クラウドの夜の話

 シャワーを浴びてバッツの部屋へと戻ってきた俺を迎え入れたのは、静寂だった。ベッドを見れば、バッツはすやすやと寝息を立てている。髪を乾かすのもそこそこに意識を飛ばしたらしい。彼の首に巻かれたタオルをとって髪を拭いてやると、バッツは小さく息を吐いた。けれど、目を醒ます気配はない。湿った茶色の髪が散る彼の頭から逸らした視界に見えたのは、薄く柔い体に散る痕。

 ――抱くときに、優しくできない自分がもどかしい。かつて目の前から消えた彼を再び捕まえられた奇跡に切なくなるたびに、優しくしたいと思うのに、もう一度訪れるかもしれない別れに怯えるたびに、彼に無体を強いてしまう。けれど、どれだけ渇望しても、彼が去ると決めたら止められないことも解っている。そう考えるたび、かつてバッツが別離を告げてきた時の顔を、ありありと目の前に思い浮かべてしまう。バッツが目の前にいる今も。

 不意に体が寒さに震えた。夜も遅いこの時間帯は、空気が体の熱を容赦なく奪っていく。はっと気づいて、俺が刻んだ跡を晒すバッツの体に布団をかぶせた。ふだんバッツがしてくれる優しさの何十分の一にも満たないことでも、何もできない俺ができることはしてやりたい。そんな俺の考えを見抜いたかのように、バッツが眠ったまま小さく頬をゆるませた。それだけで、気持ちが軽くなる。

 笑顔を浮かべたままのバッツを見ているうちに、少しの間すら離れがたくなって、俺は手に持っていたタオルを布団の上に放ると彼の隣に体を滑り込ませた。体を重ねた時の熱はすでにないけれど、ささやかな温かさに包まれる。その温かさに、ゆっくりと瞼が落ちていく。そうして眠りの闇に落ちる手前で、俺はバッツの無防備な体を守るように、あるいは縛るように、軽く抱き寄せた。

2014-01-26
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