君が消える夢を見た朝
暗闇の中目覚めたそこは、いつもと変わらぬベッドの上だった。
まだ陽も昇っていないのか、机の下に置いてあるモデムが世界とつながっていることを主張する光だけが、部屋の中で小さくも鮮烈にちかちかと輝いていた。
クラウドは鉛のように重い腕をのろのろと上げ、その光すら遮るように目を隠した。
バッツが消える夢を見た。
どんなに走っても間に合わなくて、いくら手を伸ばしても届かなくて。
あいつは酷い顔をしていたであろう俺に優しく笑って、そのまま黒に溶けるように消えていく夢を。
クラウドは深く息を吐いた。意識が妙に冴えていて、もう一度眠ることはできそうにない。……違う。眠ればまた彼が消える夢を見てしまいそうで、それがとても恐ろしかった。
目に当てていた腕を下ろして、クラウドは起き上がった。ベッドから降りれば、フローリングの床が真冬の寒さを素足から全身へと伝えてくる。
それと一緒にクラウドの中を這いあがってきたのは不安だった。
もし、今この場所にもバッツがいなかったら。
衝動に突き動かされるように、部屋のドアを開く。人の居ない廊下は照明が落とされているにも関わらず、うっすらと明かりが差しこんでいた。
光源を求めて左を向く。そこにはリビングへと繋がるドアがある。締め切られたドアの、いつもは気にしない縦に細く入ったガラスがやけに白く眩しく映る。
クラウドは縋る思いでドアノブに手をかけた。
「クラウド?」
リビングへと入った途端にかけられた驚きを含んだ呼びかけに、クラウドはびくりと震えて動きを止めた。ぎこちなく右を向く。そこには上下黒のスラックスを着たバッツが、きょとんとした顔で立っていた。
「おはよう、お前が起きるには早いんじゃないか?」
そう言って首を傾げたバッツの寝癖が残る茶色い髪も、早朝なのにしっかりとした茶色の目も、ほっそりとした体も、色を持ってすぐそこに、少し動けば触れられる距離にある。それなのに、クラウドを支配する苦しさは消えない。
「どこか具合でも悪いのか?」
何も言わずに立ち尽くしたままのクラウドに、バッツが顔を曇らせて近づいてくる。熱を測ろうとしたのだろう、バッツが掲げた手がクラウドの額に当てられた。
触れられた箇所に湧いた熱。それを感じた瞬間、クラウドはずっと動けなかったのが嘘のように、勢いよくバッツを抱きしめていた。衣擦れの音とバッツがよろめいた足音が、静かだった室内にやけに大きく響いた。
「っ、クラウド?」
クラウドは無言のまま、戸惑いの声を上げるバッツを抱く力を強めた。
腕がすり抜けない体がある。力を押し返すような感触がある。少し冷たい温度を感じる。浅い呼吸が聞こえる。早い鼓動が伝わってくる。夢とは違う。それなのに。
腕の中のバッツは動かない。おそらく、クラウドの行動の理由を測りかねているのだろう。
何か言わなければとクラウドは口を開く。けれど、息が漏れるばかりでなかなか言葉になってくれない。
「……バッツ」
ようやく絞り出した彼の名前は起き抜けだからと言い訳ができないほどかすれていて、我ながらひどく情けなかった。クラウドは再び口を噤んで、バッツの肩口へと顔を埋めた。
されるがままだったバッツが、クラウドの腕の下で身をよじった。そして、今の動きでクラウドの腕の中から抜いたらしい手を、ゆっくりと背中に回してきた。
「クラウド」
はっきりとした声音と共に、背中を優しく叩かれる。
「クラウド、今日は仕事行くな。おれもバイト休むから、ずっと一緒にいよう。な?」
普段のバッツからは想像もつかないほどの真摯な声に、クラウドは顔を伏せたまま小さく頷いた。