、ミドは慌ててバッツの下から開かれたままの分厚い本を引っこ抜いた。紙はバッツが持ち込んだものだろうが、本は図書館所蔵のもののはずだ。折り目や傷がついてはたまらない。手に持った本を検分して、特にしわが付いていないことにミドはほっと胸をなで下ろした。次に、びっしりと細かい字が並んでいた紙面にざっと目を通し、研究書なんて読んでたんだ意外、と驚く。ミドから見たバッツは、考えるよりも動いてみるという人物であり、少なくとも技術資料とか論文とかを読む印象ではない。何の本だろうと黒い表紙を見て――ミドはそこで動きを止めた。
『クリスタルと次元の狭間』
 なんでこんな物を、と寝たままのバッツへと視線を戻す。すると、彼の周囲に散らばっていた本たちが次々と目に留まった。
『伝説の戦士たちの物語』
『ロンカ 技術解析』
『無とはなにか』
『クリスタルエネルギーの変換理論 上巻』
『魔術解説 暗黒魔術編』
『狭間の向こうの世界』
(これ……これって)
 脳内で思考が空回る。バッツたち光の戦士がエクスデスを倒し、クリスタルが復活して世界は平和になった。それ以来、世界を揺るがすような事件なんて起こっていない。驚異なんて忍び寄ってない。この前遊びに来たクルルも、ギート様だって、そんなことは言っていなかった。なら、何故バッツは今更こんな本ばかり読んでいるのか?
 どんな難解な問題でも解決方法を導いていたミドの頭が、今頭を埋め尽くしている問いに対して全く答えを導けない。バッツを叩き起こして一言聞けばいい。そんなことはわかっているけれど、ミドは彼の口から答えを聞くのが怖かった。
 呆然と立ちすくんだミドは、無意識に持っていた本を強く胸に抱きしめていた。

2013-12-23
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