魔女と骨
オークの棍棒の一撃を受け、ついに最後まで残っていたスケルトンが粉となり崩れ去る。だが、それを犠牲にして距離を取った私は魔法を唱え、隙のできたオークへと雷を叩き込んだ。直撃を受けたオークは倒れ伏し、二、三度体を振るわせた後、影となり消えていく。黒が消えるその時まで、私はそこから目を離さなかった。
そうしてようやく訪れた静寂に、私は深く息をついた。が、すぐに魔力を回復するために集中する。杖をかざし、自分の中に水のような感触がひたひたと溜まるのを確認しながら周囲を見回す。敵の気配はないが、何が起こるかわからない。
うかつだったとしか言いようがない。何度も何度も来ているから一人でも問題ないと、慢心していた。
調査依頼を受け訪れたこのダンジョンは、いつもとは様相が一変していた。見たこともない敵は魔法が通じづらい敵が多く、遭遇するたびに長期戦を強いられた。
救いがあったとすれば、骨がいたるところにあったことだ。おそらく、次から次へと出現する敵に討たれた冒険者のものだろう。それらの骨をスケルトンとして使役することで、私は何とか先へと進んでいた。だが一人となってしまった今、次に敵と遭遇する前に新たな骨を見つけられなければ、帰還は難しいだろう。
無駄だとわかっていながらも、私は手持ちの装備をもう一度確認した。プロテクションとブリザードの魔法書はとっくの昔に使い切り、回復アイテムもすでにない。せめてフードクリエイトを習得しておけばよかった。そう考えた脳裏に、以前竜の天国亭で彼と交わした会話が蘇った。
『お前さあ、骨いじる魔法ばっか使ってねぇで、別の魔法も覚えろよ』
『別の魔法って言いながら、どうせ貴方のことだから、フードクリエイトを覚えろって言うんでしょ』
『それそれ! 食いもん出せるんだろ? 覚えて俺に出してくれ!』
『嫌よ。貴重な魔法書を使ってまで、なんで貴方に食糧出さないといけないのよ。それにもう少しスケルトンを強化しないと、ダンジョンに潜る時に心許ないんだから』
『骨なんか使わなくたって、俺を呼べばいいだろ』
『貴方、私が手を貸して欲しい時に、一度もここにいたことないじゃない』
『――ははは! そうだったっけか?』
ずきっと走った小さな痛みに、思い出からダンジョンへと立ち戻った。気づけば、私は乾いた唇を噛みしめていて、裂けた皮膚から血がにじんでいた。
歯から無理矢理力を抜いて血をぬぐい、ため息をつく。こんな状況で彼のことを思い出すなんてどうかしている。事あるごとに自分の受けた依頼に私を巻き込み、いつか礼をするからと言うくせに、あの男は一度もこちらの仕事を手伝ったことがない。ここに来る前も彼は竜の天国亭にはいなかった。
そこまで考えた時、戒めたくせにまたしても彼のことを考えていることに気づいて、私は頭を振った。いつまでもここに長居をしているわけにはいかない。ともあれ先に進まなければ。
思考を切り替えた私は、ようやく今までたっていた場所から動き出した。鬱々とした洞窟の中を、周囲にいるであろうモンスターに少しでも気づかれないようにと慎重に進む。
小部屋のようになっている通路を抜け狭い穴をくぐると、広い空間に出た。すがるように中を見回す。骨は。
その思いが祈りとして届いたのか、広間の中心近くに、ぽつりと落ちた骨が浮かび上がるように目に留まった。助かった、と思わず安堵の息が漏れた。私は骨の脇まで駆け寄り、杖をかざした。
だが、いざ魔力を骨に流し込もうとした時に、気づいた。気づいてしまった。骨の周囲に残されていた残骸となった装備品。それが、最後に見た彼を飾っていた物であることに。
動揺に魔力が散っていったが、どうでもよかった。気づいた事実を否定したくて、視線が骨を舐めまわす。だが、見れば見るほど彼との共通点を見つけてしまう。装備品のかけら、服の切れ端、僅かに残った髪の色、骨の総量から判定できる体の大きさ。頭蓋骨を持ち上げた時に零れ落ちたアミュレットは、彼が親の形見なんだと言って肌身離さずに持っていたものだ。そして、その話を私にした時の彼の表情が、手にある頭蓋骨に重なってしまう。
ついに私はぶるぶると震えながら、崩れ落ちた。これは彼だ。彼の骨なのだ。
スケルトンにしてしまえば動きはする。だが、それで動くのは骨であって彼じゃない。そこに彼の魂などない。魂と肉体を呼び戻すのは魔力ではなく、女神の力だからだ。そして、一度魔力で満たした骨を、女神は祝福してはくれない。
奇跡を授けるためにはこのまま寺院へ持ち帰る必要がある。だが、持ち帰れるだろうか? 回復アイテムも底をつき、体力も残り少ない私に。この先に骨がないのなら、ここでスケルトンを生み出さなければ戻れない。先ほどそう判断したはずだ。
どれだけ呆然としていたのだろう。耳に届いた足音に、私は我に返った。立ち上がり、杖を構える。べたべたと貼り付くようなその音は、靴を履いている者が出す足音ではない。重奏のように響く音と共に、周囲を殺気立った気配が覆い始めていく。その濃密さに、すでに退路はないことを悟る。
選択肢は二つ。私は一度だけ目を瞑り、杖を持つ手に力を込めた。