その空間の主は笑顔で

 青空が高くて、風が気持ちいい午後。高校の部活で公園の中を走り込んでいる最中、ティーダは流れる景色に、見慣れた金色のツンツン頭が見えて駆け足を足踏みに変えた。特徴的なあの髪型は、ティーダのバイト先である『のばら』によく来るクラウドだと思う。珍しい。クラウドはインドア派なのに。何してるんスかね? 気になったら確認しに行きたくなり、ティーダはぐるりと体の向きを変えた。
「おいティーダ! どこ行くんだよ!」
「すぐ戻るッス!」
 制止の声に軽い返事を残して列から外れ、ティーダはツンツン頭を目標に勢いよく走りだした。

 ずんずんと近づくにつれてはっきりと見えてきたクラウドは、やっぱりクラウドで間違いなかった。その後ろ姿はなにかに気を取られているようで、ティーダに気付いていない。そして近づいてわかったけど、座っているのは、クラウドだけじゃなかった。隣にもう一人いる。茶色い髪のひょろりとした姿、あれはクラウドの恋人のバッツだ。
 もしかしてオレ行っても邪魔なだけ? と思ったけれど、もはや足は止められなかった。
「クラウド! バッツ!」
 名前を呼んで駆け寄ろうとしたところで、ティーダは二人の手元やシートの上に広げられた数々の食べ物に気づいて速度を緩めた。どうやら食事中だったらしい。ほこりを立ててはまずいので、ゆっくりと近づく。
「ティーダ!」
 声に振り向いたバッツが、ティーダの名前を呼んで手を振った。クラウドもこちらを向き、微かに目を細めている。そんな二人を見ながら、ティーダは黄色い陣地のすぐ傍にしゃがみ込んだ。
「珍しい格好してるな、ティーダ。部活か?」
 バッツの問いかけに、ティーダは着ていたユニフォームの裾を引っ張る。
「そうッス、バッツたちはデートッスか?」
「うん」
 あっさりと頷いたバッツの横で、クラウドがもそもそと食事を再開した。まあ遠慮する間柄じゃないし、バッツの飯もうまいもんなあ。そう思いながら二人の様子を改めて観察したティーダは、あることに気付いた。
 二人が座っている黄色いシートは、遠目から見た時はわからなかったが、チョコボが白い線でそこかしこに描かれていた。バッツの横にある水筒にはチョコボのシールが貼ってあるし、クラウドが黙々と動かしている箸の先には、小さいチョコボのフィギュアがついている。ソーセージに刺さってるピックにもチョコボがついているし、ご飯の上に乗っかってる海苔も、チョコボ型にくりぬかれている手の込みようだ。たぶん、今裏向きになってる弁当のふたにはチョコボが描いてある。見えてないけど間違いない。
 そんなチョコボ尽くしの空間に、金髪ツンツンのクラウドがしっくりと収まっている。クラウドは髪型がチョコボに似ていて、時折子供とかにチョコボチョコボと言われると聞いていたが、こうして見るととても納得できた。本人的には不服だったような話を『のばら』ではしていた気がするけど、もぐもぐと卵焼きを食べている今の姿は、そういうことを気にしている様子はない。
 そして、この空間を作った張本人であるはずのバッツはといえば、逆に一人空間から浮いて見えるんだけど、なんだかすごい楽しそうだ。
「バッツって、チョコボが好きだからクラウドのことも好きになったんスか?」
 ふと疑問に思ったことがティーダの口からぼろっとこぼれた。視界の端に、クラウドが二個目の卵焼きへと伸ばしていた箸を止めたのが映る。ティーダを見たままのバッツは、ぱちぱちと目を瞬かせてから、からからと笑った。
「確かにチョコボは好きだけど、クラウドを好きになったのはチョコボに似てるからってだけじゃないぞ」
「あ、理由には入ってるんスか」
「そりゃ、全く入ってないって言ったら嘘だって思ったからさ。でも一番の理由は違うぜ?」
「一番の理由って?」
「それは内緒」
「えー」
「だってクラウドにも教えてないし」
 その言葉にクラウドの方を見れば、クラウドは口を引き結んで、バッツの方をじっと見ていた。普段のクラウドは、静かな表情ばっかりで何考えてるかわからないことが多いんだけど、今は何を考えてるのか、すごくよくわかる。
「クラウドすっげえ興味ありそうッスよ?」
「そうだなー。でも秘密」
 ティーダが笑いながらバッツに言うと、バッツも笑顔を崩さないまま言葉を返してきた。まあ、さすがにそこまでオレが聞けることじゃないか、とティーダは追及をあっさり諦める。
「そうッスか。じゃ、仕方ないッスね。残念だけどクラウドも諦めるッスよ」
 ティーダがクラウドの背をバシバシと叩くと、顔をしかめたクラウドがティーダの方を向いた。
「……ティーダ、部活はいいのか」
「え? あ、マズいっ!」
 すぐ戻ると言ってきたことを思いだし、ティーダはすっくと立ち上がった。
「じゃ、オレはこの辺で! 邪魔したッス!」
「ああ」
「気を付けてなー」
「おう! じゃ、また『のばら』で!」
 ティーダは最初はゆっくりと、そしてだんだん速度を上げてチョコボ空間から離れた。途中、一度だけ二人を見返し、笑顔で手を振った。

「…………」
「どうかしたのか? クラウド?」
「……秘密なんだろう」
「そんなに拗ねるなって。クラウドには今教えるからさ」

2014-05-07
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