午睡
静まり返ったキッチンの調理台に、炒飯の盛られた皿が置いてある。その上で、つぶらな目をしたチョコボが彼の文字で喋っているのを、クラウドは無表情でつまみ上げた。
『食べ終わったら、皿は水の中にいれておいて!』
きれいな字で書かれたメモ用紙から視線をずらす。シンクの中にあるたらいには、水が溜めこまれていた。それだけを確認して、クラウドは次に炒飯の皿を手に取った。土曜日の昼食にはちょうどいいのだろうが、起きたばかりの体にはつらそうなメニューに顔をしかめたものの、そのまま電子レンジに押し込んで、自動ボタンを一回押す。
赤く光り始めた電子レンジを放置して、クラウドはコップと麦茶、スプーンを用意する。家の中は電子レンジが動く音のほかには、冷蔵庫の駆動音くらいしかしない。クラウドしかいないのだから当たり前だ。そんなことを気にしながら、用意したものをダイニングのテーブルに運ぶと、カーテンが開いていた窓の向こうに曇天が見えた。もしかしたら、雨が降るのかもしれない。
そう言えば、起きたら窓を開けておいてくれとも言われていた気がする。クラウドは忘れないうちにと、キッチンへと戻る前にリビングに立ち寄って窓を開けた。途端に、車の唸りと冷たい空気が入り込む。クラウドがふるりと身を震わせると、タイミングよく電子レンジが温め終わったことを知らせてきた。
さっそくキッチンへと戻り、電子レンジのドアを開ける。何も考えずに触って、あまりの熱さに反射で手が引っ込んだ。またやってしまったと後悔する。周囲を見回しても頼りにできそうな道具を見つけられなかったので、クラウドは着ていたスラックスの長袖を手まで引っ張って、もう一度皿へと手を伸ばした。今度はどうにか掴めたので、熱さに耐えられるうちにと急いでダイニングへと向かう。
はがしたラップを丸めて脇に置く。いつもの癖で前を向いて、リビングの様子が一望できることに、何度感じたかわからない寂しさを覚える。
特に遅くなるとも言っていなかったから、あと二時間ほどすればバッツはバイトから帰ってくるだろう。それまでどうしようかとぼんやりと考えながら、クラウドは炒飯の山にスプーンを差しこんだ。
食事を終えたクラウドは、伝言の通りに食器を水につけた後、買ったまま放置していた雑誌を読むことにした。自室で読んでもいいのだが二度寝したくなると思い、リビングのソファに座って足の上に乗せた雑誌をじっくりと読み進める。
フローリングにぺっとりとつけた裸足のままの足の裏から、体が冷えていくのを感じる。曇り空が部屋に送ってくる冷たい空気のせいだろう。掃除が面倒だからとリビングにはカーペットやラグは敷いていない。今更ながらに着替えればよかったかとも思ったが、特に出かける予定もないのだし、体勢を変えるのも億劫だと耐える方向に思考が働いた。
腹が満たされたせいか、俯いた姿勢のせいか、起きてから1時間ほどしかたっていないはずなのに、クラウドの中で睡魔が再び鎌首をもたげ始めた。だんだんと頭が落ち、記事の文字が追いづらくなってくる。欠伸を何度か噛み殺し、閉じていた眼を何度か擦ってみるものの、昨日までの疲れが残っているのか抗いきれない。やはり自室の方がよかったか、と思っても後の祭りだ。
冷たくもやわらかい風に頬を撫でられたと感じたのを最後に、クラウドはまぶたを開くのを諦める。ささやかに聞こえていた音が、遠くなっていった。
ふと意識が浮上して、あたたかい、とまず思った。クラウドはぼんやりとする視界をなんとか動かす。開けたはずの窓が、いつの間にか閉まっている。なぜだと考えようとするのを、体を包んだままのあたたかさと、左肩にかかってる重さが引き止める。
気づけば、クラウドの体は薄黄色の掛布団に覆われていた。重くなっていた肩へと顔を巡らせると、茶色い髪の毛が目に入った。
(バッツ)
バッツはクラウドの隣に座って、こちらに寄りかかるように眠っていた。布団をかけてくれたのも、窓を閉めたのも彼なのだろう。いつ帰ってきたのだろう。バッツが帰ってきたことに気付かずに熟睡していたのをもったいなかったと思う一方、起こさないようにあれこれとしてくれたことが嬉しい。
クラウドが起きた気配に揺さぶられたのか、バッツがわずかに目をひそめ、小さく声を上げた。せっかく寝ている彼を起こしてしまいたくなくて、クラウドは自由に動く方の手をもぞもぞと布団の外へ出して、バッツの頭を出来る限り優しく撫でた。この手をどう感じたのかはわからないけれど、バッツの表情が緩み、動きが落ち着いたものになった。起こさずに済んだようだったので、クラウドはほっとした。
動くとバッツを起こしてしまうので、もう少しだけこのままでいよう。たまにはこんな休日でもいい。
そう思いながらクラウドは外に出した手を布団の中に戻して、もう一度目を閉じた。